思わぬ繋がり
朝食を終えて、四人は別邸の庭に出る。
狩猟大会の参加者たちが集まりつつあって、広い庭のあちこちで小さなかたまりになって談笑していた。四人が現れたのを目にして、おお、と声が上がる。人々は皆、笑顔だ。
今日の狩猟に参加する者たちの多くは、歓迎の宴にも招待されていた。宴の招待者から、やや若い年齢層、ミハイルが共に狩猟を楽しめるであろう面々に絞りこんだのだから当然だ。
彼らから、歓迎の宴での感激は、まだまだ消えていない。そして陽光の下であらためて見ても、四人は揃ってみめうるわしい男女である。宴の時と違って今日は狩猟のため、アレクセイとミハイルは凛々しい狩猟服、エカテリーナとフローラは動きやすいシンプルなドレス姿だが、それがむしろ若さを際立たせて爽やかに感じられる。
参加者たちの表情には、称賛と好意しかない。
とはいえ近付いては来ないのは、飼育係のイーゴリに連れられて現れた、威風堂々たるユールノヴァの猟犬たちを恐れてのことかもしれない。
真っ先に四人に近付いてきたのはリーダー犬のレジナで、アレクセイの手に頭をすりよせた後、エカテリーナにもすりすりして、アレクセイを見上げる。以前、妹を守ってくれと言われたことを、覚えていると伝えているかのようだ。
他の猟犬たちは、ミハイルとフローラを取り巻いて、尻尾を振っている。
二人と猟犬たちは、昨日のうちに引き合わせ済みだ。強い魔力を持つ人間に服従する性質を持つ猟犬たちは、二人が少しだけ魔力を発動すると、たちまち従った。特にフローラは、彼らにモテモテだった。
中でもメロメロになっていたのが、黒みの強い毛並みを持つ、ひときわ大きな雄。女王レジナに次ぐ序列二位のサブリーダーだそうだが、フローラにしつこいほどじゃれついたあげく、寝ころがってお腹を見せる事態になった。かっこいい猟犬がヘソ天状態になると、いたたまれないほどあられもない。
お腹の面積の広さに、ムートンのラグマットかお前は、とつっこみながらも、思わずフローラと一緒にしゃがみこんで、ふわふわの腹毛を堪能してしまったエカテリーナであった。
黒い雄、レクスはレジナの伴侶なのだそうだ。
レクスはヘソ天で美少女二人に存分にお腹をなでてもらった後、レジナにしばき倒されていた。
そういう経緯がありながら、レクスは今日もフローラの横をキープしている。懲りない性格なのだろう……というのもありつつ、黒みの強い毛並みは魔獣の血が濃く出たことを示すのだそうだ。
魔竜王ヴラドフォーレンによれば、フローラが持つ聖の魔力は、魔力を循環させ和らげるとのことだった。それが心地良いのかもしれない。
とはいえ今日はレクスも、昨日ほどのデレデレぶりではない。狩猟大会は、猟犬である彼らの本業。晴れ舞台といえる。猟犬たちは皆、出番であることを理解して、目を輝かせているようだ。
そんな様子を見つめる狩猟参加者たちの目には、さらなる感嘆と、畏怖の念があった。この美しい若者たちは、ユールノヴァの猟犬をやすやすと従えるほど、強力な魔力の持ち主なのだ。
と、そんな四人に歩み寄る者が現れた。
「やあ、ノヴァク伯。それに、カイル卿。今日はよろしく」
ミハイルの方から声をかけると、ノヴァク、それに鉱山長のアーロンが一礼した。
アーロンももちろん、歓迎の宴でミハイルに挨拶している。しかし宴でミハイルが挨拶を交わした人々の人数を考えると、顔と名前、さらに身分まで記憶しているのはさすがの一言だ。アーロンの実家カイル伯爵家は、富裕で有力。そして鉱山長という重要職だから、ノヴァクと同様に予習済みだった可能性はあるが、それはそれで十六歳の少年とは思えない用意周到さである。
「絶好の狩猟日和となり、なによりと存じます」
「勢子を務める村人たちが、今日は獲物の気配が多いと話していたそうです。期待が高まりますね」
そう話すノヴァクとアーロンも、狩猟服姿。大会の参加者である。二人ともいつも文官らしい服装だから、印象が変わって見える。特に学者のような風貌のアーロンはインドア派のイメージだったが、きりりとした狩猟服姿は意外なほど似合っていた。
「お嬢様、チェルニー嬢。ご婦人方が過ごす渓谷は、野の花が盛りの頃です。散策をお楽しみください」
男性陣が狩猟を楽しむ間、女性たちは猟場から少し離れたところにある渓谷で過ごす。豊かな緑の中に美しい滝があり、それが望める開けた広場に天幕を張って、テーブルや椅子を並べてお茶やお菓子を嗜みつつ、景色を愛でたりおしゃべりに興じたりして楽しむのだ。
ピクニックもしくは、前世で流行りだった豪華なキャンプ、グランピングみたいな感じですかね?グランピングなんて行ったことなかったけど。
「ありがとう存じますわ、アーロン卿。狩猟にも堪能でいらっしゃるとは、意外ですこと」
「アイザック博士のフィールドワークにご一緒すると、食料を現地調達することもよくありますから。練習のつもりで、こういう狩猟にも参加するようにしています」
皇子殿下が主賓の狩猟大会を練習呼ばわり……いやこの大会自体ではなく、こういった大規模な狩猟、への参加が練習だと言いたいのは解りますけどね。
五男とはいえ伯爵家のご子息なのに、食料を現地調達……ウサギとか獲って大叔父様に食べさせたりするの、助手のお仕事に含まれていたのか。アーロンさんあいかわらず、アイザック大叔父様への愛が沼。
「エカテリーナはカイル卿と親しいんだね」
アーロン卿、という呼びかけを聞いたミハイルが言う。ちなみに「卿」は皇国では、下位貴族や貴族の子息への尊称である。状況にもよるが、姓につける場合も名につける場合もある。
「私がアーロンと呼ぶのを真似て、この子も名を呼ぶようになったようです」
アレクセイが補足する。そこはかとなく嬉しそうだ。
「そういえば、私がアーロンたちを名で呼ぶのも、祖父セルゲイがそうしていたためでした。思わぬところが繋がっているものだな、エカテリーナ」
兄の言葉に、エカテリーナは少し驚き、すぐ納得した。確かに、執務室常連の幹部たちのうち、アーロン、ハリルなど若手をアレクセイは名前で呼んでいる。若手といってもアレクセイよりははるかに年上であり、アレクセイは部下を名前で呼ぶほどくだけた性格ではないから、考えてみると不思議なことだ。それが、祖父からきているものであれば、納得できる。
「そうだったのか。それは素敵な話だ」
ミハイルが微笑んだ。
「お祖父様、先帝陛下は、たびたびセルゲイ公と狩猟を楽しまれたそうだ。僕らもこれから、そうしていきたいね。今日は楽しもう」




