狩猟大会の猟果とプロモーション
狩猟大会は、豊富な猟果を得て早めに終了となった。
公爵家の別邸に引き上げてきた参加者たちは、庭に準備されていた飲み物や軽食で狩りの疲れを癒しつつ、まだ興奮冷めやらぬ様子でそれぞれの奮戦を語り合っている。
渓谷での散策を楽しんで戻ってきた女性たちも合流し、彼らに惜しみない称賛を贈った。
「素晴らしい猟果ですわね、近年まれではありませんかしら」
「神々のご加護ではなかろうか。山岳神殿では、アレクセイ公が参拝なさるたびに神々の降臨があるそうだ。エカテリーナお嬢様の代参でも、三柱の神が降臨なされたとか。毎回こうあってくれることを願おう」
そんな会話の中、猟果が紙に書き出され、仕留めた参加者の名前と共に貼り出されてゆく。
かつては、庭の一角に猟果が運び込まれ、処理されてパーティーの料理に供されたそうだ。参加者たちは平然とそれらを眺め、誇らしく自分の獲物を示したり、どれが美味そうかを論じたりし、目の前で処理させたらしい。
それを聞いた時エカテリーナは、うっとなりつつも、生け簀の魚を選んだり、マグロの解体ショーを見物したり、活け造りを美味しくいただいたりしていた前世だって似たようなもん!と自分に言い聞かせたものだった。
ともあれ時代が変わった今では、猟果は目につかないところで処理されるようになった。
狩猟大会は猟果を競うものであるから、誰がどういった獲物を獲得したかの情報は必要なので、種類や大きさ、特徴などを書いた紙が貼り出される。別段、順位付けなどがされるわけではないが、よい獲物を得た者は尊敬される。皆が、貼り出される紙の内容に、興味津々だ。
そんな人々が、貼り出された紙に記された猟果に、大きな感嘆の声を上げた時が二回あった。
一回目は、『銀枝角の大鹿』。仕留めたのは、公爵アレクセイ。
普通、鹿の角は毎年生え変わるものだ。春先に古い角が抜け落ち、新たな角が生えてくる。
しかしユールノヴァ固有種の鹿では、群れのリーダーとなった雄のみがなぜか、角が抜けなくなる。角は成長を続け、複雑に枝分かれし、他の雄とは段違いに大きくなって、リーダーに堂々たる風格をもたらす。その角で、リーダーは魔獣はびこるユールノヴァの森で、群れの雌や子供たちを守って闘うのだ。
角が抜けなくなったリーダーを、四季角と呼ぶ。またその角は、歳を経るにつれ銀色の輝きを帯びるようになる。それゆえ、四季角となってから長い期間リーダーの地位を保つ雄は、銀枝角と呼ばれるのだ。
銀枝角の雄は、例外なく高い知能と優れた体格を持っている。しかし角が銀色に輝くほどになると、成長を続ける角の重さが、リーダーの動きを鈍らせるようになる。銀枝角は世代交代の時期を知らせる合図とも言える。
とはいえ銀枝角の大鹿は歴戦のつわものであって、狩ろうとした者が返り討ちに遭うこともしばしばという危険な相手だ。それを討ち取ることは狩人の夢。
人々が感嘆の声を上げたのは当然と言えた。
そして二回目は、『金角の大角牛』。仕留めたのは、皇子ミハイル。
これには人々は、感嘆を越えてどよめいた。猟果が集められている別邸の裏へ、わざわざ見に行く者が続出したほどだ。この機会を逃したら、一生目にすることはできないであろうほど希少な存在であるから無理もない。
「お見事でした。しかし、そのようなものに遭遇した場合は他の者にお任せくださいと申し上げましたが」
「すまない。念願の獲物を目にして、つい逸ってしまったんだ。自分の未熟を痛感するよ」
諫めるアレクセイに、にこやかに言葉を返して、ミハイルは周囲を見回した。
「ところで、エカテリーナの姿が見当たらないようだけど」
「お嬢様でしたら、お召し替えをしておられますわ。森を散策された時、草露でお召し物が湿ったそうですの」
答えたのはアデリーナ夫人だ。エカテリーナとミハイルを応援したい夫人は、早くエカテリーナが現れて、見事な猟果を得たミハイルを称賛してくれないものかと、そわそわしている。
エカテリーナがフローラと共に現れたのは、まさにその時だった。
「殿下、お嬢様が」
嬉々としてミハイルの注意を引いたアデリーナ夫人は、あらためて目に入った少女たちの姿に、まあ……とため息をついた。
現れたエカテリーナとフローラがまとっている白い服は、アストラ帝国よりもさらに古い時代の彫刻像で見られるような、ごく薄く細かいドレープがたくさん入った、なんとも優美なものだった。
複数枚の布を重ねるデザインのため、腕以外が透けてしまうことはないが、はっと人目を引く。
髪も古代風に結って繊細なデザインの細冠で留め、そこに白い花を飾っていた。
二人とも、手に大ぶりの器を捧げ持っている。木製の器は、古代風の衣装によく合っている。ただの器ではなく、貝殻のように少し歪んだ楕円形をしていて、両側の取手に精緻な蔦の葉が彫られている凝った形状が、少女たちの幻想画めいた雰囲気を高めているようだ。
そこに、見慣れない赤い果物が山と盛られていた。
しずしずと歩む美しい少女たちは、神話の一場面から抜け出てきたようで、人々は思わず見惚れた。
よし、目論見通り注目は集めたみたいだぜ。
周囲の反応を確かめて、エカテリーナは心の中でガッツポーズだ。
別邸に現れた小妖精が、約束通りの山盛りいちごの他に、『薄くて可愛い服』も持ってきた時にはどうしてくれようと思ったが。
日本人のモッタイナイ精神を発揮して、新商品の販売促進用衣装、というカテゴリで活用することにした。服自体は、とても素敵なものだったので。
というか小妖精はなぜか半泣きで、服の他にもサークレットやらブレスレットやら、素晴らしいアクセサリーまで持ってきていて、エカテリーナにぺこぺこと頭を下げた。
「嬢ちゃんが、あんなおっかないお方とお友達なんて知らなかったのよ〜。なんでもあげるから許して〜」
おっかないお方って誰。
と確認する暇もなく、小妖精はエカテリーナが手にしていた森の民の長アウローラ宛ての手紙を擦りとると、おつかい行ってくるのよ〜!と叫んで消えたのだった。
小妖精が恐れるような存在といえば、思い当たるのは魔竜王様か死の神様だけど。何処かからか見ていて、そっと小妖精をシメてくれたのかしら。
……私のふともも見られてないだろうか……。
いやそれは、今は置いとけ自分。プロモーションに集中するんだ!
ふとももは考えたらあかん!
などと考えているようにはとても見えない、優雅な微笑みを浮かべて、エカテリーナはフローラと共にミハイルに歩み寄る。
「ミハイル様、お見事な猟果、おめでとう存じますわ」
「ああ、ありがとうエカテリーナ」
ミハイルの顔がほのかに赤くなるのを見て、アデリーナ夫人たちは内心で歓喜しているが、エカテリーナは内心で皇子をハリセンで叩きたくなっていた。
赤くなるなよ!ふともものこと考えちゃうだろ!
「珍しいものを持っているようだけど、それは?」
あ、すまん。ありがとう皇子。
ハリセンで叩こうとした相手にフォローしてもらって、内心のエカテリーナはお猿の反省ポーズだ。
「こちらの果物は、妖精からの贈り物ですの。古き者からの贈り物ですので、ユールノヴァでいにしえから使われてきた、木の器に盛ってみましたのよ。どうぞ召し上がってくださいまし」
「妖精?すごいね、それは貴重なものだ。ありがとう、いただくよ」
エカテリーナが差し出した器のいちごを、ミハイルはひとつ摘んで食べた。
目を見開く。
「これは……美味しい。とても甘いけど、爽やかだね。初めての味だ」
「お口に合ってようございましたわ」
「その器もいい。古風なようでいて、洗練を感じる。ユールノヴァの伝統には、素晴らしいものがたくさんあるようだね」
「まあ、なんと嬉しいお言葉でしょう。光栄に存じます」
プロモーション的に完璧なコメントだよ!ありがとう皇子!
目を輝かせたエカテリーナだが、ミハイルと目が合うとつい、もの問いたげな表情になってしまった。
皇子……私のふともも、どのへんまで見えた?
機会があったらさっきのお礼を言いたいけど、その時確認してみようかなあ。訊くのも恥ずかしいけど。
見つめ合う状態になった二人を見て、アデリーナ夫人たちが盛り上がっていたのだが、もちろんエカテリーナはまったく気付かなかった。
ミハイルの言葉で人々の視線がいちごと器に釘付けになったのを読んで、フローラが人々にいちごを勧めて回り始める。
友人に感謝の視線を送って、エカテリーナはアレクセイの前に立った。
「お兄様、どうぞ」
微笑む妹に、アレクセイは優しい笑みを浮かべる。
「……妖精からの贈り物、か」
「はい、滝の近くで出会いましたの」
「我が妹は、また驚くべきものを虜にしてしまったようだ」
どこか哀しげに言って、アレクセイはエカテリーナの頬に触れた。
「並みの人間なら、魔や妖に出会えば魅入られるというのに。お前はそのようなものさえ、魅了してやまないのだな」
いえお兄様、これをくれたのは魔や妖というより、エロ親父入った都市伝説です。でもって、ミナが捕まえてくれただけです。
「私がお前に望むのは、側にいてくれることだけなのに。お前はどこまでも輝いて、今にも羽ばたいて彼方へ去ってしまいそうな気がする。
……私を哀れんでくれ、女神エカテリーナ。素晴らしいものを差し出してくれるお前なのに、愛しく思う気持ちが募りすぎて、どこかへ閉じ込めてしまいたくなる」
「まあ……お兄様ったら」
シスコンフィルターにちょっぴりダークな感じが入ってますよ。偏光フィルターですねますます高性能です。
アホなことを言ってますが、お兄様のシスコンはいつだって嬉しいもん。
「わたくしの望みは、お兄様のお側にいることだけですわ。彼方へ去るなど、嫌でございます。閉じ込めるより、鎖で繋いでくださいまし。お兄様が鎖を握っていてくだされば、わたくし、いつでもお兄様と繋がっていられますもの」
妹の答えに、アレクセイは破顔する。
「あんなわがままを言った私を、許してくれるのか」
「許すなど。お兄様は、わたくしを誰より大切に思ってくださっているだけですわ。そのこと、よくわかっております」
そう言って、エカテリーナはアレクセイが目を向けないいちごを自分で摘み、兄の口元へ持っていった。
「美味しゅうございましてよ。召し上がってくださいまし」
アレクセイは珍しく照れた様子で、しかし素直にいちごを口にした。
「……こうなるような気はしてた」
ミハイルがぼそっと呟くのが聞こえて、エカテリーナは、なんかすまんと心の中で答える。
毎度お兄様が美辞麗句を繰り出してすまんけど、今回はちょっと変化球だから、君は真似しない方がいいよ。
そんな一幕をどう消化したらいいのか悩む夫人たちがいたりしたが、その後、彼女たちが盛り返す展開があった。
フローラと共に参加者たちにいちごを配ったエカテリーナが、ひととおり配り終えた頃。
ミハイルが周囲に断りを言って、一人裏庭へと去っていった。
去る前にエカテリーナと目を合わせたことに目ざとく気付いた夫人たちは、少し経ってエカテリーナもそっと姿を消すと歓喜して、アレクセイがそれに気付かないよう腕によりをかけて気をそらしにかかった。




