淑女の武器、あるいは形見
「殿方が武具を見学なさる間、皆様も淑女の武器をご覧になりませんこと?」
そんな風に女子たちを誘って、エカテリーナは邸の中に入った。連れて行ったのは、小規模なパーティが開ける広さの広間。
エカテリーナがその扉を開け放つ。と、
「まあ、すごい!」
「素敵、なんて豪華なんでしょう!」
女子たちがそろって歓声をあげた。
以前ノンナに案内されて入った広間は、今日も豪奢なドレスの数々で埋めつくされている。しかしあの日には閉ざされていた鎧戸が全て開け放たれて室内は明るく空気は淀みなく、トルソーに着せられたドレスは誘惑的に華やかで、不気味さなど感じさせない。
「祖母の遺品のドレスですの」
「これがあの……!」
納得されたってことは、クソババアの衣装道楽は貴族社会じゃかなり知られてたってことだな。そりゃそうだよね、デザイナーのカミラさんも有名だったって言ってたもん。
「エカテリーナ様、近くで見てもよろしゅうございますかしら」
「もちろんですわ。それに、もしよろしければ」
女子一同を見渡して、エカテリーナは皆に聞こえるようにはっきりと言った。
「お気に召したものがありましたら、お持ち帰りいただいて構いませんのよ」
「!」
一同から、無言ながら熱い反応が返る。
「祖母は皇女として生まれ、我が家に降嫁いたしました。そのような身分の場合、ドレスのような遺品は形見分けとして親しい方々にお譲りするものですわね。葬儀の後にそうしたのですけれど、まだこれだけの品が残っておりますの。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますけれど、祖母はたいそうファッションに関心の高い女性でございましたので。
そんな祖母ですもの、自分のドレスが皇国の未来を担う令嬢方の感性を育てるお役に立つなら、きっと本望でございましょう」
嘘でーす!わたくしのドレスが男爵令嬢のものになるなど許されない!とか草葉の陰で激怒してると思いまーす!
だがそれがいい!
某サダコ式に這い出てくるなら来てみろや、受けて立ったるわクソババア。土の魔力でとことん埋めたる。
「本日これだけの令嬢方がお集まりくださったのは、祖母の導きかと思いますの。皆様ご存知の通り、二学期になりましたら学園の行事で舞踏会がございますでしょう。その際の衣装をお考えになる時のご参考になりましたら、嬉しゅうございますわ。古いものばかりで恐縮ですけれど、素材として今の流行に取り入れてみても面白うございましょう。いろいろな形でご活用いただきとうございます」
ぶっちゃけ、叩き売ってくれてもええんやで。貴族といっても事情はさまざま、生活が苦しいお家もあるはずだし。
我が家が自分で売り払うと、ババア大好きだったユールマグナの当主ゲオルギーがお兄様にギャーギャー噛み付いてくるに違いない上、財政が苦しいんじゃないかとか、皇室への忠誠が足りないんじゃないかとか、無用の憶測を生んでよろしくない。でも譲ってしまえば、あげた先がそれをどうしようと自由。
なお、遺品は侍女たちにも下賜される慣習があるそうだ。出入りの業者への支払いチョロまかすような連中なら、遺品なんか残らず貰っていってバンバン売っぱらいそうなものだけど、彼らは祖母の物には手を出さなかった。ノンナの様子からして、ずらりと並ぶドレスや宝飾品は彼らにとって祖母の化身だったのだろう。それが我が家にある限り、自分たちも祖母がいた頃と同じように振るまえる、とか思いたかったのかも。んなわけあるかい。
「皆様、まずはご覧になって。気に入るものがありましたら、ご試着なさってくださいましね。当家のメイドがお手伝いいたしましてよ」
女子たちの後ろに現れた数名のメイドを手で示す。ミナを含めたメイドたちは揃って一礼した。
まあサイズの問題があるから本当に着られるかはそれぞれだけど、トルソーからはずして身体に当てたり、できることは色々あるよ、うん。
なお、ここのドレスを見る限り、あのババアは生涯、身体のサイズを変えることなく保ったようだ。そこだけは、敵ながらアッパレと言ってやるわ。そこ一点だけな。
「あら、でも……」
「そんな、どうしましょう……」
うずうずしながらも周囲をチラチラ見回す女子生徒たち。さて、どうやって背中を押そうかな。
と思ったら、鼻息荒く広間に駆け込んだ三人組が。
ほんっとに生命力強いなソイヤトリオ!
「まああっ、真珠!本物の真珠がこんなに縫い付けてありますわ!」
「こちらは虹絹ですわ!話に聞いた通り、七色に輝いて……初めて見ましたわ!」
「大変、どれが一番お高いの⁉︎」
……本性丸出しだな君たち。
でも、これで遠慮が吹っ飛んだねうん。
エカテリーナは他の女子たちを見回し、にこやかに広間へ手を差し伸べた。
「では、皆様、どうぞ」
戦闘開始、カーン!(ゴングの音)
JKたちがきゃっきゃ言いながら華麗なドレスに群がっている。自分に似合いそうなものを探して広間をさまよいながら目をキラッキラに輝かせていたり、お互いにどれが似合うとか見立てっこをしては、お似合いですわそれにお決めになるべきよ!と薦めたりしている。
わかる。なんだろうね、友達と買い物に行った時向こうが悩んでると、いいじゃん買っちゃいなよ!と全力で薦めたくなるあの心理って。
そして、最初に見た時はクソババアの執念こもってそうで不気味に思えたドレスの群れだけど、女の子たちが楽しそうに素敵とかきれいとか褒め讃えてうっとりしている姿を見ると、宝物に思えてくるわ。ドレスも本望なんじゃないだろうか。
若く明るい女の子たちの生命力が、ドレスのバーゲンセール状態でさらに燃え盛っているんだから、クソババアの執念なんか瞬殺で退散させられるよねー。バーゲンセール浄化。わはは。
そんなことを考えながら、広間の奥のほうで皆の様子を眺めていたエカテリーナの元へ、フローラがやって来た。
「皆様、とても楽しそうです」
「ええ、よろしゅうございましたわ」
でも、フローラちゃんはドレス選ばないのか。こういうのにがっつくタイプじゃないもんね。
「……フローラ様、ご不快ではございませんこと?」
「え?」
「見せびらかしているようですもの。きっと皆様も、今は楽しんでくださっていても、どこかで複雑にお思いになるのではないかしら」
ドレスを毎週新調する、ってどんなに富裕でも贅沢すぎる真似だけど。
この世界が前世の近世ヨーロッパや日本の江戸時代と同じような社会構造なら、ドレスでなくてもそもそも服自体が、ファストファッション全盛だった前世では想像もつかないほど、高価なはずだ。庶民は服を新調すること自体が贅沢。古着を買って着るのが当たり前のはず。
ここには、化学繊維がない。石油から自在に作り出せるポリエステルもナイロンもない。
綿、絹、羊毛、麻。手間暇かけて育てて、年に一度だけ収穫できる原料を、さらに手間暇かけて繊維にし、布に織り、服に仕立てる。すべて人力。たった一枚の服だって、膨大な労力をかけて、ようやく出来上がる。
絹より安価な綿だって、前世より貴重なはずだ。前世では途上国での綿花生産は、すさまじい量の農薬を使っていると聞いたことがある。そうしなければ量も質も基準を満たせないとすれば、まだそこまで農薬は発達していないだろうこの世界では、生産量は前世よりはるかに少なくて当然。
貴族ばかりの魔法学園だけど、爵位があると求められる生活水準が高くなるから、借金まみれで家名を維持している崖っぷち貴族も多いらしい。そういう家の子は、やっぱりこのドレスの群れを見て、複雑な気持ちにはなると思う。つか、内心ムカついてるかもしれない。
「見せびらかすだなんて、エカテリーナ様にそんなおつもりがないことは皆様お解りです。不快になんて思うはずがありません」
フローラはきっぱりと言う。
ありがとう、ええ子や。
「エカテリーナ様、さきほど二学期の舞踏会のことをおっしゃいましたね。裕福でない方は皆様、今からドレスの準備で悩んでいらっしゃいました。そういう方は、これで悩みなく学園生活を送れます。エカテリーナ様がお優しい気持ちでこうしてくださったこと、解らない方なんているはずありません」
ええ子や……。
でも私は優しいわけじゃなく、ババアのドレスが目障りなだけなのよ。そりゃ前世日本の平等意識は根強いから、一部の金持ちだけがお洒落するのは居心地悪い。ならこのドレス、みんなにあげちゃえばみんな晴れ舞台でお洒落できて良くね?と思った。うちの金持ちっぷりを見せつけるようで、嫌な気持ちにさせるんじゃないか、って懸念は持ちつつもね。
みんなが君みたいに純粋ではないだろうし、やっぱり内心はいろいろだと思うけど、でもそう言ってくれて嬉しいよ。
「ありがとう存じますわ、お言葉嬉しゅうございます。フローラ様は、どれかお気に召すドレスはございませんでしたかしら」
「お気遣いなく。私は見栄を張る必要もない、気楽な身ですから」
ふふっ、とフローラは微笑む。
うん、君はそう言うと思ったよ。
だから、先に似合いそうなの選んでおいちゃったぜ。
「あら、こちらにもドレスが。覆いを取り忘れていたようですわ」
と言ってエカテリーナが覆い布を取り去ると、隠れていたドレスが現れた。
白を基調とした、清楚なドレスだ。基本の形はシンプルだが、百合のように広がった両袖と、スカートと襟の部分に、銀糸で編まれた素晴らしいレースが重ねられている。さらにそのレースのあちこちに、小さなアクアマリンが縫い付けられてきらめいていた。
ここにはもっと豪華なドレスがいくつもあるけれど、これが不思議と印象的なのは、仕立ての素晴らしさのせいだと思う。スカートのひだとか広がる袖のラインとか、最高に美しい形に縫い上げられているようだ。
「まあ、このドレス、フローラ様のためにあるようでしてよ。少し手を入れて、アクアマリンをフローラ様の髪色に合わせた桜色の飾りに変えれば、完璧ですわ」
たぶんバレバレと思いながら、エカテリーナはフローラに微笑みかける。
しかしフローラは、エカテリーナの言葉にも気付かない様子で、愕然とした表情でそのドレスを見つめていた。
「お母さんの……!」
「えっ⁉︎」
「私の、母が縫ったドレスだと思います。このレースがとびきり高価だから気をつけないと、って言って、いつも以上に慎重だったので、すごく印象に残っているんです」
そうか、フローラちゃんのお母さんはお針子さんだった。
ってこのドレス、フローラちゃんのお母さんが縫ったのー⁉︎
マジかー!
エカテリーナは思わずフローラの手を取った。
「フローラ様、このドレスはやはりフローラ様のためにあったのですわ。フローラ様がお持ちにならなくてはいけませんわ。だって、お母様が丹精されたドレスなのですもの。ここでずっと、フローラ様を待っていたのですわ」
「エカテリーナ様……」
「お母様は素晴らしいお仕事をなさる方でしたのね。このドレスはとりわけ美しゅうございますもの」
「エカテリーナ様!」
アメジストのような紫色の目に涙を浮かべ、フローラはぎゅっとエカテリーナを抱きしめる。
「ありがとう、ございます。嬉しいです、母の作ったドレスを着られるなんて、夢みたいです……!
公爵閣下がいつもおっしゃる通り、エカテリーナ様は女神様のような方です。本当に、本当にありがとうございます」
いや、お兄様のあれはシスコンフィルターだからね?
女神はヒロインの君なのよ。私はただの悪役令嬢です。
だってフローラちゃんのお母さんのドレス、今はすごく清らかに見えるもん。聖の魔力って悪霊退散させられるのかな。
ババア、往生せいや。




