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翌日、ゾルド達は宮殿の中でも、密談のできる奥まった場所。
皇帝が私的な客を呼び、内密の話が出来る部屋に招かれていた。
さすがに、他国から来た公式の使者を招くような会議室を使わないだけの分別はあったようだ。
「ようこそ、おいでくださいました」
ソシア側の出席者の中から、取り立てて目立つところのない、ごく普通の男がゾルドに話しかける。
年齢は二十代半ばといったところ。
服装で皇帝パーヴェルだと気付いたが、仕立ての良い服を着ていなければゾルドはパーヴェルだと気付かなかっただろう。
それだけ、皇帝としてのオーラが無かった。
そんなパーヴェルに、ゾルドは苛立ちを覚える。
(まだメイドとかもいるのに、皇帝自ら握手を求めに来るんじゃねぇよ。このボケ!)
どうやら、この場を選んだのは別の者だったのだろう。
ゾルドが魔神だと気付かれぬようにしているのに、軽率な行動を取るパーヴェルの評価は下がる一方だ。
「まさか皇帝陛下御自ら出迎えていただけるとは光栄の至りに存じます。アダムス・ヒルター、ただいま参上仕りました」
ゾルドはパーヴェルの手を取らず、跪いて首を垂れる。
そして、名前を名乗る事で、今のゾルドがどういう立場で訪れたのかをわからせた。
その姿を見て、パーヴェルは己のミスに気付いた。
「う、うむ。ご苦労であった。……重要な話があるので、お前達は下がって良いぞ」
パーヴェルは慌ててメイド達を下がらせる。
今のところ、魔神と手を組むという事は上層部だけが知っている。
宮廷内の広報課ともいえるメイドに、今はまだ知られるわけにはいかないのだ。
ゾルドはメイド達が出ていくのを確認し、アダムス・ヒルターとしての変装を解く。
そして、パーヴェルに右手を差し出した。
「俺が魔神ゾルドだ。よろしくな」
ニッと笑顔を浮かべると、パーヴェルも笑顔を浮かべてゾルドの手を握る。
「ソシア皇帝パーヴェルです。ゾルド様とお会いできて嬉しく思います。……先ほどは軽率な行動を取ってしまい申し訳ありませんでした」
パーヴェルは申し訳なさそうな顔をして謝った。
少なくとも、ミスはするが反省もできる人物のようだ。
それを次回に活かせるかは別問題ではあったが、今は良しとする。
「構わないさ。俺もよく失敗するから気にするな。ところで、手紙と直接話すのとでは話し方が違うんだな」
中二病患者特有の回りくどい話し方をして来ない。
その理由は知っていたが、ゾルドはあえて聞いてみた。
パーヴェルは渋い顔をして答えた。
「ビスマルクに私の話し方は”わかりにくい”と言われまして。あちらの方がよろしいのでしたら、使わせて頂きますがどうされますか?」
パーヴェルはゾルドを上目遣いで見る。
本人は使いたいのだろうが、ゾルドはお断りだ。
パーヴェルがこう言ってくるのは想定の範囲内だったので、あらかじめ練習しておいた言い訳を使う事にする。
「確かに手紙のような言葉も悪くないのかもしれん」
「でしょう!」
そう言って、ビスマルクに勝ち誇ったような表情を向ける。
”ゾルド様の許可は取った”と言わんばかりに。
「けど、俺は今の方が好きだな。重要な話をする時はわかりやすい方が良い」
「そうですか……」
今度はこの世の終わりを迎えるかのような表情をして、視線を床に向けて落ち込む。
それを見て”どれだけ中二会話したかったんだよ”と、ゾルドを呆れさせる。
当然、この後にフォローをするので、そんな事はおくびにも出さない。
「それにさ、回りくどい話し方だと相手に伝わりにくいだろ」
ゾルドはパーヴェルの両肩に手を乗せる。
そして、真剣な面持ちと感情の籠った声で語り始める。
「パーヴェル、俺の味方になってくれてありがとう。例えそれが魔族と協力する事で魔物被害を抑えようだとか、天神の行動に疑問を持ったからという理由でも良い。どんな理由であれ、味方になろうと思ってくれた事は嬉しい。本当にありがとう」
回りくどい事は言わず、ゾルドはストレートに感謝を述べた。
これには、パーヴェルも肩を震わせて感動している。
もちろん、ゾルドも自分に接点を持とうとした本当の理由をビスマルクから聞いて知っている。
”プローインのフリードリヒ二世のように、魔神と手を組んで暴れ回りたい”という幼稚なものだった。
だがここで”立派な理由で味方になろうとした”という事にする事により、パーヴェルの自尊心を守った。
ビスマルクから聞いた話では、本人もわかっているにも関わらず”幼稚な考えだな”と真っ向から言われると癇癪を起こすらしい。
面倒でも上手く手綱を握っていかなければならない。
「私はそんな立派な人間ではありませんよ。頼りないと陰口を言われているのも知っています」
パーヴェルは否定するが、どこか嬉しそうだ。
深読みし過ぎて勘違いしているとわかっていても、人に評価されるのは嬉しいらしい。
”パーヴェルはある意味ゾルドに似ている”というのが、ビスマルク達が出した答えだ。
――本人にやる気があっても、能力が足りずに空回りしてしまう。
――何かをしようとするが、目的のためにどういう手段を取れば良いのかがわからない。
――立場にふさわしい威厳が無い。
ただし、まったく同じというわけではなかった。
パーヴェルは女にだらしなくない。
むしろ皇妃を愛し続ける事のできる男であった。
今回はホテルで待っているレジーナが”まぁ、とても素敵な人ね”と、ゾルドにチクリと嫌味を言うくらいには大きな違いだ。
そして、似たようなところがあるとしても、ゾルドとパーヴェルとでは大きな違いがある。
ゾルドはプライドよりも実利を選び、自分に足りない部分を周囲の者で補う事ができる。
対してパーヴェルは、人に尋ねるという事がなかなかできなかった。
”皇帝という地位に居る以上、情けないところは見せられない”と自分で物事を解決しようとしてしまう。
能力があれば良いのだが、残念ながら結果は空回りばかり。
オストブルクの参戦要請に乗ったのも間違いだった。
二人の違いは、生まれ育った環境の違いとも言える。
ゾルドも人並みにプライドを持っているが、基本的に実利を求める。
だが、帝室に生まれたパーヴェルは違う。
貴族達の手前、強く、気高く振る舞わねばならない。
必要に応じてプライドを捨てられるかどうかの違いが、二人を取り巻く状況の違いとなっていた。
「そうなのか? なら俺と一緒だな。俺も魔神としての重みが無いとか色々言われるんだよ」
「本当ですか!」
この話にパーヴェルが食いついた。
まさか、魔神相手にそんな事を言う者がいるとは思いもしなかったのだ。
彼だってゾルドの事を”軽薄そうな人だな”と思っていたが、口に出したりはしなかった。
「本当だって。……なんかさ、人の上に立つのも大変だよな。責任が重い割りにリターンが少ないし」
「わかります。しかも、自分に向いていなくて、誰かにやらせた方が良いのではと思う事もあるくらいで……」
パーヴェルが言った事に、ゾルドは食いついた。
「だよなー。それ、よくわかるよ。俺なんて近くにビスマルクがいるから、もうあいつが魔神で良いんじゃないかなって思う時もあるくらいだ」
「それは……。わからなくもありません」
二人はビスマルクを見る。
威風堂々とした容姿をしており、頭脳明晰。
ソシア側の出席者を含めて、この場に居る者の中でもっとも威厳がある。
しかも、人間でありながら、ニーズヘッグと語り合う事ができる胆力も持っている。
もし、ゾルドが魔神でなければ、トップの座を譲り渡して自分は部下に甘んじていたであろう。
それだけの大物感を醸し出していた。
それに対し、魔神であるはずのゾルドは、見た目は二十歳前後の普通の若者。
しかも、農作業で日焼けしているわけでもなく、職人の修行で手が荒れているわけでもない。
この世界基準でいえば、裕福な商家や貴族の家庭に生まれ、苦労を知らずに育って来たお坊ちゃんに見える。
お世辞にも、頼り甲斐がある容姿とは言えなかった。
「だよなー。なんだ、お前って結構話せる奴じゃないか。これからは友達としてよろしくな!」
ゾルドは馴れ馴れしくパーヴェルの肩を抱く。
「そんな、ゾルド様と友達だなんて恐れ多い……」
だが、パーヴェルは断った。
当然だ。
普通の人間ならば、神というのは雲の上の存在。
しかも、魔神となれば”何、気安く話しかけてるんだよ”と、いきなり言われそうなイメージがある。
ソシアを見放されてしまったら、ガリアに負ける事は確実だ。
しかし、ゾルドはそんなパーヴェルの考えを無視して話を進める。
「俺だって愚痴を言い合える対等な相手が欲しいんだ。タメ口でゾルドって呼んでくれよ」
含むところの無さそうなゾルドの言葉に、パーヴェルも勇気を出した。
「わかったよ、ゾルド」
その言葉を聞き、ゾルドは笑顔になる。
「よろしくな、パーヴェル」
二人はもう一度握手をする。
今度は両手での握手だった。
ゾルドがパーヴェルに、こんな態度を取ったのには訳がある。
”魔神に良い所を見せようとして、ガリアに天誅を下す”
その意気込みは良かったが、勝手に行動しただけではなく、大敗北までしてしまった。
ゾルド達からすれば、勘定に入れていた戦力が大幅に目減りさせられたのだ。
また勝手な行動をしないように、ゾルドが友人として近くで監視するのが目的だった。
国家戦略を語れるほどの知識も経験もゾルドにはない。
ゾルドを遊ばせておくよりは、少しでも役に立ってもらおうとゲルハルト達が話し合って決めた事だ。
不本意ではあったが、これ以上戦力が減るのは自分も困るので、ゾルドは渋々引き受けた。
ビスマルクがソシアの重臣から集めたパーヴェルの情報の中には”孤独を感じている”という内容があった。
友達は全て重臣の子供。
若い頃から”皇太子と家臣”という関係を気にしてしまい、皆が本当の友達ではないと思っていたらしい。
中二病にハマったのも、孤独を紛らわせるためだったそうだ。
その点、ゾルドは友達役として最適だった。
パーヴェルにとって、魔神は格上の存在。
皇帝の地位に気を使っていると思わなくてもいい。
演技とはいえ、対等の友達ができるのならば、パーヴェルのためになる。
そして何よりも、ゾルドの威厳の無さ故にパーヴェルが委縮する事もない。
人としての重みが無いという特徴が、意外なところで役に立った。
この友達ゴッコはしばらく続けられる予定だ。
少なくとも、ガリアを追い返し、ソシアが魔神陣営としてドップリ首まで泥沼に浸かるまでは。
「お二方とも最初の対面で仲良くなられたのは結構な事だと思います。ですが、せっかくソシアの重鎮も揃っている事ですし、会談を済ませませんか? 先に済ませておいた方が、予定を気にせず親睦を深められますよ」
頃合い良しと見たゲルハルトが、話を進めようと切り出した。
ゾルドによる”パーヴェルの友達作戦”は、とりあえず成功した。
これ以上仲良くなる必要は今のところ無い。
「確かにそうだな。パーヴェル、俺達の話は後にしよう。こっちは無職揃いだが、そっちはソシアの重臣という役職持ちだ。時間を使わせるわけにも行かないだろう」
「わかったよ、ゾルド。先に会談を済ませよう」
まだ恐る恐るという感じだったが、パーヴェルはゾルドにタメ口で話す。
ゾルドはタメ口を使われる事を不快に思うどころか”皇帝相手にタメ口をきく良い経験だ。俺の世界じゃ、絶対無理だしな”といった程度にしか思っていなかった。
別にイラつきも、何も感じなかった。
むしろ、無職扱いされたゲルハルト達の方がイラついているくらいだ。
魔神の参謀という立派な肩書があるのに、国に属していないだけで無職扱いは酷過ぎる。
”もう少し、自分達の体面を考えてくれてもいいのではないか?”と不満を覚えていた。
これには、それなりの忠誠心が芽生え始めて来た彼らでも――
(浮気を見つけたら、黙っておかないで即座に奥様へ知らせてやる)
――と思わせてしまう程度には失言だった。
パーヴェルの事に気を取られ過ぎて、ゾルドはその事に気付いていなかった。




