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第46話 銀狐、向きあう 其の三



「……あ……う……」


 

 (こう)は居たたまれなくなって、白竜から視線を外した。そして彼の手の甲に添えた、自分の手を見つめる。

 確かに白竜から逃げたが、まさか言えないだろう。

 ずっと可愛いと思っていた年下の竜が、見目のいい雄の人形(ひとがた)になって現れたことに戸惑っただなんて。目が合った瞬間に自分は『食われる側』なのだと、本能的に理解したことにも戸惑っただなんて。

 しかも白竜は自分よりも遥かに体格がいい。アレの大きさはきっと体格に比例する。近い将来に受け入れることになるだろう、アレの大きさに怯えていただなんて。


 

(……言えるわけがない)


 

 とんでもない罪悪感に、晧は眩暈がしそうになる。

 だがそんな晧の思いなど全く知らない白竜の、もう片方の手がぎゅっと、添えた晧の手に被さった。


 

「……気が気ではなかったんです。幼竜の時からずっと大好きで大好きで仕方なかった貴方が、私の知らないところへ行ってしまうのではないかと。いずれちゃんと戻ってくるよと紫君(しくん)はおっしゃっていましたが、耐えられなかった。だから私は紫君に相談したのです。晧を追い掛けたいと。

「……っ」

「ですが元の姿のままでは、貴方はまた怯えて戸惑って逃げてしまうかもしれない。貴方のあの目を、もう一度向けられるのは耐えられなかった。……紫君に協力して貰って、彼の術力と私の神気を織り交ぜて、私は姿を変えました。ですが胸の紋様が残ってしまっていたので、消すための術をさらにかけて」

「……」 


 

 晧は何も言えず、ただ白竜の手を見ていた。

 心の中で押し潰されそうな罪悪感と、愛しいと思う気持ちのままに、彼の手の甲を軽くきゅっと握る。すると被さった白竜のもう片方の手が応えて、晧の手背を力強く握るのだ。


 

「術の二重掛けは不安定でした。ですので師匠に術を長期間固定し、持続できる薬を処方して貰えるよう頼みました。晧もご存知の通り、師匠に薬を依頼するには代償が必要です。私は師匠と『晧が私に気付くまでは、自分から正体を明かさない』という言の葉の制約を交わしました。師匠からは気付かなかったらどうするんだ、本気で身体の方が保たなくなるぞと警告されましたが……大丈夫だと思っていました」

「……」

「……気配は術で変えることが出来ますが、神気の香りというのは、どうしても変えることが出来ないもの、らしいのです。貴方が媚薬を掛けられたあの夜、私は敢えて隠さずに神気の香りを放ちました。それで気付いて下さると思っていたんです。ですが貴方は、香りだけに(・・・・・)反応している(・・・・・・)状態でした」


 

 ああ……と晧は心の中で呻いた。『白霆(はくてい)』から薫る、春の野原にある草花のような瑞々しい香りに、懐かしさを覚えて心が捕らわれたことを思い出す。あの香りに包まれただけで、とても安心したのだ。

 その理由が何なのか全く分からないまま。

 分かったのは昨日。

 香りが当時の夢を見せ、忘れていた記憶を連れてきた。


 

「山に入ってすぐでしたね。貴方が私に『何か香りのするものを身に付けているのか?』とお聞きになったのは。そして『私から懐かしい香りがするのに、どこで嗅いだのか覚えていない』とおっしゃったのは。私はその時初めて貴方が、私の神気の香りを覚えていないのだと知ったのです。ですが……よく考えれば分かることだったんです。貴方は私が怪我を治した所為で、神気の過剰反応を起こして高熱を出し、何日も寝込んだのですから」


 

 申し訳ございませんと、白竜が晧の手背から手を離して、再び寝台の上掛けを握る。


 

「私の思い込みと我が儘の所為で貴方を苦しめ、心配を掛けてしまいました。姿など変えずに貴方を追い掛けて、ちゃんと話をすれば良かった。ですが貴方に嫌われたくなかった。怯えたような戸惑いの目で、人形(ひとがた)の私を見て欲しくなかった。……本当に申し訳ございません」


 

 白竜の言葉が湿声(しめりごえ)に聞こえた気がした。晧はまるで冷水に触れたかのようにはっとして、敏速に視線を上げる。


 

「──っ!」


 

 どうすればいいのか分からなかった。

 白竜の悲しそうな表情と、頬をつつと流れ落ちた一筋の涙に、胸が痛んで仕方なかった。


 

(ああ……やはり変わらない)


 

 自分が神気に病られて熱を出した時も、小さな白竜はこんな風に悲しそうに泣いていた。


 

(……お前が悪いわけではないのに)


 

 そして今回のことも白竜は何も悪くない。


 

(悪いのは……俺だ……!)


 

 気付けば身体が動いていた。

 寝台で上体を起こしている白竜に、晧は両膝をついて跨がる。少しばかり視線が下になった白竜の、頬に残る涙の跡を親指の腹でそっと拭った。

 今にも零れ落ちそうなほど、涙を(たた)えている灰銀の瞳が驚きに満ちる。

 つきりと胸が痛みながらも晧は、その眦に唇を寄せて軽く吸った。


 

「泣くな……白竜(ちび)……」

 

  

 

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