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悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします  作者: 浜千鳥


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発明家の誕生と逃亡

発明家ジョヴァンナの父親を都市国家アストラへ連れ帰った貴族は、周辺に残る上水道の遺跡を修復して使えるようにするよう命じた。野心家のその貴族は、軍を率いての戦果が思わしくなかった埋め合わせに、水道の修復を手柄にして勢力を拡大したかったようだ。


父親は、一部は直すことができた。

だが、ほとんどは直せなかった。故郷の街で娘と共に試行錯誤した遺跡とは、形状が違う、大きさが違う、違う技術が使われていたと思われる箇所も多い。わからないことが多すぎたのだ。

娘のことは、話さなかった。今まで誰もできなかったことを、十六歳の少女が成し遂げたなど、信じてもらえるはずがない。

なにより、娘の身を案じて、関わらせまいとしたのだった。


上水道は、源から利用場所まで繋がってこそ意味がある。一部を直すことができても、水を流すことはできない。

修復を命じた貴族はあてが外れて激怒したが、どうなるものでもなかった。

しかしそこへ、その貴族と対立関係にある別の貴族が、父親を告発する。無学な石工が遺跡の修復技術など考え出せるはずがない。魔物と契約して得た知識に違いないと。




……エカテリーナは心底思う。私がそこにいたら、某格闘家さんが大忙しだったに違いないと。


『お前は何を言っているんだ』


前世でも異端審問って、裕福なユダヤ人とかを有罪にして財産を取り上げることが、多くの場合の目的だったりしたもんね。権力者の都合で好きに利用できるから、この世界でも『異端』を罪とする考えが生まれたんだろう。

しっかし、権力者にとっては小競り合い程度のことだけど、有罪にされたらお父さん火刑なんだぞ。身分の低い人間の生命を生贄にして権力闘争、歴史上で連綿と続いてきた悪しき伝統みたいなもんだとわかっちゃいるけど、やめんか罰当たりめえ!




告発など、馬鹿げた言いがかりだ。けれど、その馬鹿げた言いがかりによって、生命を落とした人が大勢いる。

父親は法廷に引き出され、上水道遺跡の修復技術をどうやって思いついたのかと問いただされた。寡黙な石工には、娘のことを隠して上手く説明するなど、できなかった。



父親が告発されたという連絡は、当然すぐに、残されたジョヴァンナと兄ジョヴァンニへ伝えられた。

衝撃を受け悲嘆にくれながらも、どうやって父を支えるかを相談しようとしたジョヴァンナに、兄は言ったそうだ。


『あんな親父のせいで、厄介ごとに巻き込まれるなんざ冗談じゃない。俺の知ったことか』


そして家の有り金すべてをさらい、姿をくらました。



……最低だな兄。うちのお兄様の爪の垢煎じて飲めと言いたいけど、飲ませるのも勿体ないわ!



呆然としたジョヴァンナだが、それでかえってふっきれた、開き直った、と森の長に語っている。

彼女がまずやったことは、母の裁縫箱から持ってきたはさみで、長い髪をざくざく切ることだった。

そしてさほど体格の変わらない兄の服を着込むと、てきぱきと荷物をまとめ、フード付きのマントを着てアストラへ向かった。

歩いてゆく間、ずっと歌を唄ったり、言うべきことを声に出してぶつぶつと呟いていた。声がすっかり潰れてしゃがれるまで。女の声とは聞こえなくなるまで。


たどり着いた法廷では、まさに父親の審判の最中。問われたことにほとんど答えられず、ただ無言を通す父親の有罪は避けられない。そういう空気が満ちていた。


ジョヴァンナは、その法廷に駆け込んだ。そして叫んだ。


『お待ちを!その上水道遺跡の修復を計画したのは息子の私、ジョヴァンニ・ディ・サンティです!父は、若すぎる私を案じてくれただけなのです!

私も、いかなる魔物とも契約などしてはおりません、すべて観察と考察の結果であることを、ご説明いたします!』



証拠として、ジョヴァンナは数年間書き溜めたメモやスケッチを差し出した。大量のそれを法廷の床にぶちまけ、近所の遺跡で遊んでいる時に修復方法を思いついたきっかけ、数年かけてさまざまな方法を試してきたこと、失敗してはやり直してをコツコツと繰り返してきた末に、ようやく修復に成功したことを、嗄れ声ながらとうとうと述べ立てる。寡黙な父親より、勝気な娘の方がはるかに口が回るのは当然と言うべきか。


話し終わった時に湧き起こった拍手喝采に、一番驚いたのはジョヴァンナ本人だった。

だが傍聴席をぎっしり埋めていた庶民たちは皆、父親を守ろうと駆けつけたけなげな息子の味方になっていた。女の子のように可愛い(女の子だ)顔をして、難しげな話を理路整然と話す天才少年に、すっかり夢中だったのだ。


『この子に金を!権限を!水道を修復して、我らに水を!』


と庶民たちは声を揃えて叫ぶ。

本人にはまったくそんな意図はなかったが、これが『発明家ジョヴァンニ・ディ・サンティ』誕生の瞬間だった。


あれよあれよという間にお膳立てが整って、ジョヴァンナはアストラの水道を修復することになった。法廷にいた都市国家アストラの若き支配者が、鶴の一声でそう決めたので。


もちろん最初は、隙を見て父親と逃げるつもりだった。

女とバレたら、間違いなくまた異端審問にかけられ、今度は即有罪となる。古代アストラ帝国では女性の地位は低く、権利はないに等しかったという。帝国滅亡後の中世にはさらに虐げられ、読み書きを習う事すらできなかったようだ。この辺りも前世のローマ帝国や中世ヨーロッパと同様。ジョヴァンナの時代はそこまでひどくはなかったが、少女に古代遺跡の修復などできるとは、誰も信じない。魔物の力を借りたと決めつけられることは、確実とさえ言えた。けれど……。

すぐに彼女は、ジョヴァンニとして働くことに、すっかりハマってしまった。



でしょうな!

才能ある人間は、その才能を発揮するのが幸せなものだもんね。



『ジョヴァンナが思い付きを話しても、みんな鼻で笑うだけだった。でも、ジョヴァンニ・ディ・サンティの言うことには、みんなが耳を傾ける。思い付きを現実にできる。私が指し示す方を、みんなが見て動いて、一緒に同じものを作り上げていく。そうして、感謝されたり感動されたりする。……戻れなかった、ジョヴァンナには』


彼女は、森の長にそう話していた。

うん、わかる気がする。



三年ほどで、ジョヴァンナは都市国家アストラ周辺に遺る上下水道の遺跡の構造をほぼ解き明かし、修復技術を確立して、職人たちに広めた。かつての技術をよみがえらせるだけでなく、自分で創意工夫したことも多い。水はふたたび都市を流れ、広場の噴水もよみがえって、人々の憩いの場となった。それ以外にもさまざまな工夫を形にして、発明家と呼ばれるようになった。名声はアストラ周辺を越えて、他国まで広がっていった。


堂々としていれば、意外に誰も疑わないものだ。これだけ目立つ存在になってしまえば、まさか女だとは思わないものらしい。

とはいえ、安心などできはしない。生まれ育った街が近いのだ、ジョヴァンニではなくジョヴァンナであることが、露見してしまう危険は常に隣り合わせだった。




そんな頃、届いたのがユールグラン皇国の公爵、ヴァシーリー・ユールノヴァ公からの招聘だった。


『ユールグランには憧れていた。だって、女も男と一緒に学べる学校があると聞いたから』


ジョヴァンナさん、すいません。あれ国家の罠です……。

とはいえ、魔法学園(の原形)が設立されたのは、皇国の建国まもなくの頃。乱暴に前世ヨーロッパの歴史に当てはめると、今が近世後期くらいに当たるとしてそこから四百年前は、ルネサンス初期くらい?日本に当てはめれば、室町時代とか?

それで男女共学って、確かにすげえ先進的!

建国の父ピョートル大帝、あらためて尊敬しました!



が、ジョヴァンニ・ディ・サンティがユールノヴァの招聘に応じる意向と知ると、都市国家アストラの若き支配者は激怒した。

彼はジョヴァンニの庇護者、パトロンだ。領民でもあるジョヴァンニを、己の所有物のように思っていただろう。支配者自身気に入っており、民衆の人気も高いジョヴァンニを、手放すつもりは毛頭なかった。なにより戦乱の時代、都市の水路は軍事機密の側面がある。アストラのそれを知り抜いた、ジョヴァンニ自身が機密の塊だ。


『我が手の内から出たいだと。他人へ渡すくらいなら、骨にしてでも我がもとへ留める』


そう言い渡されたが、ジョヴァンナも必死。そして、ヴァシーリーに発明家の価値を見定めるよういいつかってきた使者は、三年間で成し遂げた業績を目にして、必ず発明家を主君の元へ連れ帰ると決意を固めていた。


『座して死を待つか、手にあるサイコロを投げるか。選ぶまでもなかった』


ジョヴァンナに迷いはなかったそうだ。

かくして、アストラからの逃走計画が練られた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] またまた外伝やスピンオフが派生出来そうな歴史的エピソードが、雨後のタケノコの様にニョキニョキと……。全く関係のない話題なのに、さりげなく時節に合致させる構成は流石の一言です。 それにしても…
[良い点] 前回に引き続き、重い内容を重苦しく感じさせない エカテリーナ様の語り。 "うちのお兄様の爪の垢煎じて飲めと言いたいけど、飲ませるのも勿体ないわ!" さすがでございます(*´∀`) [一…
[良い点] >『座して死を待つか、手にある賽を投げるか。選ぶまでもなかった』 かっこいいですね、選択肢がなかったとはいえ、命懸けの逃走ですものね [気になる点] お兄ちゃんこじらせちゃったなあ………
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