竜の申し出
「嘘ではございません!わたくしは、必ずお兄様にお味方いたします!」
「いや……そこを疑うわけではない」
言いながら、ヴラドフォーレンはまだくつくつ笑っている。
魔竜王からツッコミもらっちゃった、とちょっと感慨を覚えるエカテリーナであった。
そりゃまあ、ジャンボジェットサイズの竜に人間が単体で決闘申し込んでも、ジャンボジェット側、じゃない竜側は笑っちゃうしかないんだろうな。と頭では解るけど。
お兄様を笑うのはブラコン悪役令嬢が許しません!
「お兄様をあなどるのはおやめくださいまし。お兄様は、わたくしを本当に大切に思ってくださるのです」
「そして、お前も兄が大事か」
「わたくしにとって、この世で一番大切なのはお兄様ですわ!」
エカテリーナが宣言すると、ヴラドフォーレンは苦笑した。
「肉親の情というものが、俺には理解できん。竜は、同族と共に生きることはほぼないからな。そもそも、親から生まれるわけではないのだ。同族は唯一自分に匹敵する存在ゆえ、闘わずにはおれなくなる」
縄張り意識なのかな……親から生まれるわけではないって、自然の気が凝って発生する、みたいなファンタジー案件?こうやって人間の姿で向き合っているとうっかりしそうになるけど、あらためて異種の生き物なんだなあ。
――っていうか。
異種の生き物だと認識してあらためて考えると、魔竜王ってずいぶん、人間に寄せてくれている……よね。
そういえば前世で、自ら狼の群れのリーダーになって、群れの面倒を見たり一緒に遠吠えしたりしている研究者がいた。ドイツ人だったかな。
人間が狼のリーダーっていろいろすげえ!って思ったけど。
竜という絶対強者でありながら、人間の姿で人間とコミュニケーションをとり、家族とかの自分たちにない概念に、理解できないなりに配慮を示すって。あの研究者さんばりに、異種である人間に踏み込んでくれているんじゃなかろうか。
異文化コミュニケーションどころか、異種族コミュニケーションだもん。人間に合わせてくれて当たり前、と思うのは傲慢なのかもしれない。
「肉親への情を持たないことが理解しがたいか」
長い無言をそう解釈したヴラドフォーレンに、エカテリーナは首を振った。
「それほどわたくしどもと異なる存在でありながら、人間について多くをご理解いただけることに、あらためて感じ入っておりましたの。そもそも、人間の姿をとって、人間の言葉を話してくださるのですもの。わたくしどもに歩み寄ってくださることに、御礼を申し上げますわ」
ヴラドフォーレンは目を見開き、思わずといった様子でエカテリーナに手を伸ばしかける。
が、その手を止めて、皮肉げに唇の端を吊り上げた。
「竜の姿では、人間は恐れるばかりで会話などできないからな。お前とて、俺の本来の姿は恐ろしかろう……試してみるか?」
そう言うや、ヴラドフォーレンは立ち上がる。そして、一瞬で姿を変えた。
陽が翳る。あまりにも巨大な影が、地上を暗くする。
見上げれば、悠々と浮かぶ巨竜の姿。翼を広げているが、羽ばたくことはなく、重力など知らぬげに山腹近くの上空に静止している。
「……」
エカテリーナは言葉もない。ただただ、眼前の驚異から目を離せずにいる。
こ、これは。
この状況は。
映画とかでちょいちょいあった。ファンタジー映画なら巨大なモンスター、SF映画なら巨大な宇宙船が現れた状況。俳優さんたちがめいっぱいの驚愕の表情になるやつ。
モンスターも宇宙船もCGで後から追加されるもので、俳優さんたちはブルースクリーンとか見ながら演技で驚くわけだけど。
リーアールーにー!
いーるー!
目の前に!空いっぱいに視界を埋め尽くす、巨大ドラゴン!
デーカーいー!
ジャンボジェットをこれくらいの間近から見上げたことなんてないけど。空港で見ると、車輪のそばに停まっている作業車がすごく小さくて、あらためてそのデカさに驚いたりした。
その感じ、ジャンボジェットのスケール感で、ドラゴンがいてるー!
そして……さっき現れた時には首から上くらいしか見えなかったけれど。
巨大すぎて詳細までは見えない箇所も多いけど、全体像は把握できる。
黒光りする鱗に覆われた漆黒の巨躯。
コウモリのそれに似た形状の、巨大な翼。
長大な首から背中にかけて、たてがみのように棘状の突起がずらりと並ぶ。
巨大な鉤爪、それこそジャンボジェットの車輪くらいの巨大さであろう鉤爪がついた、力に満ちた四肢。
長い長い尾が、空中をうねっている。
その姿。
まさにイメージ通りのザ・ドラゴン!
あああああ。
足が震えるほど圧倒される。けど。でも。
「恐ろしいか、エカテリーナ」
眼前の竜にそう声をかけられて、エカテリーナは我に返った。
立ち上がり、竜へ手を伸ばす。あまりの巨大さに手が届きそうに錯覚して。
「素敵なお姿と存じますわ!拝見できて光栄にございます!」
我に返りきっていないテンションの高さで、エカテリーナは叫んだ。笑顔全開、目がキラッキラだ。
かーっこいいいいーっ‼︎
ヤバい!絶世の美形よりこっちの方がさらにヤバかったー!
前世ハリウッドのCGデザイナー敗北!ファンタジー超大作映画に出てきたドラゴンよりも、いやあれもかっこよかったけど、実物のかっこよさの方が勝ってるよ!すごいから!すごいんだから!
あ、恐ろしいかって訊かれたっけ?
そりゃ、さっき突然現れた時は怖かったですよ。
でも、話が通じる相手だってわかったんだから。はっきり言って前世の上司より、よっぽど話が通じるんだから。怖いとか、ないない!
ヴラドフォーレンはしばし沈黙した。
そして――哄笑した。
巨竜の呵々大笑が、山々に轟き渡って谺する。
「人の姿より竜の姿を好く人間の女に、初めて会ったぞ」
そう言ってまたひとしきり笑うと、ヴラドフォーレンは紅炎の目でエカテリーナを見た。
「お前のことが、少し解った。お前は確かに、賢者であり子供であるようだ――俺の手を取るつもりはないのだろうに、幼子のように手を伸ばしおって」
「……非礼にあたりましたら、お詫びいたしますわ」
「非礼などではない。やはりお前は、まるで、わかっておらんのだな」
困った顔をしたエカテリーナに、一国を滅ぼすほどの力を持つ最強の巨竜は、優しい声で言う。
「この姿を恐れないなら、このまま送ってやろう。人の姿でお前を抱けば、あまりに手放しがたくなる」
え。
「そ……そのお姿のままと仰せになりまして?」
「魔竜王の背に乗る、初めての人間になってみるか」
竜の背に乗る⁉︎乗せてもらえるの⁉︎
ぜひ!ぜひお願いします!
活動報告にお知らせを掲載しました。近況報告なのですが、目を通していただければ幸いです。




