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外道? 悪党? だからなに?  作者: nama
第五章

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88

「おやっさん、起きてください。おやっさん!」

「んぁ……」


 眠りに就いたはずのゾルドは揺すり起こされた。

 声から判断するとラウルだ。

 酒が入っているため、ものすごくまぶたが重い。

 目を開ける事すら億劫だ。

 それでも、これだけは言っておかねばならなかった。


「おやっさんじゃない、副会長と呼べ」

「副会長は、クビになったでしょう」

「あー、そうだっけ」


 朦朧とした意識では、そのあたりの事が曖昧だ。

 寝起きに加えて、深酒もしている。

 そのせいで頭がハッキリとしない。

 ゾルドは、まだ自分が副会長だと勘違いしていた。


「ジョシュアの兄貴がヤバいんです。人も殺しちゃって……。おやっさん、起きてくださいよ」

「あいつが? 珍しいな」


 ゾルドはホスエが人を殺したと聞いて、馬鹿な奴が居たもんだと思っていた。

 ホスエは自分から人を殺すようなタイプではない。

 大方、娼館で酒に酔って絡んだ奴が返り討ちにあっただけだろう。


「娼婦まで連れて来ちゃって……。今食堂にいるんで来てください」

「わかった、わかった。大きい声を出すな。誰かメイドに言って飲み物を用意させておけ」

「はいっ」


 慌てて出ていくラウルの後ろ姿を見つめながら、ゾルドのまぶたが閉じようとする。


(いや、起きないと……)


 歯を食いしばって、体を起こしたが酷い頭痛に苦しまされる。

 これは酔いだけではなく、深い睡眠の時に起こされたせいだ。

 それでも、ゾルドは立ち上がる。

 こんな状態でも、ホスエが問題を起こしたのは自分のせいだと思っていたからだ。


(風俗嬢にマジになるとか、何考えてるんだあいつは?)


 遊び慣れていなさそうなホスエを、テオドールと一緒にそういう店に送ってしまった。

 その責任はゾルドにもある。


 どうせ借金のカタに売られて働かされている娼婦に”ここから連れ出して欲しい”とでも言われたのだろう。

 誘拐されて働かされているとでも言われれば、ホスエの性格なら助け出そうとしてもおかしくない。

 それで店にいる警備員とやりあったのかもしれない。

 ゾルドはそのように考えた。


 ゾルドはガウンを着ると、重い足取りで食堂へと向かう。

 そこには食中毒に備えて、セーロの丸薬も常備してある。

 寝起きの頭痛は仕方なくても、酔いに関してはこれで解決する。

 ゾルドは酔い覚ましを求めて一歩、また一歩とモタモタと進んでいく。




 食堂では、興奮しているホスエと怖がっている獣人の女がいた。

 猫の獣人で、娼婦らしい肌の露出が多い服装をしている。

 ……もっとも、獣人は体毛で覆われているので、肌というよりも毛ではあるが。

 テオドールがホスエを落ち着かせようとしているが、一向に落ち着く気配がない。


 ゾルドが入ってきたのを確認したホスエが、大きな声で叫ぶ。


「アダムス兄さん! テレサだ。テレサが見つかったんだよ!」

「あー、良かったな。大きな声を出すな。頭が痛い」


(テレサって誰だよ?)


 酔いと寝起きで思考がハッキリとしない。ゾルドの意識は、食堂の棚に向けられている。

 足を引きずるようにして歩くゾルドの様子を見たテオドールが、常備薬を入れている救急箱をゾルドのもとへと持って来た。

 この状況は、テオドールでは対応しきれない。

 ゾルドに収めてもらわねばならないとわかっていた。


 ゾルドはセーロの丸薬を飲む。

 独特の匂いが鼻につく。

 これだけはいつになっても慣れそうにない。


 その時、ちょうどラウルがメイドを連れて来たので、飲み物を受け取る。

 よく冷えたレモンティーだった。

 冷蔵庫で冷やされていたものだ。


(そういえば、レジーナがいないから魔力の補充は俺の役目か)


 豪邸だけあって、設備も整っていた。

 水道に冷暖房、照明なども電気を使うようにスイッチ一つで使える。

 全て、屋敷の裏にある魔力タンクによって賄われていた。


 三日に一回くらいの頻度で、レジーナがタンクに魔力を補充していた。

 魔導士を呼んで補充してもいいのだが、金がもったいない。

 魔法はまだ使えないとはいえ、ゾルドは魔力の流れを少しは制御できるようになった。

 次は体の外に魔力を出す練習として、自分でやるのも悪くはないだろう。


 なぜ、今になってそんな事をゾルドは考えるのか。

 逃げだ。

 眠気でまだ頭がぼやけているが、酔いは覚めた。

 そして、酔いが覚めた頭で、今の状況を考えるのが面倒臭くなったのだ。


(なんで娼婦連れ出して来てんだよ……。マジでさぁ、何考えてんだよ)


 ホスエが人を殺したとかなんとかいう話をラウルに聞いた気もする。

 世の中には、風俗嬢に本気になって問題を起こす人間が居る事は知っている。

 ニュースにならないものも含めれば、そこそこな数はいるだろう。

 まさか、ホスエもその類の人間だとは思いもしなかった。

 今まで大人しかっただけに、ゾルドの驚きもより一層強い物になっていた。


 だが、話をしなければ先に進まない。

 このまま放置すれば、状況は悪化するばかりだ。

 嫌な事を放っておけば、さらに嫌な事になる。


 まずはメイドを退出させる。

 部外者は少ない方が良い。


「どうしてこうなったんだ?」


 ゾルドはホスエに話しかけた。

 まずは本人の口から、ちゃんとした事を聞いておきたい。


「テレサが居たんだよ! 見つかったんだ! だから、助け出してきたんだ!」


 相変わらず興奮は冷めていないようだ。

 テレサと呼ばれた女は、ホスエに抱き締められている。

 だが、その表情は冴えない。

 ゾルドに助けて欲しいという視線を送ってすらいる。


(駄目だこりゃ)


「どうしてこうなったんだ?」


 同じセリフがテオドールに向けられた。

 引率者として、説明くらいはできるだろう。


「店に着くまでも問題ありやせんでした。ただ、店の中に入った時です。他の客と部屋に向かう途中だったその女を見て、突然走り出して客を殴り飛ばしました。そこからは、止めに入った店のボーイを殴り飛ばす、剣を抜いた警備員を一撃で殴り殺すといった感じでして……。もう何が何やら。ジョシュアの兄貴がその女を抱き上げて走り出したので、一緒に屋敷まで帰って来やした」


 ゾルドはため息を吐いて、頭を抱える。

 どう考えてもホスエが悪い状況だ。

 罪には問われないし、問わせるつもりもない。

 しかし、せっかく周囲が静かなのに、これで騒がしくなるかもしれないと思うと憂鬱な気分にもなる。


「だって、テレサだよ! テレサが居たんだ!」


 ホスエは涙ぐんでいる。

 感動の再会なのだろうが、どうしてもわからない事がある。


「テレサって誰だよ」


 ゾルドもハッキリと覚えているわけではないが、少なくとも叔父の家にはいなかったような気がする。


「幼馴染のテレサだよ! 覚えてないの?」

「覚えてないも何も、会った事ないんだがな……」


 そういえば、幼馴染が居たというような話をした気がする。

 しかも、親が再婚して義理の妹になったとかいう女の話を。


「お前はテレサっていう名前なのか?」


 ゾルドの問いかけに、女はうなずく。


「テレサですけど……、こちらの方とは初めてお会いしたはずです」


 知らないと言われたホスエはショックを受ける。


「そんな、テレサ! 僕だよ――」

「おい、待て!」

「――ホスエだよ」


 ゾルドの制止も聞かずに、ホスエは名前を言ってしまった。

 厳密に言えば、ホスエの名前を出す事は問題ない。

 だが、なぜ魔神に攫われた騎士がここに居るのかという話になってしまう。

 そうなると、ジョゼフやラインハルトのような者達が、ゾルド達を監視し始めるかもしれない。

 見張られるのは面白くないし、正体を気付かれるのはもっと面白くない。


 テレサはホスエの名を聞いて反応が変わる。


「ホスエ……、本当にホスエなの?」


 テレサはホスエの体に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


「確かに懐かしい匂いだけど……、私の知っているホスエは狼よ。狐じゃないわ」

「あぁ、そうだね。今はわけがあって変装しているんだ」


 今度は変装を解く。

 瞬く間に、精悍な狼の青年へと姿を変える。

 その顔を見て、テレサは涙を流し始めた。


「ホスエ、ホスエなのね! 会いたかった。私、ずっと会いたかった……」


 テレサはホスエの胸に顔を埋めると、ワッと泣き始める。

 ホスエはしっかりと抱き締めてやり、頭を優しく撫でてやった。


「僕もだよ。ずっと君を探していたんだ」


 そう漏らすと、ホスエも声を上げて泣き出し始めた。

 離れ離れになって、およそ12年ほどの時間が過ぎている。

 同じ12年でも、過ごしてきた時間が違う。


 ホスエは叔父夫婦に引き取られ、剣を学んでいた。

 ある日、襲われていた将軍の娘を助けた事から、将軍に引き立てられ内戦に従軍。

 闘いの才能があったので、神教騎士団に推薦されて試験に合格するまでに成長していた。

 再びゾルドに出会うまでは、栄達の道を歩んでいた。


 一方のテレサは悲惨だった。

 目の前で盗賊に両親を殺される。

 本人は凌辱され、奴隷商人に売られた。

 挙句の果てには、娼館に売られて客を取らされていたのだ。

 女の身には苦痛しかない人生を歩んでいた。


 二人は同じ街で育ち、同じ家で暮らし、同じ時間を過ごしていた。

 それが、たった一日離れ離れになっただけで、ここまで対照的な人生を歩む事になってしまった。

 運命に翻弄された男女の再開。

 二人が感動に涙するのも当然の事だ。


(とは言ってもなぁ……)


 ゾルドは頭痛が酷くなったような気がしていた。


 人を殺して娼婦を攫った。

 普通は重罪だ。

 だが、そっちはどうでもいい。

 どうせ娼館の用心棒なんてチンピラだ。

 何人殺そうが”すまん”で済ませられる。


 問題はホスエが名乗った事だ。

 いや、名乗る事自体は問題ではない。

 また誓約書を書かせれば、口をつぐんでくれるはずだ。


 感情的になって、自分の正体をバラした事が問題なのだ。

 ゾルドはホスエがもっと冷静沈着な男だと思っていた。

 久し振りに再会した相手に感極まって興奮するのは仕方がない。

 しかし、正体を明かすのはやり過ぎだと、ゾルドは思った。


(そういえば、俺の正体を明かすなって約束だけで、自分の正体を明かすなとは制限していなかったな……)


 自分の手抜かりだ。

 だが、今のホスエの様子を見ると、結局は勢いでテレサに正体を話してしまっている気がする。

 そうなると、誓約書に効果が無い事がみんなにバレるか、万が一効果を発揮してホスエが死んでしまったりしていたかもしれなかった。

 もしかすると、見落としがあって良かったのかもしれないとも考えた。


「感動の再会っすね」

「本当です、良かったですね」


 テオドールとラウルも鼻をぐずらせている。

 それをゾルドは冷めた視線で見つめていた。


(いやぁ、それはどうだろう。こんな女が現れたら、ホスエの優先順位がどうなるか……)


 ゾルドが心配していたのは”テレサと静かに暮らしたい”と言って、ゾルドの下から離れていく事だ。

 テオドール達では能力的にも性格的にも、まだまだ頼りにならない。 

 ホスエに離れられては困るのだ。

 素直に”おめでとう”と言える気分では無かった。


(行かせるんじゃなかった。いや、俺が一緒に行っていれば……)


 女で失敗してきたから、今回はレジーナを悲しませまいと我慢したのが悪かった。

 ゾルドが一緒にいればホスエを抑える事ができたかもしれない。

 レジーナが居なくなったからと、女遊びをしようとした自分の愚かさを呪うばかりだ。


 一緒に行ったテオドールに”年長者として何をしていた”と怒鳴り散らすのは簡単だ。

 だが、何も解決しない。

 こうなってしまっては、テレサを抱き込んでしまうしかない。

 ゾルドの下に居れば”安全な暮らしができる”と思わせるのだ。

 ホスエが”テレサと二人で静かに暮らしたい”と、離れていく前にやらなければならない。


 ゾルドが考え込み、他の者達が感動していた時。

 食堂のドアがノックされる。

 それに気づいたラウルが、ドアを開いた。


「旦那様、衛兵が犯人を捜しに来たらしいんですけど」


 食堂は玄関ホールの横にある。

 メイドの背後では、別のメイドが衛兵を勝手に立ち入らせまいと応対している。


「そこに居るのがこの屋敷の主人か? ここに獣人の男女が居るはずだ」

「ちょっと、困ります」

「犯人を逃さないためだ。協力してくれ」


 衛兵がメイドを押しのけて中に入ってくる。

 数はおよそ十人。

 衛兵程度なら、ゾルドでも十分やれる数だ。


 しかし、いきなり襲い掛かったりはしない。

 言葉で十分対応可能だ。

 綺麗にできるとはいえ、家具を汚したくはなかった。

 寝ぼけたままでも、その程度の判断はできる。


 ゾルドは食堂から出て、衛兵に応対する。

 玄関ホールなら、最悪の事態が起きてもカーペットを替えるだけで済む。


「おい、ここは俺の家。アダムス・ヒルターの屋敷だって事はわかってるんだろうな?」

「えっ……」


 先頭を進んでいた男。

 おそらく、衛兵の班長だとか隊長だとかの肩書を持ってそうな男の歩みが止まる。

 それを見て、ゾルドは確信した。

 アダムス・ヒルターの正体は教えてもらっていなくても、下っ端には手出しをするなとくらいは伝えているようだ。


「ですが、ここに誘拐犯が入っていったと……」


 申し訳なさそうな顔をしているが、捜索を止める気は無いようだ。


「あぁ、俺の弟分が女を連れて帰って来た」

「なんですと!」


 ゾルドの横をすり抜けて食堂に向かおうとする衛兵を、片手で押し留める。


「おい、俺の家だぞ。勝手に入ろうとするな」


 ゾルドは衛兵を睨み付ける。

 話を聞こうともせず、勝手に入られるのは不愉快だ。

 それが国家権力だったとしてもだ。

 だが、衛兵は獲物を見つけた目をしてゾルドを見返す。


「まさか今を時めくアダムス・ヒルターが、犯罪者を匿うような者だったとは。尻尾を出した以上、お縄に付いてもらいますよ」


 どうやら、出世のために点数稼ぎをしたい人間だったらしい。

 これを機会にゾルドを逮捕し、余罪を暴きたいと考えているのだろう。

 しかし、相手が悪かった。

 ついでに寝起きで機嫌も悪かった。

 ゾルドは衛兵の胸元で押し留めていた手を上に持っていき、隊長らしき男の首をへし折った。


 これには他の衛兵も驚き、武器を構える。

 そして、ゾルドの背後からも剣を抜く音が聞こえた。

 様子を見ていたホスエ達が戦闘態勢に入ったようだ。

 ゾルドは片手でそれを制し、衛兵達に語り掛ける。


「いいか、お前ら。女は誘拐されたと思っているそうだな。そうだ、女は誘拐された。だが、俺達にじゃない。娼館にだ」

「なんだと!」


 意外な事実に衛兵は驚く。

 とりあえず言ってみただけだが、意外と効果はあるようだ。


「俺達は身内の女を助けただけだ。これには正当性がある。なんなら、明日にでも国王陛下に証を立てて見せる。このアダムス・ヒルター、逃げも隠れもせん!」


 証なんて物は無い。

 だが、そうでも言わねば帰ってくれないだろう。

 ゾルドは眠いのだ。

 じっくり語り会ってやりたいところだが、睡眠欲の前では衛兵の都合などどうでもいい。

 今のゾルドの頭の中は”早く帰れ”という思いで一杯だった。


 衛兵達は、あーでもない、こーでもないと集まって話し合う。

 しばらくして、代表にされた男が一歩前に出てくる。


「あのですね。女を誘拐した事はお偉いさんに任せるのは良いとしても、目の前で隊長を殺されて見過ごすわけには……。私共も職務がございまして、アダムスさんを逮捕しなければいけないんです」


 おそらく無理だろうとは思うが、立場上言うだけは言っておかなければならない。

 権力者によって、下々の者が殺される事は珍しくない。

 そして、その罪が隠蔽される事もだ。


「誰が殺したって?」


 ゾルドは目つきの悪い目で睨み付ける。

 寝起きなので尚更だ。


「いや、その……」


 衛兵はしどろもどろになる。

 有力者に逆らってロクな目に合うはずがない。

 出世なんて関係の無い下っ端としては、波風立たせずにやり過ごしたいと思っていた。


「こいつは階段を踏み外したんだ」

「は?」


 ゾルドの言葉に、衛兵達は呆けた顔をする。


「階段を踏み外して、運悪く首の骨を折った。それで……。テオドール、渡した金を返せ」

「へい」


 今のゾルドはガウン姿だ。

 財布など持っていない。

 娼館で遊ぶように渡しておいた金を、テオドールから返してもらう。


「それでだ、可哀想な隊長のために見舞金をやろう。お前らで酒でも買って、別れの会でも開いてやれ」


 そう言って、酒を買うには多すぎる金を手渡す。

 露骨な賄賂だ。

 しかし、衛兵はそれを受け取った。


 アダムス・ヒルターの噂は聞いている。

 中には”フィリップ王子はアダムス・ヒルターの逆鱗に触れたせいで廃嫡になった”という物まであるくらいだ。

 話半分だとしても、かなりの力を持っているに違いない。

 そんな相手が逃げないと言っているのだ。

 後は対応できるお偉いさんに任せるべきだと判断した。


 目先の手柄を求めて、有力者に楯突いた者が悪い。

 それがこの世界の衛兵達が身に付けている処世術だ。


 そして、それ以上にゾルドの事を恐れた。

 今のゾルドは変装しているので、見た目はエルフの成人男性だ。

 にもかかわらず、片手で人間の首をへし折った。

 魔力に優れるエルフが、化け物染みた腕力まで持っている。

 そんな相手を敵に回して勝てる自信があるのならば、ソシアの危険地帯で冒険者でもやっている。


「明日の朝か昼には城に向かう。そう伝えておけ」

「かしこまりました」


 衛兵達は大人しく死体を担いで屋敷を出ていく。

 そもそも、有力者の屋敷に問答無用で踏み込む方が間違っている。

 人として、長い物には巻かれなければいけないのだ。

 その基本を破ったから、彼は死んでしまった。

 同情の余地はない。


 ゾルドはホスエに向き直る。

 寝る前に言っておかねばならない事がある。


「ホスエ!」

「駄目だよ、テレサは渡さないよ!」


 ホスエはゾルドが”獣人の女はまだ抱いた事がない”と言った事を忘れてはいない。

 テレサを奪われると思ったホスエは、テレサを庇うように立ちはだかる。


「それはねぇよ。明日の朝、誓約書を書かせるからよけいな事は話すな、聞かせるな。いいな?」

「そう言う事か。わかったよ」


 ホスエは露骨に安堵のため息を吐く。

 ゾルドの事をそれなりに信用しているが、ゾルドの下半身は信用していない。

 レジーナから、ロンドンでゾルドがどんな性活(・・)をしていたかを聞いていたからだ。


「俺は寝る。朝まで起こすな。起こす奴がいたらお前らで始末しておけ」


 しっかりと念押ししておきたいが、もう眠気は限界だ。

 セーロの丸薬で酔いは醒めても、眠気までは抜けてくれない。


(あぁ、めんどくせぇ。朝起きたら全部解決しててくんねぇかな)


 ものすごく眠い。

 だが、寝てしまえば、すぐに朝が訪れてしまう。

 そうなると、ホスエの尻ぬぐいをしてやらねばならない。


 眠いが眠りたくない。

 眠りたくないが眠い。


 だんだんと頭痛が酷くなっていくのがわかる。

 これは、深い眠りの最中に起こされたからだけではないだろう。

 ゾルドはどうするか考えがまとまらなかった。

 なので、寝ながら考えようと結論を出した。

 そんなわけのわからない結論を出すほど、ゾルドは眠気と頭痛で何も考えられなくなってしまっていた。

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