76
ゾルド達はホテルで不動産屋の場所を聞くと、皆で出かけた。
この街で一番多くの物件を取り扱い、貴族街の物件まで扱う大きな不動産屋だ。
(きっと目当ての物件も見つかるだろう)
そう思い、不動産屋の中へと入っていったゾルド達を、二十前後の若い男が出迎えた。
「いらっしゃいませ、メーヘレン不動産へようこそ。私はヘンリクスと申します。どのようなご用件でしょうか」
エルフの夫婦に、獣人の護衛付き。
しかも、仕立ての良い服を着ている。
”きっと良い客だ”と思ったヘンリクスは、まさに飛んでくるような勢いだった。
どこの世界、業種でも”営業ノルマ”という名の鎖が販売員の首を絞め付ける。
ノルマに苦しむ者にとって、金を持っていそうな客は救世主だ。
”良客を先に取られた”と、他の者達は苦い顔をする。
もちろん、客に気付かれない程度にだが。
「しばらくこの街にいるので、良い貸し物件でもないかと探しに来たんだ」
「ございますっ!!」
いきなり力の籠った声を出したヘンリクスに、ゾルド達はビクリと体を震わせる。
「良い物件なら、どうぞ我らがメーヘレン不動産にお任せを。ロッテルダムだけではなく、ベネルクス全土でも一二を争う取り扱い件数です。かならずやお目当ての物件が見つかるでしょう。それで、どのような物件をお探しでしょうか?」
ヘンリクスがガンガン押してくる。
だが、それだけ熱心という事。
ゾルド達にとって悪い事ではない。
「高級住宅地で良い貸し物件が無いか探している。最低条件は住み込みの家政婦を何人か雇える程度の広さで、できれば庭付きが良いかな。場合によっては、家を買い取るかもしれない。買い取れるところがあれば、そこを優先してくれ」
ゾルドは要求する事を、先に全部言った。
どうせ、現地で家を見て見なければわからないのだ。
条件をできるだけ絞っておいたほうが、ヘンリクスも探しやすいだろう。
「ございますっ! それでは物件の書類をお持ち致しますので、こちらの部屋でお待ちください」
ヘンリクスはゾルド達を応接室に通した。
高級住宅街の家を探している客だ。
カウンターの椅子で待たせるような真似はできない。
すぐに女子社員が紅茶を持ってきた事から、社員の教育もしっかりと出来ているのだろう。
「家を借りたわけでもないのに、お茶までいれてくれるとは……。金持ちってだけで違うんすね」
テオドールがしみじみと言った。
スラムの住人は害虫のような視線しか貰えなかった。
それが、ゾルドの護衛というだけで紅茶をいれてもらえる。
当時、渇望した普通の飲み物があっさりとだ。
理不尽な世の中に、思うところがあったのだろう。
「そりゃそうさ。金持ちのご機嫌を取ってりゃ、紅茶に茶菓子を付けても余裕でお釣りが来るからな」
貧しい人間に施しをしても、自己満足しか得られない。
しかも、乾いた砂が水を吸うように、いつまでも貧者は施しを飲み込み続ける。
だが、金持ちの場合は別だ。
一部の例外を除き、誠実な対応をすれば見返りを期待できる。
求めるばかりでは、結果的に失う物が多いと知っているからだ。
利益を得る事ができれば、お返しで相手に相応の利益を与える。
そうする事で、次もまた利益を得る事ができる。
今回の場合もそうだ。
良い物件を貸す事ができれば、賃貸収入が入る。
気分良く希望に沿った家を借りて貰って、気分良く金を支払ってもらう。
そうすれば、あそこの不動産屋に紹介してもらったら良いと口コミも広まる。
人を裏切って金を得るのは、焼畑農業のようなもの。
長く儲けようと思えば、地道な活動が大切なのだ。
それを考えれば、お茶代など些細な出費でしかない。
「お待たせ致しました。良い物件がありましたよ」
ヘンリクスは、腕にバインダーらしき物をいくつも持っていた。
その中の一つを確認すると、ゾルドによく見えるように差し出す。
「まずはこちら。去年の夏にゴキブリが大発生した屋敷なんですが――」
「いやっ、気持ち悪い!」
ゴキブリが大量発生したと聞き、レジーナが悲鳴をあげる。
レジーナはゾルドの腕に抱き付く。
「おい、それは無いだろ」
怒気の籠った声でゾルドが否定する。
そんな家に住みたい者などいるはずがない。
「すみません、それではこちらはどうでしょう。人形使いのギフト持ちの子供が、親に気味悪がられて部屋に閉じ込められてひっそりと病死。子供の死後、勝手に動きだした人形が屋敷の人間を惨殺――」
「ふざけんな!」
「ヘブッ」
ゾルドはバインダーを奪い取ると、ヘンリクスの頭に一撃を加える。
もちろん、平たい横にしてではなく、縦の状態でだ。
「テメェ! それ貸し物件じゃなくて、問題がある方の瑕疵物件じゃねぇか! 俺が言ってんのは、貸し借りの方の貸し物件なんだよ!」
「えぇっ!」
「えぇっ! じゃねぇだろ! 考えるまでもなくわかるだろ、馬鹿野郎!」
まさか、事故物件を紹介されるとは思っていなかったゾルドは声を荒げる。
ゾルド以外の者達は、怒るを通り越して呆れていた。
「申し訳ございません。もしかして、またやらかしましたか!?」
応接室のドアを開けて、年配の男が入って来た。
おそらく上司だろう。
その時、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「また?」
ゾルドの言葉に、入ってきた男が”しまった”という顔をする。
しかし、もう口にしてしまった以上は無かった事にはできない。
大人しく、ヘンリクスに関して話始めた。
「基本的にはそこそこ優秀な社員なのですが……。時折、暴走してしまうのです。何をしでかしたかわかりませんが、誠に申し訳ございませんでした」
上司らしき男が頭を下げているのに、ヘンリクスは悪びれた様子がない。
「そんな……。店長に言われた通りにしてただけですよ。最初に悪い物件を見せて、本命を後で見せようとしました」
「あー……」
ゾルドは、何かを察して呆れたような声を出す。
ヘンリクスは”そこそこ優秀”と言われていたので、仕事自体はちゃんとできるのだろう。
おそらくは融通が利かないのだろうと、ゾルドは思った。
やっている事自体は、よくある普通の営業方法だ。
客は最初に良い物件を紹介されると、だんだんとイマイチな物件になっていくにつれて購買意欲を失ってしまう。
だから、最初はイマイチな物件を紹介して、だんだんと良い物件を紹介していく。
そうすると”最初の物件に比べたら、今の物件良いんじゃないか”と、客の購買意欲を刺激できる。
これは、不動産以外にも応用されている手法だ。
ヘンリクスは、それを馬鹿正直に行っていたのだろう。
ただ、酷過ぎる物件を持って来てしまった。
ゾルドは、そっと最初に見せられたバインダーを上司に見せる。
「なっ……、事故物件でも最悪じゃないか」
「お客様に瑕疵物件を見たいって言われたので」
「だから、貸し借りの方の貸し物件だって言ってんだろ! こいつはダメだ。あんたが相手してくれ」
ゾルドの言い分はもっともだ。
しかし、上司は申し訳ない顔をしながら、ヘンリクスの持って来ていた書類から良い物件を選り抜く。
「良い物件は本当に良い物件を選ぶんです。こちらをご覧ください」
ゾルド達が見せられたのは、三件分の見取り図だった。
その中で一番狭い物でも、寝室だけで10部屋、その他の部屋を合わせると40部屋を越える。
おそらく、住み込みの使用人用の寝室や、それだけ人を雇うのなら客も来るだろうと広めの家を探していたのだろう。
広さは申し分ない。
「事件や事故があったのは含まれているのか?」
「いいえ、さすがにこちらは何も問題の起こっていない物件です」
問題の無い家と聞いて、レジーナが見取り図を覗きこむ。
「あら、どの家も温室付きなのね」
レジーナの言葉に、ヘンリクスは食いついた。
彼は何が悪かったのか理解していないが、挫けぬ心を持っている。
「こちらの物件、全てでガーデニングをお勧めできますよ。こちらの物件には庭に噴水もあり、夏場には花の上で小さな虹が架かるそうなので、大変美しいと思いますよ」
「まぁ、そうなの」
そこそこ優秀と言われるのは、こういうところなのだろう。
買い物を行う時、亭主関白でもない限り、大抵の場合は女の意見が尊重されやすい。
夫と見られるゾルドが店を出ようと言い出す前に、レジーナを取り込んだ。
ヘンリクスとしても、ミスをした分は取り返そうと躍起になっている。
その目論見は成功した。
今にも店を出ようとしていたゾルドだったが、レジーナが興味を持ったせいで言い出せないでいる。
これがロンドンを追い出される前のゾルドなら、問答無用で連れだしていたところだ。
「わかった、わかった。それじゃあ、イブも興味を持っているようだし、一度見に行こう。ダメな家なら小指を切り落とすからな」
「えぇっ! なんで!」
さらっと恐ろしい事を言われて、ヘンリクスは驚く。
だが、これはゾルドとして譲れないところだ。
新しい街に来て心機一転。
”さぁ頑張ろう”という出だしで躓いたのだ。
その報いは受けてもらわねばならない。
むしろ、本当に良い家だったら見逃す分、寛容なくらいだ。
「本当にやりませんよね?」
流石に冗談だろうと思い、ヘンリクスは聞き直す。
しかし、ゾルドの顔は笑顔だが目が笑っていない。
それで本気なのだと気付いた。
ヘンリクスは、家を案内するまでの間”気に入って貰えますように”と祈り続けた。
----------
「あー、こりゃダメだな」
最初の一件目は、馬車から一目で判断できた。
広すぎるのだ。
四階建てで、正面から見る限り一階辺り20部屋はある。
奥行きもあるので、100部屋は余裕で超える豪邸。
庭はサッカーコート2つ分くらい作れそうなほど広い。
こんな家に住んでみたいとも思うが、これからの事を考えると逆に嫌味になってしまう。
良過ぎる家に住むと、やっかみを受けるかもしれないと思うと考え物だ。
「そんな……、良い家なんですよ」
ヘンリクスは自信を持って紹介できる家だっただけに、馬車から降りずに否定された事がショックだった。
自分の指がかかっているだけに、なおさらだ。
「良過ぎるんだ。よそ者が住むにはな」
ご近所付き合いを考えると、こんな家には住む事はできない。
貴族や商人でもトップクラスが住むような家だ。
きっと話に付いていけない。
そうなると、近隣住民からハブられる。
そして、これからの仕事の顧客はその金持ち相手だ。
悪い噂が広まれば、仕事に悪影響を及ぼしかねない。
ここは他の家を探す方が良い。
ゾルドはそう判断した。
「一度、小さい方の家を見せてくれ」
「わかりました……」
”気に入ってくれますように”
ヘンリクスは、そう願うばかりだった。
「家は悪くなさそうだが、庭がなー。みんなはどう思う?」
「さっきの家ほど欲しいとは言わないけど、もうちょっと庭が広い方がいいわね」
「確かに。ガーデニングするなら、剣の鍛錬をする場所が無くなりそうです」
「俺は別に……」
「僕も特に意見はないです」
三件の内、一番小さい家――といっても、日本人であるゾルドの感覚では豪邸――は、ほどほどの大きさだった。
しかし、庭がやや狭い。
庭の大きさの割りに、大きな噴水があるせいでなおさら狭く感じる。
花を植えたりすると、運動する場所が無くなりそうだ。
テオドール達には申し分のない広さだけに、なぜ文句が出るのか不思議なくらいだった。
「そういう事で、次だな」
「はい……」
「あら、ここ良さそうじゃない」
三件の内、中間の大きさの屋敷。
部屋数も多く、様々な用途の部屋があった。
書斎、遊戯室、美術室、音楽室、etc――
最初の屋敷ほどではないが、一部屋あたりも広く、ゾルドが”学校かよ!”と思う程度には大きかった。
屋敷の庭も、ちょっとした校庭くらいの広さがある。
”こんな広い場所でガーデニングをやるのか?”と、レジーナのやる気に驚いているくらいだ。
「十分な広さもあるし、トレーニングもしやすそうです。良かったな、走り込みする場所に困らないぞ」
「へい、頑張りやす」
「お手柔らかにお願いします」
ホスエは運動する場所がある事に満足しているようだ。
仮にも神教騎士団に入っていた男。
身体を動かすのが好きなのだろう。
それに付き合わされるテオドール達を哀れに思ったが”ゾルド兄さんも一緒にどう?”と聞かれるのも嫌なので放置した。
「確かに良さそうな家だが、問題は何も無いのか?」
「ありません。しいて言うならば、買い物が少し不便なくらいですね。でもそれは使用人の問題なので、お客様には関係ない事です」
「なるほどな……。そういえば、使用人の紹介とかはやっているのか?」
「やってますよ。提携先がありますので」
その言葉を聞き、ゾルドは少し考え込む。
ただ借りるだけでは面白くない。
ふざけた物件を紹介しようとした報復がまだなのだ。
「それじゃ、頼もうかな。仲介手数料はそっち持ちな。当然、変な使用人が来ないようにもしろよ」
「そんな! 困ります」
しかし、ゾルドは抗議の声を意に介さない。
「こんな家を借りてくれる客だぞ。使用人の仲介手数料を負担してもお釣りは来るだろ。事故物件を紹介しようとした罰だ。ダメならよその不動産屋に探しに行く」
「困ったなぁ……」
だが、ヘンリクスもこの家の家賃収入を考えれば断る事はできない。
それにこの申し出を受けても、少しばかり上司からお小言を貰うだけだ。
取引が成約する方が大きなプラスになる。
「わかりました、その条件を呑みましょう。それでは、一度店に戻りましょうか」
「あぁ、いいぞ」
契約成立。
そう思ったヘンリクスは、先に馬車のもとへ行き、店に戻る用意をする。
「ねぇ、もうあの人とは関わらないわよね?」
レジーナが、ヘンリクスに聞こえないようゾルドの耳元にささやく。
ゴキブリの大量発生した家を紹介しようとしたことから、関わりたくないと思っているのだろう。
「大丈夫だ。契約さえ済ませてしまえば、もう会う事はないさ。きっとな」
ゾルドとしても、ヘンリクスの印象は良くない。
また会いたいと思うような人物ではなかった。
だから、この時はもう会う事はないと思っていた。




