第17話
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アーサーとラティユイシェラを呼びつけた張本人は既にリヴァーヴ学園の生徒に囲まれていた。
人の壁は物凄いものである。それもそのはずだろう、生徒全員がと言っていいほどシンドリアの重役たちの顔と名前を覚えたエリートたちにとって、願っても見ない大物の登場に少しでもお近づきになりたい。少しでもお姿を拝見したい、と野次馬根性だ。
そんな生徒たちもアーサーとラティユイシェラに気がつくと、海を割ったモーゼのように通り道ができる。
薄々そんな気がしていたアーサーは見えてくる人物に内心緊張が走った。
絵物語の王子様が等身大で登場したような金髪碧眼のそれは、王子様みたい、ではなく一国の王子なのだから笑えない。今日はまたどうしてか、アーサーと同じ髪色の品の良いロングジャケットを羽織っていた。
「アーサー殿!そして、ラティユイシェラ嬢・・・」
明らかにラティユイシェラだけテンションの差があったが、それは初対面の時と何も変わっていないので、ラティユイシェラは気にせずに王族への敬意を払った跪礼をする。
「ご機嫌麗しくユリウス殿下」
「昨日振りでございます」
分かりやすくざわめく外野を御構い無しに、ユリウスは透き通る碧の瞳を細めた。
「昨日だけでは話し足りないと思い、つい宿泊先まで足を運んでしまった」
王子にしか出せない輝かしいキラキラを一身に浴びるアーサーは首だけ曲げて会釈する
。
「嬉しいことを言ってくださいますね、私も話し足りないと思っていたのです」
「アーサー殿、ありがとう。貴殿たちが良ければでいいのだが、今から私の行きつけの場所に行かないか?」
「ぜひご一緒させていただきたい。よろしいですよね、ラティユイシェラ嬢」
「ええ、もちろんです」
トントン拍子に話が進み、微笑んでいるだけで話に入れなかったラティユイシェラは賛同だけした。
歩くビスクドールと噂されるラティユイシェラと絵画から抜け出たような王子のユリウス、その隣に髪をオールバックにした将来有望な騎士のコラボ作品は皆息をのむほどに美しく贅沢であったという。
颯爽と宿を後にした3人は、ユリウスに続いて馬車に乗り込んだ。
「紹介しておこう、近衛騎士のハルとアキだ、ハル、アキ。こちらはレヴィンソン国アルバート騎士団長のご子息アーサー殿とジール公爵令嬢だ」
馬車に一緒に乗車した桃色の髪の穏やかな男性が紹介と共に会釈する。もう1人は馬車を動かしている橙色の髪の人がそうだろう。2人共にこやかにしているが隙のない姿に、アーサーは只者ではないオーラを感じ取っていた。
「そう身構えないでください」
馬車内での沈黙を破ったハルが、桃色の髪を指で弄りながら恥ずかしそうに発する。
「近衛騎士の任を任されていますが、アーサー殿のお噂は予々聞き入れておりました。御自身で開発されたA03をシンドリア国にまで届けて下さる采配、遅ればせながら礼を言わせていただきたい。ありがとうございます」
サァーッと血の気が引く2人は顔に笑顔を貼り付けて気付かれないように、こっそりと視線を交わしアイコンタクトをとる。
(いい加減ラティユイシェラ嬢が真実を伝えて下さい、身に覚えのない賞賛をされても嬉しくもなんともないんですよこっちは!)
心なしか琥珀色の瞳に鋭く睨まれている気がするラティユイシェラは、負けずに金の瞳で睨み返した。
(今更後に引けないのは分かりきってる事でしょう!いかなる虚偽も、そのためにさらに別の虚偽を捏造することなくしては主張できない。相槌だけでいいので合わせていてください!不敬罪で捕まるのはアーサー貴方ですよ!)
(ちょっ、それ本当に笑えない!)
積み重なる嘘の重さは自身を縛り、それはいつしか自身で解けないほどの重みになるだろう。それが理解できないほどラティユイシェラは阿呆ではなかったが、嘘も方便。ユリウスには勘違いしていて欲しいものである。
「アーサー殿はどうやってこの妙薬を作られたのですか?何からインスピレーションを?王室薬剤師も驚くものでした」」
分かりやすく憧憬の眼差しを送るユリウスに、アーサーはラティユイシェラの言葉を思い出すと「これは"偶然にできたもの”。私も驚かされました」とラティユイシェラに一瞬微笑みながら言った。ユリウスはアーサーの行動に、ラティユイシェラからインスピレーションを湧いたのだな、と深読みすると同時にその謙虚な物言いと相乗して、どうしてアーサー殿ともあろう方が・・・と昨夜のことが気にかかる。
「ラティユイシェラ嬢のその容姿は生まれつきのものですか?」
馬車に乗ってから黙っていたラティユイシェラにユリウスの気がかりだったことを問うたのはハルであった。
主人の言いたいことを察知してこそ一流の従者と聞いた事があったハルは、適材適所という諺の通りユリウスの近衛騎士となった。ユリウスの素直で嘘さえも信じるその心が危ないとハルとアキは感じたからだ。
早朝、主人であるユリウスに簡潔に告げられたことはジール公爵令嬢の身辺調査を探る、とのことだったがーーー探るではなく直接的に聞きに言ってますよね。とは死んでも口に出せないハルが、この人らしいやり方というならそれをサポートするのもまたハルの職務だろう。
その本心を一切見せることなく可能な限り自然に尋ねた。ラティユイシェラは久しぶりに珍しがっている人と一瞬反応が遅れた。それを見逃すはずのないハルは「不躾に申し訳ありません、つい綺麗で」と続けた。
「いえ、お気になさらないでください。・・・これは少数民族の末裔である母から受け継いだものです」
白磁のような手で触れる白金の髪はふわりと風に煽られて、花の香りが馬車に乗車している全員の鼻腔をくすぐる。
細い指先は透明感のある頬をなぞって目元まで伝うと金の瞳は伏せられた。ハルはその仕草がえらくゆっくりと見えて、美人はいるだけで絵になるなと思いつつ本題に戻した。
「なるほど、それでは母君も同じ容姿というわけですか。シンドリアへは今回が初めての御入国でしょうか?」
「いえ、以前はお父様と共に・・・」
「おや母君は何か用事でも?」
息つく間のない質問にラティユイシェラは少しの不信は抱いたものの、すぐに快く答えた。
「私がお父様の職務に無理を言ってついて行ってしまったので、お母様は弊家で執務をなされていたと思います。それが、何か?」
「ユリウス殿下を初めて拝見したのだけれど、噂に違わぬ王子様っぷりでしたわね」
「そのような方とお知り合いだなんて、アーサー様とラティユイシェラ様はさすがとしか・・・」
今朝の光景を恍惚と思い出しながら話す令嬢たちに、ラティユイシェラはまた一目置かれる存在になってしまったのはラティユイシェラの望むことではなかった。
風邪を引いて、更新遅れます。




