第15話
シンドリア第3王子王室視点です。
豪華なはずの第3王子王室は至ってシンプルに、しかし壁一面にある本棚を見渡して、シンドリア国第4王子のアロイスは兄の部屋の揺れ椅子に腰掛けて呟いた。
「兄様は本当に本がお好きなんですね」
外は既にとっぷりと暮れ、静かな暗闇が広がっている。曇った窓硝子越しに兄を見やると、人払いの済んだ部屋で寝衣に着替えた姿で微笑んでいた。
「本というより医学書や薬剤書かな。そうした書物に記されたものは助けられた人だけでなく、周りの人も助ける。俺はアロイスを救ってくれた妙薬に、救われたんだよ」
王族らしからぬ優しい兄に、アロイスは心配になる。この兄は王族として優しすぎる。生まれてから病弱な体のせいで王位争いから早々に脱したアロイスは、3人の兄の力になれるように知識を詰め込んでいた。
王族としてマナーや教養、歴史や帝王学に護身術。その中で反逆罪として罰せられた処刑について、詳しく教えてくれる教師がいないことに気づいたのだ。
「・・・今日会ったジール公爵令嬢の容姿。邪曲な例えだけど、このシンドリア国きっての残虐な極刑を受けた一族にそっくりだったね」
犯罪履歴にも簡単にしか記されていないが、犯罪履歴を知るものが見れば一目瞭然の容姿だった。
・・・一族は異形そのもの、その金の瞳に宿す呪いをシンドリア国王の直々の命により、その血を宿す一族諸共虐殺の刑に処す。小さく記されたその文に、活気あるシンドリアの根底にある闇が垣間見えたのだ。
「フォーサイス家のことか?容姿なんて記されていたのか、詳しく読んでいるんだな。」
兄に褒められたいわけじゃないのだ。王族が見ればすぐにわかること、この海の上に浮かぶシンドリアの動力源。
「・・・"魔女の瞳が銀であった"と昔からの言い伝えであるよね『シンドリア初代国王は魔女の莫大な魔力を欲し妃に娶った。それがこのシンドリアの始まりである』」
「どうした?そんなシンドリアの民なら当たり前のこと」
「兄様は見ていなかったみたいだけど、彼女は金の瞳をしていた。王族である僕たちでさえ変えられない色だ」
アロイスは兄であるユリウスに向き合い人差し指で自身の瞳を指差す。
零れ落ちてしまいそうな翠色の瞳は徐々に銀へと変わっていった。
「魔女の末裔が僕たちなら、呪われた重罪人の末裔が彼女だ。」
ユリウスの碧の瞳が揺れ動く。
「そんな、まさか」
「当時の国王が一族に極刑を下したはず、なら彼女の姿は?説明がつかない。もし極刑からレヴィンソン国に逃れた者がいたとして、シンドリアとレヴィンソンの300年の盟約が崩されることはおろか、レヴィンソン国と手を組みシンドリアを脅かす危険因子になりかねない」
強国レヴィンソンの300年前の国王は賢く、シンドリアとの盟約としてシンドリアの土地は犯さず、シンドリアもまた恐怖の根源である魔法を他国に隠して生きるようになった。この二国が敵対してしまえば多くの血が流れると容易に想像できた王は民を慈しみ停戦を誓う。
問題はここからだ。停戦であるにもかかわらず、いや停戦だからこそレヴィンソン国次世代王は軍事力を密かに強めていき小国との戦争を理由に、剣の腕に磨きをかけ、魔法対兵器を作っているという噂。レヴィンソン国は今尚シンドリア国を攻め入る気でいるーーー。
「"魔力は有限である"神の御技を扱える者たちの生は短い。王族ならまだしも、民が戦争のために魔力を使えば戦争には勝てるかもしれない。だが民を失った国に未来はないも同然だ」
真剣なアロイスの銀の瞳に圧倒され、ユリウスは乾いた喉を鳴らした。
「・・・極刑から逃れた一族がシンドリアの秘密を話すことが、問題なんだな」
やっと声に出すことができたそれは、ひどく重大なことであると自覚させられた。
「このことはアロイス、お前の口から父上に伝えてくれ。俺は近衛騎士2人を連れて、ジール公爵令嬢の周辺を探る。」
「分かりました。どうか深く関わらないように」
ーーー兄様はお優しいから。
アロイスの言葉が胸に引っかかる。
レヴィンソン国が強国である所以は、愛国心の強い真面目な性格の者が多くその者たちを育成するのに最適な環境が完備されている強国ならではのプログラム。貧富の差があろうとも賢く強いものに相応しい座と職を任せるところも強みだ。
シンドリアが魔法なら、レヴィンソンは技術である。鉄砲や大砲を発明したのもレヴィンソン国が最初であり、医学にも精通している。秘密の多いシンドリアは鎖国的独立国家であるため、遠くない未来滅んでしまうだろう。強い国はレヴィンソン国のように新しい知識に貪欲で、国とともに進歩する国だ。だが
・・・シンドリアが滅ぶべきなのは今ではない。
そう思わずにはいられなかった。
とんでもないものを見つけてしまった。これが幸か不幸か、シンドリアの明暗が分けられたわけだ。




