138:VSトラック。
「スノゥ!」
「任せてちょうだい!」
スノゥに先行してもらい、泥棒を追ってもらう。
「み、三石さん! あっちですっ。商品搬入口に停めてあった、トラックごと盗まれたんですぅ」
「えぇ!?」
「カタコトの日本語だったけど、アジア系っぽかったから」
「追います! サクラちゃんは受付のスタッフに伝えて、警察を呼んでもらって」
「わかったわ!」
「二台に青文字で安虎運送って書いてます!」
目印になって探しやすいな。
外に出た時には、もうスノゥの姿も見えなくなっていた。
だがここは一通の道路。とにかくここを抜けよう。
すぐさま走り出した。
だがその時になって、ツララを小脇に抱えていることを思い出す。
「しまった。ツララを連れてきてしまった」
「いっちょげー! 悟にぃに、悪党をやっちゅけろーっ」
「いややっつけないけど……」
「あ、母ちゃんあっち。あっちいりゅ」
「え? 見えるのか?」
こくんと頷くツララ。さ、さすがフクロウ。
ツララが羽根指す方角に走る。歩道を走ると危ないから、路肩を走った。
そして前方に見つけた。
信号停止をしている、シルバーの荷台に青文字で安虎運送と書かれたトラックを。
「〇▽З‡◇◎!」
「◇Гξ〇∂□!!」
スノゥが凄い剣幕で何か話しているが……中国語?
トラック泥棒も負けじと怒鳴り散らしてはいるが――マズい。信号が青になる。
今は前に別の信号停止している車があるから動けないでいるが、動き出せば逃げられてしまう。
急いでトラックの運転席側に回り込み、ドアを――鍵をかけているか。
「おい、開けろ! トラック泥棒、大人しくドアを開けろ!」
「☆〇!?」
「日本語を話せ!」
「悟にぃに、青ぉ」
クソ。逃げられる!
「すみません! 前の車、動かないでくだ――あああぁぁっ」
前の車が進みだした!
クッ。こうなったら。
トラックの前に回り込み、奴が発進するのを防……おい、まさか発進する気じゃ!?
「待て待て待て!!」
咄嗟にトラックの発進を防ぐように左手を着いた。
押せるわけがない。
頭ではそう理解していても、体が勝手に反応する。
「悟くん!?」
「スノゥ! ツララを掴めるかっ」
「無理よ。その子も大きくなったからっ。そ、それよりも悟くん」
「クソ。ツララを安全な場所に……でもここを離れればトラック泥棒が……」
「悟にぃにちゅごーい!」
ん?
「おっきな車止められるなんて、ちゅごいねぇ」
「悟くん……あなた、トラックを力づくで止めてるわよ」
「え? 何言ってるんだ、スノゥ――ん?」
ぎゅるんぎゅるんと、凄い音が聞こえている。
え?
「お、おいアレ見ろよ。人が……人がトラックを押し返してるぞ」
「もうたっちゃんったらぁ、そんな訳ないじゃ――えええぇぇー!? すごっ。何あの人!?」
「スキル持ちか? え、スキルってトラックより強いのか?」
「ねぇねぇ、あの人知ってる」
「私も知ってるぅー。捜索隊の人でしょ? 割と好みなんだよねぇ」
「クールっぽくてカッコいいよねぇ」
「「ねぇ」」
逃げようとしているのにいつまで経っても動かないのは、動かないんじゃなく、俺が止めていたから?
「あ、悟にぃに、うんてんちゅが車から出てきちゃよ! 逃げるぅ」
「な、なんだって!? おい、待て!」
「死ネニホンジン!」
「おい! エンジン切っていけよ!!」
「そこなの悟くん!?」
「スノゥ、追ってくれ!」
エンジンを切ってないんじゃ、危なくて離れられない。
誰かにエンジンを切ってもら――。
「ツララ!?」
右腕で抱えていたツララが、ぴょんっと飛び降りる。
「悪いちとには、お仕置きなのぉー!」
え……ツララが……光った。
いやだってスキルは秀さんが封印してくれてるじゃないか!
今解放されてるのはチェンジだけのはず。
え、チェンジする?
そう思ったが、ツララの光はそのまま光球になって、逃げる男に向かって物凄いスピードで飛んで行った。
そして――。
「アッー!!!!!」
こちらに向かって背中を向け全力で走る男のお尻に、光球がクリーンヒットした。
光って……痛い、のか。
でもあの光って、ウィル・オー・ウィプスじゃないのか?
光の精霊ってやつ。
封印は!?
秀さぁーんっ。
「じゃあ、あなたが素手でトラックを止めたと?」
「えっと……そう、らしいです」
「らしいってどういうこと」
駆け付けた警察に、その場で事情聴取を受けることに。
「はーい、刑事さん。僕ら見ましたー。その人、片手でトラック止めてましたよ」
「うんうん。トラックのタイヤ、空回りしてたよねぇ」
そ、そうだったのか。全然知らなかった。
まさか新しいスキルを手に入れたのか? トラック押しとか、トラックを素手で止めるとか、そんなスキル。
い、いや。でもここは地上だ。新規スキルの獲得なんて出来るわけがない。
スキルを手に入れられるのは、ダンジョン内だけだから。
その後、本部ビルに移動して更に詳しい聴取を受けた。
そこでは駆け付けた警察官が三人がかりで俺を押す――という、謎の取り調べもやらされた。
「ビ、ビクともしない……どうなっているんだ」
「俺、力には自信あったのに」
「バッカ、トラックを受け止めるぐらいだぞ。俺たち人間が押したって、動く訳ないんだ」
待って。俺も人間……。
「お疲れさんです。そいつは身体能力強化のスキル持ちなんで、全ての運動能力が常人の数十倍なんですよ」
「お、後藤じゃないか。久しぶりだな。そういや捜索隊に転職したんだっけ」
「有田か。懐かしいな。転職はしたが、十年以上前の話だぞ。ははは」
この警察官、後藤さんの知り合いなのか。
まぁ元々、後藤さんは救命救急士だったしな。警察にも知り合いがいたっておかしくない。
「そうかそうか。身体能力かぁ。凄いなぁ。警察に欲しいなぁ」
「ダメだダメ。絶対ダメ。悟はうちの第二エースだからな。いや、ある意味アイドルだ」
待って。
「アイドルかぁ。そういや群がってた野次馬の中に、目がハートになってた若い女の子も多かったな」
目がハートになる人間なんているわけないだろ。
「よし。聴取はこれで終わり。ご協力、感謝します」
「あ……はい」
敬礼をされたので、思わず敬礼で返す。
結局あの泥棒は、なんでトラックなんか盗んだんだ?




