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セレナ3






 働き者のセレナは、平日であればファミレスが閉店する22時まで働き、日曜日も11時から15時まで働く。


 セレナとシフトが殆ど被っていた千春は、バイトを始めた当初は平日21時上がりだった所を、すぐさま店長に申し出て22時上がりに変えた。


 理由は、セレナと一緒に帰るためである。


 千春たちの住む地域は特別治安が悪いというわけではないが、バイトを終えてファミレスを出るのは22時になる。

 街灯があっても帰り道はとにかく暗く、ひと気がない所も通る必要もあって、セレナを一人で帰らせるのが心配でしょうがなかった。


 セレナからしてみれば、いきなり彼氏面してきて、帰り道まで自分勝手に付き纏ってくる厄介なストーカー男という認識だっただろうが、千春は無理を通した。


 警戒心を露わにして気持ち悪がりつつも、千春の本気で心配する気持ちだけは感じ取ってくれたらしく、今では当たり前のように一緒に帰っている。


 今日もいつも通り、閉店作業を終えた二人は肩を並べて家路についていた。


「ソフィアさんとは普段、何を話しているの?」


「うーん? 特に何かを話しているとかではないけど」


「そう……」


「教科書の例文みたいな会話だけしてる」


 ただ、ネイティブである千春と会話を試みるだけで、多少なりとも葦原語が上達しているように感じていた。

 思ったことをそのまま伝えると、セレナは頷いた。


「そうね。実際に話した方が伸びると思うわ」


「セレナさんも教えてあげてよ」


「遠慮しておくわ。面倒だし」


 街灯の下で、微かに笑うセレナ。

 ただそれだけで、思わず見惚れてしまう。美人への耐性が十分にある千春ですら、この有様である。


 なにはともあれ、このような感じで、近頃のセレナは出会った頃と比べてほんの僅かに態度が軟化した。

 当初のセレナは男嫌いを極めており、客もスタッフもクラスメイトも、男性であれば例外なく素っ気ない冷たい振る舞いをしていた。

 最近になってようやく、千春にだけは少しだけ気を置いてくれるようになったのである。


 セレナの変化を間近で実感していた千春は、恩を施しまくった甲斐があったと喜んだ。

 彼女が意識してそうしているのかは千春には分からないが、少なからず他の男性よりかは気安く接してもらえているので、優越感に浸っていた。


「それで、話変わるけど今度デートに行かない?」


「はあ……またその話? しつこい男は嫌われるわよ」


「このままだと国際交流で青春終わるって」


 ソフィアとの生活は楽しくて、無理をして今の関係を続けているわけではないのは間違いない。

 恥ずかしがり屋のソフィアをからかうのは楽しいし、抜け目なく国際恋愛も狙っていたりもするし。


 しかし、普通の青春に憧れていた千春の、理想の学校生活とは大きくかけ離れている。

 その潤いを、セレナに対して自分勝手に求めていた。


「日曜日、帰りに寄り道してどっかカフェとか行こうよ。ここら辺美味しい所たくさんあるし」


「……まぁ、少し寄り道するくらいならいいわ」


「やったー」


 嬉しそうな表情でぱちぱちと、小さく拍手をして快い返答を歓迎する千春。

 目を瞑って、セレナは小さく首を横に振った。


「あなたの奢りね」


「分かってるって」


 悪戯っぽく笑い、堂々と奢りを要求してくるセレナに二つ返事で返す。


「バイト代も入ったし、十回デートしてくれたら十回とも奢りますけど」


「あなたとそんなにデートしたくないのだけれど」


 この時はまさか、VR機に148000円も払うことになるとは思ってなかった千春は、調子の良いことを言って、存分にセレナに甘い顔をした。


 取り留めのない話をしている内に、セレナの住むアパートに辿り着く。

 彼女はくるりと振り返り、柔らかい笑みを浮かべて、別れの挨拶を告げた。


「送ってくれてありがとう」


 いつからか、セレナは送ってもらうたびにお礼の言葉を述べるようになっていた。

 千春が勝手に付き纏っているだけなのでお礼は不要なのだが、毎回気持ちよく受け取っている。


「一人で大丈夫? 玄関まで送ろうか?」


「面白くないわ、それ」


「じゃ、また明日」


 千春に見送られて、セレナはアパートの二階へと上がっていく。

 彼女の自宅の扉が閉まる音を聞き届けてから、千春は帰途に着く。


 難攻不落の要塞みたいな少女が少しずつ心を開いてくれているという事実に、千春は確かな充足感を得ていた。


 子供のころから変わらない、千春の根っこの部分。


 千春という男は昔から、気に入った女の子に尽くして尽くして尽くしまくって、対価として特別な愛情を受け取ろうとする性質の生き物だった。






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