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ブリタニア島から追い出された俊夫達の行先は一つしかなかった。
ベルリンにある自宅。
友好的な関係にある国の首都にあり、自分の拠点とするには最適に思えたからだ。
ベルリン近くの街で昼食を食べた後、俊夫達はようやく自宅へと戻った
「1年近く来てなかったのに、意外と綺麗だな」
俊夫は自宅内を見回す。
「使用人が掃除に来てくれているのかもしれませんね」
「そういえば国からの派遣だったな。いつでも帰って来れるようにしているとは律儀なもんだ」
家の様子が酷ければホテルに泊まるつもりだったが、その必要は無さそうだった。
フリードは俊夫の価値を認め、対応に気を使ってくれているのだろう。
俊夫は自分の居場所があるという事にホッとした。
「それでは、夕飯の材料を買ってきますね」
「えっ」
(またあれか……)
レジーナの事は、俊夫の中で”ただの奴隷”から”恋人にしたい女NO1”くらいにまで評価は急上昇している。
だが、それとこれとは別問題だ。
レジーナの料理を進んで食べたいとは、まったく思わない。
そのために、とある予定を前倒しにする事にした。
「レジーナ、買いたい物があるから買い物に出かけないか? 夕食はその帰りに食べれば良い」
「買い物ですか? ……そうですね。それでは少しお時間をください」
レジーナは買い物に出かけると聞くと、すぐにキッチンの中を調べ始める。
調理器具や調味料など、買っておかねばならない物を調べているのだ。
その様子を見て、俊夫は天を仰ぐ。
だが、神に助けを求めようとも、助けの手が差し伸べられる事はない。
自分が神なのだから、自分で自分を救うしかないのだ。
俊夫はローブの内ポケットから、トランクケースを取り出す。
これにはレジーナの荷物が入っている。
勝手に漁るのもどうかとは思ったが、俊夫はその中から服を探した。
(おい、レジーナ……)
トランクケースの中にはドレスが詰まっていた。
後宮にいた時、着ていた物だ。
長い旅では女らしい恰好をする余裕がなかったのだろう。
レジーナはドレスを気に入って、ついつい持ってきてしまった。
だが、使い道が限定され過ぎる。
日常で着るには、派手すぎるのだ。
さすがに、豪華なドレスで町中を歩くのは問題がある。
俊夫はなんとかトランクの中からグレーのワンピースと、ベージュのショールを探し出した。
生地の品質も良く、これからレジーナを連れて行こうと思っている店でも門前払いはされないだろう。
「レジーナ、これに着替えてくれ」
俊夫が取り出した服を見て、レジーナは首を傾げる。
「食事に出るだけなら、このままでもよろしいのでは?」
「二人の新しい門出だ。ちょっと良い店に行こうと思っているから、旅装のままじゃちょっとな」
「わかりましたっ」
”二人の新しい門出”
その言葉を聞き、レジーナは照れる。
ケビンとは婚約者という関係ではあったが、表面上の関係だけだった。
彼女も初めて異性との心の繋がりを持った事で、少し浮かれていたのだ。
レジーナは俊夫から服を受け取り、自室へ着替えに行った。
(これで、飯が上手けりゃなぁ……)
俊夫もケビンと同様の事を考えていた。
長く共に生活するならば、食生活というのは非常に重要だ。
本人がやる気満々なので”マズイからやめてくれ”と言いにくいのが辛いところだった。
俊夫は以前買った上等な服に着替えながら、明日以降どうやって誤魔化すかを考えていた。
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着替え終わると、肌の色をエルフと同じ白に変装させて家を出た。
やってきた店は――
「まぁ、もしかしてここは……。宝石店ですか!?」
「そうだ、お前にプレゼントしようと思ってな」
レジーナは、今も隷属の首輪を首にはめている。
俊夫との繋がりを感じていたいから、という理由らしい。
これは、さすがに俊夫でも放っては置けなかった。
ここに連れてきたのは、レジーナが自分に付いて来てくれたからお礼がしたいというのもある。
それと同時に、自分の連れ歩いている女が首輪をはめているのは、少し見栄えが悪いと思ったからだ。
当然ながら奴隷扱いしていた頃とは違い、レジーナの扱いも変わる。
そして何よりも、食事に出かける理由の一つとして使ったのだ。
あの日の出来事は、俊夫にとってトラウマのようなものになっていた。
レジーナの中で美化された光景とは正反対だった。
「さぁ、入ろう」
俊夫が左手を差し伸べると、レジーナはその手を取って指を絡める。
恋人繋ぎというやつだ。
レジーナは後宮に居た時から、この繋ぎ方を好んでいた。
手が直接触れ合う方が好きらしい。
だから俊夫も、レジーナの好む繋ぎ方に合わせてやる。
手の繋ぎ方一つで、レジーナの機嫌が変わるなら安い物だった。
店の中に入ると、まずはネックレスのコーナーへと向かう。
途中でレジーナの目が陳列している商品に釘付けになっているが、まずは首輪の代わりを購入するのが目的だ。
他の宝石は、その後でゆっくり見れば良い。
俊夫はそう考えていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しですか」
俊夫達に近づいてきた店員が、問いかけて来た。
傍目から見れば、エルフの奴隷を連れ歩いているような金持ちにしか見えない。
他の店員に先んじて新規の優良顧客をゲットしたと、内心ほくそ笑んでいた。
「ネックレスだ。それもできるだけ宝石が大きい方がいいな」
”宝石大きい方が良い”
その言葉を聞き、店員は笑みがこぼれる。
宝石は大きさが1カラットと2カラットの物の値段を比べると、カラット数が2倍だから値段も2倍だというわけではない。
粒の大きな物数が少ないので、品質にもよるが数倍以上は値段が変わる。
大きな物は、大きさに比例してどんどん値段が上がっていくので”この客で今月の売り上げノルマは達成だな”と、店員は喜んだ。
店員は、ショーケース内のいくつかのネックレスを取り出す。
「こちらが当店の在庫で、もっともサイズの大きいダイヤのネックレスです。これ以上のサイズとなりますとお取り寄せになります」
店員が見せたのは3カラットを超える物。
値札には8桁の数字が書かれている。
俊夫はそれでもいいかと思っていたが、レジーナは違った。
「ゾルド様、私はあちらにあった物で十分ですよ」
レジーナは値段にビビッてしまった。
活動資金として大金を持っていたが、あれは路銀や買収資金として持たされた物。
装飾品を買うための物ではなかった。
後宮にいた頃は、服だけではなく装飾品なども用意されていたが、今はあの時とは違う。
魔族の王として迎えられていた時とは違い、ただの一般市民になっている。
”こんな高価な物を買ってもいいのか? 今後の生活費に使わずにおいた方がいいのではないか?”
レジーナはそう考えてしまった。
前族長の娘とはいえ、森で自給自足が基本の生活だったダークエルフのレジーナは、庶民的な感覚を持っていた。
値段の安い、ネックレスを指差す。
そちらは、粒が小さいがたくさん付いている。
値段が安くても、キラキラしていて綺麗だと思ったからだ。
「あっちのはクズダイヤだ」
「クズなんですか?」
レジーナは”あんなに綺麗なのに”と疑問に思った。
その様子を見て、俊夫はレジーナに教えてやる。
「確かに小さいダイヤが一杯付いていてパッと見は綺麗だ。けど、1粒1粒が小粒過ぎる。あれじゃ、ダイヤとしての価値はない。お前にはダイヤとして、本当に価値のある物を持っていて欲しいんだ」
非常に小さなダイヤは、宝石としての価値はない。
細工職人が作った、装飾品としての価値だけだ。
店にある内は高いが、個人の手に渡った時点で宝石としての価値はゼロになる。
ダイヤといえども、小さければ綺麗な石程度の価値しかないのだ。
金が無いのならば、身の丈にあった物を買う。
だが今は、店ごと買えるくらいの金を持っている。
それならば、身に付けていて恥ずかしくない品質の物を持っていて欲しい。
俊夫は、そう思っていた。
自分の女に良い物を持たせるのは、男のステータスでもあるのだから。
ネックレスを試着するにも、首輪が邪魔になる。
俊夫がレジーナの首輪を外そうとすると、店員がそれを止めた。
「お客様、奴隷の首輪を外すのは危険です。お止めください!」
止めるのも当然だ。
エルフの奴隷など、腹の中では何を考えているかわからない。
人間でも奴隷になるのは屈辱的だと、主人から逃げ出す者だっている。
プライドの高いエルフなら、首輪を外すと同時に、主人を殺して逃げ出すかもしれない。
本人が己の愚かさから報いを受けるのは結構だが、店の中でやられるのは困る。
だが、俊夫は店員の事など気にしなかった。
「大丈夫だ。レジーナは暴れたりしない」
首輪を取り外すと、レジーナの首に大粒のダイヤが付いたネックレスを試着させる。
白い肌にも似合っているが、褐色の肌ならより映えるだろうなと、俊夫は思った。
こんな変装をさせずに、一緒に堂々と街を歩きたい。
そんな事を考えてしまう。
「どうだ、レジーナ」
いつの間にか鏡を持っていた店員の方に向かせる。
首輪を外す時に戸惑っていたのは何なのか、と思うほど素早い動きだった。
「凄く綺麗です……」
やはり宝石は魅力的だ。
先ほどは遠慮していたが、いざ自分の胸元にあると”欲しい、手に入れたい”と思ってしまう魅力がある。
レジーナの視線は、自分の胸元にある大粒のダイヤに釘付けだった。
「似合っているよ」
「ありがとうございます。でも、良いんですか?」
レジーナの言葉に、俊夫はうなずく。
「もちろんだ。他にも欲しい物はあるか?」
「そんな、他にもなんて……」
さすがにこれ以上を望むのは悪い。
そうレジーナの顔に書いているように見えた。
だから、俊夫から言いやすい空気を作りだしてやる。
「それじゃあ、次は指輪を見よう」
「指輪ですか?」
「そうだ。それは……、婚約指輪のようなものだと思ってくれていい」
その言葉にレジーナは、ただ抱き付くという行為で答えた。
俊夫は今の状況で付いてきてくれたレジーナに、何か報いてやる必要を感じていた。
これは俊夫としても思い切った決断だ
始めて婚約指輪を渡す相手が、異世界の住人になるだなんて思いもよらなかった。
「本当に私で良いんですか?」
レジーナは自信無さげに問いかける。
魔族から追い出されるような男でも、魔神である事には違いない。
その妻に自分が選ばれたとしても、上手くやっていけるか不安だったのだ。
「お前じゃないとダメなんだ」
俊夫は人前なので軽くキスをする。
それだけで白い肌のレジーナは顔だけでなく、首筋まで真っ赤になった。
(女は愛で縛り付けるのが楽らしいからな)
ヤクザの情婦になり、風俗で働いて金を貢ぐ女の話をしばしば耳にする。
それに比べれば、風俗で働かせない分だけ俊夫の方が人道的だ。
人間、困った時にこそ本当の付き合いというものがわかる。
レジーナは俊夫が困った時に、唯一付いてきてくれた。
だから、俊夫もレジーナに愛しているという演技くらいはしてやるつもりだ。
例え演技であっても、最後まで騙し続ければ、相手には真実となる。
義理のある相手に夢を見させてやるくらいの優しさは、俊夫にもあった。
「こちらが大きさと品質では、在庫の中で一番の指輪です」
そこには、先ほどのネックレスと同じくらいの大きさのダイヤがはめ込まれた指輪があった。
店員の一押し――値段的に売れて欲しいもの――なのだろう。
その指輪を見て、俊夫は思い浮かんだ疑問を店員に聞いてみた。
「服にはサイズを合わせる細工があるが、指輪はどうなんだ?」
「一定以上の金額の物には全て施されております。もちろん、こちらの指輪も一流の魔装技師の手によって付加されております」
「そうか」
俊夫は指輪を手に取ると、レジーナの左手の薬指にはめる。
この時、レジーナの目からは涙がポロポロと流れ出て来ていた。
「レジーナ、これからも俺に付いてきてくれるか?」
「はい、はい……。もちろんです……。こちらこそよろしくお願いします」
二人は抱き締め合い、熱い口付けを交わす。
――店員の前で。
他の客達は、微笑ましい物を見るような目をしていたが、俊夫達の相手をしていた店員は、気まずそうにして待っていた。
遠目に見る分には微笑ましいのだろうが、目の前でやられると気まずいことこの上ない。
高価な商品を買ってくれる上客だから、下手に注意して”この店で買うのはやめる”なんて言われたら店長に怒られてしまう。
黙って見届けるしかなかった。
その事に気付いたのは、たっぷり一分ほど過ぎた時だ。
これには店員だけではなく、俊夫達も気まずそうにしていた。
人前で見せつけてしまったのには、さすがにやり過ぎたと後悔する。
「あー、そうだな。次はブローチでも見るか」
俊夫は空気を変えるために、次の商品を見ようと提案した。
それにはレジーナも賛同し、ブローチを見に行った。
その後も、ゆっくりと店の商品全てを見て回った。
夕食までの時間を稼がなくてはならないからだ。
それから、一週間ほど穏やかな時間が過ぎた。
使用人には掃除だけを任せて、料理はレジーナが作る事になった。
どうやら、自分が作った手作りの料理を俊夫に食べて欲しいようだ。
だが、レジーナの食事は見た目が上手く出来ていても、気分が落ち込むくらい不味かった。
これではたまらないと思い、家庭科程度でしか料理を作った事のない俊夫が作ると、意外と上手く料理ができてしまった。
すると、今度はレジーナが落ち込んでしまう。
自分の料理下手を思い知らされ、打ちのめされたのだ。
仕方がないので、俊夫はレジーナと一緒に料理を作る事にする。
上手く出来れば共に喜び。
失敗すれば共に笑い、落ち込んだ。
俊夫は自分を裏切らせない演技だと思っていたが、実際に暮らしてみるとその考えは少し変わった。
まるで本当の幸せな夫婦生活みたいで”これも悪くはないかも”と思うようになっていった。
魔族の頂点からの転落。
その経験が、俊夫の心に傷を負わせたのだろう。
レジーナの優しさが、傷口から染み込んでいき、俊夫の心を癒していった。
この一週間だけが、二人で幸せに暮らせていた、最初で最後の時間だったのかもしれない。




