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外道? 悪党? だからなに?  作者: nama
第七章

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 昼食後も会議は続く。

 ゾルドとパーヴェル、ラインハルトを除いて。


 正直なところ、ゾルドが会議に加わる事に音を上げた。

 最初の大雑把な話の時は加われたが、専門的な話が始まるとまったく理解できなくなってしまった。

 そうなると、見ているだけで苦痛に思える映画を強制的に見せられている気分になる。


 どうしても耐えきれなくなったゾルドは昼食後に――


「上位者のいないところで、忌憚のない意見を言い合うと良い」


 ――と言って逃げだしてしまった。


 これに関しては、ゾルドに求められていた役割である”パーヴェルが勝手な事をしないようにする”を果たしている。

 最低限の事はやっているので、責められはしない。

 そして、これからもう一つ仕事をする予定だ。

 サボるだけではないのが、少しは成長しているところだ。


「ラインハルトがそっちの諜報担当者と反りが合わないようなんだ。別に慣れ合えとまでは言わないが、情報の共有がスムーズに行くようにしておきたい。呼んでくれるか?」


 ラインハルトの集めた情報が役に立つのは、もう少し会議が進んでからだ。

 ゾルドは先に彼の問題を片付ける事にした。


 さすがに今回の戦いの重要性は理解している。

 何よりも、自分が日本に戻るためには天神に勝たなければならない。

 万全の態勢で挑むために、調整役をこなす必要があった。


「かまわないよ。ヨシフ、ベリヤンを呼んで来い」


 パーヴェルがヨシフに命令する。

 書記という役職のは、会議の議事録を作成するものだと思っていたが、皇帝の秘書といった側面もあるようだ。

 その他、事務作業といった雑務も行うので、ゾルドは”何でも屋みたいなもんだな”と感心していた。


 パーヴェルは少し困ったような顔をする。

 そして、ゾルドに言った。


「ベリヤンは優秀だ。しかし、少々個性的で驚くかもしれない」

「能力があっても、性格に難があるというのはよくある事だ。ラインハルトと反りが合わない時点でどんな奴かは想像できている」


 ラインハルトは子供でありながら、非常に落ち着いたところがある。

 情報を扱うので、不用意に感情を見せる事の危険さを知っているからだ。

 その彼が明らかに嫌っている。

 よっぽど嫌な奴なのだろうと、ゾルドは覚悟をしていた。



 ----------



「なんだって! その年でゾルドの正体を見破ったと!?」

「そうなんだよ。俺も驚かされた」

「あれは偶然気付いただけですよ」


 会議に使っているのとは別の部屋で、ゾルド達は雑談しながら待っていた。

 パーヴェルにも、ラインハルトの実力を知ってもらうためだ。

 ラインハルトの実力を知れば、かならず一目置かれる。

 一目置かれれば、軽んじられて不愉快な思いをせずに済むようになる。

 そうなれば、情報の交換が少しでもスムーズに行えるようになるはずだという考えからだった。


「使える奴は年齢に関係なく使う。その方が――」


 ゾルドの言葉の途中でドアがノックされる。


「ベリヤン、ただいま参りました」


 落ち着いた女性の声だ。

 ゾルドは、その声から壮年程度のキャリアウーマンを想像した。


「ようやく来たか。入って良し」


 パーヴェルが入室を許可すると、すぐにドアが開かれた。

 ゾルドの予想通り、ベリヤンは四十前後の女性。

 軍服を着ており、入室と同時に敬礼する。


「ベリヤン、参上しました。ムムム、ラインハルト君もいるんですね。チェキー!」

「チッ」


 ビシッとラインハルトを指差すベリヤンを見て、ゾルドは自然と舌打ちしてしまった。

 いい年したおばさんが痛々しい仕草とセリフを言う。

 そのイラつきは耐えきれないものであった。


 いや、ゾルドだけではない。

 ラインハルトも露骨に顔をしかめ、舌打ちしていた。


「この忌々しきチェキストめ!」


 この時ばかりは、ラインハルトも年相応に感情を隠せなかった。

 吐き捨てるように言葉を投げかける。


(チェキストって……。そんな言葉を作るほど嫌ってるのか)


 Check it + est。


 そんな言葉を言ってしまうほど、ラインハルトも嫌っているのだと思い込んでしまった。

 確かに痛々しいおばさんだ。

 だが、ラインハルトならこの程度は適当に流せると思っていた。

 情報を集める際には嫌な奴と出会う事もある。

 慣れているはずなのに、感情を隠すことなく嫌がっている。


(あっ、そうか。ラインハルトに反応してたから、こいつもショタコンか。マシスンといい、ラインハルトは変な奴に好かれるな)


 ベリヤンはおばさんと言っていい年齢で、決して美人ではない。

 ゾルドの基準でも、この世界の基準でもだ。


 そんな、ただのおばさんに言い寄られて、良い気分にはならない。

 特にエリザベスという、この世界では最上級の女を経験してしまっただけになおさらだ。

 そのようにゾルドは考え、ラインハルトとの仲を改善するのは無理なのではないかと思った。


「魔神ゾルドの前だぞ。性癖は抑えろ」

「はわわ、ごめんなさい。ゾルド様もチェキっちゃいますね」

「いや、いらん」


 慌てて両手で口元を抑える仕草をするベリヤンに、ゾルドの中で殺意すら芽生える。


(年と顔を考えろ)


 ゾルドは、自分の好みではない女に厳しかった。


「パーヴェル。本当にこいつがソシアの諜報を担う責任者なのか?」


 ゾルドは少しきつい声で聞いた。

 いくらなんでも、こいつに大事な仕事を任せるなんて信じられない。

 パーヴェルにも、ゾルドの感情がよくわかった。

 あまりにも酷い人物と出会ったせいで、感情が漏れ出てしまったようだ。

 なので、パーヴェルは慌ててフォローに回る。


「彼女はスパイの取り調べなどを行う組織の長官。そこから、国内の不穏分子を探るためにスパイを操るようになり、諜報と防諜を担うようになった。能力はあるんだ」

「そのお陰で、僕がソシアに送り込んだ者達も多くが殺されました」


 ラインハルトが唇を噛んで悔しがる。

 どうやら、ベリヤンの性格や仕草ではなく、仲間を殺された事が主な原因で嫌っているようだった。

 念のために、ゾルドはラインハルトに耳打ちして確認する。


「……性格がウザイとかが原因じゃないのか?」

「無いとは言いませんが、友達を拷問して殺した相手を好きになれません」

「そうか」


 浮浪児だった仲間を送り込み、ベリヤンに殺されたから恨んでいたようだ。

 彼としても、スパイ行為を行う以上は覚悟をしている。

 とはいえ、やはり拷問されて殺されるというのは受け入れ難い事だった。


「うーん、ラインハルト君の私を見るその冷たい目。チェキです!」


 ゾルドはテーブルの下で拳を握り締める。

 必要な人材だとわかっていなければ”ウザイ”という理由だけで殺していただろう。


「チェキストか……。まったく、なんなんだよ……」


 思わずゾルドは呟いた。

 何を言うにしても、わざわざ”チェキ”という言葉と同時に、指で指し示す姿が鬱陶しい。

 若くて可愛い女の子なら許されそうだが、その辺にいるおばさんがやるのは非常に見苦しい。

 後任がいるのなら、今すぐ死んでくれないかなと思うほどだった。


「そういえば、ゾルドは知らないんだな。チェーカーについて説明するよ」


 パーヴェルがゾルドの呟きを聞き、ベリヤンについて説明を始めた。


 元々はパーヴェルの母であり、先帝であるエカテリーナの時代から始まる。

 エカテリーナは、他国の仲裁や平民の権利拡大、教育拡充などをしていたそうだ。

 それを啓蒙革命と呼び、開明的な君主として振る舞っていた。

 当然、変革を望まない者達は反発したが、それを抑えるために反革命分子を抑える組織を作った。


”反革命取締非常委員会”


 略称、チェーカー。

 そこで働く者はチェキストと呼ばれた。

 ゾルドのいた世界とは政治体制が違うが、似たような組織がこの世界でも設立されていた。


 チェーカーが革命反対派のみを弾圧していたのは初期だけ。

 すぐに外国のスパイ摘発などにも範囲を広げて行った。

 ベリヤンはその組織で頭角を現し、瞬く間にトップに上り詰めた女だった。


(開明的とか言いながら、反対する奴を処分している。その時点で、やっている事がチグハグじゃないのか? こいつの母親は、ただの良い恰好しいだっただけじゃないのか?)


 チェキストが”チェキ、チェキ”言う者のあだ名ではないとわかった。

 だが、その設立の理由にはゾルドでも文句を付けたくなる。

 良い事をしようとしているのに、反対する者は問答無用で処罰する。

 自分を褒め称える相手でなければ認めないというスタンスが、これ以上なくみっともないものに思えた。


 しかも、エカテリーナはガリアで本物の革命が起きた時に、ショックで心臓発作を起こして死んだそうだ。

 自分の行って来た事により、知恵を付けた平民や農奴が革命を起こすかもしれないと思い、恐怖心に体が耐えきれなかったのだろう。

 その辺りも、情けなく思えた。


「ラインハルト。彼女は元々、スパイを摘発する組織の者だ。自分の仕事をやっただけだぞ。思うところがあるのはわかるが抑えてくれ」

「わかっています。これから世界の命運を賭けた戦いに備えないといけなくなるという事も。ですが……」


 理解はできるが、納得できないというところなのだろう。

 その事はゾルドもよく理解していた。

 もしも、ゾルドがラインハルトの立場だったら”ウザイし嫌だ”と断っていたところだ。

 だが、ラインハルトには我慢してもらわなければならない。


「ベリヤンさんと情報の交換に関しては、円滑に行えるように努力はします」


 不本意ながらも渋々、といった様子でラインハルトが折れた。


「ごめんねー。お詫びに私を隅々までチェキっていいよ」


 一体チェキが何なのかわからなくなってしまいそうになる。

 だが、四十過ぎのおばさんが十代の若者に擦り寄っても相手にされるはずもなく、ラインハルトはベリヤンと距離を置く。

 それでも、またベリヤンはラインハルトのすぐ隣にベッタリと座ろうとする。

 露骨に避けられているのに、攻めの姿勢を崩さないのは、なかなかのメンタルの強さだ。

 スパイ狩りをやり続けられるだけの事はあった。


「あー、ベリヤン。ラインハルトが好みなのかもしれんが、嫌がるのに近づき過ぎて困らせるな。まずは仕事が上手くいくようになってから、関係を深めるとか順序を考えろ」


(なんで俺がこんなアホ相手に仲裁役やってんだろ……)


「チェキー!」


 ベリヤンはピースサインをして良い返事をするが、ラインハルトから離れないようとしない。

 その姿を見て、ゾルドはどっと疲れを感じた。


「……パーヴェル、お前も大変だろう。夜の予定が空いている時はあるか? 一度ゆっくり飲もう」


 ゾルドも成長している。

 いきなり”今晩飲もう”と言わず、相手の立場を考えてちゃんと予定を聞いていた。


「そうだな。友達になったんだし、そういうのも良いな。確か来週の夜は空いていたような気がする。はっきりとした日時はまた後で教えよう」


 パーヴェルは嬉しそうだ。

 ようやくできた対等な友達。

 そのゾルドと飲む機会ができたのだ。

 色々と話ができそうだと思って喜んでいた。


(作戦は軍人連中に任せればいいし、食料の備蓄とかはビスマルクに任せればいい。俺はパーヴェルのお守り役をするだけでいいから、まだ楽だな)


 大規模な作戦になれば、関連する人間も多くなる。

 その調整作業は、ソシアの者達が中心でやるとしても大変な作業量となるはずだ。

 実務的な作業を行なわなくても済む分、ゾルドは気楽な立場だった。

 それに、ベリヤンのような個性が強すぎる者の相手も人任せにしておけばいい。


 本来なら指導者として、もっと動かなければならないところだが、ゾルドには仕事を任せられる仲間がいる。

 しかし、ゾルドは自分が動くよりも仲間に任せた方が良い結果になるだろうとわかっていた。


 ――動かない事が人の役に立つ。


 能が無い者なりに、自分のできる事をしっかりと理解していた。 

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