154:走れヨーコ。
妖狐モード。
体毛が青白く光り、体は巨大化。まさに妖狐だ。
ただ大きくなるだけなのか、他にも何かあるのかは今はわからない。
だけど巨大化するということだけで十分だ。
「じゃあブライト。周囲の警戒は任せるぞ」
「あぁ、僕に任せな!」
「サクラちゃん、二人が落ちないようしっかり見てて」
「わかったわ!」
「よし、じゃあ行くよ、ヨーコさん」
「走るけんね。サクラ、しっかり掴まっとき」
ヨーコさんの尻尾は、器用に動いた。
二本ある尻尾でそれぞれひとりずつくるんっと包み、三人は背中で寝かせ、落ちないようにテントを被せて胴に巻きつけた。
そして俺はヨーコさんの隣で走る。前方に立ちふさがるモンスターをぶっ飛ばすためだ。
「行くばい!」
タンっと地を蹴ったヨーコさん。
ん? ヨーコさん、地面を……地面から少し浮いて走ってる!?
よ、妖怪、だから? 飛べる?
「ヨーコさん、飛べるのか!」
「え? ウチ走っとるけど?」
無自覚!?
でも確かに、飛んでいるというよりは走ってるな。
だけど浮いているおかげで、運んでいる人たちへは振動がないはずだ。
それにしても早い。
ブライトが結構必死で飛んでるから、百キロぐらいは出ているはず。
「さ、悟ぅーっ。前だ、前っ」
「了解!」
前方に雪だるまがあった。いや、氷だるまか。あれもモンスターだ。
容赦なく拳で殴り飛ばす。
「あっ。粉砕したら破片がっ」
「私がヨーコちゃんを守るわ!」
サクラちゃんの『見えざる鎧』か。助かった。
この調子で走り続け、時々ブライトがヨーコさんの上で休み、そして。
「洞窟だ! 上り階段のある洞窟が見えてきたぞ!」
と、ブライトの明るい声が聞こえた。
「はぁ、はぁ……到着? ウチ、もう走らんでいいと?」
「あぁ、お疲れ様ヨーコさん。ゆっくりしていいよ」
洞窟の中へと入り、そこからはゆっくり移動。
体が大きくなったヨーコさんじゃ、ここは走れない。
それでも階段まえまで到着し、そこでヨーコさんの体力と魔力が尽きた。
尻尾にくるまれた二人が地面に横たえられ、急いで背中の三人を下ろす。
途端、ヨーコさんの体は元のサイズへと戻った。
「ち、小さくなったと?」
「小さくというか、戻ったのよヨーコちゃん」
魔力切れ目前ってとこかな。
妖狐モード中は魔力を消費するみたいだな。だいたい四十分弱走ったはずだ。
これから妖狐モードをお願いするときは、時間に注意しないとな。
「サクラちゃん、水を出してやってくれ。ブライト、この人たちを運ぶ間、警戒を頼む」
「了解だ。全員運び終わったら、上の階に行って他のチームが来ないか見てくるよ?」
「あぁ、頼むよ」
サクラちゃんとヨーコさんに階段半ばまで行くよう言ってから、俺は五人を階段へと運んだ。
全員を運び終えると、ブライトが階段上に飛んでいく。
直ぐにサクラちゃんにカセットコンロと水、鍋、ゼリー粉を出して貰って栄養ゼリーを作る。
出来上がったゼリーを五人の口へと流し込み、ブライトが戻って来るのを待った。
七人……七人救えなかった。
到着した時には亡くなっていたんだから仕方がない。
仕方ないけど、命が失われたんだ。仕方ないだけで済ませてはいけない気がする。
捜索依頼が出た時点で手遅れだったのなら、依頼を出さなくても済んだ状況が作れれば……。
隠しダンジョンを見つけたなら、旨味を独占したいと思うのは当然のこと。
他の冒険者に扉を開く条件を話せば、当然だけど、旨味は独占できなくなる。
だから隠そうとするのだ、情報を。
他に国ではどうなっているんだろうか。
日本は捜索隊があるから、戻ってこない仲間を心配して捜索依頼を出せる。
でも他の国に救助組織はないからなぁ。
アメリカで捜索隊が出来たけど、向こうはどうやって救助するだろうか。
今度聞いてみよう。
「サクラちゃんとヨーコさんも、ここで休んでおいてくれ。全員と合流したらすぐに移動になるだろうから」
「ちょっと休んだらすぐ行けるばい。みんなこっちに向かって来とるんやろ? 地図あるんやし、道も間違わんとすれ違う事ないやろうし、ウチはまた大きくなって運ぶけん」
「いや、ダメだ。ヨーコさんは魔力切れ間近だし、回復するまで妖狐モード禁止だ。それに馬場さんは最初から二階にいたんだし、そろそろ合流するころだ。それに――」
ノーマルな迷路状の洞窟ダンジョンでは、あの巨体だと角を曲がるのもきついだろう。
大型モンスターに匹敵するサイズだ。そのサイズのモンスターが生息する階層やオープンフィールドでしか妖狐モードは無理だと思う。
「ヨーコちゃん。休めるときに休むのも仕事の内よ」
「サクラ……」
「サクラちゃんの言う通りだ。今無理をして、明日明後日の勤務に支障をきたすのも大変だ。君に頼れなくなるからね」
「た、頼れる? ウチ、頼りにしてくれるん?」
そう尋ねるヨーコさんに、俺とサクラちゃんは頷いた。
そうして彼女はようやく、階段に腰を下ろしてくれた。




