190:雄叫び。
「サクラちゃん。しっかりボクに捕まっているんだよ」
「いいから早く行って」
「ヨ、ヨーコさん、失礼します」
「いっくわよ~!」
オーランドがサクラちゃんを抱え、真田さんがヨーコさんを抱える。
俺はヴァイスが入ったリュックを背負い、ブライトが肩、スノゥは抱きかかえた。
そして……渦巻く砂へダイブ!
あ……待って。
「これ、下層まで一気に落ちるなんてオチじゃないよな?」
冒険者、及びハンターの二人を見る。
「「さぁ?」」
「うわあぁぁぁぁぁぁっ」
落下死なんてことが脳裏に浮かんだ。
だが、砂の渦の中心まで来ると覚えのある感覚に見舞われる。
これ、ダンジョン入口の渦巻ゲートに入った時と同じだ。もしくは技術部開発の転移装置……。
と思った瞬間、視界が暗転して再び砂漠に立っていた。
立って?
そう、立っていた。
「ん?」
傍には渦を巻く砂が見えている。
さっき飛び込んだよな?
「着いたようだ」
「こ、こっちは見渡す限り、砂の砂漠なようです、ね」
「え、着いた?」
どこに――と思ったが。なるほど、さっきとは違う砂漠だ。
さっきまでは数メートルの距離に硬い土で構成された荒野があった。だけどここにあそれがない。
遠くに見えていたはずの、あの大きな岩山もない。
「悟! この階層に人間が来てるぜ」
「え?」
頭上からブライトの声が聞こえた。あと砂が落ちてきた。
「少し先にピンク色の布が落ちてるよ。人間の物だと思うね。ま、モンスターが服を着ていなければ、だけどね」
「本当か!? どこっ」
「こっちだっ」
足場の悪い砂の上を、俺たちは進む。神速を持つサクラちゃんだけは、普段と同じようにポテポテと軽やかに歩いている。
「あれだわっ」
「おいバカッ!」
「サクラちゃん! ひとりで先に――」
先に行くなと言いかけて、直ぐに砂を蹴る。
砂にダイブしながらサクラちゃんを抱きかかえ、そのままズサー。
背後からすさまじい威圧感を感じたけど、うん、オーランドだな。
俺ごと斬るつもりかってぐらいの圧で、サクラちゃんの進行方向から現れたカマキリを真っ二つにした。
「ナイスだ、悟」
「だ、大丈夫すか三石さん」
真田さんは優しい。それに引き換えオーランドめ。
「君が飛び込むのはわかっていた。だからボクが処理した」
「あぁあぁ、信頼してくれてありがとう。サクラちゃん。辺り一面が砂だけど、意外と高低差があるからね」
「ご、ごめんなさい。坂になってたのね」
正面にピンク色の布が見える。
だけどその手前は砂の丘。真っ直ぐ歩けば布が落ちている所に行けそうに見えるけど、実際には下って、また登っての距離。下った先が見えないから、そこに潜んでいるモンスターにも気づけない。
「ブライト、スノゥ。上空から安全かどうか教えてくれ」
「了解だ。下った先にさっきのと同じヤツが二匹だ」
「じゃ、ボクが片付けるよ」
オーランドが先に進んで、俺たちはそれに続く。
砂の丘を登ると、カマキリが気づいてこちらへとジャンプしてきた。
うわっ。こいつら飛ぶのか?
と思ったけど、ジャンプだ。上に高くは飛ばず、前進タイプの跳躍。
けどそれは、飛んで火にいるなんたらでしかない。
オーランドが剣を一閃しただけで、二匹のカマキリは二つに割れた。
「悟くん、右後方の砂の中から何か来てるわっ」
「ワームか!?」
「じ、じゃあ俺がやります」
真田さんが?
彼が空手の構えのようなポーズをとると、パチパチと何かが爆ぜる音が聞こえ始めた。
同時に真田さんの全身が青白い、可視化された小さな稲妻を纏い始める。
砂が盛り上がった――
真田さんが拳を天に突き上げ――
砂の中からサンドワームが飛び出してくる。
「トォォォォォル・ハンマアァァァァァーッ!」
「うぇ!?」
普段の大人しそうな真田さんからは想像も出来ない雄叫びが、その口から洩れる。
突き上げた拳から青白い雷光がほとばしり、彼はその雷光ごと拳を振り下ろした。
まるで雷の鞭だ。
その雷の鞭がワームに振り下ろされる。
バリバリバリバリバリっと感電し、ワームが青白い光に包まれた。
ハンマーって……鞭だったっけ?
放電が収まり、残っていたのは焦げ臭いニオイと黒煙を上げるワーム。
「ト、トール・ハンマーカッケー!!」
いつの間にかリュックから出てきたヴァイスが、ピョンピョン跳ねて目をキラキラさせる。
な、なんてド派手なスキルなんだ。
「ふぅ……あ、他はいませんか? 大丈夫そう? あ、そうですか。よかった」
いつもの大人しーい真田さんに戻ってる。
さっきの雄叫びは、なんだったんだ……。
そ、そんなことよりも布だ。
拾い上げたピンクの布には、縫い目にタグがついてあった。外国語だから何を書いているかわからないけど、たぶん洗濯表記やサイズが書かれているアレだ。
つまり人が着ていた服だってこと。
生命の有無はわからないが、ここに落ちた人がいる。




