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第37話 銀狐、駆ける



 朝餉を頂いた後、二人は旅に戻ることを決めた。

 挨拶をする為に霽月(さいげつ)の部屋に訪れると、彼女は行くんなら抱っこしてやっておくれよと、(こう)に再び赤子を抱くように勧める。晧は有り難くその申し出を受けた。あれから半日も経っていないというのに、腕にずしりとかんじる重みが愛おしい。また昨日とは違って赤子は起きていた。晧が人差し指を赤子の手に近付けると、赤子がぎゅうと握り締める。

 この一生懸命に握り締めている小さな指もまた可愛いのだと、晧は白霆(はくてい)に話しかけながら視線を上げた。


 

(……っ)


 

 想像もしていなかった優しい瞳にぶつかって、晧は思わず目を逸らす。腕の中にいる赤子を見る為に白霆が晧に近付いた。思わず意識してしまった白霆の体温に、どきりと胸が高鳴ってしまうの自分が嫌で堪らない。

 白霆もまた赤子の手に人差し指を近付ける。赤子が白霆の指をぎゅうと握れば、本当だ小さなおててで可愛いですねと晧に応えを返した。


 

(こんな日が……いつか……)


 

 可能性があるのだと分かってしまった今、何を思っていいのか分からなくなる。

 そんな晧の感情を吹き飛ばすかのように、晧に向かって赤子が笑みを浮かべるのだ。


 

「……っ」


 

 その愛らしさに、生まれて間もないというのに笑う生命の神秘さに、晧は勇気付けられた気がした。 

 一頻り、赤子の愛らしさを堪能して晧は、霽月の腕に赤子を移す。


 

「本当に世話になったね、晧、白霆。いつでも遊びにおいでよ。ここでもいいし、宿でもいい。歓迎するよ。お前達の行く末に幸があるよう、祈っている」



 

           *** 



 霽月と村の人達に見送られて、二人は村を後にした。

 しばらく歩くと自分達が、昨日から歩いてきた登山道が見えてくる。ここから次の目的地である温泉の有名な宿までは、ゆっくり歩いても夕刻前には辿り着く距離だ。

 登山道はなだらかな所もあれば、時折急な斜面となっている所もある。そんな道を晧と白霆は、いつもより言葉少な目に歩いていた。

 晧は元々自分から話題を振って話す方ではない。白霆と旅をするようになってからは、白霆の方から色々と話題を振ってくれていた為、気付けば自然と話をするようになっていた。だから今のように白霆があまり話をしなければ、最低限の会話しか生まれない。それでは駄目だと晧は思ったが、何を話せば色々と襤褸が出そうで話し掛けられない。

 それでも視線が合えば、白霆はにこりと笑い、大丈夫ですかと優しく声を掛けてくれる。


 その様子が。

 おかしい、と晧は思った。

 

 思えば昨日から白霆は様子がおかしかった。

 明るい陽の下で見れば、その『おかしさ』が更に浮き彫りになる。

 顔に貼り付けたような『優しい笑み』と肌のあまりの青白さに。


 

(……何でもっと早く)


 

 気付いてやれなかったのか。

 気付いていたらこんな山道、歩かせなかったというのに。


 

「──白霆」


 

 名前を呼ぶのと同時に晧は、瞬きひとつで自分の姿を大きな銀狐の姿に転変させた。


 

「……晧?」

『乗れ、白霆。これで一気に宿まで駆ける』

「どうしていきなり」

『いきなり? もう隠せてねぇよ、白霆。調子悪いんだろう? 気付いてやれなくて済まなかった』

「──っ、そんな、私が……!」 

『まだ俺に乗って掴む体力あるか?』


 

 しばらくの間、銀狐を見つめていた白霆だが、観念したかのように無言のまま力なく頷いた。

 白霆が銀狐に乗る。

 ぎゅっと背中の毛を掴む感触を確かめてから、晧は駆け出した。

 

 白霆を振り落とさないように。

 慎重に、でもなるべく早く。

  

 

  

 

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