狩猟大会とお茶会
ノヴァク夫人アデリーナと娘のマルガリータが挨拶に来て、四人で同じテーブルを囲んだ。メイドのミナが茶を淹れ、茶菓子を運んで来る。
いくつかの菓子が盛り合わせになっている皿を見て、アデリーナが目を輝かせた。
「まあ嬉しい!この素敵な薔薇のクッキー、先日の宴で気になっていたのに、おしゃべりに夢中になってしまって食べられなかったのですわ。焼き菓子も素敵で……このように色とりどりにできるなんて、公爵家のシェフはさすがですわね」
「ユールノヴァ城のシェフと、皇都のシェフとで、腕を競い合っておりますのよ。城の料理長は、これらのお菓子でミハイル様にお褒めをいただいて、鼻高々で皇都へレシピを送っておりましたわ」
エカテリーナは微笑む。
始まりはエカテリーナがユールノヴァ城の料理長に、皇都でおこなった略式ガーデンパーティで好評だった、薔薇の形をしたクッキーと同じものをミハイル歓迎の宴で出してはどうかと提案したことだった。
それで、城の料理長らシェフたちの対抗心にボボボッと火がついてしまったらしい。
ユールノヴァ城は公爵家の本邸。
が、皇都公爵邸は毎年の行幸で皇室一家をお迎えして昼食を供しており、その点では本邸以上の格とも見なされる。
特に料理は、皇都の方が上だと。
ゆえに今回の皇子殿下来訪に際して、城の料理長は皇都の料理長と手紙をやりとりして情報収集しつつ、内心では『皇都を超えてやるぞお!』と燃えていたようだ。
そんなわけで、皇都公爵邸で出されたものよりもずっと素晴らしい薔薇クッキーを作り出してお嬢様、そして皇子殿下に驚いていただこう、とシェフたちは工夫と試作を重ねまくった。
かくして出来上がったのは、驚くほどリアルな薔薇の形をしたクッキーだ。造花のように生地から花弁を一枚一枚作って貼り合わせて焼いた、手の込んだもの。歓迎の宴では本物の薔薇を取り混ぜて並べられ、青い蝶の細工物が飾られて見る目にも美しく、招待客たちから称賛を浴びた。
さらに薔薇の形をした焼き菓子も作り、それには赤や黄色など、とりどりの色をつけることに成功して、見事にミハイルの目に留まって褒め言葉を賜ることになったのである。料理長は感涙にむせんでいた。
もちろんエカテリーナも、事前の試食で言葉を惜しまず褒め称えている。
ただ……クッキーの味は、皇都バージョンの方がサクほろで美味しいと思うのは、言わずにおいた。おそらく料理長も、分かっているだろうし。
ともあれ、こういう健全なライバル関係は良いものだ。これを受けて、皇都のシェフがどんな菓子を繰り出してくるか、楽しみである。
なお、フローラに教えてもらったチェルニー男爵夫人のアップルパイは、料理長も白旗を上げてレシピに手を加えずそのまま作った。最強レシピであった。
そのアップルパイも、小さめに切り分けられて今日の菓子皿に載っている。
皇子殿下歓迎の宴にしては、女性が主賓であるかのようにスイーツに力が入っていたのは、近年ユールノヴァ領の特産に加わった、甜菜糖にちなんでのことだ。
それを考えると、ミハイルが菓子を褒めたのも、ユールノヴァが砂糖生産に成功したことを皇室が評価していると、暗に伝えたのかもしれない。他国からの輸入に頼っていた砂糖を、皇国内で生産できるようになったのは、祖父セルゲイの大きな功績のひとつだ。
深読みが過ぎるかもしれないけど、皇子ならあり得ると思う。ほんと、すごい十六歳だわ。
お兄様は皇子のあれ、どう解釈したかしら。あとで聞いてみよう。
美しい自然の中で、可愛い菓子をつまみながら、女性たちは会話を楽しんだ。
ノヴァク家の母娘が相手だから、ノヴァクが最初の話題になる。アデリーナ夫人は時々扱いが雑になる割に、今でも夫にベタ惚れらしく、執務室でのノヴァクがいかに頼りになるかを聞いてきゃっきゃと喜んでいた。隣で、娘マルガリータが苦笑している。
そういえば、皇都でアレクセイと共に食事をとったレストランで、祖父セルゲイがノヴァクとアデリーナの間を取り持ったという話を聞いたのだった。
「懐かしいお話ですわ。セルゲイ公にはどれほど感謝しても足りません。本当に気さくで、優しいお方で」
アデリーナ夫人は顔を赤らめつつ楽しそうだ。娘の方を向く。
「お父様はあの頃から本当に、愛想はないけれど素敵な方だったのよ〜」
「はいそうですわね」
慣れきった様子で母の惚気を流すマルガリータ。
そして彼女は、控えめにしているフローラに顔を向けた。
「チェルニー様のご家族も、セルゲイ公とご縁がおありだったとか」
「よくご存知ですね」
フローラは紫色の目を見張る。彼女の養父母チェルニー男爵夫妻は若かりし頃、魔法学園で祖父セルゲイの同級生だった。さらに、卒業前日に祖父の手引きでかけおちしたそうなのだが、それをなぜマルガリータが知っているのか。
「皇都公爵邸で、学園の方々にお話になりましたのでしょう。素敵なお話ですもの、すぐに手紙で伝わってまいりましたわ」
……確かに。皇都公爵邸での略式ガーデンパーティーで、その話をしたような。かけおちはともかく、祖父の級友だったことは話したはず。
しかしマルガリータさん、やっぱり情報通。
「そのようにご縁のあるご令嬢が、お嬢様の親友でいらっしゃること、臣下として嬉しい気持ちですわ」
「私もとてもありがたく思っています。末長くお側に居られたら、と思っているんです」
頬を染めてフローラが言うと、母娘の目がきらっと光った。フローラの将来の希望――エカテリーナの侍女になりたい――をこれだけで汲み取ったようだ。
地位の高い貴婦人の侍女は、時として強い実権を握る。
「チェルニー様はお嬢様のお側にふさわしい方。わたくしどもも、親しくお付き合いさせていただければ嬉しゅうございますわ」
「ありがとうございます。光栄です」
母娘とフローラは、しっかりと目を合わせて言う。
何かの同盟が誕生したらしい。
遠くから時折、歓声や猟犬の吼える声が聞こえてくる。予測の通り、狩猟は豊猟らしき空気感だ。
お兄様、怪我なんてしてないかしら。漆黒の名馬で猟場を駆けるお兄様、きっと素敵だろうな。あー、お兄様が恋しいよう。
皇子も、念願の大角牛が獲れるといいね。
「お嬢様?」
呼ばれて、エカテリーナは我に返る。いけないいけない。
「ごめんあそばせ。お兄様がご無事か、気になってしまいましたの」
「本当に仲が良くていらっしゃるのですね」
微笑んだのは、未亡人ゾーヤである。
この渓谷に来ている女性たちは狩猟大会参加者の家族だが、彼女は違う。狩猟の方に参加したノヴァラス家の一刀両断な姉は当初こちらに来る予定だったが、宴でエカテリーナの人柄を知り、祖母アレクサンドラと違って乗馬好きな女性を嫌ったりはしないと見定めて、嬉々として狩猟参加に希望を変更した。その空きにマルガリータがゾーヤを誘ったのだ。
挨拶に来たゾーヤをエカテリーナが引き止めて、同じテーブルについてもらったのには、下心があった。
「ゾーヤ様は、こちらをどう思われまして?」
エカテリーナが尋ねたのは、テーブルに並べた木製の優美な食器について。森の民の居住地に泊めてもらった時、長アウローラから贈られたものだ。
ゾーヤが嫁いだ先は、ユールノヴァ最大の商会を経営する家。爵位はないが歴史は長く、きわめて富裕だ。そして、商品を見極めることに優れているはず。
「わたくしは、商売のことはまだまだですが……」
そう言ったものの、ゾーヤは食器を手に取って、真剣な眼差しでためつすがめつした。
「美しいと思います。強度もしっかりしているようですわ。ただユールノヴァでは、木製の食器は上流階級では好まれません。木材が容易に手に入る土地柄ですので、貧しい人々が使うもの、古い時代に使われていたもの、というイメージが強いのです」
「ああ……そうですのね」
納得できる話に、エカテリーナはちょっと落胆しつつうなずく。
「ですが……もしかしたら、今は好機かもしれません」
ゾーヤの口元に笑みが浮かんだ。
「皇子殿下の歓迎の宴から、伝統的なものが脚光を浴びようとしています。古いものをそのままではなく、洗練された形に改良され、かつ伝統を感じさせるもの。そういうものを、皆様が求める流れが生まれようとしている……あの時、わたくしはそう感じました」
「ゾーヤ様、それでは!」
「亡き夫が申しておりました。流れは、掴み、乗ることで大きくするものだそうです。ただ見ているのではなく、巻き込み育てるものだと。しっかりと手を打てば、大きく育てることができるかもしれません」
「一緒に取り組んでくださいまして?」
わくわくして言ったエカテリーナに、ゾーヤは表情を引き締めた。
「まだ懸念がございます。食器というものは、セットである必要があります。また、大きさや形が不揃いではいけませんわ。これを作った職人が、均一のものを多数作れるかどうかが、商品として売れるかのポイントになることでしょう」
「ごもっともなお言葉ですわ……」
森の民が数をたくさん作るのは難しいかも。うん、生産可能個数は事前に確認しておかなければ。フォルリさんが戻ってきて、噴火に関する報告や対処が一段落したら相談して、アウローラさんに連絡とってもらって……。
うう、アウローラさんに直接連絡する方法ないかなあ。
「ご懸念の点を確認できましたら、ご連絡いたしますわ」
「ぜひ、お待ちしております」
ゾーヤさん、何もしなくても商会の権利と収入が保てるように旦那さんが手配してくれたらしいけど、息子さんが大きくなるまで、商会代表の中継ぎとしてできることは頑張りたいそうだ。
元社畜として、働く女性は応援したいです。うまくいきそうだったら、ユールノヴァ領での森の民の木製食器販売は、ゾーヤさんにお任せしようかな。
でも過労死には気をつけて!
なんていう出来事が午前中にあり、軽く昼食をとった後、エカテリーナはフローラと周囲を散策することにした。
「お嬢様、お気をつけて。この辺りには悪戯者の小妖精が現れて、人を困らせて楽しむことがあるそうですわ」
アデリーナ夫人にそう言われて、ついついエカテリーナはむしろテンションが上がる。
小妖精って、シェイクスピア「夏の夜の夢」に出てくるパックみたいな?
ちょっと見てみたい!




