【3】
「サコ、出立式には参加しないのですか?」
借りていた部屋の後片付けをしていたら、声を掛けられた。
開けたままのドアの向こうに、私達を召喚した神官長さんの2番目の息子のラウルが立っていた。
「あれ?ラウル。どこか行くの?」
質問されておいて、質問で返すのはどうかと思うけど、ラウルの格好は今にも旅に出れますよって感じだから。
「アルジー村へ行こうと思って」
「!」
確か、これから私が向かう村も名前もそんな名前だったような…。
「旅に出る前に、勇者様に会わなくてもいいのですか?」
「うん。昨夜、省吾…――その勇者がこの部屋まで来てくれて、挨拶は済ませているの」
ラウルは「そうですか」と、答えるだけ。
「それより、ラウル。アルジー村だっけ、どうして…?」
「父に願い出ました。サコと一緒に行きたいと」
「!」
「ちゃんと許可を得てますから、大丈夫です!」
ラウルがここの神殿を継ぐんじゃなかったっけ?
そういうのマズいんじゃないの?
返答に困って、眉根を寄せる。
「ここを継ぐのは兄です。僕は結構自由ですから、どこでも付いて行けますよ」
それって、私が行く所、どこへでも付いて行く気ですって事!?
「でも、ラウルのお兄さん、勇者パーティの一人でしょう」
ラウルの兄は神官で、勇者と一緒に行くメンバーの一人でもある。
ついでに魔法使いに戦士が居て、まあ、何て言うか、メンバーも王道の王道まっしぐらって感じ。
「勇者様が負けるわけありません。なので、兄も無事に帰って来ます」
はっきりと言い切るラウルに対し、僅かに苦笑が漏れる。
私も、私こそがラウルの言葉を一番に信じている人間だ。
「そうね、省吾だもん。あれ?もう、魔王を倒したの?早過ぎ!ってな感じで帰って来るよ」
そう言って、私は数少ない荷物が入った麻袋を肩に掛けた。
出来るだけ、森や荒野を避けて旅を進める。
護身用にとナイフを持たされたが、使い道に困る。
ラウルも一緒だし、この世界の事を教えて貰いながら目的地を目指す。
1週間もあれば、付きますよって言われていたのに、私はこの世界では異世界人。
自転車や電車に自動車と便利な乗り物を使ってきた私には、長時間歩くという事に慣れていなくて、すぐにばててしまう。
体力不足に泣けてきそう。
「ごめん、ラウル」
「いいえ、サコの体力を考えて旅程を組んでます」
そうは言っても、今頃は町に着いて宿に泊まって、そこで食料を調達して…という予定のはず。
それなのに、大きな木の下で野宿となった。
「それより、足は大丈夫ですか?」
「ん?」
「慣れていない靴では、擦れて赤くなったりしてませんか?」
「!」
完全にバレてる。
痛みを我慢して、歩き方も自然に歩いていたつもりなのに。
いきなりラウルが私の足首を掴んで靴を脱がそうとする。
「ちょっと、待って!ラウル!」
「ほら、言った通りです。今、治癒魔法を」
ラウルは自分の事を神官モドキって言っている。
つまり、本当の神官ではなく、神官の真似事をしているだけだと。
でも、つくづくこういう魔法を見せられると、ここは異世界なんだと思わずにいられない。
帰れない。
遠い世界に来てしまったんだと。
そして、勇者との関係を訊いてくる人も居ない。
だから「幼馴染みだよ」と答える事も無い。
私と勇者の取り巻く世界は変わってしまった。
きっと、ここは私が望んだ世界なのかもしれない。
この異世界では、おまけで勇者にくっ付いて来てしまった不必要な女。
ラウルの魔法のおかげで足の痛みは無くなった。
けれど、私の胸の中のモヤモヤは…?
きっと、今、この旅がラウルに負んぶに抱っこな状況がそうさせているんだと思う事にして体力回復にと早々に眠る事にした。




