【8】もう一つのエンディング
【8】のサコの告白からお話は分岐してます。
「ラウル!ふざけるのも、いい加減して!!」
「ふざけてなどいません。真剣です」
「だって、ちゃんとした告白もプロポーズもされてないんだよ!!」
「――サコ!!」
これでは、自分の気持ちを言ってしまったも同じ。
もう取り消しって言ってもどうする事も出来ない。
村人達が私を“ラウルの奥さん”という目で見ていると知った日から、ラウルは「いずれ、そうなりませんか?」と私にそれっぽい事を言うけど、はっきりと言われていない。
私達の関係が、便宜上なのか、本気なのか、知りたくて。
だから、思わず、本音が爆発してしまった。
「これからも、ずっと、僕の奥さんですからね」
「…うん」
その後、ラウルの行動は早かった。
ちゃんとした告白も、ちゃんとしたプロポーズもしてくれた。
それはもう、言葉で、態度で。
いきなり、彼女という立場も、恋人もいう立場も、すっ飛ばして、私はちゃんと“奥さん”という確固たる立場を得た。
「ずっと、我慢してましたから」
その言葉を身を持って知った日から、3日間、全身を襲う倦怠感と筋肉痛でベッドから起き上がれなくなってしまい――。
「ラウルには、精神修行のやり直しを要求します!!」
結局、しばらくは部屋も別々で今までと変わらない生活を送る事に決めた。
* * *
勇者が村にやって来たと大騒ぎになった日から数ヶ月。
「あれ?こんな所に、手紙?」
今日も天気が良いのでラウルが居ない間に、ベッドのシーツと取り替えて、洗濯しようとした所。
枕の下にある手紙が舞う。
精神修行と言いつつ我慢させているから、そういう類のモノかと思ったじゃない。
「あ~、拾わなきゃ」
手紙の順番が狂っちゃうのは、後でラウルに謝れば――。
「ん?“勇者”?」
ふと、目に飛び込んで来た単語にトクンと心臓が跳ねる。
省吾の事だから、助けた姫様と婚約でもしたかな~?
まあ、披露宴に招待してくれるなら行ってもいいけど。
あ、でも、幼馴染みとしてスピーチなんて恥ずかしくて出来ないよ。
一番後ろの家族席に座って、遠くから幸せな省吾が見れたら、それだけで――。
「なっ?うそ!?どういう事!!」
信じられない。
信じたくない。
手紙をぐしゃりと握り締め、ラウルの部屋を飛び出す。
「省吾…」
無我夢中で、村を駆け抜ける。
「省吾!」
突き放したのは私だ。
つかず離れず、心地良い距離感を押し付けたのは私だ。
一生、幼馴染みがいいと言って、自分勝手な未来を求めたのは私だ。
「省吾!!」
躓いて転げる寸前で、抱きかかえられた。
「サコ!一体、何があったんですか!」
「…ラウル?」
ラウルが滲んで見える。
ラウルは「その、手紙…」と言って、私をぎゅっと抱き締めてくる。
「サコ、許して下さい」
私もラウルに力一杯抱き付いた。
声を荒げて、泣き叫んだ。
こんなにも、パニックになるほどショックを受けるなんて思ってもみなかった。
省吾が、既に元の世界に帰ってしまっていた事に――。
冷静に落ち着いて考えれば、どうって事のない話。
ただ、ひと言、省吾から「俺、帰るから」って言って欲しかった。
それは私の我が儘なのは分かってるけど。
ただ、胸の真ん中がぽっかり穴が開いてしまったような…。
「夕飯の準備が出来ました。少しでも食べませんか?」
一人部屋で休んでいた私にラウルは声を掛けてくれる。
テーブルの上には所狭しと豪華な料理が並べられている。
「これ、ラウルが作ったの?」
完敗だよ。
私の料理なんかと比べたら雲泥の差だ。
見た目も食欲をそそる匂いも、どれも美味しそう。
「ラウル、料理が得意なら言ってくれれば――」
「いえ!これは村の方々からのご好意と言うか……」
私が泣いて村から出て行くのを見ていた村人達がラウルに何があったのかと詰め寄ったらしい。
ラウルは、私が勇者様について書いてある手紙を読み、ホームシックになって落ち込んでいると話したらしい。
それを聞いた村人達が私に沢山の手料理を振る舞ってくれたという。
料理の他にもテーブルには野菜や果物が籠にいっぱい積んである。
「明日、私の方からちゃんとお礼を言うよ」
パニクった姿を見せてしまったんだ。
情けない話だよ。
「それでいいと思います。それでなくても喧嘩してると思われて、原因は僕にあると責められて大変でした」
いつになく、ラウルが元気無く笑い「さあ、せっかく頂いたのですから食べましょう」と席を勧めてくれる。
食事をしながら、私はラウルに謝った。
手紙を勝手に見てしまった事。
省吾が元の世界に帰ってしまったのを知ってビックリした事。
パニックになって村人達に驚かせてしまった事。
そのせいでラウルに迷惑を掛けてしまった事。
「ラウル、ごめんね…」
と私は素直に謝った。
なのに、ラウルは目を見張って信じられないという顔を向けてくる。
「な、何よ!許してくれないの!!」
「違います!謝らなければならないのは僕の方なのに!サコは、何一つ悪くはありません」
「だって、勝手に他人の手紙を読むのはいけない事だもん」
「…そこですか」
「?」
「僕は手紙の内容についてサコに話しませんでした」
「省吾の事?」
「はい」
まさか自分があんなに取り乱したりしたのは恥ずかしいけど、今、思うと省吾が黙って帰ったのにはちょっと怒りを覚える。
「結局、省吾とは幼馴染みだよ。どこか遠く離れてもお互い元気ならそれでいいよ」
「え!?」
「…“え!?”って、どういう意味?」
ラウルが本気で驚くから聞き返してしまった。
「サコは、帰りたくは、ない、ですか?」
ラウルがはっきり言葉を区切って私に尋ねてくる。
「サコは、帰れるんですよ。サコの世界に」
ラウルは続けて私に問い掛ける。
「勇者様は帰ったんです。だから、サコも――」
帰る?元の世界に?
でも、初めから私は帰るという選択肢は無かった。
帰る気満々なら、こんな遠くの村まで旅なんてしなかったし、移住する必要も無い。
あのまま大神殿で、省吾の帰りを待っていたと思う。
両親や友達と会えなくなるというより、私は佐古智美という個人を見てくれるこの世界を選んだ。
『あなた、片桐省吾のなに?』
という視線の中に晒されるのが、嫌だった。
そして、決まっていうセリフ『幼馴染みだよ』も、言い飽きた。
「サコは、本来、異世界に召喚する予定の無い存在だったんですよ。それを父が勇者様と一緒に巻き込んでしまっただけです。その勇者様が元の世界に帰ったという事は、サコも望めば帰れるんです」
声を詰まらせながらも、一気に話し始めるラウルに軽く相槌を打つ。
「僕は、サコが元の世界に帰れるという事を隠していました。黙っていました」
まあ、そうだね。枕の下っていうのが――隠し場所としては定番かな。
「でも、僕はサコを帰したくなかったんです!サコは僕の奥さんです!」
「うん。私はラウルの奥さんだよ。帰る気が有ったらラウルの奥さんなんてならないよ」
「…サ、サコ!?」
「私だって、ラウルの事、――す、好きだもん」
「――サコ!!」
あ!しまった!!
こんな展開、前にもあった!!
この後、どうなるかなんて予想通りというか、前回と同じというか。
こんな事になるなら精神修行なんて言って、禁欲生活させるんじゃなかった。
まあ、2度目なので寝込むほどにはならなかったけど、起き上がれるようになったんは翌日の夕方。
ラウルに腰を支えて貰いながら、村人達に「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えに順番に家を回って行く。
「何かあったら相談に乗るから」
「あまり溜め込まないようにね」
「サコには、いつも子供を見て貰ってるから助かってるのよ」
村人達の温かい言葉に、私はこの村を選んで来た事を本当に良かった思う。
そして――。
「たまには里帰りも許して上げなさいな、神官様」
この言葉にラウルと二人して、ドキっとしたり…。
小神殿への帰り道。
「やはり、サコは帰りたいですよね。ご両親にも会いたいですよね」
と、ラウルはぶつぶつ一人勝手に喋っている。
私はラウルの言葉に完全無視でいるにも限界が来てしまって「ラウルは私が帰ったら泣いて、行かないで、って言うくせに!」って言ってやった。
「――なら、泣いている所が見れるな」
背後から、私とラウルの会話に割り込む声がしてビックリして二人同時に振り返る。
そこには、学生服姿の、大きなトランクを持った男――省吾が立っていた。
「智美――迎えに来た」
「省吾…」
「と、言ったら、どうする?」
「!」
とにかく、中で話をという事になり小神殿の礼拝堂で三人で話を始める。
いきなり「迎えに来た」と、言われても困る。
「先に、荷物」
「あ、それ、私のトランク」
「おばさんやおじさんには、俺から話はした」
「そう。それで、信じてくれたの?ウチの親は」
「目の前で消えて見せた」
「………」
トランクを開けて、中身を確認する。
沢山の着替えに、教科書やノートに参考書。
他にも、保存の利くレトルト食品や缶詰が大量に入っている。
私って料理の才能無いからね~、お母さんなりに気を利かせてくれてるのが嬉しいやら、悲しいやら…。
「省吾、ありがとうって、お母さんに伝えてくれる」
「智美…」
「異世界に行ったり来たりって、自由に出来るの?」
「出来る。魔法使いに習った」
「おお、さすが、省吾!凄いね!」
「来ても、いいか?」
「勿論、省吾の来たい時、いつでも来ていいよ」
その後、三人で夕ご飯を食べた。
私の作った料理を見て、省吾は「これ、食えるのか?」とラウルに質問していた。
ラウルも「見た目はこんな感じですけど、意外に美味しいですよ」と答えていた。
「食えるのか?」って酷い!
「意外に」も、何気に酷い!
二人とも、失礼な!!
「だったら、食うなーーーーっ!!」
静かな夜。
小さな村に、私の怒りの声が響き渡った。
そして、国境沿いの村にある小神殿に元勇者が、毎週末やって来るようになった――。
『幼馴染みだよ』もう一つのエンディング END




