128
一か月後、ゾルドはホスエ達がソシアに到着したという連絡を受けた。
しかし、問題が起きていた。
「大丈夫か? レジーナ」
「大丈夫……。と言いたいところだけれど、わからないわ」
レジーナが苦しそうに言った。
すでに子供が産まれそうなほど、お腹が大きくなっている。
最初に”大体二ヵ月程度”と医者に言われたが、それが正しいとは限らない。
調べるためのエコーなどの機械も無いので、医者の長年の経験による判断でしかなかった。
もしかすると、妊娠してから日数がもう少し経っていたのかもしれない。
「この子にはもう少し我慢してもらうしかないわね」
レジーナはお腹を撫でる。
その仕草を見たゾルドは”もしかすると、船で先に行かせた方が良かったのかもしれない”と後悔していた。
「子供が産まれるまで、この屋敷か実家で待っているか?」
さすがに、無理をさせて母子ともに死亡などは避けたかった。
強いて言うならば、レジーナは死なせたくない。
だが、ゾルドの心配をレジーナは断った。
「ダメよ。そんな事をしたら、離れ離れになっちゃうじゃない。ソシアの女性は白い肌。あなたはその誘惑を打ち勝てるの?」
レジーナに残るという選択肢を選ばせなかったのは、ゾルドのせいだ。
離れてしまえば、きっと美女の誘惑に負けてしまう。
確かにゾルドはエリザベスの誘惑を跳ね除けた。
だからといって、たった一度の事でゾルドの下半身を信用できるわけではない。
”ゾルドだけでソシア行かせてしまえば、かならず他の女を抱く”
そうレジーナは確信していた。
嫌な信頼関係である。
「大丈夫だ。俺だって、そう簡単に誘惑に負けたりしないさ」
根拠の無い自信を持って言い放つゾルド。
いつもなら、レジーナは冷たい視線で返すところだが、今回は違った。
すがるような目でゾルドを見ると、レジーナは手を握る。
「本当にお願いね」
すでに大勢の子供が居る分には目を瞑る。
だが、その子たちは父親を知らずに育つ事になりそうだ。
せめて自分の子供くらいは、ちゃんと幸せにしてやりたい。
”他の女のところに入り浸るような父親だ”と、子供にガッカリさせたくなかった。
それだけに、今回のレジーナは切実な気持ちで頼んでいた。
「任せろ。どうせ、忙しくなって女どころじゃなくなる」
ゾルドも自分の人生を賭けた戦いの最中に、女にうつつを抜かすほど愚かではない。
時にはレジーナの体を求める事くらいはあるだろうが、素性の知れない女を抱こうとは思わなかった。
「”忙しくなって”ね。たまには愛しているからとか言ってくれても良いんじゃない?」
「そういった事を言うのは恥ずかしいんだよ」
「一回くらい良いじゃない」
「やだよ」
レジーナも本気で言えと言っているわけではなかった。
ただ、こういうやり取りでイチャイチャしたかっただけだ。
今までは屋敷に大勢人が居た。
人が少なくなった今、少しくらいはと思ってやっている事だった。
しかし、そんな時間はいつまでも続かない。
ゾルド達はドアがノックされる音で現実へ引き戻される。
「そうだった。そろそろロンドンに出発しないとな」
「えぇ、忘れそうだったわ」
二人は笑いながら立ち上がり、ドアを開ける。
「あれ?」
廊下には時間を知らせに来たメイドではなく、ラインハルトの部下が立っていた。
彼はこちらに残されている連絡係だ。
しばらくしたら、別のところに用意したアジトに引っ越し、そこで諜報活動を続ける予定になっている。
「良かった、間に合いました。こちら、頼まれていた天神の名前と子供達の名前です。ただ、子供の名前は三百人までしかわかっていない途中報告ですので、全員分はまた後日お届けします」
そう言って、十枚ほどの紙をゾルドに手渡す。
「おう、お疲れさん。お前も俺やラインハルトが居なくなったからって、羽を伸ばし過ぎないようにな。後は任せたぞ」
「はいっ!」
ゾルドが労いの言葉を掛けてやると、連絡係は威勢の良い返事をして、自分の仕事へ戻っていった。
名前のリストに興味があるのはゾルドだけではない。
レジーナも興味深そうに眺めていた。
「それが何かの役に立つの?」
「あ、あぁ……。子供達と戦わずに済むヒントが、何か無いかなーと思ってさ」
ついさっきまでレジーナと仲良くしていたのに”大勢の子供ができた時の名付けの参考に”なんて言えるわけがない。
適当な言い訳をしながら、ゾルドは書類に目を通す。
「ハァ!? マジかよ!!」
「あら。カズコに、ジロー、ミツオ。やっぱり、元々が同じ神様だけあって名前も似ているわね」
横から書類を覗いたレジーナの感想はもっともなものだ。
だが、ゾルドが驚いたのはそこではない。
「天神シューガ……」
この名前はよく知っている。
いや、誰よりも知っている。
ゾルドほどではないが、たまに使っている名前だ。
佐藤を英語読みにしてシュガー。
それを並べ替えて、シューガ。
天神がその名前を使っているという事は……。
「天神は……、俺なのか?」
今までゾルドは”この世界がゲームみたいな異世界でも、用意されたラスボスを倒せば良いんだろう”と軽く考えていた。
だがしかし、天神の名前を知った事でゾルドは一つの可能性に気付いた。
――ここは決闘場のようなものなのだと。
(やったのが本物の神かどうかわからないが、なぜだ? なぜ俺だったんだ?)
”魔神を選んだゾルド”と”天神を選んだシューガ”
その二人を競わせて、おそらくはこの世界の行く末を決めさせるのだ。
普通に考えれば天神側陣営が圧倒的に有利だが、ゾルドの行動を邪魔する事すらできていない。
勝利陣営として長年君臨して来たので内部が腐っているのだろう。
停滞した世界に刺激を与えるため、ゾルドとシューガがこの世界に呼び出されたのかもしれない。
ならば、なぜ”佐藤 俊夫”という人物が選ばれたのか?
その事がゾルドにはわからなかった。
ただ、あのゲームを手に入れるのがゾルドとシューガだっただけなのかもしれない。
”運命に弄ばれている”
そう思うと、とても腹立たしかった。
「元々、天神はあなたのだったでしょう? 一人の神の善なる心と悪なる心が、二人に分かれて戦うというのが天魔戦争みたいらしいし」
レジーナはゾルドがなぜ悩んでいるのかがわからなかった。
彼女にしてみれば、神話に書かれている事だったからだ。
それに、今までゾルドにもその事を話している。
今更になって驚く理由があるとは思わなかった。
「確かにそうだが、そうじゃないんだ……。まさか、本当に自分が敵だとは思いもしなかった」
ゲームのような異世界だったので、そういう設定のボスキャラだと思っていた。
まさか、天神を選んだ自分が相手になるなんて考えもしなかった。
天神を選んだという、パラレルワールドの自分が同じようにこの世界に居るかもしれない。
そして、元の世界に戻るには、おそらく別世界の自分を殺さなくてはならないのだ。
「えっ……。ハーレムを築いて入り浸るとか、自分の子供に戦わせようとするところなんかソックリじゃない」
ゾルドが何を悩んでいるのかわからないレジーナにも、天神がゾルドにソックリだという事はわかっていた。
主に下半身に関して。
「なん……、だって……」
ホスエだって、シューガに直接会っていなくとも、女癖の悪さからゾルドとシューガが似ていると思っていたくらいだ。
「天神が俺だと気付いていたのか?」
「気付くも何も、本人そのものじゃない」
気付いていないのはゾルドだけだった。
後宮での行いを知っている者には、シューガと瓜二つだと思われているくらいにはよく似ていた。
「そんなに似ているのか……」
(だったら、なんだよ。この境遇の違いは!)
ゾルドは自分の身が可愛い。
だからこそ、可愛さ余って憎さ百倍となる。
天神シューガが”天神を選択したパラレルワールドの自分”だと考えれば、憎くて仕方が無かった。
”シューガがローマから始まるのなら、自分もロンドンからスタートさせてくれても良かったのではないか”
そう思うと、シューガだけが恵まれたスタートを切った事が憎い。
――天神が圧倒的有利な世界。
――しかも、ハーレム付き。
本来なら自分同士話し合いをしようとするべきところだが、怒りでそんな事は考えられなかった。
(なんで俺だけあんな苦労をさせられなきゃいけないんだよ!)
――不公平感。
それがゾルドから躊躇いを奪い去っていた。
自分だからこそ、シューガを許す事ができない。
ゲームとして設置されたラスボスならばともかく、相手も自分自身。
”もしかしたら、自分が天神だったのに”と思うと、羨ましくてたまらない。
今すぐ殺しに行きたいくらいに憎たらしい。
その嫉妬心があるからこそ、ゾルドが選ばれたのだ。
戦争を起こさず、交渉だけで神を決める闘いを終わらせるなんてつまらない。
(そうか、Kick assとGod damn 。似たようなハンドルネームの方向性だ。千年前の戦いも同じ奴が二人呼び出されて、この世界で戦わされたんだろう)
この世界の住人に神の力を与えて戦わさず、なぜわざわざ異世界から呼び出すのかはわからない。
だが、一つゾルドにはわかった事がある。
(こんな事をさせる奴は、神か悪魔か関係なく悪趣味な奴だ)
普通の暮らしをしていた一般市民を異世界に呼び出して、命懸けの戦いをさせる。
しかも、自分同士でだ。
ゾルドにはその事が許せなかった。
(そんな奴じゃあ、戦いに負けても元の世界に戻すとかしてくれそうにないな。いいさ、やってやるさ。だがなぁ、お前の思い通りになると思うなよ。悪役がいつも負けるとは限らないんだからな)
ゾルドは覚悟を決めた。
魔神を選んだ自分は悪役。
この世界が誰かに戦わせるために作られたのなら、自分は戦争を起こし、負ける役目を背負わされているのだろうと思い込んでいた。
だから、ゾルドは何が何でも勝つ事に決めたのだ。
華麗に勝とうが、泥臭く勝とうが、自分を選んだ者の思い通りには行かせたくなかった。
「行こう」
ゾルドは書類をアイデムボックスに仕舞い込み、歩き出した。
ゾルドをこの世界に呼び出した者の企みを壊すためにも、まずはロンドンからソシアに向かわなければならない。
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「待ってたよ、パパ。いつでも出発できるように準備はできてるよ」
ロンドンに到着したゾルド達を、ジャック達が出迎える。
魔族の軍勢も五百ほどが待っていた。
あらかじめ編成されていた、ソシア遠征軍だ。
これから歴史を変える闘いが始まる。
ジャックだけではなく、ニーズヘッグ達も興奮気味だった。
一方のゾルドは屋敷を出る前とは違い、かなり冷静になっていた。
急いては事を仕損じるからだ。
今までは”ゲームのような異世界”と思っていた。
だから”ゲームのような”という事で、どこか軽く考えていたのかもしれない。
自分の存在が賭かっているので、ようやくゾルドも肝が据わったようだ。
「いや、その前に魔神の部屋に寄っていく」
ゾルドには戦場に赴く前に、やっておきたいことがあった。
「僕も行きたい」
自分では開ける事のできない父の部屋。
ジャックも興味を持ち、付いていきたいと言ったがゾルドはそれを断った。
レジーナが以前一人で入って、両親の書いたノートを持って来たように、一度中に入った者は自由に出入りできるようだ。
自分がいない間に勝手に入られては困る。
異世界人相手とはいえ、自分の趣味嗜好を勝手に覗かれるのは面白くない。
「今回はレジーナだけだ。お前はまた今度な」
「うん、わかった……」
ジャックは寂しそうだったが”また今度”という言葉を信じて引き下がった。
ゾルドはそんなジャックの頭を撫でる事で誤魔化し、レジーナと魔神の部屋へと向かって行った。
魔神の部屋。
そこは懐かしいゾルドの部屋。
ときおり母親が掃除してくれているのか、埃が積もったりはしていない。
ゾルドは部屋に入ると、アイテムボックスに仕舞っていたノートを探す。
(アイテムボックスの中に入れていても、ドアを開ければ無くなるのか)
だが、その事を確かめに来たわけではない。
「ここに何をしに来たの?」
レジーナから見れば、不思議な道具が多くある。
その中から、何か有効な武器でも探しに来たのだろうというくらいしか思い浮かばなかった。
「ただの決意表明さ」
ゾルドは机の上にあるノートを手に取る。
やはり、レジーナが持って来たノートとは違い、いくつかレシートなどが追加されている。
扉を開けて出入りする度に、部屋の中身が更新されているようだ。
ゾルドは机の上のボールペンを手に取ると、ノートの表紙に文字を書き始めた。
信じられないだろうけど、今は異世界にいる。
いつになるかわからない。
けど、かならず帰る。
俺は元気にやっているから、心配せずに待っていてくれ。
俊夫。
確かにこの部屋は出入りする度に更新される。
では、出て行った後更新されるのか?
それとも、ドアを開けた時に更新されるのか?
答えはゾルドにはわからない。
しかし、ゾルドにはどちらでも良かった。
なんとなく、書き残したかっただけだ。
こうする事で”もしかすると、両親にメッセージが届くかもしれない”と思える可能性があるという事が重要だった。
日本にあるゾルドの部屋がコピーされているだけかもしれない。
実際、初めて部屋に来た時に暴れて物が散乱していた部屋が、ドアを開けると元通りになっていた。
だが、もう一度ドアを開き直すまでは、この部屋と日本の部屋がお互いに繋がっていると信じたかったのだ。
「レジーナ。届くかわからないが、俺の両親へのメッセージをお前も一言書いておいてくれ」
「えぇっ! ちょっと、いきなり言わないでよ。私は何も考えてないのよ」
ペンを受け取ったレジーナはオロオロする。
いきなり、ゾルドの両親へのメッセージを書けと言われても思いつかない。
そんな彼女の姿を笑いながら、ゾルドは部屋の中を見渡していた。
「あっ」
以前訪れた時とは違い、冷静になっているゾルドは充電器の上に置かれたスマホに気付いた。
十年以上前の物なので、バッテリーがダメになっているかもしれない。
だが、電気の通っていない部屋で、唯一動きそうな精密機械。
ゾルドは思わず手を伸ばした。
(おっ、いけた)
奇跡的にスマホが起動する。
だが、電池残量が増えたり減ったりと挙動がおかしい。
古いだけあって、もうダメなのかもしれない。
ゆっくりと触っていたいところだが、このままでは動かなくなってしまう。
ゾルドは急いでレジーナの隣に移動する。
「レジーナ、これ見てこれ」
「えっ、なに?」
ゾルドはレジーナに掲げたスマホを見るように言うと、肩を抱き寄せ自撮りをする。
両親がスマホに気付くかわからないが、元気でやっているという証拠の写真を撮ったのだ。
もちろん、これも日本に届くかはわからない。
全てゾルドの自己満足のためにやっていることだ。
「おっ、これ良いじゃないか」
ゾルドが面白そうに撮った写真を眺めている。
「なにがよ?」
レジーナは何をやったのか、ゾルドの手元にあるスマホを覗き込む。
「ちょっと、何よこれ!」
「写真だよ、写真。その時の姿をそのまま残す絵みたいなもんだ」
写真を知らないレジーナに説明してやるが、その事を言っているのではない。
「そうじゃないわよ。私の顔よ。酷いじゃない、こんなの」
突然、ゾルドに肩を抱き寄せられて、変な板を見ろと言われた時の顔だ。
呆気にとられた、マヌケな表情をしていた。
そんなものを残されてはたまらない。
「良いんだよ、これで。自然体が一番だ。それに、電池も切れたしな」
やはり、古いバッテリーは長く持たなかったようだ。
電源が切れて、画面は真っ暗になっていた。
「電池って何よ」
「俺の世界の機械を動かす魔力ってところだな。この世界には無いから、もう動かせない」
「だったら壊してよ」
「壊せないんだよ。紙切れ一枚も破れないぞ」
「嘘ッ」
レジーナがノートの端っこを千切ろうとするが、まったく千切れそうにない。
「何これ、柔らかいのに破れない」
「この部屋の物は壊せなくなってるようだ。だから、写真も諦めろ」
レジーナは絶望に満ちた表情をする。
ゾルドの両親に出会う前に、変な顔を見られてしまう可能性があるからだ。
「あなた、早く勝って! そして、一刻も早くご両親に見られないように処分して頂戴」
天神を倒して、その力を一つにする。
そうすれば、この機械も壊せるかもしない。
そう思ったレジーナが、必死にゾルドに頼み込む。
「もちろんだ。シューガの奴は地獄に落としてやる」
もうシューガが、パラレルワールドの自分自身かもしれない、なんていう考えは捨てた。
自分自身だったとしても、自分だけ酒池肉林を楽しむようなクズだ。
そんな奴は敵でしかない。
倒す事をためらう理由なんてなかった。
「もうちょっと待って」
部屋を出て行こうとするゾルドを、レジーナが呼び止める。
「どうした?」
「まだ、ちょっと書きたい事があるの」
ゾルドはノートをチラリと見る。
「もう十分だろう」
一言書いてくれと言ったのに、すでに十行以上書いている。
これ以上なにを書くというのか。
「でも、ご両親への手紙みたいなものだし……」
「考えすぎだ。”今度、お孫さんを見せに伺います”くらいでいいんだよ」
「……そうね。そうしましょう」
最後に一言書き、自分の名前書く。
それでレジーナもようやく満足したようだ。
「レジーナ。……勝つぞ」
「えぇ、勝ちましょう」
この後、二人は飛竜に乗り、まずはフェアリーランドへと向かって行った。
この道程はソシアへ向かうというだけではない。
日本への帰り道だった。
6章はこれで終了です。
ここまで読んでくださった皆様、誠にありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想、レビュー、閲覧をしてくださった皆さまにも深く感謝しております。
明後日13日に外伝を一話投稿して、以降は最終章の7章になります。
今後も御覧頂けましたら幸いです。




