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パリ郊外にあるスラム街。
そこを根城としている、ゴロツキ達の集団の一つ。
彼らがたまり場にしている場末の酒場に、三人組の男女が訪れた。
一人は、鎖かたびらを着込んだ歴戦の傭兵のように強そうな狐の獣人。
三人の中で、もっとも強そうな雰囲気を纏っている。
唯一の女は、レザーアーマーを着ており、魔力を増幅するための魔石がハメ込まれた高そうな杖を持っている。
先ほどの獣人が敵を防いでいる間に、後方から魔法を使うのだろう。
前衛と後衛が揃って強そうな雰囲気を醸し出していた。
そんな中、貴族服を着ているくらいしか特徴のない平凡な男。
強者特有の迫力というものを、まったく感じない。
おそらくは、二人の雇い主なのだろう。
金持ちのボンボンが、スラムへ社会科見学にでも来たのだろうか。
だが、どんな理由であれ、彼らを見過ごす事はできない。
平凡な男が引きずっているグッタリとした男。
それはゴロツキ達の仲間なのだから。
「おい、こらぁ。てめぇ、誰の仲間に手ぇ出してんだ。あぁん!」
店の中には二十人ほどいるが、入口に一番近かったチンピラが凄む。
その声に合わせて、他の者達も口々に囃し立てる。
舐められないように凄むのは良い。
だが、相手の力を見極められないのは、この場合不幸だった。
獣人がチンピラの顔を殴ると、首がねじ曲がり床に倒れ込む。
突然の出来事に、酒場にいた者達が静まり返った。
普通は何か言い返したり、殴るなりするところだ。
いや、確かに殴るだけだったが、いきなり殺すなんて、彼らだってやりはしない。
「なぁ、お前達。金は欲しいか」
「はぁ?」
平凡な男は、まるで掴みはオッケーだとでもいうかのように、笑みを浮かべながら平然と言ってのけた。
今、人を殺したばかりだというのに、何もなかったようにだ。
皆が唖然としているところ、男は酒場の中央に移動した。
「金は欲しいか」
そこで男は腰の袋から、さらに大きな袋を取り出す。
腰の袋はマジックポーチなのだろう。
スラムに住んでいる者からすれば、あの袋を売るだけで十年以上遊んで暮らせる。
男が顔の高さまで袋を掲げると、逆さまにして袋の中身をぶちまけた。
ジャラジャラとこぼれ落ちる物。
それは硬貨だ。
パッと見ただけでも、100エーロ硬貨から5,000エーロ硬貨までが混ざっている。
全てが100エーロ硬貨でも、かなりの金額になるだろう。
山盛りの硬貨を見て、思わず喉が鳴る。
「スゲェ」
大金が床に散らばり、拾い始める者達が現れる。
いや、ほぼ全員が目先の金に飛びついた。
落ちている金を見過ごせるほど、裕福な者などいないのだ。
ただ一人、その金に飛びつかない者がいた。
この集団のリーダー、虎の獣人のテオドールだ。
彼は店の一番奥にある席を立つと、平凡な男に近づきながら手下に命令を出す。
「おい、てめぇら。金を拾うのは後にして、そいつを人質にしろっ! まだ持ってるはずだ」
彼は目先の金に飛びつかなかった。
まとめ役らしく、より金を稼げる方を見抜いた。
スラムの住人にも、プライドがある。
バラまかれた金を這いつくばって拾い集めるのではない。
持っている金を含めて、全て奪う方を選んだ。
手下の一人が、平凡な男の背後から抱き付く。
逃がさないように、しっかりと力強く。
だが、そんな事になっているのに、この男の護衛らしき男女は動こうとしない。
むしろ、抱き付いている手下を可哀想な目で見ている。
「いや待て、なにか様子が――」
「ギャァァァアアア」
テオドールの言葉は遅かった。
平凡な男が、手下の横っ腹に手を触れたと思った次の瞬間、腹を裂かれて内臓を引きずり出されていた。
後ろ手だったのに人の腹を引き裂けるとは、一体どんな握力をしているのだろうか。
鮮血が飛び散り、金に群がっていた者達は距離を置く。
「服が汚れてしまったじゃないか」
そう言って、こぼれ落ちる内臓を腹に戻そうと腕で押さえていた手下の首をへし折って、とどめを刺す。
(こいつ、貴族か……。いや、それにしては異常だ)
まるで人の命よりも、服の方が大事だとでもいうようだ。
その様子や服装から貴族かと思った。
だが、貴族だったならば、こんな方法は使わない。
人を引き裂けるほど、自分の体を鍛えているようにも見えない。
「……何が望みだ」
そのまま皆殺しにするのなら、暇つぶしにでも来たのだろうと諦められる。
だが、最初に絡んだ手下と、抱き付いた手下の二人を殺しただけで、他の者を殺そうとはしない。
”どんな目的があってここに来たのか?”
わざわざ、金が欲しいか聞いてくるくらいだ。
争いに来たわけではないだろう。
ならば、相手の希望に沿う形でお引き取り願うのが一番だ。
死んだ奴には申し訳ないが、勝ち目のない相手に意地を張るのは、ただの馬鹿がやる事だ。
相手が強いとわかった以上、被害を増やすのは得策ではない。
テオドールは、引き際の見極めが早かった。
だが、平凡な男は返事をしない。
もちろん、護衛らしき者達もだ。
平凡な男は、テオドールの方へと歩み寄ってくる。
その時点で逃げ出したかったが、彼が生き残れる場所はこのスラムだけだ。
手下を見捨てて逃げるような真似をすれば、今後この街で生きていけない。
(いや、今死ぬかも)
逃げるか戦うか迷っている内に、平凡な男はテオドールの目の前まで来ていた。
――そして、横を通り過ぎる。
「この席が欲しかったんだ」
そう言って、男が座ったのは、先ほどまでリーダーであるテオドールが座っていた椅子だった。
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ゾルド達は、パリのホテルで作戦会議を開いていた。
「まずは力が必要だな」
最初に切り出したのはゾルドだ。
彼はこれからの行動を、レジーナとホスエに話すつもりだった。
「力? 魔法だったら、ある程度は私が教えられるわよ」
「僕も剣を教えるよ!」
ゾルドは二人には正直に戦えない事を話していた。
ここで見栄を張っても仕方がない。
正直に話す事で、それぞれのできる事を確認し合ったのだ。
……そして自分が一番、何もできないという事を知り、ゾルドはへこむ事になった。
「ありがとう、それもいつか頼むよ。だが、今回は違う方法を使う」
ゾルドは二人に硬貨を見せる。
「金だ」
「金?」
二人の疑問の声が重なる。
金に何の力があるというのか……。
「金にも力があるんだ。だから財力といって、単語に力が含まれるだろう? 単純な暴力ももちろん有効な力だ。だが、俺達三人だけでは数に押しつぶされる。だから、人を集めなければならない。集める奴は弱くてもいい、こちらも数の暴力を使う。そして人を集めるには金が必要だ。だから金を集めて人も集める」
ゾルドはそこで言葉を一度切る。
「しかし、財力と暴力だけではダメだ。あくまでも手段の一つとして使う。金があれば権力者共も寄ってくるようになるだろう。そうして、深入りさせる。抜け出す事ができなくなった時に、味方として引き入れる。そのためにも、財力と暴力。まずは、この2つを手に入れる事を優先する」
ゾルドの言葉に、レジーナとホスエは顔を見合わせてうなずく。
「よくわからないから任せるわ」
「お金の計算とかなら自信はあるんだけれど……。裏取引とかは叔父さんがやってて、僕に教えてくれなかったからわかんないや」
二人はゾルドに一任した。
これが”お金を稼ごう”という話ならば、何か仕事でもしようかなどの意見が出ただろう。
だが、彼らに金と暴力、さらには権力まで含まれる話に付いていけなかった。
真っ当な人間には、ゾルドの考えに付いていけないのだ。
「わかった。さすがに頭脳労働まで取られると俺の立場が無い。基本的な流れは俺に任せてくれ」
二人にはやれる事がある。
なのに、自分にやれる事が無いというのは寂しい限りだ。
やる気を出したところなので尚更だ。
「まずはスラム街のチンピラ共を配下にする」
ゾルドの言葉に、二人は懐疑的だった。
「チンピラなんて役に立つの?」
「もちろんだ。まずは数が必要だからな」
ゾルドが何をしようと思っているのかわからない。
それでもやはり”チンピラなんかが役に立つのか?”と思ってしまう。
「最初のインパクトが重要だ。飴と鞭で行こう。俺が飴をやるから、レジーナが鞭をやってくれ」
「なんで私が鞭なのよ!」
基本的に鞭は恐ろしい者がやるのが有効だ。
レジーナは、鞭に選ばれた事に憤慨した。
どう考えても鞭はゾルドがやるべきだと思ったからだ。
「ほら、もう怖いじゃないか」
ゾルドは、からかうように言った。
声には笑いが混じっている。
「もうっ」
からかわれたと知ったレジーナは、頬を膨らませてむくれた顔をする。
二人のお陰で、ゾルドは冗談を言える程度まで、心の平穏を取り戻せたのだ。
「それじゃ、ホスエにやってもらおうかな。チンピラのたまり場に着いたら、一人殺してくれ」
「ええっ、いきなりだね」
例えチンピラ相手とはいえ、いきなり人を殺せと言われて殺せる人間などいない。
ゾルドの頭の中がどうなっているのか、ホスエは覗いてみたくなった。
「そう、いきなりさ。いきなり人を殺す。度肝を抜かれて心に空白ができたところを、金で心の空白を埋めてやるんだ」
最初は金を使う事になるだろう。
チンピラなんかに金を使うのはもったいないとは思う。
しかし、今後は強面の人間が必要になってくる。
だから、より多くの金を稼ぐための先行投資として我慢した。
「それにどうせチンピラだ。多かれ少なかれ罪を犯してる。死によって罪から解放してやるという善行にもなるんだ。思い切ってやってくれ」
(さすがに嘘くさい……)
自分でもそう思うし、ホスエもそう思っているようだ。
だが、嘘くさくても大義名分があれば人は行動をためらわなくなる。
優しいホスエには、それを用意してやる必要があると思い、ゾルドは理由を作ってやっただけだ。
ゾルドは財布代わりに使っているマジックポーチの1つを取り出す。
中身は今回のために、パリまでの道中で用意した物だ。
怪しまれないように両替商で少額の両替をしたり、1万エーロ硬貨で少額の買い物をしたりと地道に貯めてきた金だ。
中身は、およそ1,000万エーロ。
なぜ小さい額面の硬貨を集めたかというと、その方が見栄えが良いからだ。
金をぶちまけた時に、100万エーロ10枚では見栄えがしない。
いや、100万エーロ硬貨はインパクトがあるだろう。
だが、スラムにいるような奴等には効果が薄い。
身近で、金だと認識できる少額硬貨を山盛りぶちまける事で度肝を抜く。
そのためだけに用意したものだ。
「とりあえず、二人は用意をしておいてくれ」
ゾルドはアイテムボックスから、道中で買った装備を取り出す。
さすがに神教騎士団の装備をそのままでは使えない。
装備の質は落ちるが、市販品の中では業物の剣にホスエは満足していた。
鎖かたびらも、動きやすいものを買っている。
購入した物の中でも、レジーナ用に買った杖は別格だ。
その分値段は張ったが、魔法に頼る事も増えるだろうから持たせておいて損はない。
いざという時に”持たせておけば良かった”と後悔するよりはマシだ。
ゾルドは自分用にナタを買ったくらいだ。
なんだかんだで小回りの利く武器として、ナタを気に入っていた。
以前使っていた物はジャックに奪われてしまったので、新しく買っておいたのだ。
「とりあえず、やるだけやってみよう。どうせグループは複数あるだろうから、ダメでも何回か試せる」
ゾルドは朗らかな笑顔で、そう言ってのけた。
この後、スラム街でチンピラを捕まえ、たまり場へ向かう事になる。




