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翌日、俊夫は朝から街のオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。
ビラ・レアルで手に入れたモーニングや、アランの持ち物の中に燕尾服などもあったが、恰好はいつものままだ。
今の俊夫は開き直っていた。
どうせ評判を上げたところで、大して変わりがないのならば、今のまま堂々としていればいいと。
”なんでたかがNPCの視線を気にしないといけないのか”
元はと言えば、俊夫が”過ごしやすいように評判を上げたい”と思った事から始まったのだ。
気にし始めたのは、俊夫自身のせいだ
多少人を助けたくらいでは、ゴロツキに絡まれたり、通行人に怖がられたりする。
だったら人を助けず、人の目を気にせず、自分の道を歩むだけだ。
ポルトでの経験が、周囲からの扱いに少し慣れさせていた。
(嫌な物を見るような目で見るなら好きにしろ。その分、俺も好きにやるさ)
嫌な開き直り方である。
しかし、人の扱いと装備の有用性を天秤にかけた場合、装備の有用性の方が重い。
ローブの空調機能はもとより、その耐久性が大きい。
アランの剣で指を切り落とされたが、ローブ越しに切られた腕は切り落とされなかった。
ローブのお陰で、バールのようなもので殴られた程度で済んでいたのだ。
多少の嫌な思いをするだけで命が助かるのなら安い物だ。
(それにしても、あれはなんだ? やっぱり学生か?)
俊夫の目に映っているもの。
それは制服らしきものを来た若者達だ。
若者といっても、大体が10代後半から20代前半までと幅広い。
俊夫はその中でも女の子に足元に注目する。
(学生の膝丈のスカートか。この世界の女にしては頑張ってる方かな)
この世界では基本的に膝下のスカートばかりだ。
そんな中、若い女の子の足が見えるスカートの長さというのは新鮮だ。
そちらに視線をやらずに、視界に捉えてジッと見る。
尾行の基本スキルも、こういう場合に役に立つのだ。
(やっぱ若い子の生足良いよな。学生か……)
俊夫は友人達の事を思い出す。
ロクな奴はいなかったが、それでも楽しい時代だった。
(帰りたいな)
今、俊夫の前をピンク色の髪をしたツインテールの少女と、緑色の髪をした三つ編みの少女が楽しそうに語らいながら歩いている。
俊夫にだって、友人とあのように話しながら登校していた時期があった。
もちろん、華やかさなどまったくない、むさ苦しい男達ばかりではあったが。
それでも、忘れ去る事はできない。
何度も言うが、俊夫はここをゲームの世界だと思っているのだ。
ゲームの世界にのめり込み、現実を忘れ去る事が出来ないくらい、現実に多くの物を残してきた。
切実に帰りたいと思う程度には。
(先を急ぐか。とりあえず天神に一撃を加える。それで様子を見よう。殺せそうに無ければ、逃げてレベル上げでもすればいい。こんなクソゲーだ。意外とラスボスを簡単に殺せたりするかもしれん)
俊夫はコーヒーの代金を支払うと、馬車乗り場へと向かう。
まずはマドリードへ向かうつもりだ。
ホテルの従業員に聞いたところ、第一の目的地はマドリードにあるらしい。
俊夫はこの辛気臭いイベントの街に別れを告げた。
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「お兄さん、良い子居ますよ」
「その店はボッタクリです。当店がおすすめです。さぁどうぞどうぞ」
今、俊夫がいるのはマドリードの歓楽街。
世俗の垢を洗い落とすために、ここへ来た。
天神?
戦いに赴く男にとって、休養は必要なのだ。
俊夫はホテルの部屋に剣だけを置いてきており、ナタはアイテムボックスに仕舞っている。
さすがに武器持ちで歓楽街を歩くような無粋な真似はしない。
この辺りにある店は大きく2つに分けられる。
1つは、店に所属する娼婦の顔を書いた絵を、店の正面に貼っているタイプ。
もう1つは、店の中から窓越しに所属する娼婦が見えるタイプ。
俊夫は後者のタイプの店を中心に、良い店はないか歩き回っている。
絵で指名なんてしたら酷い目にあるだろうという事は、経験則から知っていた。
(あぁ、ロクな女いねぇな。化け物だらけだ。顔に袋でも被せるとかのオプションあるのかな)
やはり、この世界の女の顔は受け付けない。
洋ゲー特有の顔をしているものばかり。
ときおり、おっと思う者もいるが、よく見れば70点くらいのレベルだ。
それでも良いかなと思い始めた時、俊夫はとある店にたどり着く。
(おっ、この店の子可愛い)
平均的にレベルが高い。
難点といえば、ここが魔物娘専用の店ということくらいか。
少し敷居が高い。
人間ではなく、魔物の方が美人が多いというのは、製作者との美的感覚の違いであろうか。
どうせ、普通の女は多く抱いてきて飽きてきていた頃だ。
魔物相手も悪くはない。
(ハーピーも楽しめたしな)
飽きるほどの経験がエロゲーで、現実世界での話ではないのが泣けるところではあった……。
俊夫の近くにいる、40前後に見える男もこの店に入るか悩んでいるようだ。
やはり、普通の店よりは敷居が高いのだろう。
俊夫はその男の横を通り過ぎ、店に入ろうとしたところで男に声をかけられた。
「あのー、すいません。この店に来たことあるんですか?」
「いや初めてですよ。むしろ、この街に来たのが今日初めてです」
「そうなんですか。堂々と入ろうとしてたので、慣れているものかと。申し訳ない」
人にもよるだろうが、大人のお店に入るのには勇気が必要だ。
しかも、それが魔物の娘を取り扱う店ならなおさらだ。
知り合いに見られたりしていないか、どうしても不安になってしまう。
世間体というやつだ。
だが、俊夫にはその恥じらいがない。
堂々と店に入ろうとしていたのだ。
だから、男は俊夫に声をかけてしまった。
こういう店に慣れているのなら、少し話を聞けないかと思って。
俊夫が堂々と入ろうとしたのは、リアルだと思っていても”しょせんはゲームだ”と思っているからだ。
NPCに見られて困ることはない。
むしろ、これからNPCに恥ずかしいところを見て貰いに店に入るくらいだ。
「店に入ってしまえば、こんなものかってなりますよ。店の前でまごまごしてるところを知り合いに見られる方が恥ずかしのでは?」
「それもそうですね。では行きましょう!」
「えっ」
「えっ」
仮にも魔物。
興味があっても、一人で入るのは怖かったのだろう。
流れで俊夫と一緒に入ろうとしていたのだ。
しかし、俊夫はそれでもいいと思った。
『ミラーマン』田中。
二つ名持ちの友人を思い出したのだ。
彼は手鏡で近くの女子の胸元をガン見、太ももをガン見、スカートの中をガン見とエロに貪欲で、女に興味津々だった。
どこでも女子を覗き見るにもかかわらず、コンビニのエロ本も買えないくらいシャイな男だった。
目の前の男は、なんとなく田中の面影がある。
この街に来る前に、友人達の事を思い出していたというのも一役買っていた。
俊夫は親指を立て、クイッと店の入り口を刺す。
「まっ、行きましょうか」
「えぇ、えぇ行きましょう。入りましょう」
男の様子を見る限り、こういった店に慣れていないように見える。
俊夫は”いきなり、この店選ぶとかレベルたけぇなこいつ”と思ってしまった。
「いらっしゃいませぇ~」
店に入ると下半身が蛇の女――ラミア――が俊夫達を出迎えた。
胸と腰に布を巻いた、人間で言えば30前後の艶めかしい女だ。
「ご指名などはありますか~?」
「いや、二人とも初めてだ」
俊夫の言葉を聞き、ラミアが大雑把に説明を始める。
種族ごとの細かい注意事項などもあるが、それは指名時に説明するとのことだった。
「どうせなら一晩楽しみたい。色々な女を交換して楽しみたいんだが、それはいくらでできる?」
「ん~、それでしたら20万エーロで好き放題コースがおすすめです~」
「なら、それで」
「えぇっ」
俊夫の言葉に、男が驚きの声を上げる。
「あなた、凄いですね」
「人間の女じゃないんだ。体の相性が合うかどうかもあるし、いろいろ楽しみたいだろ」
「それもそうですね。……よし、私も好き放題コースを!」
「ありがとうございます~。好き放題コース2名様ご案内~」
男はやってしまったか、と後悔半分、期待半分の表情をしている。
「さすがに部屋まで付いて行ったりしないから、頑張りな」
「中に入っちゃうと本当に外で悩んでいたのが馬鹿らしいですね。ありがとうございました」
そういうと男は蜘蛛の魔物――アラクネ――を選び、部屋へと案内されていった。
「それでは~、お客様もお気に召した娘を選んでください~」
「じゃあ、まずは君に相手をしてもらおうかな」
「あら~、若い娘が一杯いるのに、こんなおばさんを選んじゃうなんて~」
ラミアはカラカラと笑う。
「その分テクニックに期待するさ」
ラミアは他の者に受付を任せると、俊夫と共に部屋へと消えていった。
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翌朝。
「やべぇよ……、やべぇよ……。まさか蛇の尻尾をあんな風に使ってくるなんて……」
「アラクネのあの蜘蛛の体毛のザラザラ感が、ゾクゾクして凄かったですよ」
二人の男が歓楽街から出てきた。
どうやら、昨晩の経験を興奮混じりに話し合っているようだ。
赤の他人でも、興奮を語り合う事ができる相手が欲しかったのだろう。
「サキュバスなんてヤバかった。本当に搾り取られるっていう感覚味わったよ」
「マンティスって知ってます? カマキリの魔物なんですが、事後に食い殺されるんじゃないかという感覚。あれ本当に凄かったですよ」
「アルラウネっていう植物の魔物も凄いぞ。なんか甘い蜜で脳までとろけそうだった」
「ギルタブリルっていうサソリの魔物は最高でした。あの尻尾で刺されそうなのが――」
(こいつ昆虫系ばっかだな……)
虫系は美人であっても避けていた俊夫は、正直なところ軽く引いていた。
やはりゲームだとは思っていても、見た目の人間部分が多めな女ばかりを選んでいたのだ。
しかし、自分では触れたくない女でも、話を聞く分には興味があるし、まだまだ熱く語れる。
下ネタは年齢を問わない共通言語だ。
熱く語り合う二人の姿を、道行く人や開店準備をしている人々が生暖かい目で見送っていた。




