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「それでは、いろいろ祝してカンパーイ」
「……カンパーイ?」
「……カンパーイ?」
ゾルド達は、ライプツィヒのホテルの一室にいた。
日も落ちたし、今日は休もうという理由でだ。
これには、レジーナとホスエもさすがに眉をひそめる。
ルームサービスで頼んだビールで、乾杯などしている場合ではないのだ。
「ねぇ、早く逃げた方がいいんじゃない?」
確かに休めるのはありがたいが、今は苦しくても逃げるべきではないのか?
レジーナがそう思うのは当然の事だ。
それをゾルドは指を振って、間違いだと教える。
「それは違う。とはいっても、俺も友人に聞いたことなんだけどな」
ゾルドは、なぜホテルに泊まったのかを二人に説明し始める。
「警察……、こっちの衛兵か。衛兵はなにか事件があると、その周囲で検問を張る。そして、検問で何も引っ掛からないと、その範囲を広げていく」
「だから早く逃げないと見つかるんじゃ……」
ゾルドの言葉に、ホスエが口を挟む。
”それもそうだな”と、一度うなずき話を続ける
「だが、広げるにも限度がある。広げていく内に人が足りなくなってしまう。そうすると、検問に隙間ができるんだ。”慌てて逃げて見つかるよりも、隙間から抜け出る方が楽なんだ”と言っていた」
「なんだか、嫌な友達ね……」
レジーナの言う事はもっともだ。
だが、そのお陰でゆっくり休めるのも事実だ。
「とりあえず何日かは、この街で様子を見よう」
二人はゾルドの意見に賛同した。
ゾルドはレジーナ達の姿を見る。
今のゾルドは、顔が濃くなり、茶髪で碧眼になっている。
レジーナは、エルフの耳を人間のように短くして、白い肌に金髪。
顔もいつもの変装と違い、よりブサイクになっていた。
ホスエは、茶色の毛を生やした狐に変装している。
それぞれ腕に2個ずつのブレスレットをハメていた。
ゾルドが受け取ったのは5個だが、レジーナが持っていた1個のブレスレットは返却される事なく所持したままだった。
魔神発見のインパクトが強く、回収を忘れられていたのだ。
そのお陰で、全員2個ずつ行き渡っていた。
わざわざ変装しているのは、ホスエの発言からだ。
”ゾルド兄ちゃんの名前と顔が、教会関係者と各国家に知れ渡っているよ”
どうやらブリタニアで派手にパレードをしていたのが、交易に来ていた商人に見られたらしい。
ロンドンにも人間の商人はいるし、交易の中心地であるドーバーでも堂々とパレードをしていた。
似顔絵まで、そこそこ広まっているそうだ。
お陰でベルリンでは酷い目に遭ってしまった。
それにフリードはレジーナの事を知っている。
ダークエルフがエルフに変装できるという事もだ。
だから、レジーナには耳を人間くらいの短さにしてもらった。
ホスエも捕虜になったと思われているので、人間2人と獣人1人の旅仲間という組み合わせなら、怪しまれにくいはずだ。
職務質問は堂々としていれば、滅多にされるものではない。
コソコソせずに買い物でも楽しんでいれば、検問や捜索はソシアのある東の方だけになるだろう。
時間が経てば、東以外には逃げやすくなる。
「さて、まずはレジーナの紹介をしよう」
俊夫はビールを一口飲むと、ホスエにレジーナを紹介した。
「考え方の違いから俺は魔族に受け入れられず、ブリタニア諸族連合から追い出された。その時、彼女は唯一俺に付いてきてくれたんだ。今は俺の婚約者だと思って良い。俺の女だから手を出すなよ」
「わかったよ、ゾルド兄ちゃん。レジーナの姐さん、これからよろしくお願いします」
レジーナは姐さんと呼ばれた事に少し違和感を持ったようだが、今は何も言わなかった。
ホスエの紹介がまだだからだ。
「そして、こいつはホスエだ。昔ポート・ガ・ルーで国境を越えられなくて困っているところを、一緒に連れていってやったんだ」
「そうなの、よろしくね」
簡単に挨拶を済ませたところで、ゾルドは二人に頭を下げる。
「今回は本当に助かった。どうやって礼をすればいいのかわからないくらいだ。本当にありがとう」
人というものは不思議な物だ。
――愛している。
――恩義がある。
そのように思っていても、助けた相手がお礼を言わなかったら不快に思うものだ。
それが積み重なって――
”一言のお礼も言わないとは、なんだこいつは?”
――と思われるようになったらおしまいだ。
人間関係の修復が不可能になってしまう。
そうなる前に、上辺だけでも感謝の気持ちを口にする方が良い。
心の中で思っているから、相手もわかってくれているなどと考えてはいけない。
付き合いの長い相手でも、自分の心の中を完璧にわかってくれる相手などいないのだ。
だから、ゾルドは言葉と態度で感謝の意を示した。
また助けてもらうために。
「気にしなくていいわ。夫婦になったら助け合うものでしょう」
「僕を助けてくれたお返しさ」
二人は気にするなと、言ってくれている。
だが、ここでどうしても疑問に思ってしまう事があった。
「ありがとう。……だが、ホスエ。お前にしてやった事は命懸けで恩返ししてもらうほどの事だったか?」
助けてもらった時はそれどころでは無かったので気にならなかったが、落ち着いて考えれば考えるほど、ホスエの行動に疑念を抱いてしまう。
ゾルドからすれば不可解なのだ。
共に国境を越えた事も、両親の死体と再会できた事も”助けてくれてありがとう”で済む話だ。
命懸けで恩返しなんて、ゾルドだったら考えもしなかっただろう。
「そりゃそうだよ。だって、あのまま叔父の所へ行けなかったら野垂れ死にしてたんだよ。それに――」
「それに?」
ホスエは言い辛そうにしていたが、決心したかのように話だした。
「神教騎士団に入ってわかったんだ。天神は良い人じゃない、最低な奴だって」
「どういうことだ? 詳しく教えてくれ」
ホスエの言った事は、ゾルドにとって非常に気になる話だ。
天神の性格が悪いのなら、ゾルドにも付け入る隙があるかもしれない。
神教庁がウンザリしているのなら、切り崩していくチャンスもあるはずだ。
「千年前の天神キッカス様は、一夫一妻の愛のある夫婦を推奨してたんだけど、今の天神は真逆。降臨して以来ずっと、魔神と戦うために大勢の美女を集めて子供を作ってるんだって。自分の子供に戦わせようっていうんだよ。最低だよ!」
「お、おう。それは最低だな」
ジッとレジーナが黙ってゾルドを見つめて来る。
まるで”あなたがそれを言うの?”と責めているような視線だ。
いや、実際そのように思っているのだろう。
ゾルドも1年間だけとはいえ、楽しみ続けていた。
それに子供を産ませて戦わせようとしていたのも同じなので、気まずくなって視線を逸らす。
「病気や怪我で困ってる人の治療もしないんだ。病気で死ぬのも定められた運命だって言って見捨ててね。自分は11年間も女遊びしかしてないくせに」
「他にする事は無かったのかな」
相づちを打つゾルドを、レジーナはまだ見つめている。
視線を動かさずとも、視界の端でこちらを見ている事がわかるのだ。
ゾルドは居心地の悪さを感じた。
だが、仕方がない。
全て己の行いが悪いのだ。
「本来なら天神側で戦うべきなんだろうけど……。あんな奴に勝たせるくらいなら、魔神とはいえ恩義のあるゾルド兄ちゃんに力を貸したい。そう思ったんだ」
「良い心構えだわ」
ホスエの言葉を、レジーナが褒めた。
そして、テーブルの上に置かれていたゾルドの手に自分の手を重ねる。
「この人は私だけ見ていてくれているの。ずっと私一筋なのよ。これからもずっとね。ねぇ、あなた」
「あぁ、もちろんだとも」
(不倫したりしないよう、先に手を打たれたか!)
ホスエが女にだらしない天神に憤りを感じていると見て、ゾルドはそんな人ではないとフォローした。
だが、実際はフォローではなかった。
彼女は、ゾルドがロンドンでハーレムを形成していたのを知っている。
ゾルドが他の女に目移りしないように、今の内に釘を刺したのだ。
意外なところで、行動が素早く的確だった。
レジーナにも借りがあるので、これを裏切るような真似はできない。
今回は先手を打ったレジーナの勝ちだと、ゾルドは素直に負けを認めた。
少し前のゾルドなら、まったく気にせずに女遊びをしていただろう。
しかし、異世界と気づいて、レジーナが生きているという事。
そして、少なからず良い女だと思い、惚れているので裏切りにくくなっていた。
「他に何か知っている事はないか?」
「うーん、そうだねぇ……」
ホスエはソーセージに齧りつきながら、思い出そうとする。
「天神に関して知っているのは……。あとは”魔神と戦うために魔力を温存する”って言って、魔法をまったく使わないってことかな。誰も使ってるところを見た事ないらしいよ」
「本当か! それは重要な情報だぞ」
ここで俊夫は、思い浮かんだ事がある。
(異世界とはいえ、どこかゲームっぽいと思うところだってある世界だ。天神が魔神のミラーの可能性もあるな)
――魔神のミラー
俊夫と同じ能力を持っているという可能性だ。
神話では、元々一つの神の心が分かれたという設定になっている。
それならば同じ能力になっていてもおかしくない。
――つまり、天神も魔法が使えないかもしれないという事だ。
魔法適性スキルが無いのは天神も同じなら、ラスボス戦は拳で語り会う事になるのではないかと考えた。
(それなら、まだ勝ち目はあるか)
自分が魔法を使えないのに、天神が魔法で弾幕を張ってくるなど不公平だ。
だが、天神も魔法を使えないというのならば別だ。
天神側陣営を崩壊させれば、やり方によっては勝てるかもしれない。
この情報は、ゾルドに希望を与えた。
「ホスエ、神教騎士団に居ただけあって俺達の知らない事を知っているな。これからも忌憚のない意見を頼む」
「もちろん、任せてよ。ゾルド兄ちゃん」
ホスエは笑顔で自分の胸を軽く叩く。
ようやく、ゾルドの役に立てる。
そう思うと嬉しいのだ。
「ところで、なんで私は姐さんなの? なんとなくやめて欲しいのだけれど」
話が一段落したところで、レジーナはホスエに聞いた。
なんとなく、姐さんという呼び方が気になるからだ。
「ゾルド兄ちゃんは昔そう呼んでいたから、なんとなくそのままかな。レジーナさんも、なんとなく姐さんって感じだったからで、特に理由はないよ」
レジーナは見た目だけはクール系の美女。
とはいえ、これはゾルドから見ての話だ。
この世界一般の価値観を持つホスエからすれば、ただのブサイクな女に見える。
顔がなんとなく強そうに見えたので、姐さんと呼ぶ方が似合うだろうという印象を持ったのだ。
「しかし、ホスエ。お前ももう大人だろ。ゾルド兄ちゃんなんてガキっぽい呼び方はしなくていい。ゾルドでいいぞ」
「それはダメだよ」
助けてもらった借りもあるし、なにより慕ってくれている。
呼び捨てで呼び合っても良いと思ったのだが、ホスエが断った。
「ゾルド兄ちゃんは神様なんだから、呼び捨てなんてできないよ」
ホスエは律儀な性格のようだ。
ゾルド相手に気楽な友人のように、呼びかけることはできないようだ。
それを見て、ゾルドは頭を悩ませる。
レジーナに”俺お前の関係で良い”と言ったら、嫁気取りで”あなた”とか”この人”とか呼んで来るようになった。
だが、それはそれで気軽な関係にもなった。
これから一緒に行動するなら、ホスエにも気軽な関係を作っておきたい。
”どうすればいいのか?”
ゾルドが思いついたのは、簡単な解決法だった。
「それじゃ、俺は兄さんと呼べ。そしてレジーナは、姐さんではなく姉さんと呼んでやってくれ。姐さんでは、マフィアの奥さんとかみたいだからな」
「わかったよ、ゾルド兄さん」
これならホスエも受け入れられるようだ。
レジーナも”まぁ姉さんなら……”と受け入れたようだった。
些細な事かもしれないが、不満があるならそのまま放置するよりも、早めに解決しておいた方がいい。
ニーズヘッグもそうだったように、不満を放置すれば、いつ何がきっかけで爆発するかわからないからだ。
「それで、これからどうするの?」
レジーナの質問に俊夫は考え込む。
正直、これから先の事は考えていなかったのだ。
「そうだな……、ソシアに逃げたって嘘を吐いたから西。パリにでも行くか。お前の服も買うなら、その方が良いだろ」
今はどこに行って、何をするかというプランがない。
どこかに向かいながら考える事にする。
それならば、服を買うという名目でパリに行くのも悪くない。
パリは大都市だ。
人が多ければ、それだけ人の流入も多い。
紛れ込む事は容易なので、比較的安全だろう。
だが、肝心な事は安全かではない。
”そこで何ができるか”という事だ。
これから、ゾルドの器が試される事になる。
総合評価が500ポイントになりました。
始めた当初はブックマーク2桁行ってくれるかなと思っておりましたので、望外の喜びでございます。
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その全てが励みになりました。
ありがとうございました。
今後もお付き合い頂けば幸いです。
※23:00追記
本文を見返すと、後書きが本文の内容と合わさって上辺だけの感謝に思われるかもしれません。
本文と後書きが最悪のタイミングで重なってしまいました。
誤解された方がおられましたら、本当に申し訳ございませんでした。
感謝の気持ちは本物です。




