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ソフィア10






 休日のデートを翌日に控えた金曜日。

 エタガ内でソフィアと再会した千春は、狩り場に向かう途中で明日のデートについて軽く触れた。


「迷子になったらいったん家に帰っていいから」


「迷子にならないもん」


「そう? まぁ、大通り進むだけだから大丈夫だとは思うけど」


 スマートフォンの地図だけが頼りなのだから不安にもなる。

 ただ、先ほど千春が述べた通り、大通りにさえ合流できれば後は問題なく待ち合わせ場所まで着けるはずだ。


「あと、ナンパされても付いて行っちゃダメだかんね」


「行くわけないじゃん」


「行くわけないとは思ってますけどね」


「ちはる、心配しすぎ」


 心外だと言わんばかりの態度で腕を組み、ソフィアは半目で千春のキモアバターを見上げた。


「心配だな~。俺だったらこんな可愛いコ歩いてたら声かけちゃうし」


 屈んでソフィアに顔を近づけ、ヘラヘラ笑う千春。


「気持ち悪いアバターで近寄らないで」


「イケメンアバターにすれば良かったな」


 エタガ内では性行為ができるのを後から知った千春は、ネタアバターにしたことを後悔していた。

 後悔したと言っても、結局十七歳未満は利用できないので、今からイケメンアバターに乗り換える必要もないのだが。

 とりあえず一年間は醜悪なクソアバターで過ごして、十七歳になったらカッコイイアバターに変更して適当に女の子でも引っ掛けるつもりだった。


「さあっ、今日も元気にレベリングデートしよう」


 そう言って千春は、ソフィアの肩に気安く手を回した。


「ちはるはいつも馴れ馴れしすぎ!」


 可愛らしく抗議してくるソフィアの態度に、本気で咎める意思のようなものは見えない。

 もっと態度に表せて嫌がってくれないと、千春の方も「じゃあやめるか!」ってならないのである。

 

 楽しそうに騒ぎながら歩いている二人の前に、突如上空から黒いドラゴンが現れた。全長は十メートルほどもあり、威圧感が凄まじい。

 ドラゴンの背中に乗っていた男が、二人の前に飛び降りた。

 波巻きパーマの金髪。うっすらと発光している赤い瞳。千春のものとは天と地ほどの差がある整った甘い顔立ち。黒系で統一した衣服。エタガでは有り触れているものの、現実にいれば間違いなく女子に困らないようなイケメンアバターだった。


「あっ、ソフィアちゃん。フレンドと遊んでたんだ」


「ザガンさん、こんばんわ」


 ソフィアが彼の名を呼び、挨拶をする。

 男のプレイヤーネームは確かにザガンと表記されていた。

 彼はソフィアから隣の千春に視線を移すと、分かりやすく嘲笑を浮かべた。


「アバターやばいっすね」


「良いでしょ」


「この人はリアフレ」


「あ、そうなんだ。初めまして、ザガンって言います」


「よろしく~」


 ザガンは半笑いを浮かべながら、それでも最低限の愛想を持って千春に自己紹介をする。


「なにかありました?」


「あ、いや……暇だったら一緒になんかしない?って誘いに来たんだけど取り込み中みたいっすね」


 ソフィアが尋ねると、少し挙動不審になりながらザガンが答えた。


「うん。色々教えてるとこ」


「あ、だったら俺も手伝おうか? エタガ結構やってるから色々教えられるし」


「あー、いいっす。今デート中なんで」


 千春はソフィアの両肩に手を置いて、二コリと微笑む。

 醜い顔のアバターの微笑はあまりにも不快で、生理的嫌悪感を少なからず生じさせる。

 ザガンは愛想こそ崩さなかったものの、こめかみが小刻みに震えていた。


 千春の前にテレポートポータルが現れ、そこにソフィアを押し込んで自身も後を追う。

 呆気に取られているザガンを平原に置き去りにして、二人はその場からあっという間に消えた。


「ちはる、感じ悪い」


 感じ悪いと言いつつも、ソフィアからは千春を責め立てる空気は感じられない。

 それどころか、ほんの少し頬が紅潮していた。


「あれフレンド?」


 ソフィアの言葉を流して、問いかける。


「フレンドで、同じギルド」


「せっかくだし、俺も同じギルドいれてよ」


「良いけど、さっきみたいなことはあんまりしないでね」


 ソフィアからギルドの招待が送られてきたので、千春はその招待を受けた。

 【キャットハウス】というギルドに入団した旨の通知が表示される。


 チャット欄にギルドメンバーから大量の挨拶が流れてきたので、千春も無難に『よろです』とだけ返した。


「さて、気を取り直してレベル上げしますか」


「うん」


 ザガンが空気を読まずに追ってきたらどうしようかと考えていた千春だったが、幸いなことに彼が追ってくることはなかった。


 二人で他愛もない話をしながら、レベルを上げていく。

 

 可愛い子とお話しながらするレベリングは、たいそう楽しかった。


 その上、明日は現実でもデートが待っている。


「ちはる、機嫌良いね」


「なんでだと思う?」


「……知らない」


「明日、デートがあるからでしょ!」


 千春は上機嫌に鼻歌を歌いながら、大型のイノシシのようなモンスターを次々と討伐していく。


 明日がデートなので、今日は一時間ほどのプレイに留めて、千春はゲームを終えることにした。


「ソフィアも早く寝なよ」


「分かってる」


 ソフィアに見送られながら、千春はエタガの世界からログアウトする。


 また明日会えるというのに、ソフィアは少しだけ寂しそうにしていた。


 恥ずかしがり屋で寂しがり屋のソフィアが、愛おしくて堪らなかった。





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