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朝食後、ゾルドとレジーナはシャーウッドの森に向かう事を告げる。
「――というわけで、レジーナの親に会いに行く。またドラゴンで運んでくれるか?」
自分達が居なくなるという事を伝えるのと、移動手段確保のためだ。
「もちろん構いませんが……。特定の女性との関係を重視されるとは、本当にゾルド様ご本人ですか?」
ニーズヘッグの脳裏に”偽物が魔神を騙っているのではないか?”という考えがよぎる。
ゾルドは自分好みの女をはべらせ、毎晩どころか、日中から数多くの女を抱いていた。
そんな男が、レジーナの親に会いに行くという。
本人ならば、脳がやられたか、改心したかのどちらかだ。
仮にも魔神なので体は丈夫。
人類と魔族の共存を口にしたものの、その性根は腐っているので改心した可能性は無し。
ならば、本人が改心したのではなく、偽物がゾルドの姿に化けていると考える方が自然だった。
「いやいや、なんでそこで疑うんだよ。俺の女癖は悪くないんだぞ」
ゾルドは冗談混じりに言った後、明るい笑い声を上げる。
しかし、周囲にいる者は誰一人も笑っていない。
それどころか目を合わせようもとしない。
(まったく、魔神というのは冗談も笑ってもらえないのか)
過去に不幸なすれ違いがあったが、今は魔神として認められている。
だから、笑いにくいのだろう。
ゾルドも営業社員時代、オーナーに冗談を言われた時は笑えなかった。
国に広域指定を受けるような組織の人物で、笑って怒らせたらどうしようと思うと怖かったからだ。
今のゾルドも同じ。
立場が高くなりすぎて、周囲が気を使っているのだろうと考えていた。
だが、実際はゾルドの考えていたのとは違った。
皆はただ白けていただけ。
冗談だとしても、笑えない内容だからだ。
「昨晩、サキュバスを集めていたようですが」
魔族側なら昨晩エリザベスがサキュバスを集めていた事は、ほとんどの者が知っている。
コッソリ集めろと言われなかったので、大々的に集めていたからだ。
”また女遊びか”
そう思うと、ニーズヘッグ達はゾルドを評価し直した事を後悔してしまう。
ゾルドは自分が抱くために呼んだと勘違いされていたと気付き、釈明を行なった。
「あれはあいつらのためだ」
ゾルドはゲルハルト達を指差す。
「エリザベスが部屋に来てな。色気を撒き散らして大変だったんだ」
「エリザベスが?」
「そうだ。お前達も股間を膨らませたままの相手と会議なんてしたくないだろう。だから、サキュバスを集めてもらったんだ」
「あぁ、そういう事ですか」
ニーズヘッグは納得した。
普通の人間ならば、エリザベスに性的興奮を覚えても仕方がない。
その興奮を鎮めるためにサキュバスを呼んだのなら責めるほどの事ではない。
「疑った事を謝ってくれても良いんだぞ」
一人で納得しているニーズヘッグに、ゾルドは咎めるように言った。
「疑われるような事をしてきた、過去の所業を思い返してくださっても良いんですよ」
ニーズヘッグも負けていない。
しっかりと言い返してくる。
魔神として最低限の敬意を持っているが、人格は信用していない。
これだけは譲れないところだった。
「チッ。もういい、ドラゴンで運んでくれ」
「わかりました。用意しておきましょう」
不毛な言い争いは、ニーズヘッグの弱みを知らないゾルドが不利だ。
ここで話を切り上げた。
ニーズヘッグが部下を呼びに行ったところで、レジーナがゾルドに話しかける。
「ねぇ、あなた。やっぱりやめにしない」
「どうした? 最初は嬉しがっていたのに?」
レジーナは何とも言えない微妙な顔をしていた。
嫉妬深いレジーナが、自分の親に結婚前の挨拶に向かうのを嫌がる理由がわからない。
理由くらいは聞いておきたいと、ゾルドは思っていた。
「母さんがね。その……、嫌いにならないでね」
レジーナの態度でなんとなくゾルドは察した。
「あぁ、大体わかった。同居するわけでもないんだし、少しくらいは大丈夫さ」
少々意地が悪いとか、非常識なところがある程度だろう。
ゾルドを会わせたくないのではなく、母親をゾルドに会わせたくない。
その事がわかったので、ゾルドは胸を撫で下ろす。
レジーナの母親にまで手を出すと思われていたりしたら、さすがにゾルドでもへこむからだ。
「悪い人ではないんだけれど……」
「俺の母親も人と違って、個性的なところがあったから大丈夫さ」
エステ詐欺を働く母親など滅多にいない。
それを個性的と言っても良いのかわからないが、普通の人とは違うのは確かだ。
ゾルドは自分の母親に慣れている。
レジーナの母親なら、大した事はないはずだ。
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(うわっ、確かにウゼェ)
レジーナの実家に着いて早々にゾルドは不満を覚えていた。
その原因はレジーナの母、メルヴィナだった。
親子だけあって、レジーナが順当に年を取れば似たような感じになりそうな容姿をしている。
「ゾルド様、リコリスは口に合わなかった? それじゃあ、蜂の子を用意するわね」
「いえ、結構です。今回はお話しがあって来ましたので」
「良いのよ。お客様は歓迎しなくちゃ」
そう言い残して、席を立ち台所へ向かう。
性格は良いのだろう。
だが、それが空回りしている。
嫌がらせでは無く、親切心で不味い菓子を食べさせようとしてくる。
良くも悪くも田舎のおばちゃんといった感じだった。
初対面のゾルドはもう少し距離を保って欲しいと感じていた。
少々距離感が近すぎる。
嫌いとまではいかなくとも、苦手な相手ではある。
「ごめんなさい。あなたの口には合わないわよね」
レジーナもゾルドと同じ物を普段から食べている。
その味の好みを考えれば、出されている菓子が口に合わないだろうという事を理解していた。
「いや、まぁ……。お義母さんが出してくれてるんだから、努力はする」
とはいえ、小便臭いゴムのような菓子を食べる気にはなれない。
ゾルドと暮らして舌が肥えているはずなのに、平然と食べるレジーナが異界の魔物のようにすら思える。
「お待たせ」
メルヴィナは皿と輪切りにした蜂の巣を持って来た。
蜂の巣を魔法の火で炙ると、巣の中から蜂の子が炙り出されて来た。
「うっ……」
蜂の子は蜂の巣から出てきて、蛆虫のようにグネグネと動き、ゾルドの表情を強張らせる。
「この森の蜂の子は甘くて美味しいわよ」
レジーナが蜂の子を指でつまむと、そのまま口に運ぶ。
魔族達はブリタニア島とアインランド島という限られた範囲に住んでいる。
外部からも砂糖などが入ってくるが、やはり甘味は貴重品だった。
懐かしい味にレジーナの頬が緩んでしまう
「ダメでしょ、お客様に先に食べて頂かないと。さぁ、ゾルド様。どうぞ召し上がれ」
「はぁ……」
(これを食うの? 罰ゲーム?)
ゾルドとしては虫など食べたくない。
だが、レジーナが普通に食べてしまったせいで、普通に食べられる物だと証明されてしまっている。
なかなか断り辛い雰囲気だ。
「いえ、その前にちゃんと話しておきたいことがあります」
ゾルドは姿勢を正し、真剣な表情をする。
今は言わなくてはならない事もあるし、蜂の子を食べるという問題を先送りにしたい。
むしろ”話している間にレジーナが食べておいてくれないかなぁ”とすら思っていた。
「ですが、その前に私がこの島を出て行った経緯を、どの程度ご存知ですか?」
普通なら”お前の事など知らない”と言われそうな自意識過剰な言葉だがゾルドは違う。
一時期、魔族の希望として広く知られる事となった。
その後の事を知っているのかどうかによって、話をする順序も変わる。
「ケビンとメアリーから、ゾルド様がこの島を追い出される事になった原因は聞いています。本当に驚きました。あの時はノーマと一緒にお茶会を――」
「お恥ずかしい限りです」
メルヴィナはお喋り好きというのは出会ってすぐにわかった。
だから、彼女の話を途中で切った。
いつまでも話をされると自分の話ができないからだ。
「レジーナだけが私に付いて来てくれました。実は神教騎士団に捕まり、ローマに運ばれそうになった時もあったんです。その時もレジーナに助けられました」
ゾルドは隣に座るレジーナの顔を見る。
彼女もちょうどゾルドを見ていたようで、視線がぶつかる。
そして、しばしの間見つめ合う。
「本来なら、お腹が大きくなる前にお義母様にご挨拶に伺うべきでした。申し訳ございませんでした」
ゾルドはメルヴィナに頭を下げる。
彼にだって謝る事くらいできる。
営業社員時代、とりあえず頭を下げて顧客の怒りをやり過ごすという事は日常茶飯事だったからだ。
ゾルドは顔を上げ、メルヴィナと目を合わせる
「彼女を幸せにするとは断言できません。ですが、幸せにするために努力する事は約束できます。娘さんを私にください」
レジーナが愛を求めるのならば、ゾルドも愛を返してやる。
これがゾルドにできる、レジーナへの精一杯の恩返しだ。
ゾルドの言葉を聞いて、レジーナの瞳が潤む。
「ダメです」
だが、それはたった一言で拒否される。
メルヴィナの顔は冗談を言っている物ではない。
これにはレジーナだけではなく、ゾルドも驚いた。
ゾルドは魔神だ。
自分の娘が神の妻になるというのに、まさか拒否されるとは思いもしなかった。
それに、レジーナは妊娠しており、そう遠くない内に子供が産まれる。
そんな状態で結婚を拒否されるなんて、誰が考えられるだろう。
「母さん! 確かにこの人は女にだらしないところがあるわ。だからって……」
レジーナが抗議の声を上げる。
感動の涙が、悲しみの涙に変わりそうだ。
「ゾルド様」
「はい」
メルヴィナは沈痛な面持ちをしている。
ゾルドは良くない事を言われそうだと覚悟した。
「魔神の妻にはレジーナはふさわしくないわ。もっと料理の上手な娘を探した方が良いわ」
「母さん!」
レジーナが抗議の声を上げる。
悲しみの涙が、怒りの熱で干上がりそうだ。
「レジーナ、ごめんなさい。勉強も魔法も物覚えの良い子だったのに、料理だけはダメだった。諦めずに、根気よく料理を教えてあげなかった私が悪いの」
「諦めたのかよ!」
思わずゾルドも口調が普段のものに戻り、ツッコンでしまう。
「えぇ、どうしても食材がもったいなく感じてしまって……。酢漬けのベーコンや、マスタードたっぷりのスコーンとかを作られてはさすがに……」
「あっ、あれは新しい味を作りだそうと……」
子供の頃からメシマズアレンジャーだったようだ。
それも、親が矯正を諦めるレベルの。
だから、魔神の妻としては不適格だと、娘を諦めさせようとした。
「その点は心配しないでください」
「……もしかして、治ったの?」
「いいえ、無理です」
「あなた! そこは庇うところでしょ!」
レジーナはゾルドに抗議するが、この件に関しては庇いようがない。
人として、庇ってはいけない気がしていたからだ。
「ですが、私は魔神。その妻となれば、炊事場に立つような事もありません。料理人に仕事をさせるからです。ですから、レジーナの料理の腕は関係ありません」
「まぁ、そういう事でしたら、是非とも貰ってやってください。レジーナ、もうこんなチャンスは無いわよ! やったわね!」
メルヴィナはレジーナに向かって、グッと親指を立てる。
「母さん、娘に酷いんじゃないの!?」
「何言ってるのよ。あなたを嫁に貰ってくれる人がいた事を神に感謝してるくらいよ。あら、どっちも目の前にいたわね」
そう言って、メルヴィナはゾルドを拝む。
彼女はレジーナがケビンに婚約破棄された事もやむ無しと考えていた。
誰でも家庭には安らぎを求める。
レジーナの料理を食べ続ければ、心が休まるどころか殺伐とした家庭になりかねない。
それにダークエルフの族長ならば、外部から客人だって訪れる。
その客人にレジーナの料理を食べさせれば、ダークエルフ全体の評判も落ちる。
メルヴィナがケビンとメアリーの結婚を邪魔せず、黙認していたのはそういう事情があったからだ。
酷いようだが、魔族内で下位のカーストに属するダークエルフには余裕が無かったという事もある。
スーパーの総菜コーナーが無い世界。
料理が下手だというのは、それだけこの世界の女にとって致命的な事だったのだ。
だから、メルヴィナはゾルドの女癖を知っていても、レジーナをもらってくれるだけでもありがたいと思っていた。
しかも、料理人を雇える財力があり、レジーナを幸せにする努力をしてくれるという。
娘の結婚相手としては、これ以上望めない相手だ。
「ゾルド様、娘をお願いします」
「もちろんです。お義母さん」
二人は笑顔で固い握手を交わす。
その場でただ一人、レジーナだけが膨れっ面をしていた。




