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ベルシュタイン商会でヨハンと会って三日後。
ベネルクスの第二王子との面会にこぎ着けた。
国王や王太子との面会は断られたようだ。
それでもよくやった方だと、ヨハンは言っていた。
(ヨハンと会うのに一週間だったのになぁ。やっぱり、予備は暇なんだろうな)
ゾルドは第二王子という立場を軽く見ていた。
しかし、その体に流れる血には価値を認めている。
ベルシュタイン商会の取引に”王子が一枚噛んでいる”という事実さえあればいい。
”経済評論家の〇〇氏が絶賛!”
”芸能人の〇〇もやっている××”
そんな謳い文句と一緒だ。
”有名人もやっているなら自分も”という馬鹿はどこにでもいる。
そういった連中を引き込むために、王子もやっているという肩書きさえ手に入ればいいのだ。
「アダムスさん、アルヴェス商会ですよ」
ロッテルダムのメインストリートに面する一番大きな建物の前を、馬車が通り掛かった。
そこはアルヴェス商会だ。
アルヴェスはポート・ガ・ルーである程度稼いだ時に、こちらへ移転してきていた。
それが功を奏した。
この世界における経済の中心地に来たことで、アルヴェス商会は一気に飛躍したのだ。
ネズミ講は世界に広がりつつ、いまだ破綻の兆しはない。
ゾルドからすれば”自分がやればよかった”と後悔するくらいには。
破滅を引き起こすはずが、我が世の春を謳歌させている。
(その分け前くらいは貰っておかないとな)
アルヴェスに知恵を授けた時に、見返りはいらないと言っていたのを忘れている。
ゾルドにとって、アルヴェスとの約束などその程度の物だ。
欲しい物は欲しいし、そのためならば手段を選ばない。
食い物にしようと思っていた相手でも、必要であれば手を組む。
プライドで、手段を限定するなど二流。
ゾルドはそのように考えていた。
……アルヴェスが金を稼いでいるなんて気に入らないという、感情による行動を取っているので、その言葉に説得力がないのが難点だ。
「かなり稼いでいるようだ。吠え面をかかせるために我慢してくれ」
「あぁ、わかっている」
全てはアルヴェスを騙すため、しばらくはヨハンに辛い思いをしてもらう。
借金の返済をしてやったからと、調子に乗った副会長。
副会長に小馬鹿にされる会長。
そんな演技で、ゾルド達が仲違いをしていると思わせる必要があるからだ。
まずは騙すための下地作りが必要だった。
「奴等を倒すためだ。なんてこと無いさ」
アルヴェス商会が無ければ、彼の父が心労で倒れる事も無かった。
ヨハンは決意に満ちた目で、アルヴェス商会の方を見つめていた。
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「この度はお目通り叶いましたこと、誠に光栄に存じます。ヨハン・ベルシュタイン、アダムス・ヒルター参りました」
「うむ、私も会えて嬉しく思う。さぁ、掛けてくれ」
そう言ったのは、第二王子のアルベールだ。
第二王子とはいえ、王族だ。
”面会に来た者は知っていて当然”という事で、わざわざ自己紹介をしたりはしない。
まだ若く、二十歳前後の青年だ。
だが、保護者同伴らしい。
「そちらの方は?」
大人しく人の好さそうな王子に対し、保護者として厳ついオッサンがいた。
黙って座っているだけなのに、かなりの存在感を放っている。
「ワシはマウリッツ将軍だ。金の亡者が殿下に近づくと聞いてな。悪い事を吹き込まれんように、様子を見に来た。都合が悪いか?」
商人を拝金主義者と嫌うタイプなのだろうか。
それとも、王子を騙そうとしていると思って警戒しているのか……。
ゾルド達を警戒するような態度を隠そうともしない。
「いえいえ、閣下にもお話を聞いて頂けるいい機会です。感謝こそすれど、不都合などございません」
ゾルドはマウリッツの言葉を流した。
警戒心の強い相手など、今までいくらでもいた。
いちいち真に受けていては疲れてしまう。
(マウリッツ将軍は、アルベール殿下の叔父で後見人でもある。心配になって同席しただけだろう)
(なるほどな)
ヨハンが小声でゾルドにサポートする。
王太子でなくとも、王位継承権を持つ者として下手な行動はできない。
まだ若く、未熟な王子が心配になったのだろう。
特に、今回の相手は先物取引を取り扱う商人だ。
警戒するのも無理はない。
「この度、ヒルターを副会長に迎えました。というのも、新しい取引方法を行うためです。その説明を本人からさせます」
「ほう」
ヨハンの言葉に、アルベールは興味を持ったようだ。
新しい取引方法といえば、アルヴェス商法が思い浮かぶ。
だが、アルヴェスはポート・ガ・ルーの者だ。
商業の国として、ベネルクスから新しい方法が現れるのは歓迎すべき事だと思っていた。
「それでは、私から説明させて頂きます。新しい取引方法といっても、既存の物を組み合わせた物ですが。基本となるのは金の運用です。金の価格が安定しているのは、ご存じですよね?」
「うむ。大体1gあたり5,000エーロだったと思う」
「まずは金を大量に買い占めます。詳細な方法を今はまだ話せませんが、金を長期運用する事で利益を出します。この方法の利点は、失敗しても大きな損はしない事です」
そこでアルベールは納得したような表情をする。
「金の価格は安定しているらしいからね」
その言葉に、ゾルドは笑みを浮かべる。
周囲の者は、自分の言わんとしている事を理解してくれた笑みだと受け取っていたが、実際は違う。
アルベールが中途半端な知識しか身に付けていない事への、嘲笑の笑みだ。
「左様でございます。失敗しても、多少損をするだけ。従来の先物取引では、多額の金銭を失うリスクがありました。今回の方法は投資者の皆さまに安心、確実な投資ビジネスを提供できます」
しかし、ゾルドの話にマウリッツは懐疑的な視線を向ける。
「それならば、大々的に投資を募集すれば良いではないか。殿下に声をかける必要はない」
もっともな疑問だ。
それだけに、ゾルドも返答を用意していた。
「今回の方法はアルヴェス商法を一部取り入れるつもりです。最初に契約し、多くの方々を紹介して頂ければ、それだけ紹介者の利益も増えるという事。ですから、まずは王族の方に話を持ちかけたのです。この国に住んでいる者として、王族を軽んじるわけにはいきませんから」
そこから、ゾルドはさらに説明を始める。
ベルシュタイン商会への投資に関してだ。
まずは投資年数によって金利が変わる事から。
投資は最低でも1,000万エーロから、
一年契約 年利10%。
三年契約 年利15%。
五年契約 年利20%。
支払いは一年毎に行われる。
年利の差は、長期運用に向いた長期契約者有利にされている。
そして、投資額1,000億エーロ達成までの契約者には年利+5%と、紹介すれば紹介した者の契約金額の5%が褒賞金として払われる。
1,000億エーロ達成以降の紹介者の契約金額は3%とする。
初期の契約者を有利にするのは、人を集めるためだ。
人が集まれば”みんながやっているし”と投資を行う者も出て来る。
そして、一定数集まれば、その契約者がさらに人を集めて来る。
この方法の契約者の利点は、ネズミ講と違い主催者の一人勝ちではないという事。
誰だって、自分が紹介した人の金を持っていかれるのは面白くはない。
それに比べ、この方法は紹介すれば紹介するほど自分の利益になる。
しかも、真っ当な投資で金利を受け取るという大義名分もある。
ネズミ講と違い、心理的抵抗は少ないのだ。
もちろん、ゾルドにも利点がある。
失敗したと思えば、金と現金を持ち逃げすれば良いだけだ。
最低限、120億エーロ以上の物は手に入る。
「なるほど、確かに先物取引のように投機的な取引ではないようですね。投資というよりも、むしろベルシュタイン商会にお金を貸すという感覚ですね」
アルベールは理解が早かった。
近年広まったソーシャルレンディングという”個人が企業に金を貸す”という新しい形の投資方法に気付いた。
しかし、マウリッツはイマイチな様子だ。
「その程度の金利なら、自分で貸金でもやった方が稼げそうだな」
どうやら金利に不満のようだ。
だが、彼は肝心な事を忘れている。
「もちろん、ご自分で金貸しをされるというのならお止めはしません。ですが、王族や将軍が貸金業を営まれるのですか?」
「むっ!?」
王侯貴族にとって、金貸しは賤業として見下されている。
王子や、その叔父が手を出すわけにはいかない。
世間体というものを気にしない貴族の中には、気兼ねなく金貸しをしている者もいるが、それは一部の例外だ。
普通であれば、金貸しなどやろうとはしない。
「これは双方にとって利益のある投資方法なのです。私たちは高い利子の金を借りずに済み、皆さまは自分で金貸しをせずとも利益を得る事が出来る。金庫で眠っているだけの金を生かす事ができるのです」
もちろん、デメリットもある。
だが、そんな事を言う必要はない。
盲目の羊として、大人しく生贄になってもらうには余計な事は言わない方が良いからだ。
「なるほど、確かに良い話のようだ……」
アルベールは良い話だと言いながら、少し悲しそうな顔をする。
「だが、私は第二王子。私の自由になる金はそんなにない。父上や兄上に話してみる事にしよう」
王族といえども、しょせんは王太子の予備。
必要な物は買い揃えて貰えても、余分な金は持っていない。
「殿下。自由になる金が無いのなら、作ればいいではありませんか。先程もいったように、紹介者は紹介した者の契約金額の5%が得られます。多くの方を紹介してくだされば、相応の金額を支払えます」
100億エーロ分の紹介をするだけで、5億エーロを手に入れる事ができる。
元手ゼロからなら、十分だろう。
「殿下。よろしければ、立て替えておきますぞ」
「マウリッツ」
当初は懐疑的だったマウリッツも、ゾルドの話を聞き興味を持った。
比較的真っ当に思える投資話と、紹介者を増やしていけば利益も増えるという話を信じた。
それだけ、アルヴェス商法――ネズミ講――が儲かるという話が信じられているという事だ。
「1億エーロを五年預ける。そして五年後に1億エーロ返してくれれば良い。年利で入った金は自由に使ってくれ」
「マウリッツ……、良いのか?」
マウリッツはニッと笑う。
「聡明な甥御のため、少しくらいは助けてやらんとな」
マウリッツはアルベールを、自分の妹の息子というだけではなく、王子としても大切に思っている。
異母兄のフィリップ王子よりも頭が良いし、温和な性格をしている。
しかし、第二王子という事で生活や教育は十分でも、それ以外は不自由な思いをしていた。
金くらいは自由になる手助けをしてやっても良いだろうと思っていたのだ。
「それではお二人とも、1億エーロずつのご契約。そして、これからはどんどん紹介をしてくださると考えてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだ」
マウリッツの返事を受け、ゾルドは優しい笑みを向ける。
「それでは、お二人の契約は無償で行いましょう。2億エーロはこちらで立て替えておきます」
「おい、アダムス」
ヨハンがゾルドを咎めるような声を出す。
だが、ゾルドはそれを黙らせる。
「ヨハン会長、私が決めた事です。何か問題でも?」
「……いや」
ゾルドに言われて、ヨハンは黙り込んでしまう。
多額の借金を立て替えてもらい、新しい取引方法を教えてもらったという負い目がある。
ゾルドに逆らう事はできない。
という芝居だ。
アルベール達が”仲が良さそうには見えなかった”と誰かにこぼす事を期待しての事。
こういった積み重ねで、本当に仲違いしていると広い範囲に信じさせるのが狙いだ。
全て、アルヴェスを陥れるための罠の仕掛けだった。
「それでは、アルベール殿下とマウリッツ閣下の紹介には期待しております。皆で堅実に儲けましょう」
「あぁ、そうだな。よろしく頼む」
今回は満足のいく結果だった。
ゾルドは曇りのない笑顔を浮かべる。
アルベール達は脇が甘い。
保護者面していたマウリッツもそうだ。
現金の受け渡しをしていないから実感していないだけで、実質的に2億エーロの賄賂を受け取ったようなもの。
言わば、彼らの弱みを作ったようなものだ。
王族の弱みが2億エーロで済むなら安い物だった。
(それにしても専門外の事を良く思いついたな。よくやった俺!)
ゾルドの得意分野は詐欺だ。
普通の投資は専門外だった。
ただ、なにか詐欺に使える手法は無いかと、真面目に調べ物をしていた事が功を奏した。
お陰で今回の手法を思いつく事ができたのだから。
”知識に対する投資は常に一番の利益を生み出す”とはよく言ったものだ。
時間と金を使い、身に付けた知識が今ここで役に立った。
我慢して努力をし続けた甲斐があったと、ゾルドはほくそ笑んだ。




