151:悟くん止まって!
『氷の大地だと? 雪じゃなく』
「はい。一面が氷です。気温もマイナス15℃」
まずはその場から動かず、他のチームにも情報を共有する。
『沢木です。三階には下りたことありましたが、最初の角を曲がった所で引き返したんです。まさかオープンフィールドになっていたとは……』
次の扉が開く時間のことを考えると、なかなか進む気になれなかったのかもしれない。
だが、慎重になっていた時期が長く続くと、その慎重さが希薄になるものだ。
俺の予想だと――。
『遭難したのは、その階層だろうな』
「俺もそう思います。隠しダンジョン一階と二階は調べ尽くした。だから三階に下りてみようと思ったんでしょうね」
何かあってもすぐ引き返せばいい、そう思って。
ただ、こういったオープンフィールドでは、迷いやすいものだ。
何か方角を示すようなものや目印になるようなものでもあればいいけど、ここには太陽を模したものも目印になるような木や岩、山もない。
地平線ならぬ、氷平線が綺麗に見えるだけ。空は曇り。太陽は出ていない。
ダンジョン内のオープンフィールドで見ることが出来る太陽は、実際には太陽じゃない。それっぽいものが浮かんでいるだけ。動くこともない。
だからこそ目印にちょうどいい。
だが空は雲で覆われている。太陽は見えない。
「空は雲でいっぱいなのに、どうして明るいと?」
「そうね、不思議ねぇ」
「オープンフィールドなんて、どこもこんなもんだよ? ここが特別明るいわけじゃないさ」
ブライトの言う通りだ。特別明るいわけじゃない。
ただ雨雲のように黒く分厚い雲に覆われているのに明るいから、どうしても違和感を感じてしまうんだろう。
「これから少し走って、周辺のマップを埋めてみます」
『気をつけろよ。曽我と馬場。お前たちも三階に向かってくれ』
『了解』
『一階の捜索を中止して三階に向かいます』
通信を終え、周囲を探索する準備をする。
まずは。
「サクラちゃん、コートを頼む」
「わかったわ。私もポンチョを羽織ろうっと」
「え? ぽんちょ? 何それ」
「これよ。袖を通さなくていいから、私たちでも動きやすいでしょ? はい、これヨーコちゃんの分」
「ウチのもあると!? やぁ、かわいいぃ」
あの、サクラちゃんそれ……赤と白……完全にサンタカラーじゃないか。
「ブライト、あなたもいる?」
「そんなもの着けたら飛べないだろ。というか、ボクの分まで買ったのか!?」
「あなたが着ないならツララちゃんにあげるわ」
「ねっ、ねっ。今度ツララと三匹で写真撮ろう。ね?」
「いいわねぇ~」
女の子は楽しそうだな。
コートを着込んで、ぽかぽカイロを内側のポケットに入れて――。
「サクラちゃん、手袋と靴下を付けて」
「走るのね、わかったわ」
「じゃあウチも」
「ヨーコさんは俺がおんぶして走るから」
「おんぶ? なんで」
「ヨーコちゃん、すぐわかるわよ」
「え? え?」
準備が出来たら、オートマッピングの再開だ。
「キャワワワワワワワワッ」
「しっかり口を閉じてないと、舌を噛むぞ。ブライト、何か見えるか?」
「見えるね、氷だけが。それと前方にモンスターも。あれ、カマキリだぞ」
「カマキ……すぐ前じゃない!?」
マズい。止まれ――ない!?
氷の上を走ってるから、急には止まれないんだっ。
「悟くんっ。止まって!」
「無理だ!」
「無理って、なんで!」
「止まれないんだよ!」
足は止まっている。つまり今、滑っているだけだ!
くそっ。
『キィィィィー』
止まれないならなら、このまま――
「どけぇぇーっ!」
『キシェエェェェェェゲッ』
拳を構え、タイミングを合わせて突き出す。
おぉ。氷の上だからか、いつもより吹っ飛ぶなぁ。
「次、来るぞ」
「うおおぉぉぉぉ!」
「いあああぁぁぁっ」
「ヨーコちゃん、目をぎゅっと閉じるのよ!」
『ギェエェェッ』
進路上にいるモンスターはインパクトで殴りつつ、もうそのまま走ることにした。
走って走って、たまにサクラちゃんを休ませるため抱っこしてまた走る。
すると前方に氷の壁が現れた。高さは二メートル程度。
走るのを止めて、あとは滑りながら壁際まで移動する。
「どうやらここが端のようだね。先がない」
「どのくらい走ったかな……一時間ちょいか。かなり広いな」
「距離的にどのくらいなのかしら?」
だいたい時速六十から七十キロで走ったはずだ。それ以上で走るとサクラちゃんがついて来れなくなるからな。
そう考えると八十か九十キロぐらい走ったか。
じゃあ少し壁伝いに移動して引き返すか。
この階層で遭難していたら、この方法で必ず見つかるはずだ。
五十メートル横に移動して、来たのと同じ方角に向かってまた走り出す。
約一時間後、今度は岩山にぶつかった。
氷の壁といい岩山といい、ある程度近づかなきゃ見えない仕様になっているな。
百メートルぐらいの距離まで来て、突然現れるような感じだ。
「この中が上り階段のあった場所よね?」
「そうだね。地図を見ると、南側一面が岩山みたいだね」
そしてまた五十メートルぐらい岩山沿いに進んで、また氷の壁に向かって走る。
それを三往復、六時間ぐらいが過ぎたころ。
「三石です。四階の階段を発見しました。どうしましょう?」
氷の床に突然、ぽっかりと空いた穴を見つけた。
電車は急には止まれません。
ん?




