来訪
思い起こせば前世の大学時代、夏休みに友達の実家に遊びに行って、泊めてもらうことはよくあった。
私も実家に帰省している間、テーマパークに遊びに行きたいから泊めて!ってやってくる友達を泊めて一緒に遊ぶのは、毎年の恒例行事だったし。
私は前世、東京生まれだったんだけど、中学へ入学する時に父親が大阪に転勤になって、以後ずっと実家は大阪。中学高校は大阪の学校に通って、大学受験で東京の大学に受かって上京、一人暮らしに。それで、夏休みには帰省したり、同じく一人暮らしの友達の実家に遊びに行ったりしていたわけですよ。
なので、実家に泊まりにくる友達と行ったテーマパークはネズミの国ではなく、ハリウッド映画がテーマの方ですね。
ネズミの国には逆に、夏休み以外の連休とかで、高校時代の友達が行きたいって泊まりにきましたけども。
ちなみに就職も東京の会社に入社したので、その後もずっと一人暮らしでした。ブラック企業の社畜になったせいで、友人たちともなかなか会えなかったなあ……。
しかし前世、友達とテーマパークのパレードを見物することは、たびたびあったわけですが。
友達がパレード状態でやって来たことは一度もなかったよ!
ミハイル殿下とご友人フローラ様まもなくご到着、の報を受けて、エカテリーナは兄アレクセイと共に公爵邸の正面玄関前で待機しながら、そんなことをつらつら考えている。
皇都で皇室御一家の行幸を待った時を思い出すが、さすがにあの時ほどの規模ではなく、礼装した騎士たちがずらりと並んでいたりはしない。
とはいえ、緊張した面持ちの使用人たちが、ずらりと並んでいたりはする。
公爵邸の外からは、歓声が聞こえてくる。
皇都と違って、北都に皇族が来訪するのはごく稀なことだ。次期皇帝陛下、しかもイケメンな若き皇子様とくれば、北都の領民たち、特に女性たちが熱狂するのは当然かもしれない。
そう思うと、歓声が黄色いというか、きゃーきゃーしているような……。
ミハイルの来訪には、皇帝コンスタンティンからアレクセイへ、皇室からの信頼を知らしめて領政の掌握を後押しする、応援の意味がある。
ゆえにユールノヴァ公爵家としては、皇子の来訪から最大の効果を得るべく歓迎の行事準備にかこつけて、現公爵アレクセイと皇室との関係の良好さ、皇帝陛下からの信頼、次期皇帝ミハイルとの近さを、がっつりと領内に知らしめている。
皇室側には他の思惑もあるわけだが、そこはそれ、これはこれ。使えるものは使うのである。
そんな裏の思惑があって、
『皇国の皇子様がやって来られるそうだ。公爵様とはご友人同士で、遊びにくるほど仲が良いらしい』
『じゃあ皇子様が皇帝陛下になられたら、公爵様も大臣とかになられるんだろうね。ユールノヴァはますます安泰だね』
『次の皇帝陛下をこの目で見られるなんて、縁起がいいよ!』
などという会話が北都や街道沿いにあふれ、ミハイルはパレード状態で公爵邸までの道のりを進んできたというわけだ。
生まれながらのロイヤルプリンス、ミハイルは、そのあたりの事情を充分に飲み込んで、笑顔を振りまいてきたに違いない。
領内で不正を働いてきた旧勢力を一掃した若き公爵は、すでに領民たちに高く支持されている。アレクセイを疎んじる旧来のアレクサンドラ支持者もまだ残っているが、彼らは皇室を賛美する者たちのため、アレクセイに反発することがますます難しくなっただろう。
そしてついに、ユールノヴァ城の城門を、ミハイルを乗せた馬車がくぐる。
ユールノヴァ騎士団の奏者が角笛を掲げ、歓迎の旋律を吹き鳴らした。
馬車は皇室のものではなく、公爵家が迎えに出したものだ。ミハイルはユールノヴァまで、快速船ラピドゥスでセルノー河を遡ってきたので、皇室の馬車に乗ってきてはいない。
けれど公爵家の紋章つき馬車を、皇国騎士団が六騎で警護している。皇都にいる時よりも護衛が多いのは、道中の危険対応もありつつ、公爵領での皇室と公爵家の親密度アピールも計算に入れたものであろう。
そしてさらに、その皇国騎士団の騎士の一人が、皇子の紋章旗を掲げていた。
皇室では、一人一人がそれぞれの役割に応じた紋章を持っている。皇帝の紋章、皇后の紋章、やがて皇太子となる第一皇子の紋章、は決まっていて、第二皇子以降については第一皇子のデザインを微妙に変えたもの、皇女の紋章は皇后の紋章に似たものになるそうだ。
第一皇子の紋章には、雷神の象徴である翼と蛇、そして青い蝶が描かれている。
三大公爵家の紋章に、それぞれ花が描かれていることを思うと、なんらかの意味を感じるところだ。
なお、皇帝の紋章にも翼と蛇は描かれているが、共にデザインされているのは獅子である。
ともあれ、乗っているのが公爵家の馬車であっても、そこにいるのは皇国の第一皇子、やがて皇帝となるべき継承者であることを、紋章旗は知らしめているのだった。
正面玄関前に、馬車が停まった。
お仕着せを着たミハイルの従僕らしき青年が、さっと馬車の扉を開ける。糸のように細い目、俊敏そうな細身の青年は、アレクセイにとってのイヴァンのように、護衛を兼ねているのかもしれない。
そして、皇子ミハイルがユールノヴァ城へ降り立った。
(……あれ?)
「やあ、アレクセイ。しばらくだね」
「ユールノヴァ城へようこそ。お元気そうで何よりです」
まずは当主と言葉を交わすのが、当然の作法だ。ミハイルのくだけた態度はいつも通りだが、知らない者にはアレクセイとの親しさを印象付けられるだろう。
ミハイルがエカテリーナの方を向いた。
「エカテリーナも、久しぶり。ますます綺麗だね」
おおう、社交辞令がレベルアップしてないか皇子。
……って、いうか。
「お久しゅうございますわ、ミハイル様。……あの、最後にお会いした時より、背が高くなられましたかしら」
なんか……お兄様と並ぶと、頭の位置がちょっと近くなったような。
あと、髪型変えた?ちょっと髪が長くなって、後ろへ撫で付けて、大人っぽい感じになっている気が。
ミハイルは微笑んだ。
「わかる?衣装係に嘆かれてしまった。予測よりも伸びてしまったから、仕立てた服が使えないかもしれないって」
衣装係……そういう人がいるんだ。さすがロイヤルプリンス。
でも、服については成長期の男子あるあるかな。
なんか身長だけじゃなくて、ちょっと身体の線が変わったような。少年ぽさが薄れて青年のラインになってきたような。
いやあ、男子三日会わざれば刮目して見よ、だっけ?成長期の男子って、油断ならんなー。
でも、夏休み中にイメチェンしようなんて、考えてみたら高校生らしくて可愛いよね。
お姉さんは君を応援するよ、うん!
そして、当主兄妹との挨拶を済ませたミハイルが、馬車の中に手を差し伸べた。
その手に手をあずけて、馬車から降り立った少女。
「エカテリーナ様!」
「フローラ様!」
歓喜の声で呼ばれて、エカテリーナはつい、作法も何も忘れて両手を伸ばしてしまった。
その腕の中に、桜色の髪の少女が飛び込んでくる。
「お会いしたかったです!毎日毎日、会いたいって思っていました!」
かわいいっ!なんてかわいいことを言ってくれるんだこの美少女は!
「わたくしだってお会いするのを楽しみにしていましてよ!」
エカテリーナがぎゅっとハグすると、フローラは目に涙を浮かべながらも大きな笑顔になった。
思わず女の子同士できゃっきゃうふふの再会を楽しんだエカテリーナだが、はたと周囲の視線に気付く。
ああっ、作法が!
そして女主人の威厳がー!使用人たちの優しい笑顔が痛い!
「すみません、私ったら……」
フローラが真っ赤になる。
くうっ、かわいい!あいかわらず美少女だよ、美少女無罪!
「わたくしこそ、つい嬉しさで我を忘れてしまいましたわ。どうかお許しになって」
「私、エカテリーナ様にお会いできて、本当に嬉しいです!」
熱心に言うフローラの可愛さに、エカテリーナは思わずのけぞりそうになる。無罪おかわりです美少女すげえ。
「女の子っていいよね。見ていて心が和むよ」
ミハイルが笑って言ったので、なんとなくその場は収まった空気になった。
ありがとう皇子。君ってやっぱりいい奴だよ。
「失礼いたしましたわ。どうぞお入りくださいまし、長旅お疲れでございましょう。まずはお茶でも」
女主人の役割を思い出したエカテリーナが言い、一同は邸内へ入っていった。
ちょ……ちょっと失敗したけど、級友との再会らしい、いい雰囲気だったよね。
今までは旧勢力との対決とか山岳神殿への参拝とかで、夏休みだってことを忘れそうになってたけど。二人のおもてなしとして、これから夏休みの思い出作りができる予定だし、楽しむぞー。
まあ内容が、ロイヤル&ノーブルの夏休みって感じなんだけどね……。




