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翌日、ゾルド達は飛竜を使い、ソシアへ向かっていた。
産後すぐに移動する事は心配だったが、レジーナ自身も回復魔法を使えるので大丈夫だろうという考えで移動を決定した。
それに、多くの同行者が増えているので、多少の事なら対応もできそうだ。
「そうは言ってもなぁ、お前ら少しは離れろ」
ゾルドが新しく増えた同行者に対し小声で抗議する。
「いいじゃない。レスも喜んでるよー」
「レスが喜んで、僕達も嬉しい。Win-Winな関係って奴だよ」
同行者――精霊達――がゾルドに反論する。
数にして数百。
そこそこの広さがあるコンテナの中が、狭苦しく感じるほどの量だった。
「俺が鬱陶しいんだよ」
ゾルドは”精霊を味方にしたいから、言葉に気を付ける”という対応をする事をやめた。
息子のレスが、これだけ精霊に好かれているのだ。
ならば、無駄にご機嫌取りをする必要はない。
それに、精霊の方もゾルドに遠慮が無いので、ゾルドも遠慮する必要が無いと判断したからだった。
「その姿じゃ、説得力ないよ」
「ないよー」
今、ゾルドとは水の精霊が作ったウォーターベッドの上に座っている。
コンテナの中にあったクッションでは物足りなかったからだ。
他にも、光の精霊がコンテナ内を照らし、地の精霊が子守唄を歌う。
火の精霊がコンテナ内を快適な温度に温め、風の精霊が空気の循環を行っていた。
全て、レスが快適に過ごせるようにするためだ。
その恩恵をゾルドも受けていた。
「どうせ、レスのついでだろ? 親の俺達も寛いでいる方が、きっとこいつも喜ぶさ。ていうか、俺の言う事も少しは聞けよ」
精霊達はゾルドの言う事は聞かないが、ダークエルフのレジーナの言う事なら聞く。
だが、肝心のレジーナは眠っている。
レスの世話で、昨夜はあまり眠れなかったせいだ。
回復魔法で体力が回復しているはずだったが、出産の気疲れも合わさり、眠気に耐えきれなかったようだ。
明かりで目を覚まさないように、闇の精霊がレジーナの目元を覆ってアイマスク代わりになっている。
そんなわけで、今はゾルドがレスを抱いて適当にあやしていた。
レスが眠ってくれていればいいのだが、残念ながら起きている。
レスと遊ぼうと、精霊が群がって来ている。
それがゾルドにはこの上なく鬱陶しかった。
「だって、レスと遊びたいよ」
ゾルドの言う事を聞く気は無いようだ。
好かれているのは良い事だが、好かれ過ぎているのは問題だ。
「お前ら、こいつが昨日生まれたばっかりだって事忘れてねぇか? 今はまだ飯食って、クソして、寝る。それだけで精一杯だ。遊びたいならもっと体力に余裕ができてからにしろ。力尽きて、死んじまったらどうする?」
良くも悪くも精霊は純真。
レスと遊びたいという自分の欲望を追求する。
ゾルドは精霊達を抑えるため”死ぬ”という事を伝えて、少し驚かす事にした。
しかし、それは精霊達には効果が無かったようだ。
「大丈夫だよー。だって、もうゾルドくらい強いはずだよー」
「はぁっ!?」
逆に驚かされたのはゾルドの方だ。
産まれたばかりで、すでにゾルド並みの力を持っているはずがない。
現にゾルドの指を掴むレスの力は、非常にか弱いものだ。
さすがにゾルドも、こんな赤子に負けるつもりはない。
(いや、待てよ。こいつも俺みたいに戦闘モードみたいに切り替えるタイプだったら……)
ゾルドは一つの可能性に気付いた。
魔神の体は日常生活に支障をきたさないよう、普段は人並みの力しか出せないようになっている。
レスがダークエルフの特性を最大限に引き出しているだけではなく、魔神としての血を色濃く受け継いでいるのかもしれない。
その場合、ゾルドと同じように意識する事によって身体能力を高めたりする可能性だ。
(だったら、最悪じゃねぇか)
”子供が優秀だ”と素直に喜べるのは、もっと大きくなってからだ。
こんな小さい時に、ゾルド並みに強い力を持っているのは危険過ぎる。
子供は感情の起伏が激しい。
何か気に入らない事があって、レジーナを全力で殴ったりでもすれば大変な事になる。
下手をすれば、レジーナが死ぬかもしれない。
そう思うと、手元にいる赤子がおぞましい物にすら見えて来る。
(こいつらが居なけりゃな)
さすがに首を折って殺そうにも、これだけ目撃者が多くてはレジーナに知られる。
”長距離の移動に子供が耐えられなかった”と言っても、すぐにバレてしまう。
レスは少し耳が長くて肌が浅黒いだけで、見た目は人間の子供と大差ない。
他の魔族との子供なら、強く産まれていても見た目で納得できる。
人間と変わらぬ姿をしているからこそ、より恐ろしく感じるのだ。
そんなゾルドの恐怖を感じ取ったのか、レスは泣き声を上げる。
レスの泣き声で、ゾルドは我に返った。
(いやいや。いくらなんでも、危険な兆候を見せる前から殺す事を考えるのはダメだよな。上手く利用する方法を考えないと)
「んー、どうした? 腹減ったか?」
ゾルドはレスに声を掛ける。
赤子に話しかけても無駄だとわかっているが、つい聞いてしまう。
「これはウンチだね」
「ウンチだ」
「漏らしたね」
精霊達の方がレスの事をわかっているようだ。
「ウンチか。【クリーン】」
ゾルドは洗浄の魔法でレスの体を綺麗にする。
こういう時、魔法で解決できるのは非常に便利だった。
おむつ交換なんて、想像するだけでも嫌だ。
やりたくない。
こればっかりは科学文明ではなく、魔法文明だった事に感謝した。
だが、汚物が無くなったのにレスが泣き止まない。
「おい、綺麗にしたのに泣き止まないぞ。違うんじゃないのか?」
ゾルドが精霊に文句を言う。
「今度はお腹が空いたみたいだよ」
「出す物出したからね」
「……まったく、せわしないな」
レスは満腹になったと思ったら排泄し、排泄したと思ったら空腹になる。
同じように、起きていると思ったら眠り、眠っていると思ったら起きていた。
レスとの生活リズムの違いに、ゾルドはうんざりしていた。
(子守りを雇おう。いや、絶対に雇う)
テレサに手伝わせても良いが、それだけでは手が足りなくなるだろう。
自分が子守りをしたくないので、多少金を使おうが人を雇う事を決意する。
(レジーナは……、寝たままか)
よほど疲れていたのだろう。
ゾルドだけではなく、精霊達もいるのでレスを任せて安心しきって深い眠りについている。
レスの泣き声でも目を覚まさないくらいだ。
(おっぱいで良いのかな?)
初産では最初は母乳が出にくいと、年配の女エルフが言っていた。
ゾルドもレジーナの胸を吸ってみたが、確かに量が少ない気がした。
母乳を出しやすくするために子供に吸わせた方が良いらしい。
念のためにヤギのミルクも貰って来たが、まずはレジーナのおっぱいを吸わせる方が良いだろうとゾルドは考えた。
「レジーナ、脱がすぞ」
本人は寝ているが、一応断りを入れてから脱がせ始める。
”これはレスのためだ”と思いつつも、久々にレジーナを脱がせる事にゾルドは興奮を覚えていた。
そして、ブラウスに手を掛けたところでレジーナが目覚める。
「えっ、なに。なに!?」
目が覚めたら、誰かに体をまさぐられている。
しかも、目の前が真っ暗だ。
よくわからない事態に、レジーナは取り乱していた。
「起こしたか。おい、レジーナの目から移動してやれ」
ゾルドはレジーナの目の周りを覆っている闇の精霊に声を掛ける。
起きてしまった以上、アイマスクの必要はなくなったからだ。
目の前を覆っていた精霊が居なくなり、視界が戻ったレジーナだったが、それでもやはり状況が飲み込めなかった。
「これはどういう事? 精霊の前なのに我慢できなくなったの?」
自分の胸元を見て、レジーナはゾルドが自分の体を求めたのだと判断した。
精霊と共にいられるのは、エルフ種として嬉しい事だ。
だが、性的な行為を目の前でやろうとするのは別。
嬉しいよりも、恥ずかしいという気持ちが先に立つ。
「そうじゃない。レスが腹減ったらしいから、母乳を飲ませようとしたんだ」
「嘘ね。昨日生まれたばかりの子が喋れるわけないじゃない」
レジーナはゾルドの言う事を信じなかった。
日頃の行いが悪いせいで、その言葉に信憑性が無いせいだ。
「ホントだよー。レスがお腹空いたって泣いてるよ」
「えっ、本当なの?」
レジーナは精霊の言葉は信じた。
基本的に精霊は嘘を言わない。
ゾルドとは信用度が段違いだ。
「ねぇ、聞いた? この子ったら、生まれたばかりなのに精霊と意思疎通できるみたい! 生まれつきの天才なのね! これからどう育てていこうかしら。魔法使いは当然として、学者なんかもいいわね」
寝起きなのに、レジーナのテンションは高い。
ゾルドは子供の異常性を危惧するが、この世界の住人であるレジーナはレスの才能を受け入れて素直に喜んだ。
この辺りの考え方の違いで、また一つ常識の違いが浮き彫りになった。
「親馬鹿なのも悪くないが、ハリキリ過ぎるなよ。すぐバテるぞ」
「大丈夫よ。心配してくれるのは嬉しいけれど、こういう時は普通に起こして。寝てる時に脱がされる方が、ビックリして心臓に悪いわ」
レジーナは着崩れを直しながら言った。
いくらレスに母乳をやるためでも、ゾルドに服を脱がされるのは恥ずかしかったようだ。
二人の関係を考えれば今更な事だが、それでもレジーナは恥じらいを忘れなかった。
「わかった。これからは普通に起こすよ」
ゾルドはレスを渡しながら言った。
自分の胸元にいると大きな声で泣き叫ぶのに、レジーナの胸元だと少し声が小さくなる。
やはり、母親に抱かれると落ち着くのだろう。
レジーナはゾルドに背を向けて、胸をさらけ出す。
それから、レスに乳首を吸わせ始めた。
「レジーナのそれは俺のだからな。今は貸してやってるだけだって、忘れるなよ」
ゾルドはしっかりと所有権を主張する。
子供相手とは言え、こういうところはちゃんとしておかなければならない。
レジーナはゾルドの物なのだから。
「もうっ。子供相手に何言ってるのよ。レスはパパの事なんて気にしないでいいのよ」
そんなゾルドの思いを、レジーナは冷たくあしらう。
妊娠前なら”ゾルドが自分の事を占有しようとしている”と喜んでいただろう。
だが、今ではレスも同レベルで大切な存在となっている。
レジーナも妊娠中は不安であったが、出産した事により母として自覚が芽生えていた。
それが普通の親。
ゾルドのように”レジーナが一番、子供は二番以降”と優先順位を付けられる方が珍しいのだ。
しかし、レジーナにレスを思う気持ちがあっても、体が付いて行ってくれない。
まだ母乳の量が出ないのか、レスは不満そうに泣き声を上げたままだった。
「もうしばらくしたら、ヤギのミルクを飲ませよう。……なんだったら、母乳が出やすいように俺が吸ってやってもいいぞ」
「それ、あなたが吸いたいだけよね? ダメよ。一ヵ月くらいは夫婦生活を我慢するようにって言われてるじゃない。もう少し我慢してよね」
出産は妊婦の体に大きな負担がかかる。
回復魔法を使っても、その全てが完全に治るというわけではない。
新しい命を産むという行為は、それだけ母体に対する影響が大きかった。
なので、老婆エルフ達からは一ヵ月くらいは静養しておくようにと念押しされていた。
「まったく。お前もダメ、浮気もダメ。どうしろっていうんだ」
「少しくらいは我慢してよ。あなたもパパになったんだから」
「そういえば、俺も大分前から子持ちの親父なんだよなぁ……」
「だったら、なおさら落ち着きを持ってよ」
レジーナの言う事は正論だという事はゾルドにもわかっている。
だが、若く健康的な体が”納得できない”と理解する事を拒んでしまう。
無尽蔵のスタミナがあるだけに、なおさらだ。
(ヤベェな。レジーナを日本に連れて帰ったら、お袋と組んでいろいろと言われそうだ……)
ゾルドの父は愛妻家だった。
そして、母も夫一筋だ。
異性関係でだらしないゾルドは、佐藤家において異端とも言える。
(嫁姑問題が起きないのは良い事だ。けど、タッグを組んで俺を責めて来るのは勘弁してくれよ)
”いっそのこと、一度日本に戻ったら、この世界に永住するか”
そんな事すら考えてしまう。
魔神になろうが、親は親。
しかも、ゾルドには優しい親だったので、なかなか逆らい辛い。
(さっさとソシアに着いてくれ)
未来を考える事が辛くなったゾルドは、戦いに身を投じる事で気を紛らわせようとしていた。
レビューを書いて下さってありがとうございました。
投稿当初は感想やレビューをここまで貰えるとは思っていませんでしたので、非常に嬉しく思っております。
終わりまでもう少しですので、読んでくださっている皆様には最後までお付き合いくだされば幸いです。




