シューガ 後編
大理石で作られ、魔力灯で照らされた廊下をしばらく歩く。
ときおり、廊下の掃除をしていた修道女達と遭遇する。
彼女たちは一様に同じ反応をしていた。
――それは驚き。
見慣れぬ者を連れ、教会上層部が勢揃いで歩いているところに出くわしたのだ。
非常に珍しい事態に、呆けた顔をして一行を凝視していた。
俊夫も、こちらを見て来る彼女達を見て採点していた。
(0点、5点、3点。うーん……、12点。あり得ねぇほどのブスばっかり揃えてやがんな)
可愛い女の子の一人や二人がいるかと思えば、顔の3DモデリングをAI任せのランダム生成でもしたかのようなブスばかり。
首からしたはエロイ体型をしている女もいるので、俊夫は”顔に袋でも被せればヤレそうだ”と失礼な事を考えていた。
「こちらです」
案内された場所は、5メートルほどの高さと幅がある黒檀の扉の前だった。
(仏壇かよ! 俺は神様であって、仏様じゃねぇんだぞ!)
その扉は、祖父母の家で見かけた仏壇の扉のような質感と色合いをしていた。
まるで嫌がらせのような扱いに、俊夫は不満を持った。
だが、いつまでも不満に思って動きを止めているわけにはいかない。
俊夫は緊張しながら、ドアのノブに手をかける。
ドアの大きさの割りに、普通のドアくらいの位置にあった。
ノブを回すとギィ……、と軋む音を響かせながらドアが開いていく。
「さらに扉が?」
そう口にしたのは、ヨハネスだった。
ドアを開くと、小さなドアが出て来たのだ。
それも、人間サイズのドアが。
「へぇー」
俊夫は感嘆の声を漏らす。
それは見慣れたドアだった。
そのドアも開き、中を見る。
(やっぱり俺の部屋だな)
ドアを開いた先には、予想通り自分の部屋があった。
左手側の手前から本棚、テレビ、PCデスク。
右手側にはベッドがあった。
正面の窓からは、見慣れた景色が広がっていた。
「これが神の部屋……。なかなか興味深いですね」
ヨハネスは興味深そうに俊夫の背後から部屋の中を覗き見た。
部屋は狭いが、不思議な道具や書物が見える。
神の持ち物を拝謁する機会を得て、彼は興奮していた。
「おいおい、人の部屋を覗いてんじゃねぇよ」
俊夫はドアをすぐに閉めた。
ゲームのAI相手とはいえ、プライベートな空間を覗かれたくない。
(スゲェな、このゲーム。プレイヤーの脳内から自分の部屋を再現とかしてんのか?)
まるで本物の人間が目の前にいるような感覚を覚えてしまうリアルさ。
視覚、聴覚、触覚しかない一般的なゲームとは違い、嗅覚まである。
ひょっとすると、味覚を含む五感があるのかもしれない。
ゲームの開始地点は最悪だったが、ゲームエンジン自体は非常に高性能なのではないかと思っていた。
ゾルドとは違い、異世界転移後すぐに自分の部屋を見たために、ここが異世界だなどとは疑わなかった。
深く考えずに、こういう物だとあっさり受け止めてしまった。
「も、申し訳ございません」
ヨハネスだけではない。
部屋の中を覗こうとしていた他の者も跪き、首を垂れる。
その中で目立ったのはギレットだ。
彼は五体投地をしていた。
俊夫が本物の天神だと判明した今、彼の言葉は不敬極まりない物となったからだ。
「俺が天神だとわかってもらえて良かったんだが……。この後どうすりゃいいんだ?」
チュートリアルも何も無い状態だ。
”武器を買え→魔物を倒せ”などという基本的な流れすら、どこでどうやればいいのかわからない。
とりあえず、目の前のNPCから次のイベントのヒントを聞き出そうとした。
「シューガ様がご降臨なされたという事は天魔戦争が始まるのではありませんか? 魔神も降臨しているかもしれません」
(天魔戦争……。あぁ、天神と魔神の戦争って事か。なんだよ、RPGかと思ってたのに、天神を選んだらSLGになるのかよ。面倒臭ぇな)
ヨハネスの言葉を聞き、俊夫はこのゲームが選んだ立場によって内容が変わるゲームだと思い込んでしまった。
陣営のトップともなれば、戦争指導をする事になるだろう。
もっと気楽に”神様! 神様!”と崇められるプレイができると思っていたのに、面倒な事になりそうだと後悔する。
俊夫は早めのログアウトも視野に入れ始めた。
「魔神か……。そういえば、ポルトの東の森に魔神がいるらしいな」
ディスプレイに表示された情報。
俊夫はそれを、どうでもいいかのように呟いた。
だが、他の者は――特に教会関係者なので――重く受け止めた。
「それは大変ではありませんか! すぐに騎士を送らないと!」
「シューガ様だけが降臨なされれば良かったのに……」
「世界中に知らせないと」
皆が騒ぎ出す。
戦争に負ければ、今の天神側陣営が魔神側陣営のように、狭い地域でのみ生きる事を許されるというみじめな暮らしを強いられる事になる。
種族の存亡を賭けた戦いの始まりを、突然告げられてしまった。
その事に冷静でいられる者はいなかった。
「それじゃあ、お前が行って来いよ」
俊夫はギレットに命じる。
「私でよろしいのですか?」
「あぁ、失点を取り返したいだろ?」
「ありがとうございます! この身命に賭けましても、かならずや見つけて参ります!」
ギレットはまた五体投地をして、俊夫に感謝の気持ちを伝える。
その姿を、俊夫は冷たい視線で見ていた。
(最初に接触する奴は大抵イベント戦闘で死ぬからな。なんかゴチャゴチャうるさい奴だったし、死んで居なくなっても良いだろ)
俊夫はギレットがどんな気持ちで、あのような言動をしていたのかを理解できていなかった。
元々初対面という事もあるが”たかがNPC”という思いが、相手の言動の意図を理解しようとすらさせなかった。
「そういえば……、ヨハンだっけ?」
俊夫はヨハネスに話しかける。
聞いておきたい事があったからだ。
「ヨハネスでございます。ですが、ヨハンでもなんでも呼びやすい名前をお使いください」
ヨハネスは俊夫に、間違った名前を呼ばせ続けるという事はできずにまずは訂正した。
だが、ヨハンという名前に改名してもいいと本気で思っていた。
神に名付けられるのは非常に名誉な事だからだ。
「悪い悪い、ヨハネスだったか。セーブはどこですればいいんだ?」
ヨハネスは俊夫の言葉に顔を青ざめる。
「シューガ様もセーブをお望みですか?」
「もちろんだ」
(なんでこいつ震えてんの?)
たかがセーブポイントを教えるだけなのに、様子がおかしくなったヨハネスを訝しげに見つめる。
「セーブは魔神を倒すまでできません」
「ハァ!? お前、ふざけんなよ! じゃあ、どうしろってんだ!」
俊夫はヨハネスの胸倉を掴み、顔を近づける。
――神の怒りに触れてしまった。
その事にヨハネスは恐れおののいたが、神の敬虔な僕として偽りを伝える事はできない。
包み隠さず、全てを正直に話す事にした。
「千年前の天神キッカス様も、降臨当初はセーブというものを望まれたそうです。ですが、セーブという事ができたのは魔神を倒した後。しかも、その後お姿を消したと、教皇になった者にだけの口伝で残っております」
「マジかよ……」
ヨハネスを掴んでいた手を放す。
俊夫はキッカスが”プレイヤーかも”などとは考えもしなかった。
神話という設定で、プレイヤーにセーブ方法を教えるヘルプのようなものだと、この時は考えていたからだ。
「メニュー……、設定……、ステータス画面……、ログアウト……、終了……、クイット……、強制終了……。くそっ、何も反応がねぇじゃねぇか!」
ゲームに付き物の基本的な単語を並べてみるが、何も表示されない。
(クソッたれ! さてはプログラムをミスりやがったな! チェック体制どうなってやがる!)
俊夫はゲーム会社が機能の設定を失敗したと勘違いした。
そして、VR本体の販売会社の流通前のチェック体制を恨む。
脳に直接電気信号を送るタイプなので、非常に厳しいはずだった。
なのに、ゲームを終了させる事すらできないとはどういう事なのか?
「コール911、コール911」
俊夫は緊急通報装置を発動する事を選んだ。
しかし、何も作動した様子がない。
発動時は大きな音と開発会社のシンボルが眼前に表示されるはずだった。
少なくとも、公式サイトの参考動画ではそうだった。
「違ったか? コール119、コール119」
(……通報を受理しましたとか普通出るだろ。もしかして、ハード自体にも影響があったのか? それともローカライズの際に無効にでもしやがったか? だったら訴訟物だぞ)
――プログラムミスにより、緊急通報装置すら作動していないのではないか?
その考えは恐怖以外の何者でもない。
だが、そこまで深刻には考えなかった。
幸い実家住まいなので食事の準備が出来て呼びに来た時など、長時間放置される事はないだろう。
家族が異変に気付いてくれるはずだ。
その時まで、ゲーム内で暇を潰すしかない。
(あー、面倒臭ぇな)
思わぬ事態に遭遇したが、俊夫は落ち着いている。
家族が異変に気付き、メーカーサポートに問い合わせる事を考えれば、半日ほどはかかるだろう。
嘆き悲しんだり、怒鳴り散らしても意味がない。
有意義な時間を過ごすために、どうやって暇を潰そうかと周囲を見回す。
すると、周囲の者が心配そうに俊夫に見守っている事に気付いた。
「なんだ?」
「いえ、突然何かを呟かれておられましたので、お邪魔するわけにも行かないと思いましたので、事態を見守っておりました」
「そうか」
天神を選んだ事自体は間違いでは無かったようだ。
最初から忠犬が揃っている。
だったら、適当な命令を出しておけばいい。
どうせ長居はしないのだから。
「後の事はお前らに全て任せる」
「全てをですか!」
「そうだ。これも神の試練だ。魔神探しを頑張れよ」
「かしこまりました。見事やり遂げて見せます! まずは魔神探索部隊の編制からですね」
ヨハネスだけではない。
他の者達もやる気に満ち溢れていた。
全て任せるという事は、お前達に全幅の信頼を寄せると言われたも同然だ。
敬虔な信者なら、これほど嬉しい事はない。
一方の俊夫は――
(なんだ。セーブ機能は無くても、委任モードはあるんだな。業者が来るまで、適当に楽しんでおくか)
――このように考えていた。
たかがNPCに喜ばれても、俊夫は嬉しくない。
むしろ、虚しさが増していくばかりだ。
NPCに褒め称えられても、一人でお人形遊びをしているようなもの。
天神でのプレイを選んだ自分を、少し恥ずかしく思い始めた。
「そういえばさ、食い物とかあるのか? ちょっと食べてみたいんだが」
俊夫はこのゲームで味覚がどうなっているのかを試そうとした。
どうせ、時間はある。
試すだけは試しても良いと思っていた。
ゾルドとは違い、俊夫には余裕があったからできる事だ。
「もちろんです。すぐに用意させましょう。お部屋でお食べになられますか?」
「いや、食堂で良い」
「では、ご案内致します」
またヨハネスが先導し、その後ろをゾロゾロと大勢が歩く事となった。
その道中、俊夫は一人の修道女に目を付けた。
(おっ、80点!)
ようやくまともな見た目の女を発見し、俊夫はテンションが上がる。
しかも修道服の上からでもわかる巨乳美女。
年齢はおよそ、二十歳前後で頭巾からチラ見えする髪の色は赤。
女の色気が自分を誘っているようにすら思える。
俊夫の視線は彼女に釘付けとなった。
世の中には、味覚などよりも重要な物がある。
「ヨハネス、やっぱ飯はいいや」
俊夫は前を歩くヨハネスに声を掛けた。
「えっ、どうなされたのですか?」
ヨハネスの疑問を無視し、俊夫は修道女の方へ歩く。
「よぉ、今暇?」
まるで友達を遊びに誘うように、気楽に声を掛ける。
それもそのはず、俊夫はプレイヤーであり、相手はNPCだと思っている。
しかも、天神と修道女では立場が違う。
圧倒的有利な立場なので、気を使いなどしない。
「今は廊下を清めている最中です。失礼ながら、どちら様でしょうか?」
ヨハネス自らが案内をしている相手だ。
恐る恐ると質問をする。
「天神のシューガだ」
「えっ、本当ですか?」
修道女はヨハネス達の方を見る。
一同が同時にうなずく。
教会上層部が神と認める存在が、すぐ目の前にいる。
修道女は慌てて跪き、胸の前で手を組む。
その仕草をしたせいで、腕が胸を押し上げてしまう。
巨乳を強調する結果となってしまった。
「お前の名前は?」
俊夫が名前を聞いた事で修道女の体が震える。
神に名前を名乗れるという栄誉に、自然と震えだしてしまったのだ。
「グレタと申します」
「そうか、そうか」
俊夫はグレタに、いやらしく粘ついた笑みを浮かべる。
「シスターってさ、神の花嫁なんだってな」
「はい」
修道女になるという事は、神と結婚するという事。
つまり、この場合は天神の花嫁=俊夫の花嫁という事になる。
「じゃあ、夫婦生活しようか」
「……それはどういう事でしょうか?」
夫婦生活。
その言葉に含まれる意味を、グレタは理解できていないようだった。
「こういう事さ」
「きゃっ」
俊夫はグレタを横抱きにして持ち上げる。
ヨハネス達の視線など気にはしない。
どうせ数時間でおさらばする関係だ。
それよりも、R-18な部分がどうなっているのかが気になってしょうがない。
先ほどの部屋に連れて行き、グレタの体を満喫するつもりだった。
そんな俊夫を、ヨハネスが呼び止める。
「あのっ……、お食事はどうされますか?」
状況に付けていけないヨハネスは、つまらない事を気にしてしまった。
「腹が減ったら適当に食いに行く。邪魔をするな」
今は味覚への興味よりも、性的な興味の方が強い。
俊夫はそう言い残して、天神の部屋へと向かって行った。
「神がなさる事なので、女を求めるという行為を否定するつもりはありませんが……。なぜあのような不器量者を?」
「神だからこそ選ばれたのだろう。不器量者にも神の愛を分け与えようというのだ」
「ならば、シューガ様が気を使わぬように、器量良しの者も集めておくのも良いかもしれん」
「修道女は神の花嫁というのも間違いではない。もっとも、神への誓いだけで、本当に花嫁になる日が来るとは思わなかっただろうがな」
俊夫の背後で、神官達は思い思いに意見を述べる。
まさか神の美的感覚が、この世界の基準とは違っているなどとは思いもしなかった。
彼等は善意でブスを集める事になり、俊夫を大いに困らせた。
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天神降臨から十年。
俊夫は子作りという名目で現実逃避をしていた。
彼も最初の一週間で、機械が強制終了されないのはおかしいと気付いた。
だが、事態を変えようと行動を起こす事は無かった。
神教庁の居心地が良かったからだ。
「だからさぁ、なんでいまだに魔神が見つからねぇんだよ! 十年だぞ、十年!」
「申し訳ありません。世界各地に騎士を派遣して、各国政府に協力を要請しているのですが……。ポート・ガ・ルーでの報告以来、足取りが掴めないのです。ブリタニア島にも向かっていないようで、どこへ行ったのやら見当もつきません」
月に一度は、行われているやり取りだ。
俊夫がヨハネスを問い詰め、ヨハネスが俊夫に謝るという繰り返しだった。
女遊びしかしていない俊夫が文句を付けられる立場ではないのだが、天神という地位を笠に着てガンガン文句を付けていた。
現実に戻れないイラつきを、彼らにぶつけていたのだ。
「お前らマジで使えねぇな。世界中に根を張ってる組織なんだろ? お前らができるのは、神の名を騙って金を巻き上げるだけか? なぁ、情けないと思ったりしねぇの?」
「……返す言葉もありません」
ヨハネスだけではなく、他の同席者達も深く頭を下げる。
俊夫が居心地良く感じているのは彼らのお陰だった。
どれだけ偉そうに言おうが、無茶振りしようが無条件に受け入れてもらえるからだ。
今も自分の事を棚に上げて、説教をしている。
「別にさぁ、お前らじゃなくても良いんだよ。神教庁以外の他の奴に、魔神の捜索を任せても良いんだ。まぁそうなったら、その後の事もそいつらに任せるけどな。お前ら言ったよな? 何が”見事にやり遂げて見せます”だ。なんもできてねぇじゃねぇか」
「申し訳ございません」
任せろなんて大口を叩いておいて、魔神の探索が何一つ進んでいない。
ヨハネス達は謝る事しかできなかった。
「まったく、しょうがねぇな。また新しい女用意しとけよ。あいつらガキを孕んだから使えねぇんだ」
俊夫は魔法の使い方を知らない。
”俺は天神だ”と散々偉ぶったせいで、周囲の者に聞くに聞けない状況となっていた。
しかし、そのままでは魔神との闘いで不利になってしまう。
自分が魔神と戦わなくて済むように、天神の血を引く子供を多く産ませていた。
そのため、流産の危険がある妊婦を抱くような事はせず、妊娠させては新しい女を用意させるという事を繰り返していた。
「はい、直ちに呼び集めます」
女を俊夫に用意するという女衒のような真似をさせられているが、彼等も10年の間に慣れてしまっている。
それに、俊夫が好んで抱くのは、この世界におけるブサイクな女。
男に見向きもされないような女達も、喜んで抱いてもらえるので、少しは幸せを感じていたのが救いだった。
「任せたんだから、ちゃんとやれよ」
「ハッ」
俊夫は最後に念押しして、神教庁深部に作られた後宮へ戻っていく。
後宮から出て来るのが女の催促か、今回のように月に一度魔神の事を聞きに来る時くらいだ。
その事に、少なからず不満を持つ者もいる。
「猊下……」
「何も言うな。これは全て、神の試練なのだ」
良くも悪くも彼らは敬虔な信徒だった。
理不尽な出来事も、全て”神の試練だ”と受け止めてしまっていた。
物申す気概のあったギレットは、ポート・ガ・ルーで魔神を取り逃がし、貴重なギフト持ちのミレーナを死なせた罰で処刑されていた。
すでに俊夫の周囲にはイエスマンしかおらず、十年もの間、俊夫が女を求めるがままに与え続けていた。
天神だという事だけで、その行動を全て許容されていたのだ。
そのせいで俊夫を叱る者もおらず、俊夫が成長する事も無かった。
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俊夫が後宮に戻ると、一人の女の子が走り寄って来た。
彼女の名前は一子。
グレタとの間に産まれた、初めての子だ。
天神としての血が強いのか、顔立ちは母親に似ているが、産まれた子は全て黒髪黒目だった。
彼女もその例に漏れず、三つ編みにされた黒い髪を揺らしている。
「お父様、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
彼女は笑顔で俊夫を出迎えた。
普段は魔道師団で特訓している。
魔道師団にいるのはカズコだけではない。
弟や妹達も一緒だ。
”小学生って七歳くらいからだったよな”
俊夫のその考えから、七歳以上の魔法を使える子供達は魔道師団に放り込まれていた。
七歳未満の子供達も、魔法の適性があるか調べられる。
適性がある場合は、幼くても容赦なく指導された。
そして、七歳になれば魔道師団に入り、戦う日が来るまで特訓に明け暮れる。
なので、こうしてカズコが俊夫と会えるのは、非常に限られた機会だった。
「お父様の絵を描いたの」
そう言って、カズコは下手くそな絵が描かれた紙を俊夫に見せる。
子供なりに精一杯描いた絵を、父にプレゼントしようと思っていたからだ。
彼女はめっきり母のもとを訪ねて来なくなった俊夫の気を引き、また母と仲良くして欲しいと思っている。
そのために、常日頃から俊夫の機嫌を取ろうと頑張っていた。
だが、すでに三十を過ぎてオバサンになったグレタに俊夫が興味を持つはずもない。
望めば、いくらでも若くて可愛い女が補充されるのだから。
「へったくそな絵だな」
俊夫には、母親を思う子供の気持ちなんて通じない。
俊夫は”金になるかならないか”くらいしか絵に興味がない。
子供の落書きなんかを貰ったところで、心が動くような事は無かった。
当然、カズコは悲しそうな顔をした。
その表情が俊夫の琴線に触れる。
俊夫は涙を堪えてうつむくカズコの顎に手を当て、顔を上に向かせる。
「あと五年もすれば可愛くなりそうだな」
俊夫は娘が産まれたと知った時から、少し考えていた事があった。
”天神と人間の間に産まれた子供は、きっと強い子供が産まれるはず。ならば、天神と天神の子供の間に産まれた子供の方が神の血が濃い分、頼りになるのではないか?”
人として自分の娘を孕ませようとするなど信じられないが、俊夫は天神。
何もかも全ての行為が許され続けた事と、快楽漬けの生活で理性が少しおかしくなっていたのかもしれない。
カズコは俊夫が何を言っているのか理解できなかったが、その下卑た笑みに生理的嫌悪感を感じていた。
女としての防衛本能が、父への愛情よりも勝ってしまったのだ。
「おとう、さま……」
「早く大きくなれよ」
俊夫はカズコの頬にキスをする。
いつもなら親愛の印として喜ぶのだが、この時は素直に喜べなかった。
「じゃあな。魔法の練習頑張れよ」
久しぶりの再会なのに、俊夫は素っ気なく立ち去っていった。
その事に、カズコは悲しいという気持ちよりも、遠ざかる俊夫の背中を見てほっとしてしまう。
(ううん、違うの。わたしはお父様の事が好き……)
カズコは母から聞かされた神の話を思い出そうとする。
父の偉大さを思い出し、始めて抱く今の気持ちを落ち着かせるためだ。
だが、思い出せるのは全て千年前の天神キッカスの偉業のみ。
父である天神シューガが、何をしたのかが何も思い出せなかった。
それもそのはず、何もしていないのだから当然だ。
(お父様は神様……。でも、神様ってこういうものなのかな?)
子供には権威というものが通用しない。
天神だからというより、どうしても父親として見てしまう。
そして、父親としては最低の部類だ。
育児放棄上等で、魔道師団で特訓させるという児童虐待のような事までしている。
魔道師団にいる大人たちの方が、よっぽど父親や兄のような役割をしてくれていた。
俊夫の”天神の血を引く子供達に戦わせよう”という考え自体は、そう悪くない。
魔神側には個体での能力が高い魔族がいる。
魔族に対抗できる能力を持つ子供を多く作る事は、将来的に考えれば間違いでは無かった。
だが、俊夫のアフターケアが最悪だった。
自分の代わりに戦わせようとしているのだ。
使い捨ての手駒と思っていても、それ相応の扱いをしてやれば良かった。
この世界に転移してきたばかりの俊夫なら、それくらいは思いついて実行していた。
しかし、俊夫が何をしようが、誰もが俊夫にかしずく。
無償の忠誠心が当たり前だと思えるようになってしまっていた。
忠誠の対価を与えるという事を、完全に忘れてしまっている。
この事が天魔戦争が始まった時に、どう影響するのだろうか。
今はまだ、誰にもその事はわからなかった。
諸事情により15日、16日は書く時間を取れないので、7章は17日からとなります。




