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外道? 悪党? だからなに?  作者: nama
第七章

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 かつて、モスクワがソシアの首都だった時期がある。

 しかし、モスクワに遷都して数代後の皇帝がサンクトペテルブルクに遷都し直した。

 モスクワ付近は安全だったのだが、巨大な魔物の生息地から少しでも離れたかったのだろう。

 それ以来、クレムリン宮殿は別荘兼非常時の予備として維持されている。

 そのクレムリン宮殿が、ガリア軍の本陣として使われていた(・・)


「宮殿もこうなると寂しいものだな……」


 ミハイルが誰に言うでもなく呟いた。

 高価な調度品は持ち出されており、カーペットすら剥ぎ取られた廊下は非常に物悲しい。

 全てガリア軍が来る前に運び出された。

 建物が立派なだけに、何もない廊下のみすぼらしさが際立っている。


「まったくです。初めて宮殿内に入りましたが、無事な時に見てみたかったですね」


 ミハイルの参謀が同意する。

 とはいえ、彼らは観光のためにここにいるわけではない。

 ガリア軍の将軍らしき者達の死体を発見したという報告を受け、確認のために訪れたのだ。


 道中の安全は確認済みだった。

 何しろ、モスクワ各地を確認している部隊から生存者の報告が無い。

 ガリア軍の生き残りを警戒するよりも、氷で滑らないように気を付ける時間の方が長かったくらいだ。


 ミハイルたちは廊下を進む。

 目的地は皇帝の執務室でも、会議室でもない。

 宮殿内の奥まった倉庫だ。

 その理由は容易に推測できる。


 おそらく、窓の無い部屋に集まったのだろう。

 窓を布で塞いでも、極限の寒さを防げはしない。

 少しでも寒さから逃れようと、窓の無い部屋へ移動したはずだ

 そのせいで捜索に少し手間取ってしまった。


「こちらです」


 先導していた兵士が、倉庫の扉を開く。


「むぅ……」


 ミハイルは顔をしかめた。

 倉庫の奥で、火鉢を中心に十人程度が座って輪になっている死体が三グループある。

 皆が体育座りをしている事から、寒さに耐えている内に火が消え、そのまま眠るように死んでいったのだろうと推測できる。

 お互いが寄り添うように死んでいるのが哀れみを誘った。

 ソシア人であれば、凍える事の辛さがよくわかるからだ。


 ミハイルの部下が似顔絵を取り出す。

 ジョゼフから送られた、ガリア軍の主だった将軍の顔が描かれたものだ。

 まずは一番立派な服装をしている者から確認する。


「閣下! シャルルです!」


 すぐ近くにミハイルがいるにも関わらず、大きな声で報告した。

 それだけの興奮だった。

 その言葉を聞き、倉庫の外で待機していた兵士も部屋の中を覗き見る。


「よし! 他の将軍達も調べろ」

「了解!」


 ミハイルはかなりの期待をしていた。

 皇帝のシャルルが居るという事は、他の死体も主だった将軍達のはずだ。

 ガリア軍の上層部が一週間で壊滅。

 しかも、スモレンスクやダウガヴァ川南岸に展開しているガリア軍は、この事を知らない。

 今後の戦闘で大きく優位に立てる。

 その思いは、次々に似顔絵と一致する名前を読み上げられる事によって、確信へと変わっていった。


「しかし、悲しいものだなぁ……」

「何がです?」

「軍人から皇帝になり、オストブルクやポール・ランドを下した男。その最期が戦場で敵兵から逃げるのではなく、寒さから逃げようとして死んでいる事がだ」


 立身出世の夢は誰でも持っている。

 その夢を叶えた男の哀れな最期に、ミハイルは世の中の無情さを噛み締めていた。


「確かに……。ですが、重要書類を焼却しようとしているところはさすがです」


 ミハイルの部下が火鉢の中を軽くかき混ぜながら言った。


「いや、紙を燃やさなきゃならない事態になっただけだろう」


 ミハイルはアゴで棚を見るように部下に示す。

 そこには、倉庫の棚を壊そうとした形跡がある。

 おそらく、寒さで力が入らず、棚を破壊する事ができなかったのだろう。

 だから、すぐに燃え尽きるとわかっていても、命令書などの紙を燃やして暖を取るしかなかった。

 生き残るための手段が、機密情報を守るのに役立ったというだけだ。


「よし、伝令だ。シャルルの死亡を確認したと伝えてこい」


 ミハイルの命令に従い、部下が伝令に走る。

 これは戦争の流れを大きく変える事実だ。

 予備とはいえ、宮殿の中を無作法に走ってしまうほど興奮してしまっていた。



 ----------



 ――シャルル死す。


 その報はモスクワ外で待機しているゾルド達のもとへ、すぐに届けられた。


「そうか、やったな!」


 真っ先にパーヴェルが喜ぶ。

 ソシアに攻め込んで来た憎っくき相手。

 その死亡が確認されて、嬉しくないはずがない。

 もっとも、先に喧嘩を売ったのはパーヴェルなので自業自得なのだが、その事はすっかり忘れてしまっているようだ。


「この後はどうするんだ?」


 ゾルドも嬉しいが、この後の事の方に気を取られていた。

 ガリア軍など、オードブルに過ぎない。

 メインディッシュを前に満足する事はできないのだ。


「兵を一万ほど死体処理のために残し、スモレンスクを奪回します」


 クトゥーゾフがゾルドの質問に答える。


「スモレンスクの防御陣地は西や南から来る敵に備えた物です。ガリア軍も改修しているでしょうが、まだ東や北からの攻撃には万全に備えられていないはずです。それに、三十万の主力部隊が全滅したとは思ってもいないでしょうから、確実に不意を突けます」


 その考えにかなりの自信があるようだ。

 堂々と答えていた。

 クトゥーゾフの返答に、ゲルハルトが地図を指し示しながら、さらに付け加えた。


「スモレンスクを取り返せば、その後は簡単です。ダウガヴァ川南岸には二十万の敵兵がいますが、東西400kmに分散しています。簡単に各個撃破できるでしょう」


 二十万の兵も分散してしまえば、非常に脆い。

 しかも、下手な撤退すれば、ダウガヴァ川を挟んで睨み合っているソシア軍の追撃を受ける。

 撤退しなければ、今モスクワにいるソシア軍主力部隊に側背を攻撃されてしまう。

 どう考えても、ガリア軍とその同盟軍は詰みの状況だった。


 しかも、半数の十万は同盟軍だ。

 同盟軍は、同盟とは名ばかりの属国なので士気も低い。

 この状況を打開できるほど、奮戦するとは思えなかった。


「つまり、もう国境まで押し返せる事は確定と考えて良いのか?」

「はい。よほどのミスをしない限り大丈夫でしょう」


 ここでゲルハルトはゾルドを見てから、パーヴェルに視線を移す。


(あぁ、こいつが勝手な事しないように注意しとけって事か)


 このアイコンタクトはゾルドにも理解できた。

 パーヴェルが勝手な行動をしないように注意するため、ゾルドは友人になって近くにいる。

 調子に乗って前線指揮をすると言い出さないよう、気を付けておかねばならない。

 後は強く当たって、流れに任せるだけでいいところまで来れたのだ。

 絶対に無駄にはしたくない。


「そういえば、シャルルの死体はどうする?」


 ゾルドは戦闘から話を逸らした。

 自分が掃討戦の指揮を取ると言い出す前に、別の話をしてその気を無くさせるためだ。


「兵士と一緒の墓穴でいいだろう。元々、成り上がり者だからな」


 パーヴェルの返答は、あっさりとしたものだった。

 彼にとってシャルルも尊敬に値する人物であったが、フリードとは違い正当な王家の血を引いていない成り上がり者である。

 軍人として評価はするが、人間としては別。

 そう考えられる程度には、物事を割り切れるタイプだったようだ。

 だが、ゾルドは違う事を考えていた。


「いやいや、捨てるなんてもったいない。馬車に柱を立てて晒し首にしようぜ。皇帝の生首を見りゃ、兵士達もビビって逃げ出すだろ」


 戦闘を有利に進めるため、ゾルドなりの意見を言った。

 口先で”モスクワに向かったガリア軍は全滅した”と言ったところで、すぐには信用されない。

 その証拠として、シャルルの首を使おうと言い出したのだ。


 しかし、これにはパーヴェルだけではなく、クトゥーゾフやゲルハルトも露骨に嫌な顔をする。

 クトゥーゾフが”お前が言え”と、ゲルハルトに視線で指示を出す。

 なんと言っても、ゲルハルトはゾルドの部下だ。

 自分の主人に教えるのは部下の役割だと、仕事を押し付けた。

 やむなく、ゲルハルトはゾルドにダメな理由を教える。


「閣下……。それでは、よけいな反発を招くだけです。死体を辱めるような真似はするべきではありません」


 溜息混じりにゲルハルトが言った。

 ゾルドは常識があるようで、時々非常識な事を平気で行おうとする。

”魔神だから仕方ない”とも言えるが、一般的な社会常識まで教えねばならないのは面倒だ。


「……死体を辱めなきゃいいんだな?」

「いえ、そういうわけではなく、死体を利用しようという考え方が……」


 ゲルハルトはこめかみを押さえた。

 ゾルドの思考がまったく理解できないのだ。

 お陰で頭が痛い。


「オストブルク軍とかに死体を送りつけようぜ。シャルルが死んで、軍も壊滅したって知ったら、きっとあいつら寝返るぞ」


 ゾルドは良い事を言ったとニヤケている。


「閣下、どれだけ非常識な事を言っているのかお分かりですか?」


 ゲルハルトの頭痛が酷くなる。

 確かに魔神に人の世の常識を全て理解しろというのは無理なのかもしれない。 

 とはいえ、人の感情について理解し、もう少し配慮する事を覚えて欲しかった。


「いや、意外と悪く無いかもしれん。オストブルクとポール・ランドの軍は合わせて十万ほど。撤退中を追撃するとはいえ、こちらも少なからず被害を受ける。死体を見せるだけで撤退してくれるのなら、それに越した事はないだろう」

「クトゥーゾフ将軍!」


 ゾルドの言う事に賛同を示したクトゥーゾフに、ゲルハルトは抗議の声を上げる。


「ゲルハルト、常識なんて捨ててしまえ。特にお前はゾルド様の部下なのだから、魔神の流儀に従っても良いだろう。ガリア軍に死体を見せるのと、オストブルク軍やポール・ランド軍に死体を見せるのとでは意味合いが違う。この意味はわかるな?」


 クトゥーゾフに諭された事によって、ゲルハルトは渋い表情をする。

 常識人だと思っていた彼に裏切られるとは思いもしなかったからだ。

 しかも、先ほど自分と同じように嫌な顔をしていたのを忘れたかのような態度をしている。

 それはそれで少し腹が立つ。


「ガリア軍に見せれば、皇帝を晒し者にした反感を買う。しかし、オストブルク軍などであれば、これ以上ガリア軍に従う義理が無いと教える事になります」


 オストブルクとポール・ランドは同盟国とは名ばかりの属国扱い。

 直接統治するよりも、王族をそのままにして間接的に統治する事を選んだからだ。

 これはシャルルがソシア攻略を優先したからだった。

 無理に完全占領してしまう事で、国内統治に手間取ることを嫌った。

 世界を支配してしまえば、孤立したオストブルクなどは思いのまま。

 後からでも、好きなように片付ける事ができると思っていたからだ。


 ガリアに逆らうだけの兵力が無かったオストブルクやポール・ランドは、利用されるだけだとわかっていてもソシア出兵に力を貸すしかなかった。

 もし、そのシャルルが死んだとわかれば、ガリア軍に協力する義理などない。

 現地の判断では動けないだろうが、見逃してやれば国元へ帰ってガリアに対する再度の戦争を呼び掛けてくれるはずだ。

 オストブルクとポール・ランドが寝返れば、ガリアへの退路を完全に断たれる事になる。

 侵攻してきたガリア軍は、ソシアで死ぬか降伏するしかなくなるだろう。


「そうだ。寝返らずとも、戦意を削ぐ事はできる。やるだけやってみるのも悪く無い」


 クトゥーゾフはゾルドの意見を推した。

 死体一つで、何万という兵の命を救えるのなら安い物。

 彼は倫理観よりも、自軍の兵士の命を選んだ。


「……なら、死体を遠くまで運ぶのに魔法使いを付ける必要がありますね。腐らないよう、冷凍したまま運ぶ方がいいでしょう」


 今回はゲルハルトが折れた。

 今後を考えると、一兵たりとも無駄にはできないの事実。

 ソシア軍の責任者が、それでいいというのならば否定する必要もない。

 流れに任せる事にした。


「なら、そういう事でよろしく」


 自分で仕事を増やしておいて、他人事のように言うゾルドにイラつきながらも、ゲルハルトはクトゥーゾフ達と打ち合わせを始めた。



 ----------



「おい、ここにも死体がありそうだぞ」


 モスクワで死体の回収をしている兵士が、一つの建物を発見した。

 焼け残った建物の屋根を天幕で覆い、窓を塞いでいる。

 明らかにガリア軍の手が入ったところだ。

 ガチガチに凍り付いた入口の布を取り外し、兵士は建物の中に入る。


「うわぁ……。やっぱり、ここもかよ」


 ローブを着た死体が床に転がっている。

 みんな眠るように死んでいた。


「服装を見ると魔法使いっぽいのに、火を使わなかったんですかね?」

「眠った後で気温が急激に下がって、目が覚める事なく死んだのだろう。まさか、夏に雪が降るなんて思いもしなかったはずだ」


 死体を運び出しながら、兵士達は雑談をする。

 これは作業を指示する隊長も注意しなかった。

 黙々と死体を運び出していると陰鬱な気分になってしまうからだ。

 兵士達の気分転換として、軽い雑談程度なら目こぼしをしていた。


「おい、誰か手伝ってくれ。毛布の塊の中に死体があるんだが、毛布が凍り付いて外せないんだ」

「なんだよ、独り占めして凍死してんのか?」


 数人の兵士が、部屋の隅で毛布に包まった死体を取り出す。

 手の平に怪我をした若い兵士のようだ。

 かなり苦しんだのだろうか。

 他の者達とは違い、苦悶の表情を浮かべている。

 そこへ、彼らの隊長が訪れた。


「いや、独り占めじゃないな。他の者が先に凍死したから、自分は助かろうと毛布を集めたんだろう。一晩程度ならともかく、一週間も吹雪が続いたせいで保たなかったんだろうな」


 死体の様子を見て感じた事を話しだした。


「さっすが、隊長。元捜査官だけありますね」

「そうだろう? さぁ、哀れな若者を運び出してやれ」

「了解。俺は頭の方を持つ」

「じゃあ、俺は足か」


 兵士達が死体を運び出そうと持ち上げた時、ガリア兵の手に握られていたスキットルが抜け落ちる。

 空っぽのスキットルが床に落ちると、カラン、カランという音が部屋に鳴り響いた。

 この場に居た者達は、その音がガリア兵達の魂を天国へ送る葬送の鐘のように感じられた。

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