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悪役令嬢は騙されない!  作者: サイコロ
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第14話


 落ち着いた足取りで階段を上がっていくシンドリア国第3王子のユリウスは、その透き通った碧の瞳にアーサーを映して逃さない。

 その真っ直ぐな瞳は、精巧に作られたビスクドールのようなラティユイシェラまで映さないのだ。


「貴殿がこの薬を作られたのですねお会いできて光栄です」


 アーサーはどっかの第1王子とは大違いの、紳士で謙虚な目の前の王族に頭を悩ます。

 手を、差し出されているのだ。

 普通なら同じように差し出したい。

 しかし、いかんせんラティユイシェラとの約束が頭をよぎった。


 A03アーサーゼロサンを作ったあの頃、ラティユイシェラからの二つ目の(ささ)やかな願いだった。自分のことは公にしないでほしいと。

 王族を前に、その願いは一つも細やかではないのだが。


 そうこう考えているうちに、ユリウスも怪訝に思い始める。ラティユイシェラは頭を抱えているアーサーの足を踏み、口パクで《約束》と言った。

 不本意に不本意を重ねながらだがアーサーは顔を切り替えて、漸く差し出された手を握る。


「こちらこそ、身に余る光栄でございます。王子」


 ユリウスは無垢に微笑むと、今まで背に隠れていた弟の手を握りラティユイシェラの方へ向き直る。


「初めまして、先程アーサー殿から御紹介預かりました。シンドリア国第3王子ユリウス・ルイ・シンドリアと申します。こっちの背に隠れてしまっているのが弟のアロイス・ルイ・シンドリアです」


 長い金髪がサラリと前に流れ、たどたどしく見上げる翠色の瞳は今にも零れ落ちてしまいそうなほど大きい。

 この時既に、昔この場所で会ったことがあることを思い出していたラティユイシェラだったが、王子の初めましての言葉に合わせて淑女らしいお辞儀をした。


初めまして(・・・・・)、私はジール公爵家長女のラティユイシェラ・ジールと申します。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。」

「ジール公爵家の話は、こちらの国でもよく聞きます。貴殿は羨ましい限りだ。アーサー殿のような方の側に居られるのだから」


 随分とアーサーの評価が高いらしいユリウスは、アーサーに会釈をして図書館をあとにした。





「ほんっとうに!ラティユイシェラ嬢は!」


 図書館の扉が閉まってすぐにアーサーがラティユイシェラの方に顔を詰める。

 先ほどの件で文句を言われると分かっていたラティユイシェラは、小さい手を耳に当ててうんざりした顔をして逃げた。


「何度も謝っているわ!ごめんなさい!」

「まだその一回しか聞いてないぞ!」


 王子とアーサーが会話するたび、ニコニコ笑顔の裏で謝っていたことは、当然ながらアーサーに伝わっているはずもなく、逃げ惑うラティユイシェラの首根っこを掴みソファーへと引き寄せた。


「近い近い!怖い!」


 ストンとソファーに座る形となったラティユイシェラの逃げ道を塞いだアーサーは上から圧を掛けてくる。

 鋭い猫に追い詰められた鼠のような気持ちで、涙目になりながら上目遣いでアーサーを見た。


「どうしてでしょうね、さっき逃げられたせいもあって可愛い顔も今は効果が薄いようで・・・」

「ひゃっ」


 段々と近付いてくるアーサーの濃紺(ネイビー)色の髪が首筋に掛かり、くすぐったくて変な声が出た。

 それに驚いたのはアーサーで、パッとラティユイシェラから退いてくれる。


「変な声出さんで下さい」


 夕焼けのせいか仄かにアーサーの顔が赤くなっている気がしたが、そっぽを向かられたため迷宮入りとなった。


「そろそろ帰りますか?」


 何もない顔に戻ったアーサーの言葉に頷くと、ラティユイシェラ達は帰路に着く。白煉瓦の街並みが夕焼け色に染まり、広大な土地はゆっくりと息をするように、暗闇に溶けていった。


 ガヤガヤとホテルの大きなフロアの一室には既に帰宅した生徒が、自身の席に座って夕食の刻を待っている。

 そこには見慣れた赤のポニーテールがソワソワとする動きに合わせて揺れていた。


「リリ!」

「ラティユイシェラ!」


 パァっと表情が明るくなったリリにラティユイシェラも笑顔になる。横にいたアーサーはなるほどと納得してポニーテールを指差した。


「なるほど、ラティユイシェラ嬢のポニーテールはリリ嬢の意図でしたか」

「ナイスでしょう!」


 グッチョブです!と親指を立て返し、お揃いのポニーテール娘2人を見下ろして微笑んだ。

 まだ慣れないアーサーの男前な微笑みにポッと照れてしまうリリ嬢だが、リリ嬢以外の令嬢達は眩しさの立ちくらみで二次被害をこおむっている。

 慣れすぎたラティユイシェラには全く何も感じないものなため、大勢いるこのフロアにもう興味が向いていた。


「あら、そちらはリリのパートナーかしら?」


 リリの席のすぐ隣に座っている男子生徒に目がいった。リリと同じ赤髪が短く切り揃えられて、切れ長の瞳がラティユイシェラとかちあった。リリもラティユイシェラの言葉にすぐ反応し、男子生徒の隣にやってきて肩に手を添える。


「そうなの!こちらギーク・ハウザー、両手剣の腕前が凄くてね!優しくて、とても頼りになるの!」


 えへへと嬉しそうに紹介するリリにラティユイシェラ及びアーサーも把握した。

 リリの頭2つ分は高いであろうギークは無口で硬派な見た目だが、表情がコロコロ変わるリリを見つめる優しげな瞳が相思相愛だと黙認される。

 ラティユイシェラはこっそり「すっごくお似合いだと思うわ!この話はまたゆっくり・・・ね?」と耳打ちして、なぜか女のリリが腰砕けて、ギークが支えていた。





「ラティユイシェラ嬢は、なんだろう、存在そのもが官能的だよな」


 そう呟いた子息に皆内心は賛同していたが、アーサーに消されるのは分かっていたため表には出さなかった。

 懸命である。



1万アクセスありがとうございます。ここから急展開、立てていたフラグを回収いたしますので更新が遅れます。

次回更新は2018年2月16日午前6時です。よろしくお願いいたします

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