表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/50

第51話 銀狐、恥ずかしがる 其の二



 だが動きを止めたまま何も言わない(こう)を、別の意味に捉えたのだろう。白霆(はくてい)が申し訳ございませんと、晧に謝る。


  

「……晧、すぐに治しますので」


 

 白霆がそう言った刹那、背中にあった彼の手からあたたかいものが流れ込んでくる。


 

「──っ、待て、白霆!」


 

 咄嗟に振り返った晧は、腰の痛みで呻きながらも白霆の手首を掴んだ。いま感じた『あたたかさ』は白霆の神気だろう。ふわりと懐かしい春の野原に咲く、草花のような香りが辺りを占める。神気には傷を始めとしてた『痛み』を治す『力』がある。白霆はこの『痛み』を治そうしてくれたのだ。

 だが。


 

「……治すな」

「晧?」  

「この痛みはお前と床を共にした証だ。お前が初めて俺に与えてくれた痛みを……消さないでほしい、白竜(ちび)

「──っ! 貴方は本当に……っ」


 

 ぐる、と白霆が竜の唸り声を上げながら、晧の側に横たわる。腕の中に抱き締められれば、視界は白霆の胸でいっぱいになった。

 晧はすん、と白霆の香りを嗅ぐ。

 あまりにもいい香りに額を胸にぐりっと押し付けた。腰も痛いというのに、ぱたぱたと喜びを素直に表す尻尾。そんな晧も見て白霆は何を思ったのか、頭上から彼の深い深いため息が降ってきた。


 

「……晧」


 

 慈しむように狐耳に幾度も接吻(くちづけ)を落とされて、晧はカカカと狐の声で鳴く。尻尾もまたぶんぶんと勢いのある振り方へと変わっていく。まさにそれは銀狐の本能であり、求愛行動の一部だった。


 

「……晧、怒らないで聞いて下さいね」

「──ん?」

「やはり私は、貴方の『痛み』を治したいです」

「だから……それは……」

「──治してもう一度……貴方に差し上げたい。貴方が望むなら『痛み』を。ですが今度は後で『痛み』が出ないように、もっと丁寧に貴方を……抱きたい」

「──っ! まさか今から、か……?」

「貴方の負担になるからと我慢してました。ですが……すっぽり上掛けに(くる)まっていた貴方の姿も愛らしかったというのに、あんなに可愛いこと言われたら……我慢なんて出来ません」


 

 耳に吹き込まれる声に、夜の艶を感じ取って晧の狐耳がびくびくと動く。


 

「だめ、ですか? 晧……?」

「──っ!」


 

 晧の身体を抱き締めていた手が、ゆっくりと腰の線を擦り臀に辿り着いた。ただそれだけの動きで上がってしまいそうになる息を、晧はぐっと奥歯を噛み締めて遣り過ごす。

 ああそうだ、昔からそうだった。

 この子を守りたい。あまり甘やかしてはいけないと思いながらも、この子の望むものを叶えてやりたい、と何度思ったことだろう。

 結局自分は昔から白竜(ちび)の甘え上手なお願いに、勝てた試しなどなかったのだ。  

 深い深いため息をつきながら、晧が分かったと応えを返せば、白霆が竜の鳴き声で喜ぶ。

 何とも言えない気分のまま。(いざらい)に触れている手から少しずつ溢れ出す神気のあたたかさに、晧は身を委ねた。


 

「あと約束も守って下さいね、晧」

「……っは……やく、そく……?」

「──温泉」

「あ……」

「ここ離れの部屋なので、専用の温泉があるんですよ。一緒に入りたいです」

「……変なこと、するなよ」

「……」

「こら、白竜(ちび)……っ!」


 

          ***


 

 その後、二人が麗城に帰城したのは十数日も後のことだった。その内の数日間は、宿の離れにずっと籠もっていたのだが、何をしていたのかは言うまでもない。

 帰城して晧は式と入れ替わって遊学を続けていたが、やがてそれも無事終える。紫君(しくん)とその番に礼を言って晧は、銀狐の里へと帰った。途中紅麗の街に寄って、薬屋の麒澄(きすみ)にも礼を言うことも忘れなかった。

 白霆とはここでお別れだった。

 次に会うのは婚礼の日だが、晧は何度か里を抜け出して紅麗にいる彼に会いに行っていた。

 きっとその全てが原因だったのだろう。

 婚礼の日まであと一月(ひとつき)というところで、晧と白霆の婚礼は延期となった。

 晧の懐妊が分かったからだ。

 しかも晧は自分が身篭っていることに全く気付いていなかった。そういえば少し前まで気持ち悪かったが、食べ過ぎだと思っていた。しかも最近は少し腹が出てきていたので、婚礼までに引き締めようと思っていたぐらいだった。

 そんな晧の妊娠を一番に見抜いたのは、番の作った清白(すずしろ)を土産に里を訪れていた紫君だった。


 

「おめでとう、晧。赤ちゃん出来たんだね」

「──は?」

「え? 晧の中に別の気配が二つするよ?」


 

 紫君のこの言葉によって、晧は里の者に連れられて麒澄の元を訪れた。診察によって確定した妊娠に、その場にいた白霆はあまりの嬉しさに白竜に転変し、きゅうきゅうと鳴いたという。  


 

 それから暫くして。

 産まれてきたのは元気な雄狐と雄竜だった。   

 婚礼の儀は晧と白霆の希望で、彼らが少し大きくなってから執り行われることとなった。 

 




 

 大勢の人の喝采が聞こえる、その中心に。

 紅の婚礼の衣装に身を包んだ晧と白霆がいる。

 その両隣に祭礼用の衣着をきちんと着込んだ、小さく愛らしい幼狐と幼竜が、誇らしげに自分の両親を見つめていた。

 二人はとても幸せそうな顔をして、接吻(くちづけ)を交わす。

 途端に大きくなる拍手喝采に、晧と白霆は顔を赤らめながらもお互いを見つめ、やがて大きく笑ったのだ。


 

 【終】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ