183:水。
後続部隊の到着まで、そう時間もない。
一階と似たような広さなら、壁にぶち当たるまで走って戻ってくるのに一時間はかかる。
「ひとまず階段付近をぐるっと回ろう」
「そ、そうね」
「ふぅ~。にしても、暑いねぇ」
「ねぇ~」
そりゃサクラちゃんとヨーコさんは、モフモフの毛に覆われいるしね。
あ。
足元を見ると、げんなりした顔のブライトが。
「サクラちゃん。保冷剤を出してくれ」
「わかったわ」
保冷剤と聞いてブライトが振り返り、目をキラキラさせた。リュックの中のヴァイスもだ。
その保冷剤をブライトのジャケットとリュックの中に入れる。
「クゥ~。きんもち良いぜ~」
「ピィィ」
「いいわね、あんたたちは」
「ウチら保冷剤なんてあったって、毛に覆われてるから冷たいのが肌まで届かないし」
「まぁそこは仕方ないさ」
「毛をカットすりゃいいんじゃないか?」
というブライトの一言に、サクラちゃんとヨーコさんが「「キィィィィィィィッ」」と腹立てた。
――[乙女心がわかってない]
――[よくそれで結婚できたな]
水分補給をし、それから走り出す。
今度はサクラちゃんに走ってもらい、彼女のスピードに合わせる。
上空からブライトに見てもらいながら、階段の建造物がギリギリ見える距離をぐるっと一周。
森と違って視界は良好。遠くに大きな岩山も見えた。
「ブライト。人影はどうだ?」
「んー。いや、モンスターしか見えないね。サソリだとかムカデ、カマキリ、あとトカゲが見える」
昆虫系か。砂漠や荒野タイプのダンジョンのお馴染み構成だ。
「あの岩山まで行ってみるか。それなら往復してもそんなに時間がかからないだろうし」
「目印になるものね、いいと思うわ」
「後から来た冒険者には、地上で待っとってもらったらいいばい」
「行くのかい? だったら保冷剤、新しいものにして欲しいんだけど」
ブライトの希望通り、保冷剤を交換。
それから俺たちの水分補給も……水分補給?
「みんな、喉乾いてるか?」
「え? そりゃそうよ。こんなに暑いんだもの」
「カラカラばい」
ヨーコさんが頂戴のポーズで水を待つ。ヴァイスに至ってはストレートに「水よこせ」と言っている。
喉が渇いてる。俺もだ。
でもついさっき飲んだじゃないか。
それに──汗。汗をかいてる。
「この暑さ……錯覚じゃなく、本当に暑いんだっ」
「何言っとーと。そんなんあたり前やん」
「そうそう、暑いもんはあつ……ここはダンジョンじゃないか!」
ブライトが気づいた。
そう。ここはダンジョンだ。
――[どゆこと?]
――[あ……そういうことか!]
――[だからどういうことだってばよ]
「ダンジョン内だと、どんな構造でも気温はだいたい一定に保たれている。寒そうな構造、暑そうな構造でも、意外と気温はそう変わらない」
だいたい20℃前後だ。
「でもこの前の氷ダンジョンは寒かったじゃない。すっごく」
「あぁ、そうだね。あれは特殊な方なんだ」
「けどよ、辺り一面氷の世界だったわりに、気温は高い方だと思うぜ」
「まぁね。現実だと、マイナス60℃とか、そんな世界になってるだろうね」
実際にはそこまでなかったはずだ。
「あの時みたいな雪に覆われてるとか、氷の世界だとわりと見たまんまな気温であることが多い」
「寒そうなところは寒いってことね。ここは暑そうだから暑い?」
「それが、意外と暑い構造のマップって、もっと極端なんだよ。溶岩が流れてるとか、そんなさ」
「極端すぎるばい」
だから荒野程度で暑いと感じることは、特殊マップでもない限りあり得ない。
しかも『寒い』より『暑い』構造のダンジョンの方が、統計的にも少ないんだ。
「サクラちゃん、水の在庫ってどのくらいある?」
「えっと、備品屋さんが用意してくれたのは、500mlのペットボトル二十四本よ」
もしこの階層に生存者がいた場合、二十四本じゃ確実に足りない。
直ぐに地上と連絡を取って、ダンジョン構造を伝える。
『ザッザザに、水ザ──か。わかザザザ。クソ、ノイズがザだな』
「ちょっと上に上がりますね」
聞き取りにくい。一階の森構造が電波の通りを悪くしているんだろうな。
一階に戻って改めて報告。
『第二陣を送るのを一旦止めザ、水を確保しザッザー待ってろ』
「一階の捜索をするチームだけ先に送ってはどうですか? あと二階にもアンテナ立てた方が良い気がしますが」
『そうだザザ。そっちの準備はもうザてる。そっちはどうだ?』
「いつでも大丈夫です。ヴァイス、ツララと交代するぞ」
「ケッ」
そうしてヴァイスとツララがチェンジ。
それを往復で行い。技術部スタッフ三人と冒険者が十三名やってきた。
「で、では、下の階へ行きましょうか」
「俺たちは一階の捜索を始める。お互い気をつけて」
それぞれが自分の役割を実行。
技術部は後続隊の準備が出来るまで、俺たちが護衛することに。
地図埋め作業の前に、十分な水分を用意して動く方が良いという指示だ。
アンテナ設置後、二十分ほどして。
『直ぐに用意出来るだけの水をかき集めてきたぞ。まだまだ集めてる最中だが、とりあえず送る』
「了解です。ヴァイス、チェンジするぞ」
「わかったよ。いってやらぁ」
このチェンジで他県の捜索隊メンバーも合流。
「あ、倉庫担当の岩城です。水、持ってきましたんで階段に並べてください」
「あ、どうも」
倉庫担当ってことは、アイテムボックスのスキル持ちだろうな。水なんてどこにも持ってないし。
案の定、彼女はサクラちゃん同様の箱を出現させ、そこからダンボールを取り出した。
出るわ出るわ。階段の踊り場だけでは積み上げきれず、階段そのものにも並べていく。
最終的には、横に二人並べる程度の隙間を残し、ペットボトルの入ったダンボールが階段を埋め尽くした。
――[いくら使ったんだ……]
――[社長。ポケットマネー大丈夫か?]




