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「皆さん、本日で四件目の国営孤児院の設立です」
王太子となったアルベールが、子供達と保母達に演説をしている。
(なんでこいつが話してんだよ。部下に任せろよ)
ゾルドは、ロッテルダム郊外に作られた孤児院の式典のゲストとして呼ばれていた。
アルベールが話しているので、座って聞いているわけにはいかない。
一応は立って清聴せねばならないので面倒臭い。
この孤児院は、何も無かった場所を兵士が整地し、軍の魔導士部隊が建設を手伝った。
石材の運搬、加工などを魔法で行う事で、急ピッチで建設できたのだ。
アムステルダム、ブリュッセル、ルクセンブルグ――ベネルクス連合王国を形成する三国の首都――で、まず開設された。
その後、四番目の土地としてロッテルダムが選ばれた。
この街にゾルドがいるという事もあるが、政府とて馬鹿ではない。
孤児院を”設立させられる”のではなく”利点を探して設立する”事にした。
この街は貿易港というだけではない。
世界各地から観光客の窓口にもなっている。
街角でたむろする浮浪児は景観を損ねる。
無視される存在であって、視界に入らないわけではないからだ。
そんな彼らを孤児院に集める事で、観光客に浮浪児のいない街としてアピールできる。
これはこの世界では珍しい試みだ。
それだけではない。
子供の教育という要求にも前向きに考えた。
読み書きや計算は、生活に必要な基礎さえできればいい。
社会に出る際に必要な技術を学ばせる――
”職業訓練プログラム”
――を採用した。
商業国家という事で商人を希望する若者は多いが、職人や農業を職業に選ぶ若者が年々減ってきている。
職人に関しては需要があるのだが、汗水を垂らし、苦労が伴う肉体労働を嫌う若者が多い。
農業も国家の根幹に係わる重要な仕事だ。
何と言っても、食料は生きていく上で必要な物。
しかし、こちらも希望する若者が少ない。
だからこそ、孤児院を有効活用する。
最低限の教育を施した後、適性や希望を調べて教育を施す。
そして、働ける年になったら職人や農民としての仕事を斡旋する。
それがどうしても嫌なら、働ける年になったら出て行ってもらうだけだ。
仕事は自分で見つけてもらう。
そこまでは面倒を見られない。
ベネルクス首脳部は、孤児院がタダ飯食らいとして税金を浪費するだけではないと理解した。
それならば、未来への投資として金を使う事ができる。
それがわかれば、ゾルドとの約束もあるので行動は早い。
だから、一ヵ月足らずで四件目の開設にこぎ着けたのだ。
「――そして、本日は国営孤児院の開設に尽力されたヒルター夫妻をお呼びしております」
そして、ゾルド達は紹介のために呼ばれていた。
ゾルド達に開設を見せるためのパフォーマンスと、ご機嫌取りだ。
”あなたの言われた通りにやっていますよ”
と見せる事と、開設のきっかけを作った人物として紹介する事で自己顕示欲を満たす。
ゾルドには、このご機嫌取りの理由を察していた。
(金が欲しいからって、ここまでやるか)
出席者や孤児達の拍手に手を振って答えながら、そんな事を考える。
仮にも商業国家だ
3,000億エーロくらいは用意をできる。
だが、目前に迫った一年契約者の元金と利子の支払い分。
そして、他の契約者の支払い分の利子も払わなければならない。
これが政府の始めた商売なら、あらゆる事態を想定して対応する事もできる。
だが、今回はベルシュタイン商会の負債のみを、突然背負う事になってしまった。
国家の運営費にそこまでの余裕はない。
ゾルドはおそらく、借金の申し出でもあるのだろうと考えていた。
「それでは、ヒルター氏に一言お願いしましょう」
「えっ」
(お前、ふざけんなよ!)
これは考えてもいなかった事だ。
確かにゲストとして呼ばれたが、一言願うなんて聞いていない。
孤児院に入る子供達から熱狂的な”アダムス”コールと、拍手が沸き起こっているせいで、断れそうにない空気だ。
営業スマイルを張りつかせたまま、演説台に向かう。
「えー、皆さん。この度はおめでとうございます。ですが、祝ってばかりもいられません。皆さんは浮浪児、通り過ぎるの人から無視される存在でした」
ゾルドの言葉に、周囲は静かになった。
周知の事実でも、ハッキリと言ってはいけない事がある。
ゾルドはそこに触れてしまった。
だが、周囲の事など気にせずに続ける。
「これからは違います。孤児院に入る事で身なりが綺麗になります。世間の人が目をそむける汚れが無くなる事で、人に見られるようになるということです。自分達の税金を使って養う事になるので、どんな子供なのか気にならない人はいません。望むか望まないかは関係なく、多くの人と関わる事になるでしょう」
ゾルドは最前列に並んでいるラインハルトと目が合った。
浮浪児であるという事を捨てれば、これまでのように子供を使った情報集めはできない。
浮浪児を使って得た情報で支配下に置いた大人を使うようになる。
まだ若いラインハルトに命令されて、大人しく従うだろうか?
少し不安に思ったが、今は目の前の事に対応せねばならない。
「しかし、悪い事ばかりでもありません。人との関わりができるという事は、社会に関わる事ができるという事です。浮浪児だった頃とは違い、職業訓練プログラムにより未来に希望を持てるようになりました。もう二度と路上に戻らずに済むよう、頑張っていってください」
ゾルドがそう締めくくると、拍手が沸き起こった。
どうやら、即興で喋った割には良くできていたようだ。
心の底から思っている事を話すだけだったのに、好評を得る事ができて素直に嬉しい。
”頑張れ”
ゾルドは本当にそう思っている。
ラインハルトとの約束は果たした。
就職まで面倒を見るなんて一言も言っていない。
後は自分の努力次第だ。
良い人生も、悪い人生も。
自分の懐に関係無ければ”まぁ、頑張れ”くらいは思ってやれる。
それを修飾して伝えてやっただけだ。
「あなた、良かったわよ」
来賓席に戻ったゾルドを、レジーナが迎える。
「ありがとう」
いつも通りのレジーナだ。
だが、ゾルドに”結婚しよう”と言われてから、その笑顔に艶を感じるようになったのはゾルドの気のせいだろうか。
なんとなく見つめるゾルドの視線に気付き、レジーナは微笑み返した。
レジーナが反応した事で、ゾルドは少しレジーナに見とれていた事に気付く。
少し照れ臭かった。
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式典が終わると、ゾルド達はそのまま孤児院の一室に案内された。
そこに漂う匂いで、これから何が行なわれるのか想像できる。
(クソッたれ……)
テーブルに並べられたスープとパンに悪態を吐く。
この世界に来た当初のゾルドなら喜んで食べただろう。
しかし、最近のゾルドにはレジーナの料理よりマシというレベル。
贅沢に慣れきったゾルドには厳しい料理だ。
しかし、それはアルベール達も同じはずだ。
「人間らしい扱いを希望されていましたので、どんな食事を出しているか試して頂こうと思いまして。他の街の孤児院でも食べてみたんですが、素朴な味も悪くないですよ」
「そういう事でしたか。それは結構な事です」
(お前が食う分にはな!)
どうやらゾルドに”ちゃんと約束を守っている”という事を証明するための食事会のようだ。
王太子であるアルベールも食べるのであれば、ゾルドが拒むのも変だろう。
孤児院の設立を求める良い人の振りが、ゾルドを苦しめていた。
結局、素材の味を活かして塩味を足した素朴な料理を食べる事になった。
形式ばった食事会ではないという事で、付き添いの者達も別のテーブルで食べている。
チラリとホスエ達の方を見ると、ホスエだけでなくテオドールとラウルも小首をかしげていた。
スラム出身とはいえ、このところ美味い料理を取り続けていたので舌が肥えてしまっているようだ。
「そういえば、彼等の着ている鎧はかなり良い物のようですね。以前は着ていなかったと思ったのですが」
ゾルドの視線に気づいたアルベールが話題を振る。
「良い機会なので、護衛の装備も整えようと思いましてね。いざという時には盾になってもらわねばいけませんから。妻の目利きなんですよ」
「ほう」
アルベールの視線がレジーナに移る。
「実は実家の方の伝手がありまして……、なんでも古龍の鱗を加工した貴重な物だそうです」
「古龍ですか! 若い龍ならともかく、今のご時世に古龍の素材なんていくら金を積み上げても……。あぁ、そうか。伝手があるんですね」
戦争の時代ならともかく、平和な時代に龍の素材は手に入りにくい。
ほぼすべての龍がブリタニア島周辺か、ソシアの奥地に住んでいる。
寿命も長いので、ブリタニアに住む龍の死体もまず輸入されない。
喧嘩っ早い若い龍が死んで、素材を売られるくらいだろう。
そんな貴重な素材を使った装備を護衛に使わせるなんて、まずありえない。
ベネルクス連合王国にも存在しているが、天魔戦争に備えて倉庫にしまってある。
近衛にだって普段から使わせたりはしない。
それだけの物を、ニーズヘッグはゾルドへの土産として用意してくれていたのだ。
アルベールはゾルド達の伝手を神教庁だと勘違いした。
ホスエが腕利きだったという事で、テオドール達も腕利きだとも勘違いをしている。
スラム出身者が醸し出す粗っぽさが、歴戦の勇士の雰囲気にすら見えた。
アルベールが感心している。
話も途切れたので、そろそろ切り出す頃だろうと思い、ゾルドが話し出した。
「殿下、王太子就任おめでとうございます。遅ればせながら、心からお祝い申し上げます」
「ありがとう」
アルベールが礼を言うが、彼の顔は複雑だ。
目の前にいる男が、兄のフィリップを王太子の座から蹴落とした経緯を知っている。
アルベール自身の力で手に入れた物ではない。
それどころか、一歩間違えれば自分自身も巻き添えになっていた可能性だってあるのだ。
素直に喜べる事では無かった。
「心ばかりの品ではございますが、ご笑納ください」
そう言ってゾルドは目録を差し出す。
アルベールは嬉しそうな顔をして受け取った。
つい今しがた、ホスエ達の装備の話をしたところだ。
何かそういった類の物かと思った。
「ほう、これは」
予想とは違ったが、アルベールが驚きの声を上げるだけの内容だった。
「気に入って頂けましたか?」
「もちろんだ」
王太子就任のお祝いに1,000億エーロ。
ゾルドとしても思い切った金額だ。
しかし、これくらい払わないとベルシュタイン商会の支払いが困難だと予想された。
人間というものは、追い詰められれば愚かな行動も実行してしまう。
ゾルドが、ポルトでギルド職員を殺した時もそうだ。
追い詰められたから殺した。
ベネルクス王家や教会関係者に書かせた誓約書には”危害を加えない”なんて事は書いていなかった。
例えゾルドが天神から金稼ぎを任されたと思い込んでいても、司教のダミアンや駐留する騎士のポールに黙ってゾルド達を暗殺する可能性もある。
金を奪い、後で魔神信奉者に殺されたとでも言っておけば良いだけだ。
だから、ゾルドは先手を打った。
王子が借金の申し入れるなど、屈辱でしかないはずだ。
ならば、切羽詰まらないように必要最低限の金を先に渡しておけばいい。
まだこの国にいるつもりなら、過ごしやすくするのも悪い事ではない。
それに、この後には要求もある。
「喜んでいただけて何よりです。ただ、お願いもあるのですが」
「なるほど……、これだけの祝い金ならばよほどなのだな」
アルベールが身構える。
第二王子とはいえ、こういったお願いは経験がある。
大体が願いに見合った金額を支払う。
”1,000億エーロの願い。しかも、アダムス・ヒルターの”
王太子になったばかりのアルベールには気が重かった。
「いえ、個人的な事ではありません。ただ一言”アダムス・ヒルターの正体を知った上で金を受け取った”と誓約書に一筆書いて頂きたいだけです」
王族なのでこういう時に感情を表さないように教育を受けているはず。
なのに、アルベールは露骨に安堵のため息を吐く。
「わかりました、いいでしょう。しかし、そんな内容の書類が必要なんですか?」
「こちらの手続きなんかの関係でして……、私も仕える身ですから」
そう言ってゾルドは愛想笑いを受かべる。
ただ、金を払う必要があるから払うというのでは気が済まない。
少しでも見返りを求めるのが人間というものだ。
ゾルドはこの書面を貰う事で、ベネルクス連合王国をなし崩しに味方にするつもりだった。
アルベールはゾルドを天神の密命を受けたエージェントとでも思っているのだろう。
しかし、アダムス・ヒルターの正体は魔神ゾルドだ。
いつか正体を現した時、正体を知らなかったでは済まない相手である。
状況に合わせて、この書類を使い”味方にならなければ教会関係者に渡す”と脅すために用意しておくつもりだ。
魔神の味方をしたという理由でプローインが滅ぼされたのは、まだ記憶に新しい。
滅ぼされる恐怖から、やむを得ずゾルドに協力する事を期待している。
ダメならダメで良い。
魔神に協力したと通報して、天神側陣営で仲間割れをさせればいい。
どちらにせよ、相手の力を削ぐことはできる。
(1,000億は痛いが、一国を味方に付けるか潰す事のできる証拠を手に入れる事ができる。そう思えば悪くない)
自分に必要な出費だと言い聞かせているとはいえ、身を切る思いで金を差し出すのだ。
それくらいの結果を出してもらわねば困る。
アルベールが神への誓約書に書いている時に、ゾルドはそんな事を考えていた。
確かにアルベールは借金の申し込みをしようとしていたが、ベネルクス側に殺してでも奪い取ると考えている者などいなかった。
自分がやりそうな事を、他人もやるとは限らない。
ゾルドの考え過ぎだ。
とはいえ、魔神から金を受け取ったという事実は残る。
生きた金の使い方が出来ていた。
孤児院の式典。
そのつまらないゲスト。
それでも得るものはあった事で、ここに来たことが無駄足にならずに済んだとホッとしていた。
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「アダムスさん、ありがとうございました」
食事も終わり、トイレに行こうとしたゾルドを、ラインハルトが案内を買って出た。
彼も接触の機会を伺っていたのだ。
「約束は守る。国営なら長く続いていくはずだ。俺が個人的に作ると、すぐに潰れるかもしれない。なんといっても、国から追い出される可能性もあるからな」
「その点はお気遣いに感謝しています」
ゾルドの金で運営すれば、アダムス・ヒルターが魔神だと気付かれた時に孤児院も潰される。
金を預けていても、没収されるだろう。
だが、国営ならば十年、二十年という期間は続くはずだ。
”やっぱ無理”と一年で閉鎖したりしない。
ゾルドが金を払いたくないという理由で国に押し付けた割りには、浮浪児達に良い結果が出ていた。
「一ヵ月経てば、俺がお前を雇いたいといって引き取る。それまでは仲間をゆっくり過ごすといい」
「はい、そうします」
孤児院ができて一ヵ月は仲間の様子を見たい、というラインハルトの要求を忘れてはいない。
情報を扱うという事は、各地から集めた情報から真偽を見抜き、精査するという事だ。
ゾルドの下に来れば、なかなか休めなくなるだろう。
”最後の休暇を楽しめ”と、ゾルドは思っていた
「他に使えそうな奴がいるなら言ってくれ。今は優秀な人材が欲しい」
ゾルドの言葉に、ラインハルトは考え込む。
「それは情報を扱うという事ですか? それとも他の分野もですか?」
「全てだ。特に軍事だとか政治に詳しそうな奴が欲しい」
またラインハルトは考え込む。
さすがに浮浪児達に軍事や政治に詳しい者などいない。
「それではプローインの者を雇うのはどうでしょうか? 占領した各国にそのまま雇われる者もいれば、それを良しとせずに野に下った者もそれなりにいるそうです。必要であれば、行き先を調べさせます」
「そうか、プローインの軍人や政治家か……。一応、探しておいてくれ」
「はい」
魔神に協力した事で国が滅ぼされた。
そのまま雇われるとはいっても、プローイン時代に比べれば待遇も悪くなっているだろう。
恨まれている可能性も高い。
しかしそれ以上に、直接滅ぼしたオストブルクなどを恨んでいる可能性もある。
軍人や政治家だったならば、味方に付けるのも悪くない。
一線から退いていても、ゾルドよりは詳しい事は確かなのだ。
「ところで、なんでお前もトイレに入っているんだ?」
「ただの連れションですよ」
トイレと言っても個室ではない。
小便器の並ぶ壁際に並んで立っているだけだ。
しかし、ラインハルトの視線はゾルドの股間に向かっている。
「だったら、こっちを見るな。そこまで調べる必要はない。先に言っておくが、仲間内でプライバシーの侵害は無しだ。気を付けろ」
「そうですね、気を付けます。やだなぁ……。まだ12なのに、人間観察がクセになっちゃってる」
そう言ってラインハルトは笑う。
浮浪児を使ってスパイ網を築き上げた少年。
しかし、孤児院ができて一安心しているのだろう。
今の彼は、年相応の屈託のない笑顔を見せていた。




