報告〜求婚について〜
今度の音は鞭打つように鋭い。再び凍ったカップが急激な温度変化に耐えかねて割れた、キンッという澄んだ音がそれに続いた。
わーんやっぱりいいい!
さっきより寒い!お兄様落ち着いてー!
……ていうかお兄様、周りにキラキラしているのはなんでしょうか……。
さすがにダイヤモンドダストのはずはないし、なんなの謎の現象が。
まさか氷の魔王に進化したことを表すエフェクトだったり?お兄様が進化しちゃった!どうしよう私も進化しなきゃ!
いや何言ってんだお前が落ち着け自分。これは、魔力制御の本で読んだ現象だよ、膨大な魔力の発現と、抑えようとする意思が拮抗した時に、魔力が可視化されるっていう……。すごくすごーく稀なはずの現象……。
シスコンすぎてそんな現象まで起こしてしまうなんて、さすがすぎますお兄様。
そしてこれでも抑えてるのか、抑えなかったらこの部屋、氷窟になってるな……。
冷たくも美しい魔力を周囲にきらめかせながら、アレクセイは唇の端に凄絶な笑みをたたえて言う。
「竜であろうと所詮は魔獣。獣の分際でお前を伴侶にだと……?一国の軍隊に匹敵する存在と言ったか。大丈夫だ、たとえ屍山血河を築こうとも、ユールノヴァの全てをあげて、お前の身は必ず守る」
いやあああ!お兄様それ絶対駄目なやつ!そういうこと言われないように、魔竜王の強さをアピールしておいたのにー!
お兄様の豊富な語彙が、今は嫌すぎるー!屍山血河ってそんな、氷の魔王すぎる発言は控えてください!
「お、お兄様、お気持ちを鎮めてくださいまし。一度はそのようにおっしゃったのですけれど、わたくしがまだ子供だからと、お言葉は取り下げになっておりますのよ。そのように、問題視なさらないでくださいまし」
「エカテリーナ、純真なお前にはわからないだろうが、まだ子供だと言ったのなら、それはお前が大人になる時を狙っているということなんだよ」
断定された!魔王の笑顔で!
やめてください、そのへん深く考えるとまたフリーズする予感がするので、スルーしたいです!
ミナ〜、イヴァン〜。助けて〜。
助けを求めて視線をめぐらせたエカテリーナだが、すぐ横にミナが立っていたので驚いた。いつも通りの無表情だが、何か空気がおどろおどろしいような。
「あたしはお嬢様がどこに嫁いでいかれようと、ついていってお仕えしますけど、あんなのが相手じゃついて行けるかどうかわかりません。あいつはやめてください」
問題はそこ⁉︎
「それにあいつは、あたしの目の前でお嬢様を拐っていきました。絶対に許しません。あたしは自分のことも、絶対に許しません。お嬢様を奪られるなんて、二度と」
言葉が途切れ、ミナは歯を食いしばっている。
「ミ、ミナ、あの時は、わたくしが待つよう命じたのですもの、ミナは少しも悪くなくってよ。あれほど強力な竜を相手に、一歩も退かず護衛の役目を果たしてくれたミナは、とても立派だったわ」
魔竜王にあそこまで食い下がるって、本当にすごいもの。
あああ、お兄様になんて報告するかで頭がいっぱいで、あんなに頑張ってくれたミナをねぎらうのをおろそかにしていたと、今気が付いたー。雇用側として、そんなことでどうする自分!未熟者!
……さらに今気がついたけど、ミナの横にいるイヴァン、なんでそんなにうなずいてるの……。
「お嬢様は閣下とずっと一緒にいらっしゃればいいんです。俺もお守りします」
いつもの愛想のいい笑顔なのに、イヴァンもなんだか怖い……。
「愛しいエカテリーナ」
アレクセイが、エカテリーナの頬に触れる。兄の手はひんやりと冷たくて、エカテリーナは思わず自分の手を添えて、アレクセイの手を温めようとした。
「許してくれ、お前を代参になど出すのではなかった。お前の輝かしさは、神をも魔をも惹きつけてしまうようだ。誰よりも私が、それを解っているべきだった」
魂が異世界産で珍しいだけなんです……。
お兄様のはシスコンです。元祖型ツンデレで特定対象者にのみデレ一択タイプです。
でもそんなこと言えない!
うわーん、ミナもイヴァンもお兄様を止めてくれないー。
よ、よーし!いざとなったら……いざとなったら……。
泣こう。泣き落とそう。
そんなしょうもない決意を胸に、エカテリーナは頬に触れている兄の手を、そっと両手で包み込んだ。
「お兄様……わたくしは本当に幸せですわ。世界で一番大切なお兄様が、こんなに愛してくださるのですもの」
あまりにすごくて、今ちょっと困惑しておりますけども。
でも忘れちゃいけない。私はとても幸せですよ。ミナやイヴァンを始めとして皆に良くしてもらってばかりの、幸せな今生ですけど。やっぱり誰よりも、絶対にどこまでも愛してくれるお兄様のおかげで、私は幸せなんです。
だからこそ、お兄様の役に立ちたいですよ。
お兄様がくれるのと同じだけ、私もお兄様を愛したいですよ。
兄の目が和んだので、エカテリーナはほっとする。そういえば魔王エフェクト、ではなく魔力の可視化現象も、おさまったようだ。
「わたくし、あの方に申し上げましたの。わたくしはもっともっと、お兄様とご一緒しとうございますと。思えばわたくしとお兄様は、こうしてお話しできるようになって、まだ半年にもならないのですもの。わたくしとお兄様は、お互いの他には誰もいない、二人きりの家族であることも、お話しいたしました。
あの方は、ご理解くださいましたわ。好きな殿方がいるというならともかく、兄では致し方ないと」
「……そうか」
アレクセイはうなずいた。
「わたくしの婚姻は、当主であるお兄様がお決めになることであるとも、お話しいたしましたわ。
そうそう、わたくしにお戯れをおっしゃる場合、お兄様が決闘を申し込む可能性があることもお話ししましたの。その場合、わたくしは必ず、お兄様に助太刀いたしますと申し上げました」
エカテリーナがにっこり笑いかけると、アレクセイはふっと微笑んだ。
そして、声を上げて笑う。
「私に助太刀してくれるのか」
「もちろんですわ。及ばずながら、ですけれど」
「ありがとう、優しい子だ。……求愛した相手にそう言い渡されるのは、どんな気分がするものだろうな」
すっかり愉快そうな表情で、アレクセイはエカテリーナに笑いかける。両手で包んだ兄の手が温かくなったようで、エカテリーナはほっとした。
「お前とこうして話せるようになって、まだ半年にもならないとは……もはや信じられない。お前がそばにいない歳月、私はどうやって生きていたのだろうな。お前が旅に出てからの数日さえ、耐え難かった。お前の夢を見たよ」
「まあお兄様、わたくしもお兄様の夢を見ましたわ。皇城で、ご友人を探しておいででした。わたくしが駆け寄ると、抱きしめてくださいましたのよ」
エカテリーナの言葉に、アレクセイは目を見開く。
「そういえば……夢の中のお前は、古き神が会わせてくれたのだと言っていた。捧げ物が御心にかなったのだと……お前がどんな旅をしているか、私はまったく知らなかったのに」
その言葉に、今度はエカテリーナが目を見開いた。
わー。すごい、本当に夢の中でお兄様と会っていたんだ!
そういえば、前世のギリシャ神話では、死と眠りは兄弟、夢は眠りの息子だったような。死の神様は死と魂を司るそうだけど、魂がさまよい出て見た夢の話もあったか。荘子夢にて胡蝶なるか、胡蝶夢にて荘子なるか――だっけ?魂を、会わせてくれた?
なんでもいいや。神様、ありがとうございます!
「きっとわたくし、離れている間も、魂はお側にいたのですわ。これからもずっと、わたくしの魂を、お側にいさせてくださいまし。だってわたくし、お兄様のお側のほかに、居たい場所などないのですもの」
嬉しそうに言う妹にアレクセイは目を細め、
「お前がそう望むなら」
と言った。




