執事の魔法
女子たち全員が欲しいドレスを決めたので、エカテリーナは一息ついてお茶にしましょうと皆と庭園に戻った。そこへ男子も戻って来て、ちょうど全員が集合となる。
男子もなんだか興奮気味だと思ったら、武具所蔵室の近くの鍛錬室で、アレクセイとミハイルが長剣の練習試合をおこなったのだそうだ。
高い力量を持つ者同士の、見事な勝負であったらしい。実戦さながらの、火花散るような緊迫感がたまらなかったとのこと。
なお勝敗はあえて明確には付けなかったが、アレクセイが優勢。長身でリーチも長く、二年年長であることもまだまだ有利なのだから、当然とも言える。その相手と好勝負を繰り広げた、ミハイルが立派でもあろう。
さらにニコライが下級生に胸を貸して、次から次へちぎっては投げちぎっては投げ……という感じで稽古をつけてくれたそうで、エカテリーナと同級の一年生男子ほぼ全員、ニコライに心酔完了。『兄貴と呼ばせてください』状態となったようだ。
つか皇子!忙しいお兄様に何させてくれとんじゃ!
本当はお兄様に時間を取らせる予定なんかなくて、男子の武具見学の案内はグラハムさんにお願いするつもりだったのに。君が予定外に来ちゃうから、当主に出てもらうしかなくなって、迷惑かけちゃったじゃないか。
「ミハイル様、あんまりですわ。お出でいただけたことは光栄に存じますけれど、兄は日々ユールノヴァ家当主の役目と学業を両立するため、身を粉にして働いておりますのよ。時間を取らせた上に危険を伴うようなことをさせるのは、おやめくださいまし」
アレクセイはすでに執務室へ戻っていて不在。兄の代弁とばかりに柳眉を逆立てて怒るエカテリーナに詰め寄られ、ミハイルは困った顔で両手を上げた。
「ごめん、エカテリーナ。アレクセイは昔から剣の練習相手でもあったから、久しぶりに手合わせをと言われて、つい」
ん?
「まあ、兄の方からお願いいたしましたの?」
「うん、爵位を継いでから身体がなまったようだと言って。全然そんなことなかったけどね」
ああっ、しまった。
「申し訳ございません、事情も確かめずご無礼を申し上げてしまいましたわ」
「いいんだ、兄思いなのは君の良い所だから。こんな妹を持ってアレクセイは幸せだと思うよ」
「まあっ、恐れ入りますわ」
ほんと?ほんとにそう思う?
なんだよ皇子ー、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。お兄様はシスコンだから、私がいて幸せだってよく言ってくれるけど、第三者から見てお兄様を幸せにしてるように見えるならすごく嬉しいな。
「そういえば君、母上からレイピアを習いたいと言っていたよね。僕でも良ければそのうち、少し教えようか。持ち方程度ならアレクセイも怒らないんじゃないかな」
わー、やってみたい。
……っていや待て。待つんだ自分。
忘れるな、皇子すなわち破滅フラグ。フローラちゃんが一緒にやるならともかく、自分がやりたいだけなら、皇子から習うのはあかんやろ。
「フローラ様、レイピアにご興味はおありかしら」
「えっ?私、ですか。レイピア、細身の剣ですよね。興味は、あまり……」
まあ、普通女の子は興味を持たないよね。
皇子、すまん。私を誘えばフローラちゃんが付いてくると思ったんだろうけど、役に立てなくてすまん。
私はグラハムさんから女主人の役割を学ばないといけないし、これからガラスペンの開発もあるのよ。
「お気遣いありがとう存じますわ。ですけれど、わたくししばらくは、家の監督について学ばなければなりませんの」
「わかった。アレクセイが結婚するまでは、君が公爵夫人の代理だものね。僕が力になれることがあれば、なんでも言ってほしい」
「お優しいお言葉、恐縮に存じますわ」
ありがとう、皇子。君ってほんとにいい奴だよ。
だから破滅フラグへの危機感が薄れちゃっていけないんだけどさ。
そんな感じでこの日はお開きとなり、翌日も公爵邸で用事があるエカテリーナは、皆が馬車に乗り込んで寮に帰っていくのを見送った。
その時女子たちには、抱えるくらいの大きさの箱に入れてリボンをかけたドレスを渡して、持ち帰ってもらった。皆、嬉しそうに箱を抱きしめて、お礼を言った。
が、そうはいかなかった者が三名。
もちろんソイヤトリオ。
他の女子は皆、一着だけドレスを選んだ。彼女たちはあれこれ目移りしたあげく、五着くらいを掴んで離さなかった。三人合わせて十五着。
ただでさえ限界まで乗り合わせている馬車なので、十五個もの抱えるほど大きいサイズの箱は、入りようがなかった。
「ちょっと、なんとかしなさいよ!エカテリーナ様は、このドレスをわたくしたちに下さるとおっしゃったのよ。なら、ちゃんと持ち帰れるように方法を考えるのは、あなた達の務めじゃないの!」
公爵家の使用人に詰め寄る彼女たち。もう無茶苦茶すぎて、エカテリーナは失笑してしまう。
こういうの、なんか前世の大阪のおばちゃんぽい。大阪のおばちゃんの、悪い面が出るとこうなるよね。いやあっちはこの辺で、一人ボケ一人ツッコミかまして笑いを取って、なんかうやむやになるんだが。
三人のところへ向かいかけたエカテリーナだったが、足を止めた。執事のグラハムが目くばせをしてきたので。
グラハムはソイヤトリオの元へ向かい、慇懃に一礼した。定規で計ったように完璧な角度の礼。
「お嬢様方、いかがなさいましたでしょうか」
「このメイドが、エカテリーナ様に楯突いているのよ!ご指示に従おうとしないんですもの!」
はあ?
「わたくし達、特別にこんなに多くのドレスをいただいたのよ。なら、あなた達もわたくし達に特別な配慮をするべきじゃないの。もう一台の馬車くらい、用意するのは当然でしょう」
「そうよ、そうよ」
……某格闘家さーん、出番です。
『お前は何を言っているんだ』
グラハムはわずかに微笑んだ。執事らしく上品な、けれどどこか不透明な笑み。
「お嬢様方、わたくし共はユールノヴァ公爵家の者として、主人の意に沿うため最大の努力を心掛けております」
「あら、そう!なら、何をすべきかわかるわね」
「エカテリーナお嬢様は、お客様方がつつがなくお帰りになることをお望みでいらっしゃいます。ご同乗のお嬢様方のご迷惑にならぬよう、こちらのドレスにつきましては、明日にでも魔法学園の寮にお送りいたしましょう。ご懸念なく、お帰りくださいませ」
「ちょっと!そうじゃないでしょう!」
ソイヤトリオの一人が声を荒げる。が、グラハムは微笑を揺るがせもしなかった。
「失礼ですが、お嬢様はソフィア・サイマー伯爵令嬢でいらっしゃいますでしょうか」
「そうよ!」
つん、と顎を上げてるキミ、ソフィアって名前なのか。ソイヤと近くてびっくりだわ。そしてサイマーなのか。グラハムさん、なんで知ってるんですかすげえ。
なお後に知ったが、ソイヤトリオは三人ともソフィアという名前だった。なんかすげえ。
でも私にとって君たちはずっとソイヤトリオだよ、うん。サイマー嬢はソイヤ一号とでも呼ばせてもらおう。
「わが伯爵家を知っているなら……」
ソイヤ一号が言いかけた時、グラハムが身を屈めて何か囁いた。
それだけで、一号の顔色があきらかに変わった。
グラハムはふたたび一礼する。
「お客様、つつがなくお帰りくださいませ」
「わ、わかったわよ!」
そして、ソイヤトリオはあたふたと帰っていった。
グラハムさんお見事すぎる……うちの執事が魔法を使える件。




