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悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします  作者: 浜千鳥


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クルイモフの魔獣馬

せっかくだから少し庭を散策しようか、とアレクセイが言ったので、エカテリーナは嬉々としてぜひ――と言いかけてためらった。


「嬉しゅうございますけれど、お兄様、お忙しいのでは」

「大丈夫だ。お前のおかげで、余裕があるからね」

「わたくし、何かお役に立てておりまして?」

「もちろんだ」


妹の手を取って、アレクセイはそっと握った。


「お前の美しい姿を見れば、力が湧いてくる。お前の優しい言葉を聞くと、心に余裕が生まれる。私は神を信仰したことはないが、何かを崇拝することは喜びなのだと、お前と接して解るようになった」

「まあ……お兄様ったら」


今日も朝からシスコンですね!




歩き出した兄妹に、猟犬たちのリーダー、レジナが付き従ってきた。

アレクセイの言葉を完全に理解したらしく、エカテリーナの傍らに寄り添って離れない。猟犬の飼育係イーゴリもレジナへの信頼は深いようで、行きたいそぶりを見せた彼女の頭をわしわしと撫でて、お嬢様をしっかりお守りするんだぞ、と言って送り出した。


嬉しそうにレジナのふかふかの毛並みを撫でる妹に、アレクセイは目を細める。


「動物が好きなら、馬たちを見るか?花のほうが良ければ、花園に案内しよう」

「馬も好きですわ。美しい生き物ですもの」


お兄様とご一緒できるなら、なんでも楽しいです。

でも、馬が好きなのは本当なので、たくさんの馬が見られるのは楽しい。そういえば、体力をつけるために乗馬をしたいと思ってたんだった。……あれから忙しくなる一方で、全然できてないけど……。

でも毎日けっこう歩いているから、ちょっと体力ついてきたかも。だって皇都もこちらも、住んでるとこがやたら広いから。前世よりずっと歩いてますよ。エレベーターとかないから、階段の昇り降りも多いしね。




ユールノヴァ城の厩舎は大きく、たくさんの馬たちがいた。公爵家の馬だけでなく、滞在している騎士たちの馬も預かっているらしい。面倒を見る馬丁たちもかなりの人数がいるようだ。


アレクセイは公爵家の馬たちをよく知っていた。名前だけでなく、性格や特徴、親というか血統まで。


「お兄様は馬がお好きですのね」

「ああ、馬術は好きな方だ」


……遠くへ駆け去ってしまいたい、なんて思うことがあるのかな。

無理もない、どころか、そういうことを思って当然の、重すぎる責任を負っている境遇だもの。



どの馬も皆うるんだ大きな目と長いまつ毛を持っていて、大きいのに可愛い生き物だ。けれど、比べてみると公爵家の馬たちはやはり、均整のとれた美しい姿をしているように思う。


この世界では馬は交通手段でもあるので、この馬房は前世で例えれば巨大なガレージ。公爵家の馬たちは、フェラーリとかランボルギーニとかの超高級車。騎士の馬たちは、超まではいかないけど高級車、フェアレディなんちゃらとかRXなんちゃらというところだろうか。

そして、旅の途中にときおり見かけたずんぐり丈夫そうな農耕馬は、軽トラと。

なお公爵領の馬には、鉄の地金のような非常に重いものの荷馬車を引くために生み出された、巨大な品種もいるそうだ。エカテリーナが思い浮かべたのは、北海道のばんえい競馬の馬(体重がサラブレッドの倍。巨大)だが、おそらくそういう感じだろう。


ただ、馬は高価な動物であって、前世の車のように一般庶民もたいてい持っている、なんてものではない。

騎士が領民たちの憧れの的なのは、そんな高価な馬に乗った姿が良いのかもしれない。特にユールノヴァ領の騎士団は、平民出身であろうと入団試験で素質を認められ、騎士団のあるじである公爵に剣を捧げれば、騎士の身分になることができる。同時に、馬を飼い馬丁を雇うことができるだけの収入が与えられるのだ。

爵位のように子孫へ継承させられるものではないが、平民より上の身分となり、生活も格段に良くなる。それはもう、夢そのものだろう。


馬丁が持ってきてくれた人参を馬にあげたりして、楽しく過ごしたエカテリーナだが、ふと馬房の窓から見える小さな建物に気付いた。単独の厩舎にも見えるが造りが立派すぎるようで、しかし人間が住むためのものには見えない。


「お兄様、あれはなんですの?」

「あれは……」


エカテリーナが示したものを見て、アレクセイは珍しく口ごもる。エカテリーナは急いで言った。


「ただ目についただけですの。話しにくいものでしたら、うかがいませんわ」

「いや、この機会に話しておこう。おいで」



アレクセイのエスコートで、先ほどの小さな建物へ来てみると、それはやはり厩舎だった。中に仕切りはないので一頭だけを飼うためのもののようだが、広くて立派で、かなり頑丈そうだ。ただ、長らく使われていないようで、がらんとして埃っぽい。

そして、馬がいない代わりのように、一枚の絵が飾られていた。


描かれているのは馬とそれに騎乗している人物。乗り手は、祖父セルゲイだ。

馬は、灰色というか馬の毛色でいえば芦毛で、長身の祖父がそう見えないほど大きな見事な体格をしていた。その額には、銀色の角が生えている。さらに、口からのぞく牙。


クルイモフの魔獣馬!


「お祖父様と、愛馬ゼフィロスだ。この厩舎はゼフィロスのために建てられた。皇都の公爵邸にも同じような厩舎があったんだよ」

「まあ!お祖父様の愛馬はクルイモフの魔獣馬でしたのね!」


さすがお祖父様!

公爵家の馬たちがフェラーリなら、魔獣馬を所有するのはプライベートジェットを持つようなもん?プライベートジェットって確かお値段、数十億だったような。


「クルイモフ家は皇帝陛下の御馬係だ。魔獣馬は本来、すべて皇室に献上される。どれほどの対価を積もうとも、金銭であがなえるものではないんだ。

だが、クルイモフの当主には特権が認められている。当主がふさわしいと判断した相手にならば、魔獣馬を贈与することが許される。お祖父様は、クルイモフの先代当主からゼフィロスを贈られたそうだ」

「そうでしたの……」


すみません、即座に金額換算してしまってすみません。

お金では買えない存在とすると、F1とかかな。あれは市場価格なんて存在しないけど、先進技術のかたまりで、すごい価値があると思うから。あえて言うなら、開発費は数百億円だったような……ああっまた金額換算してしまった。


F1はさておき、そういえばこの世界では、馬は交通手段である以外にも、軍馬として兵器のような面もあるか。魔獣馬は軍事機密と考えると、そりゃ売り買いさせられるものではない。けれど、国にとって有益な人物に与えるなら……下手なSPを付ける以上の護身力アップになるだろう。うん、アリだ。

もしそういうことなら、すごいなクルイモフ家!ある意味では三大公爵家以上に皇室と信頼関係あるぞ!兄妹漫才でいつも和ませてくれるニコライさんとマリーナちゃんだけど、実はすごい家の子たちだった!


レジナが床の匂いをふんふんと嗅ぐ。かつては藁が敷き詰められていたであろう床は、今は板張りがむき出しになっている。探していた匂いを見つけたように、レジナはごろりと床に寝そべった。


「ゼフィロスは気難しい性格だったが、レジナとは仲が良かった。魔獣の血を受けた猟犬は、普通の犬よりはるかに寿命が長い。レジナは私より少し年上で、お祖父様のご生前からいずれ猟犬たちのリーダーになると見られていたほど、その頃から賢く優しかった」

「まあ、レジナはお姉様ですのね」


お兄様より少し年上……二十歳くらい?賢く優しい二十歳の美人お姉様か。そしてモフモフか。

まだ小さかった頃のお兄様が、自分より大きいレジナに甘えたりしたのかしら。モフモフに包まれる小さなお兄様……あああ大変!超萌えるー!


「寿命が長いのは魔獣馬も同じで、個体によって差があるが、人間と同じくらい生きるそうだ。だから、贈られた魔獣馬は生涯の愛馬となる。ゼフィロスとお祖父様は、若い頃からの親友のような関係だった。目線ひとつで、なにもかも通じ合うような……。

レジナのように、ゼフィロスも賢かった。そして強かった。お祖父様が魔獣掃討に出た時、標的の魔獣がお祖父様に襲いかかってくると、ゼフィロスが咬み殺したそうだ」


……あの牙は見せかけじゃないんですね。

そういえば、前世の平家物語だったかな、伝説的名馬として生喰いけづきという軍馬が出てきたはず。生き物を喰らうほど猛々しい馬だから、そう名付けられたとか。馬にそれは無理だろー、と思ったけど、魔獣馬なら無理じゃない。本当に、魔獣馬は最高の軍馬なんだ。


「ゼフィロスは子供が嫌いだったから、私はあまり近寄らせてもらえなかったんだ。けれど、お祖父様と一緒なら、しぶしぶ乗せてくれることもあった。鞍から手を伸ばして撫でようとすると、睨まれたが。お祖父様は笑っておられて、楽しいひとときだった。威厳があって、公爵邸のあらゆる生き物がゼフィロスに敬意を払っていたよ。少なくとも私は、そう感じていた」


お兄様の声に、憧れがこもっている気がする。

ガラス工房をポンと買ってくれるお兄様だもの、物質的には、欲しいものはなんでも手に入る。だからこそ、何かを欲しいと思うことはめったにないだろう。

そんなお兄様でさえ、望んでも得られない特別な存在。それがクルイモフの魔獣馬。


「お兄様ほどの方でしたら、きっといつか魔獣馬を贈っていただけますわ」


ニコライさんは友達だし、皇子の友人で皇帝陛下からも目をかけられているお兄様だもの。いずれお祖父様のように国政を担う立場になって、魔獣馬を贈ってもらえるに違いない。


だがアレクセイは、エカテリーナの言葉に首を振った。


「私が魔獣馬を贈られることはない。ユールノヴァはクルイモフに対して罪を犯したから」

「罪……とおっしゃいまして?」

「そうだ」


アレクセイの声音が、重く沈んだ。

おかげさまで、本作がアニメイトとのさらなるコラボに参加できることなりました。

11月15日(金)〜11月27日(水)、アニメイトカフェにてエカテリーナとアレクセイをご賞味(笑)いただけます。

詳細は活動報告に記載しておりますので、よろしければご確認ください。お近くへお出での方はぜひ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「です・ます調」と「だ・である調」が混ざっているので、ちょっと気になります。 今の作家さんはあまり気にしないのでしょうか? 流れ的にあえてその表現なのが分かるところもありましたが。 …
[良い点] はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いております。書籍も購入致しました。2巻も首を長くしてお待ちしてます! [気になる点] 気になると言えばセルゲイお祖父様!フォルリ様はじめ側近の皆様、ム…
[良い点] 子供の頃のお兄様とゼフィロスのやりとり、お祖父様は微笑ましく見ていたんでしょうね。 小さいお兄様とレジナお姉様もコロコロモフモフしていてさぞやしあわせな光景だっただろうと思います。 エレベ…
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