女たちの宴
いつまでも続くように思われた拍手喝采もついに鎮まり、楽師たちが円舞曲を奏で始めたが、手を取り合って舞踏フロアへ進み出る男女はほとんどいなかった。
それよりも招待客たちは、フロアから引き上げてくる四人を、いや皇子ミハイルを、熱意を込めたまなざしで見つめている。彼と言葉を交わす機会を待ち望んでいるのだ。
皇子とよしみを通じて、自分の勢力拡大や商売の拡充を狙う、といった野心に燃えているわけではない。彼らはただ、やがてミハイルが皇帝の位に即いた時、自分はかつてあの方と直接お話ししたことがあるんだよ……と周囲に誇らしく話す未来を夢見ているだけなのだろう。
そして、郷土の伝統のダンスがファーストダンスとして踊られるのを見た感動、喜びを、直接伝えたいのだ。
「エカテリーナ、私は殿下をご案内する。長くかかるだろうから、お前は離れていなさい」
アレクセイがそっとエカテリーナに耳打ちする。
「お兄様、わたくしも女主人として務めを果たしますわ」
「いや、お前にはフローラ嬢をもてなしてもらいたい。彼らの挨拶を受ける間、ずっと側にいるのは……」
アレクセイは以下を略したが、エカテリーナは納得した。祝宴でひたすら挨拶を受けた体験から、かなり疲れることは解っている。ミハイル、アレクセイ、エカテリーナはそれが義務である身分だが、フローラを巻き込むのは申し訳ない。
「フローラにとっては初めてのパーティーなんだし、二人で楽しんでね」
ミハイルも、エカテリーナとフローラに微笑んだ。これから凄い人数と挨拶を交わさなければならないというのに、悠然たるものだ。踏んだ場数の違いだろう、さすがロイヤルプリンス。
「それでは、仰せの通りにいたします。ミハイル様もお兄様も、あまりお疲れでしたら、ご無理はなさらないでくださいましね」
言うだけ無駄と知りつつ言わずにいられなかったエカテリーナに、アレクセイとミハイルは穏やかにうなずいて見せた。
そうやって、兄たちから離れたエカテリーナとフローラだったが。すぐに、足を止めることになった。
男性たちが、さりげなく寄ってきていたためだ。
寄ってくるというか、包囲網状態である。
そういえば祝宴でも、お兄様から離れたとたん男性陣に囲まれたんでしたよ……。
あの時は、すぐにお兄様が救出に来てくれた。
なので。どうあしらったらいいのか、わからないまんまですわ!無能!
とにかく、フローラちゃんは私が守らねば。私は彼らの誰よりも身分が上、身分が低い者から話しかけてはいけないというマナーにより、向こうから私に話しかけてくることはできないんだから――目を合わせないでいればなんとかなる。たぶん。
……不審人物かよ自分……女主人としてあるまじき態度だろ……うわーんどうしよう。
固まるエカテリーナと、心配そうに友を見るフローラ。
そこに。
最強艦隊がザッザッザと侵攻してきた。
いや別に船は関係ないのだが、エカテリーナが「つよそう」と思ったので。
青年たちを蹴散らす迫力でやって来たのは、若い、しかしエカテリーナより年上の貴族夫人の一団である。
先頭の夫人に微笑みかけられて、エカテリーナは顔を輝かせた。
「マルガリータ様。お会いできて嬉しゅうございますわ」
「ありがとうございます。祝宴では温かいお言葉をいただき、皆で感激いたしました」
マルガリータは、ノヴァクとアデリーナ夫人の娘である。
藤色の髪に黒い瞳、母親似だが印象的な目元は父親譲りで、美人なオーラの持ち主だ。すでに他家に嫁いでおり、エカテリーナは彼女の夫とも祝宴で会っている。家庭内の主導権がどちらにあるのかは、一目瞭然だった。中身もいろいろ母親似と思われる。
そこへ、一人の青年が近づいてきた。
「あー、姉さん……」
マルガリータと一緒にやってきた夫人の一人に声をかける。エカテリーナかフローラに繋いでもらおうという意図が見え見えだが、声をかけられた夫人は扇の陰から低い声で言った。
「おさがり」
一刀両断。またつまらぬものを斬ってしまった感。
青年はすごすごと戻っていった。
……そういえば、前世で弟がいる友達がいたけど、弟を完全にパシリにしてたなあ。姉弟という家庭内ヒエラルキーは、世界を超えて絶対の法則なのだろうか。いやまあ、姉弟もいろいろではあるだろうけれど。
他の青年たちも、すっかり心が折れたようだ。
それで、エカテリーナとフローラは落ち着いて女性たちと歓談できることになった。
「さきほどのダンス、素晴らしかったですわ。アレクサンドル公の時代には禁止の憂き目にあっていたものを、皇子殿下が歓迎の宴のファーストダンスで踊ってくださる……これほどの驚きと喜びを味わえるとは、思ってもおりませんでした」
ぽっ、とマルガリータは頬を染める。彼女の周囲の夫人たちも、同様に喜びに顔を輝かせたり、涙ぐんだり、何かうっとりしたりしていた。
「お嬢様のご発案と、母から聞いております。父が、お嬢様はセルゲイ公の発想力を受け継いでおられると申しておりましたが、本当ですのね」
「いえ、あれは、四人でお話ししている中で、そういう案になっただけですのよ」
自分とミハイルでファーストダンスを踊ると破滅フラグがアップを始めるから、苦肉の策として思いついた……という経緯を言うわけにはいかず、エカテリーナはそんな風にごまかす。隣のフローラがそっと笑みを隠したので、お嬢様は謙遜していると夫人たちにバレバレ(?)だったのだが。
「アデリーナ様からうかがった、郷土の素敵なダンスの伝統が途絶えようとしていることをお伝えしましたら、お兄様が由々しき事態だと。ミハイル様も、ピョートル大帝と初代セルゲイ公が目指した人々の融和を重視すべき、と仰せくださいましたの」
そうエカテリーナが言うと、突然夫人たちは盛り上がった。
「まあ、お嬢様は殿下をお名前で呼ぶことを許されておいでですのね!」
「当然ですわね!魔法学園で殿下とお嬢様、そしてチェルニー様が首席を争うよきライバルであることは、在学中の弟妹からの手紙で、ユールノヴァにも知れ渡っておりましてよ」
なんですと⁉︎
「なにより、魔法学園に魔獣が出現するという大事件のおり、生徒たちを守るべく闘って見事魔獣を撃退なされたのが、まさにさきほどファーストダンスを踊られた四人の方々……そう思うとますます素晴らしく思えましたわ」
「チェルニー様が聖の魔力を発揮されてお嬢様をお守りくださったこと、そのことに深く感謝した公爵閣下が、チェルニー様をユールノヴァの友とすると誓言なされたこと。本日ご招待いただいたほどの者であれば、皆存じ上げております」
「美しい上に、強く勇敢。そんな方々が、わたくしたちの郷土のダンスをファーストダンスとして踊ってくださった。あれほど優雅に……わたくし、今日のことは一生忘れませんわ!」
盛り上がる夫人たちに置いていかれて、エカテリーナはフローラと顔を見合わせる。
それからふと思いついて、マルガリータを見ると、彼女はにっこり笑った。
情報戦……!
領民たちがお兄様を慕う様子を見て、お兄様の領政への貢献を、しっかり知らしめるべく動いている人がいることは察していた。なんとなく、ノヴァクさんだろうとも思っていた。
その情報操作、家族ぐるみでやってたわけー⁉︎
そしてもうひとつなんとなく、ノヴァクさんにそういう宣伝のやり方を教えたのは、お祖父様だった気がする。絶対、そういうの得意だったと思うんだ。策士だったし……。
「お嬢様、本家を支えるのは分家の務めにございます。どうぞ、わたくしどもをお使いくださいませ」
「心強いお言葉ですわ……」
マルガリータさんの言葉があまりに心強くて、若干、脱力です。




