報告〜長い前置き〜
村人の求めに応じ、単眼熊を駆除したこと。
それで予定の宿に泊まれなくなり、森の民の居住地に身を寄せたこと。
そこで死の乙女セレーネと死の神に遭遇したこと。
会話の中で、玄竜について少し話し、玄竜の真の名が魔竜王ヴラドフォーレンだと教えてもらったこと。
セレーネに贈り物をして、彼女と死の神に気に入られたこと。
ひとつも嘘はない。話していないことがあるだけで。
魂が異世界産なせいで珍しいからセレーネさんが見にきたとか、創造神の関与とか、そのへんはまるっとカットだ。妹の中に異世界のアラサーが混じってるとか、お兄様には絶対内緒!
ヴラドフォーレンという名前はもともと知っていて、死の神からはそれが確かに玄竜の真の名だと教えられただけであることも、省略。
これは隠蔽ではない。要点に絞って報告しているだけだ。
いちいち言い訳が入り込むあたり、内心のやましさが漏れるエカテリーナなのであった。
「その後はつつがなく旅を進め、山岳神殿へ到着いたしました。アイザック大叔父様とお会いすることができましたのよ、嬉しゅうございましたわ……これは余談ですわね、本題に戻りますわ。
先ほどご報告いたしました通り、山岳神殿にて噴火の神託がくだされました。それを受けて、フォルリ卿とは別行動となりましたの。わたくしは一刻も早くお兄様にそれをご報告するため、帰途を急ぐことにいたしました。
その途中、馬を休ませるために馬車を停めていた時に、玄竜が現れたのです。本当に、巨大な竜でございました」
その大きさをどう表現すべきかと、エカテリーナは少し悩む。学園の小講堂に首と翼と長い尾がついたくらい、と話すと、アレクセイの表情が厳しくなった。
「可哀想に、そんなものが突然現れたなら、やはり怖かっただろう」
「最初は驚きましたわ。ですけれど、死の神様よりあの方についてうかがっておりましたので。無体なことはなさらないと思いましたの」
神様から聞いたのは玄竜イコール魔竜王ヴラドフォーレンということだけで、話せばわかると思ったのは前世の記憶からですが、話題に出たのは事実ですので。細部はカットして要点に絞ります。
私のほうから玄竜に話しかけたことは、ミナやオレグさんたちも覚えているだろうから、彼らの報告と辻褄を合わせつつ、絞らねば。
「実際に、こちらから話しかけたところ、姿を変えてくださいましたわ。人間の、殿方の姿です。ですから、怖くはありませんでしたのよ」
「ほう……玄竜が人間の姿をとることがあるというのは、事実だったか」
「はい、たいそう見目麗しいお姿でしたわ」
あの絶世の美形を『見目麗しい』なんて一言で片付けるのは犯罪な気がするけど、言葉で表現できるものじゃないのでこれで。
そんな内心がどう現れたのか、アレクセイはなんとも言えない表情になった。
「お前が男の容姿をそんな風に褒めるとは。初めて聞く」
「だって、お兄様が一番素敵なのですもの!わたくしが他の殿方を褒めることがないとしたら、いつもお兄様のお側にいるせいですわ。あの方は本当にうるわしいお姿でしたけれど、それでもわたくしには、お兄様のほうが素敵としか思えませんのよ」
私、ブラコンですから!
輝くような笑顔で言い切ったエカテリーナの言葉に、アレクセイはくすぐったいような顔をする。
「お前は、こういう点ではあいかわらず子供だな」
「あら、あの方もそのようにおっしゃいましたわ」
実は中身アラサーなので、詐欺ですみませんなんですけどね。
「そもそもあの方は、先ほどお話しした死の神様と、ご交流がおありだそうですの。神様と奥方様からわたくしの話をお聞きになって、それで会ってみようとお思いになったそうですわ。あの方も死の理の中にあるゆえ、奥方様がお気に召したわたくしに危害を加えるようなことはしないと、明言してくださいました。
ですから、わたくしの身にはまったく危険はなかったのです」
「そうか……」
アレクセイの表情がやわらいだので、エカテリーナはほっとした。
それにしても思えば、うちのお祖父様はセレブな仲人趣味だったけど、魔竜王と結婚させようと目論むなんて、死の神様はハイパーファンタジーな仲人趣味だよな。
「その後、二人でしばし歓談いたしました。植林などについてご説明申し上げましたのよ。フォルリ卿がお話したことで、関心をお持ちだったようですの」
植林の話も一応出たし。フォルリさんの話を覚えているようだったし。ひとつも嘘じゃないです。
「あの方はやはり、森林の伐採を不快にお思いだったそうですわ。植林により森を保つ譲歩をしたことを、よしとしておられました。ユールノヴァとは敵対しない、と仰せくださいましたの。皇国とも、人間とも敵対しないとも。
間近で見てよく解りましたわ、あの方は本当に強力な存在でいらっしゃいます。一国の軍隊にも匹敵するのではありませんかしら。そしてあの方は、すべての魔獣を統べる王でいらっしゃるそうですの。そのような存在と友誼を結ぶことは、ユールノヴァにとって有益なことと存じましてよ」
この後の報告に向けて、魔竜王との交流の意義をアピール。うん、決して敵に回してはいけない方ですよ。
「……その、敵対しないというのは、わたくしが居る限り……という条件付きではあるのですけれど」
話がシスコン的に難しそうなところへ差しかかってきて、エカテリーナの口調はためらいがちになる。ピクリとアレクセイの眉が動いた。
「……奴は、ずいぶんお前が気に入ったようだ」
「はい、その……わたくしに、伴侶になる気はないかとお尋ねに」
ビシッ!!




