170:福岡から来たDベビー。
「寒いわぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
「なんでなん! なんで東京なんに北海道みたく寒いと! おかしいやろ!」
「そっかー? 今日もぽかぽか日和じゃねえか?」
「「ホットスポット頂戴!!」」
「ぐえぇぇーっ」
駐輪場に自転車を置いて会社のロビーまで、サクラちゃんとヨーコさんは全力ダッシュ。
そのロビーで二匹は、ブライトを間に挟んでぎゅっと抱きしめた。
「明日から十二月だからなぁ。寒くなるのも仕方ないさ」
「違うわよ! 悟くんのせいで寒いんだから!!!」
「そーよそーよ! あんなスピード出してたら、寒いに決まっとるばい!」
「え……」
「車が少ないからって、あんなスピード……自転車が木っ端みじんになったらどうすんの!」
こ、木っ端みじんって……。なんで自転車走らせてるだけで木っ端みじんになるんだよ。
大丈夫だって。
「落ちてくる葉っぱも、あのスピードで当たったら痛いんばい!」
「そうそう。めっちゃくちゃ痛いんだからっ」
「悟、明日からバス通勤しよ」
「いいわね、バス! 暖房ついてそうだし」
「いや、家からバス停まで歩いて十五分だし。バスに乗ってもここまで二時間近くかかるよ」
「「えぇぇぇー!?」」
だって渋滞に巻き込まれるし。それに一本のバスでは直接会社まで来れない。二回、乗り換えなきゃいけないんだ。
乗り換え時間とかも入れると二時間はかかってしまう。
自転車なら一時間。でも最近は近道を知って四十五分に短縮できるようになった。
自転車で高速に乗れればなぁ、もう少し早く着けるのに。
「悟にぃに。今日からお勉強?」
「あぁ。ヴァイスのトールハンマーを教えてくれる人が今日からこっちに来るから、二羽は今日からスキルのお勉強だ」
「やった~♪」
そう。ようやく九州からスキルの講師が来てくれることになった。
その人は冒険者で、仲間内で福岡最大規模のダンジョン攻略を進めていたため、なかなか予定がつかなかったそうだ。
そして彼は、日本でたった二人しかいないダンジョンベビーの内のひとりだ。
「名前はなんていってたかな。戦国武将と同じ名前だったんだけど……」
戦国武将と同じ名前――という覚え方をしたせいで、逆に忘れてしまった。どの武将だった?
「あの、それ、真田じゃないですか?」
「え? あ、あぁー、そうそう。真田だ、真田」
真田幸村と同じ真田。
ん? なんでこの人が知っているんだ?
声を掛けてきたのは黒いジャンパーに黒いシャツ、黒いズボンと、とにかく全身真っ黒スタイルの男だ。
歳は俺と近そうだけど。
やや俯き加減で、こっちをチラチラ見ている。
「あ……急に声を掛けてしまって、すみません」
「いえ。あの……捜索隊にご用ですか?」
うちの社員じゃない――と思う。見覚えがないし。
「もしかして入社の面接ですか?」
と聞くと、彼は首を振った。
違うのか。
「その……あ、の……」
しどろもどろだ。でもなんだろう。俯いて恥ずかしそうにしている風ではあるんだけど、表情は真顔のままだ。
「あら。もしかして先生じゃないかしら。ね、あなた、トールハンマーのスキルを持っている人じゃないかしら?」
とスノゥが言うと、彼は更に俯いて頷いた。
え……この人がスキルの講師!?
じゃ、もうひとりのダンジョンベビーってこと!?
「え、最下層攻略が終わったんですか!?」
真田さんは小さく頷いた。
それからポツリ、ポツリと状況を話してくれた。
福岡のダンジョンは、地下百三十階まであった。
百三十階の全ての道を網羅し、下り階段がないことを確認。そして最深部にいたボスを討伐したそうだ。
冒険者推奨レベルは150。
つまりこの人は、そのレベルにいるってことだ。
でも、淡々とした口調に合わせようとしない視線……。
どうやらこの人、大人しい性格みたいだな。
「ツララちゃーん。ツララちゃんの先生も来たわよぉ~」
「あ、ちゃちゃ木お姉ちゃん。わーい、ツララのちぇんちぇ~」
小会議室にいた俺たちのところへ、佐々木さんがやって来てツララの先生の到着を知らせてくれた。
こちらは都内在住の人なので、いつでも声をかけてくれってことでヴァイスの講師が来てくれる日に合わせてもらった。
二羽はひとまず分かれて、別々の会議室で勉強することになる。
ウィル・オー・ウィプスのスキルを持つ人は女性で、ごくごく普通の感じの人だ。
普通に会話をし、普通に笑う、普通の女性。
動物――フクロウにスキルの使い方を教えることに驚きはあったようだけど、かわいい雛が見れるから嬉しいとも言ってくれていた。
さて、ヴァイスの先生の方だが……。
「トール・ハンマーは……その……派手なスキルです」
「……あ?」
「凄く派手で……恥ずかしいスキルです」
「……はぁ?」
は、恥ずかしいスキルって……。
「ぜ、全身に雷を纏わせ、それを拳に集めて放つ――感じ」
「拳がないオレはどうすればいい?」
「え……ど、どうしよう?」
と、真田さんは俺を見る。
いや、こっち見たって俺もわかんないよ。




