176:現地の状況。
「あぁ、あぁ、そうだ。入口の鮮明な映像が欲しい。二千万ぐらいポンと払ってやれ」
ツララの一言で、社長が急いでどこかに電話していた。
二千万って、まさかお金のこと?
「ごめん、みんなぁ。オイラの録画と上映だと、オイラが見てるものしか映せないから」
「クロスケは悪くないわよっ。むしろあんたが出てくる人間に気づいたんだからお手柄なの!」
「キコォォォ」
「そうだぞ、クロスケ。お手柄なんだぞ!!」
「ハリー……声デカいよぉ」
いや、実際お手柄だ。そこに気づけたから、ツララもまた気づいたんだろうし。
座席シートに仰向けになって転がるツララは、天井に映し出された映像のある部分に気づいた。
――あ、あのおじちゃん……。
「ね? ね? おじちゃんの足に紐がくっついてるでちょ?」
「よく気づいたなぁ、こんな一瞬で」
「スローにしてやっとだぞ、こっちは」
「猛禽類の動体視力は、あなた方人間の十倍と言われているそうだからかしら?」
そう話すスノゥは少し嬉しそうだ。
「あれ、やっぱり植物の蔦ですかね?」
「だろうな。けど一階にいきなりトレントがいるとは思えないから、別の奴だろう」
俺と後藤さんは、改めて機内前方のスクリーンに映し出された映像を見ながら話す。
ダンジョンを脱出しようとした人が、ダンジョン内に引きずり込まれた。
考えられることは三つ。
①スタンピードが発生していて、地上への階段を上ろうとしているモンスターがいる。そのモンスターに引きずっていかれた。
②モンスターではなく、人間によって引きずり戻された。理由は不明。
③植物系モンスターの蔦に捕まったまま、なんとか逃げようと階段を上って外に出たが引き戻された。
①は最悪な状況であり、②は……考えたくもない。
ただ③の場合も、蔦の持ち主が誰なのかってことだな。
後藤さんが言う様に、さすがに一階からネームドクラスのトレントはないだろうし。
蔦を持つモンスターも、何種類もいるからな。
ただダンジョン一階だし、殺傷能力の高いモンスターは少ないはず。
それなのに出てくる人がほぼいないっていうのは……。
確実に、階段下がモンスターで溢れかえっている。
極稀にだけど、狭い範囲でモンスターが複数湧くことがある。それが重なって、数十匹が群がる現象をモンスター溜まりとか、モンスターハウスと呼ぶ。
スキルを持ち、尚且つその使い方をわかってて、モンスターとの戦闘経験のある冒険者なら、一階のモンスターハウスなんて恐れることはない。
ちょっと面倒な掃除をする程度。
でも、スキルを持たない人がそんな所に入れば、一分と生きていられるかどうか……。
「何やってんだよ警察は! 早く封鎖しろよっ」
「これ、生成に巻き込まれた被害より、その後の被害の方が大きくなるんじゃ……」
みんなが不安な声を漏らす。
「映像出るぞ。よく見ておけ」
突然の社長の言葉。そしてスクリーンに流れていたニュースが切り替わる。
外国語しか聞こえない。
「通訳するわね」
「スノゥ。そうか、助かるよ」
ニュースで流れていた映像にあ、日本語の字幕が出ていた。
現地のニュースを翻訳したテキストだ。それを見てアラビア語をマスターしたんだな。
「これから入口に近づく。出てくる人を映すだけでいんだな? ボーナス出るんだな? ですって」
「ボーナス?」
「俺が現地のテレビ局に二千万払って、カメラマンに入口の様子を映すよう頼んだ」
――と社長が。
さっきの電話、それだったのか。
ダンジョン内に入らなくていい。むしろ今この時点で中に入っても、撮影は物理的に無理だ。中継アンテナがダンジョン内にないからな。
しばらく流れる映像。ついに脱出してきた人が映し出された。
その体には確かに蔦が絡まっている。
助けようとする人がいた。
が、その人もろともダンジョンに引き戻される。
素手じゃダメだ!
普通のナイフとか包丁でもいい。それで切るんだ!
「蔦はそれほど太くないな」
「あぁ。あれだとシード・パンプキンじゃないか?」
「蔦の先端がオレンジ色に見えるし、その可能性は大だな」
シード・パンプキン?
かぼちゃの種??
そう話していたのは冒険者だ。
「あの、シード・パンプキンって?」
「ん? あぁ、東京のダンジョンにはいないモンスターだったな」
「関東と九州、あと北海道にもいたっけ。見た目はカボチャなんだけど――」
かぼちゃの底には短い触手のようなものが生えていて、それで地面を移動するらしい。
不気味過ぎるだろ。
「触手は十本。そのうち二本が長く伸びるんだが、長いものだと十メートルぐらいあるんだよ」
「長いですね……」
「あぁ。パワーもあるから、捕まれば人ひとりぐらい余裕で引き寄せられるだろう」
「強いんですか?」
「いやぁ、それがまたマチマチでさ。けど一階に生息しているんだし、精々レベル10か15ぐらいじゃないか?」
「まぁ高く見積もっても30はないだろう。といっても、俺らみたいなスキル持ちなら怖くもないが……」
レベル10相当のモンスターだとしても、スキルの無い人、今回のダンジョン侵入でスキルを得たばかりの人では勝てるわけがない。
とにかく今は、中に入る人を止めないと!
もやもやしている中、しばらくして。
「あぁ。あぁ、そうだ。今すぐやれ!」
と、また社長が電話で何か言っている。
その時だ――。
「ん? なんか紙が降って来たぞ」
座席シートに備え付けられたTVには、今でもニュース映像が流れていた。
ブライトがそのTVを見ていたようで、異変に気付いた。
「なんで人間たちは紙に群がっているんだ?」
「紙? なによ、紙って」
「さぁ?」
さぁって、お前が紙って言ったんじゃないか。
いったい何の紙……うえぇ……マジかこれ。
まさか社長……。




