歓迎について
エカテリーナとアレクセイも、ユールノヴァ領に来てからの日々を話した。
もっともアレクセイは簡潔なもので、
「公爵のつとめを果たしておりました」
これだけだったが、ミハイルは微笑んだ。
「順調かい」
「はい」
「そう、良かった」
簡潔なだけに、奥が深すぎると言えよう。
皇子……どこまで把握して言っているんだろう。そういえば江戸幕府は、各藩に隠密を送り込んで内情を把握していたというけど、皇室もそういうことをしているのかな。
いや、もし隠密的な者を送っているとしても、報告を受けて全てを把握しているのは陛下のみだろうから、皇子はノヴァダインたち旧勢力を一掃したこととかを知ってはいないはず。考えすぎだよね。一般的に考えて、若くして広大な領地を統治するには困難が伴うから、そういうことを言っているだけ……のはず。
でもこの、何でも知っているかのような空気の出し方……さすがロイヤルプリンス。
前世の十六歳、高校一年二年の男子を思い起こすと、サッカーの試合のこととか連載漫画の展開がアツいとかお好み焼きの具は何が至高とか、そーいうことを駄弁っていた記憶しかないな。子供だったもん。それで許される、大事な、振り返ってみれば幸せな時代だったもん。
学園のクラスで接する同級生を思い出すと、前世と同じようなものだから、お兄様と皇子が特殊なんだけど。
大人になるのが早すぎて、ちょっと胸が痛むような……すごいなーと惚れ惚れするような。
エカテリーナは山岳神殿への旅の話をした。単眼熊の退治や、噴火の神託を受けたことを話すと驚かれて盛り上がったが、死の乙女死の神や魔竜王との遭遇は話さなかった。話題はいちいちアレクセイとアイコンタクトして話して良いか確認していたのだが、そのあたりに関わるところで、アレクセイがすっと話に入ってきたのだ。
「この子の旅には多くの驚くべき出来事がありました。私から陛下に奏上したき件があったほどです」
……そうか、玄竜を『一国の軍隊にも匹敵する存在』と表現したから。それとの遭遇や友誼は、ユールノヴァどころか皇国の軍事力を変化させるほどのこと。友達への近況報告感覚で話していいことではないんだろう。
お兄様はすでに公爵だけれど、皇子は皇位継承者であっても、まだ本当の権力者ではない。そこはやはり、厳然として違いがあるんだ。
エカテリーナはにこ、とミハイルとフローラに微笑んだ。
ミハイルも穏やかにうなずく。
「エカテリーナはいろいろ変わったことに出会う性質みたいだね。学園で魔獣と闘ったことを思い出したよ」
うむ。『オッケー訊かないよ』の洗練形、これもさすが。
そしてフローラちゃんは、ただ微笑んで口を挟むこともなく控えている。庶民として生まれ育ったのにこの思慮深さ、賢い。本当にポテンシャル高い。
乙女ゲームのヒロインだから、攻略対象の皇子を無事に攻略してほしいと思っていたんだけど。でないと自分の破滅に繋がると思うと、本当にお願いしたいんだけど。
フローラちゃんが皇子とラブになったら……フローラちゃん、やがて皇太子妃、さらには皇后?それはもう、大変だろうなあ……。
でも、それを超えられるポテンシャルの持ち主であることも確かだし。
とにかく、悪役令嬢はヒロインと皇子を応援します!
「ユールノヴァは良き地であると、その旅であらためて思いましたのよ。短い間ではありますけれど、精一杯おもてなしさせていただきますわ」
その言葉でエカテリーナは話題を変え、二人が滞在中の歓迎行事についての説明になった。
主な催しは二つ。
まず、ユールノヴァ城での歓迎の宴。先日のアレクセイ公爵就任の祝宴(といいつつ公爵令嬢エカテリーナのお披露目)よりもぐっと招待者を絞り込んで、そのぶん豪華にとりおこなう。
次期皇帝が主賓の宴に招待されたとなれば、末代までの語り草。大きな誉れだから、ユールノヴァの関係各位から招待してほしいという希望が殺到したそうだ。厳選した招待者には恩を売ったことになり、アレクセイの領政に大いにプラスとなる。
そして、一日がかりの狩猟大会。こちらも選ばれた参加者とともに、盛大に実施する。洋の東西を問わず、狩猟は貴族にとって一番の娯楽だ。
さらに言えば、単なる娯楽ではなく、夏の間に食料を確保して保存食にし、厳しい冬に備えるという実用的な目的もある。前世で非難の的だったトロフィーハンティングとは訳が違うのだ。
なお、最後には皆で獲物の一部を美味しくいただく予定。お肉をその場で調達、ワイルドなバーベキューパーティですね。
「女性たちも参加しますの。狩猟に参加する婦人もいらっしゃるそうですけれど、多くの方は涼しい小川のほとりで鳥の声など愛でながら、お菓子をいただいたりお喋りしたりして過ごすのですわ。わたくしも初めてですけれど、狩猟場は美しいところだそうですの。皇都でお暮らしのフローラ様には珍しい、自然豊かな景色をお目にかけられると思いましてよ。木陰で一緒に散策などいたしましょうね」
「わあ……素敵ですね。とても楽しみです」
エカテリーナの言葉に、フローラが笑顔で頬を染める。アレクセイはミハイルに言った。
「猟場の獲物は主に鹿ですが、他に猪や、大角牛などの食用に適した魔獣も獲れる場合があります。近隣の村人たちは勢子を務めるのに慣れておりますので、うまく追い込んでくれるでしょう」
「ユールノヴァでは、村人たちに獲物を分け与えるそうだね。それなら、熱心に協力してくれるのもわかるよ。珍しい獲物を追えるのは嬉しいな、楽しみだ」
ミハイルの目がきらりと光る。
エカテリーナは少し驚いた。皇子、狩猟が好きなんだ。そう言えばハンター気質なんだった。でも、そんなワイルドな面があるのって、やっぱり意外。
なんて思ったエカテリーナだが、次のミハイルの一言に、それどころでなく驚くことになる。
「ところで、開いてくれる歓迎の宴だけど。ファーストダンスのパートナーは、エカテリーナにお願いしていいかな」
はいい⁉︎
何をおっしゃるウサギさんー⁉︎




