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昼食を前に一度休憩にしようという事になり、昼食ができるまで待っていて欲しいとゾルド達は応接室へと通された。
今はゾルドとそのお供だけだ。
レジーナ、ホスエ、ゲルハルト、ビスマルク、ラインハルト、そしてマックス達軍人組。
レジーナは魔族の城には以前住んでいたので慣れたものだが、他の者達は少し疲れが見える。
やはり、友好的な関係を築けるとわかっていても、魔族という事で緊張するのだろう。
しかも、相手は魔族の首脳陣。
ただ座っているだけでも、その秘めたる力の圧迫感を感じてしまう。
「ゾルド兄さん、本当に世界平和なんて考えてたんだね」
ホスエですら緊張を隠せなかった。
ついプライベートな口の利き方をしてしまっている。
「あぁ。けど、考えるという事と実現できるかは別物だ。俺は道を作るだけ。共存共栄という目標にたどり着けるかどうかは、この世界に住むお前達次第だ」
ゾルドの言葉に一同はうなずく。
ただ、魔神の部下として栄達を望むだけではない。
天神を倒した後の世界の枠を構築する仕事に携われるのだ。
これ以上名誉な事は無い。
今までもやる気はあったが、それ以上の覚悟を持つようになった。
「ところでビスマルクに聞きたいんだが、どの程度の話ができたんだ? 専門的な話みたいだったから、わかりやすく教えてくれ」
理解できなかったのは事実だ。
政治的な話はビスマルクがニーズヘッグとウィンストンと話していたが、ゾルドにはイマイチわからなかった。
ゾルドは必要だと思う時や、無駄に見栄を張りたい時は知ったかぶりをするが、必要のない時は素直にわからないと言う事ができる。
”威厳が無い””身分にあった重みが無い”と言われるが、こういう時はその身軽さが有利に働いた。
「そうですな。そのあたりを軽く説明させて頂こう」
ゾルドだけではない。
他の者達も政治関係の小難しい話には付いて行けなかった。
どのような話になったのか気になっていた。
「やはり神教庁をどうするのかが気になっているようでしたな。閣下が天神を倒して真神になり、魔族との共存を唱えれば問題無いのでしょう。それでも長きに亘る慣習は簡単には変えられないはず。その辺りをどうするのか気になっているようです」
(うわっ、めんどくせぇ)
差別問題に関しては、自称人権活動家にでも任せておけば良い。
ゾルドのあずかり知るところではない。
「その辺りは神としての力で上手くやるさ。天神を倒せば、神としての完全な力が手に入るだろうから、その力を使ってなんとかするさ。完璧には無理だろうけどな」
”真神”という言葉をビスマルクが使ったので、それに合わせてそれっぽい事を言う。
天神と魔神は、元は同じ神が分かれたものだという伝承がある。
真の神という事は、片方がもう片方を吸収した完全体のはずだ。
そんな凄そうな存在なら、世界の人間を洗脳くらいできるだろう。
魔族と仲良くやれと洗脳する事くらい簡単にできるだろうと、ゾルドは考えた。
「なるほど。そうなると、グレース共和国のようなヒューマン至上主義の国は国是が否定されるという事。魔族に関してだけか、それとも他の種族に関しても融和政策を取るようになるのか……」
――グレース共和国。
久しぶりに聞く名前だ。
かなり特徴的な国のようで、差別どころか国内から異種族の完全な排除を行なっている。
そんな国が魔族とは仲良くやれと言われれば、国が崩壊しかねない。
神による力でなんとかしても、強制による歪みが出てくるはずだ。
その混乱による影響がどの程度になるのかが、ビスマルクには不安だった。
「そこはそのままにしておこう。新しい時代について行けない奴等が集まる逃げ場を用意しておきたい」
「なるほど、それもそうですな」
逃げ場所を用意するというのは間違いではない。
逃げ場が無ければ、鬱憤が溜まった者がいつかは暴発する。
同じ考えを持つ者達が集まる場所を用意し、そこで愚痴をこぼして鬱憤を晴らす場所が必要だ。
「グレース共和国は、そのままヒューマン至上主義でいてもらおう。共通の敵がいる方が獣人やエルフとかの人間以外の奴等が魔族と仲良くやれる。それに、何かあった場合に問題を起こす奴等がグレースに集まってるのは好都合だろ? 問題が起きたらグレースだけ潰せば良いんだから」
ゾルドの意見は複雑な表情で受け入れられた。
逃げ場を用意したと思ったら、そこは袋小路で罠を仕掛けられている。
世界平和を語る優しさがあると思えば、悪辣な事も平気で言う。
ゾルドの本性がどちらなのか、他の者達にはわかりにくかった。
「他は実務的な内容ばかりで、報告するほどまでのものはない。しかし、ニーズヘッグ殿とウィンストン殿は素晴らしい。打てば響く受け答えのできる方々だ。さすが、長年魔族をまとめ上げてきただけあるな」
桁違いの年齢差だが、同じ政治家として感銘を受けるところがあったようだ。
「そうか、これからも頼むぞ。ゲルハルト、そっちはどうだった?」
今度はゲルハルトに話を振る。
ゲルハルトはカーミラと軍事的な話をしていた。
そちらも軽く確認しておきたい。
「こちらはソシアが味方になりそうだという事を伝え、ブリタニア諸族連合にどう動いて頂くかの話をしておりました」
ゲルハルトは懐から地図を取り出し、広げて見せる。
「ガリアが頼りにならないので、ブリタニアに代わりをしてもらいます。カレーからブレストに至るガリアの北側に強襲上陸。そこからガリア南部まで侵攻し、一挙に支配下に置きます。ジョゼフ殿の協力もあるので、こちらに協力するガリア軍も確保できる見込みです。マルセイユあたりを拠点に、ミラノを経由しローマへと向かってもらいます。魔族が動くとは思っておらず、驚いている間にできるだけ領土を切り取りたいですね。ガリアの主力は東に集まってますから」
ゲルハルト達が考えた戦い方は素早い侵攻により、防衛準備を整える前に占領するというものだった。
ガリア軍はミラノやオストブルク、ポール・ランドと戦っている。
残った軍もジョゼフの手が回っている。
ガリア本国はがら空きと言っても良い状態だった。
「魔族に拒否反応を起こしたヒスパンが動いたりしないか?」
ゾルドが心配したのはガリアの南西にあるヒスパンの行動。
横っ面を殴られて痛いのは顔だけではない。
軍とて致命的な傷を負う事だってある。
ゾルドは政治や軍事は詳しくないが、シミュレーションゲームのお陰で不意打ちの危険性を知っていた。
「問題ありません。今は内戦の影響で戦争ができる状態ではありません。それに、動かせるとしても極少数。魔族の動きを止められはしないでしょう」
ゲルハルトの言葉にゾルドは納得する。
ポート・ガ・ルーも同じ。
いや、ゾルドの知る限りでは暴動で街が崩壊するほど酷い状態だった。
イベリア半島方面は無視してもいいとわかり安心する。
「どこまで切り取れるかは、全て神教庁の動き次第です。神教騎士団、その中でも特に魔道師団は気を付けねばなりません。天神の子供達が中心となり、おそらくはニーズヘッグ殿のような方でも苦戦するかもしれません」
その言葉にゾルドの顔は暗くなる。
安心したばかりなのに、不安な事を言われたからだ。
「天神の子供って言ってもどうせ十人かそこらだろ? それくらいジャックやニーズヘッグがなんとかするさ」
「いいえ、違います」
横から口を挟んだのはラインハルトだ。
「もっと多いのか? 二十くらい?」
「五百です」
「ハァ!?」
ゾルドの予想を超えた数に、思わず驚きの声を出してしまう。
いくらなんでも多すぎる。
「これは魔法が使えるようになって、魔道師団に編入された事が確認された七歳以上の子供の数です。まだ魔法が使えなかったり、七歳未満の子供を含めれば、天神の子供は千を超えると思います」
「なんだ、そりゃ。作り過ぎだろ……」
少なくとも”ゾルドを追い出しても良い”と思える程度の実力を持つジャック。
全員がジャックと同じ程度の実力を持つと考えたら、どれだけ強力な部隊になっているかわからない。
ようやく勝てそうだと思えてきたのに、最後の最後で絶望に落とされる。
「あなたもこの子を含めて十五人も子供がいるのよ。十年以上前から天魔戦争のために子供を作り続けている天神なら、それくらい居てもおかしくないんじゃない?」
驚いて固まっているゾルドに、レジーナがお腹を撫でながら言った。
ゾルドだって一年で十人以上の子供を産ませた。
だが、それは”女の体を楽しんでいた”結果だ。
十年以上前から”子供を産ませる”という事を優先していれば、それくらい子供が産まれていてもおかしくない。
「なんてこった……」
「えっ、ゾルド兄さん。そんなに子供が居たの! そういえば、女に夢中でニーズヘッグさんの話を聞いていなかったとか。まさか、兄さんも子供を戦わせようと……」
ホスエが今までにないほど冷たい目でゾルドを見る。
恋愛ゲームなら、明らかに好感度ダウンの効果音が鳴っている事を確信させる視線。
これにはゾルドも焦る。
ホスエの忠誠心が消え去っては困るからだ。
その腕前はまだまだ活用したい。
「違う、違う。女が好きなだけだって。魔神だって事で美女が群がって来てな。美女に囲まれて舞い上がったんだ。大体、子供を戦わせるためなら、ニーズヘッグ達だって推奨するはずだろ? 子作りじゃなくて、女遊びが過ぎて怒らせちまったんだよ。俺は子供を戦わせるようなんて考えてないって」
「それはそれで問題なような気も……」
ホスエは眉間をつまむ。
ゾルドと知り合ったせいで身に付いてしまったクセだ。
ゾルドの女好きはホスエも良く知っている。
まさか、ブリタニアを追放された原因が”女遊びが過ぎてニーズヘッグ達を怒らせたから”などとは思いもしなかった。
しかし、頭が痛い思いをしながらも、自分の子供を駒のように使う事を考えていなかったと安心していた。
「まぁ、子供達に関しては追々考えていこう。ラインハルトも子供達に関して調べられる事は調べておいてくれ。むしろ、神教庁方面を最優先で調べてくれ」
「わかりました」
とりあえず、今は対処方法が思い浮かばないので保留。
ジャックの力がどの程度のものか聞いて、それを参考に考えねば答えを出しようが無い。
「魔族側が天神の子供達以外に問題は無さそうで良かった。でも、ソシアの方は厳しいんじゃないか? ローマに着くまでに、ポール・ランドとオストブルクは潰さないとダメだろ?」
ゾルドは後宮の話はあまりしたくないので話を逸らす。
とはいえ、重要な内容でもあるので問題はない。
「そちらは魔族から魔物を従える事のできる者を出してもらい、主力の軍を魔物で壊滅させてもらう予定です。ソシア以外の国はヒュドラなどのような大型の魔物対策はしておりません。ヒュドラを十体ほどオストブルク軍に突入させれば、それだけでオストブルク軍は崩壊するでしょう」
「あー、そうだな」
ゾルドは自分が丸太を持ってオストブルク軍に突入した時のことを思い出した。
丸太を振り回す男一人に、軍が振り回されていた。
普通の人間同士の戦いしか想定していない軍に、魔物の相手は無理だろうという事は想像に難くない。
「それにしても、やっぱりお前は軍人だな」
人間が魔族に食われる事に忌避感を見せていたにも関わらず、戦争の話になると嬉々として人を殺す話をする。
戦いに関する事を考えるが楽しいのだろう。
趣味嗜好と職業が一致して幸せそうだ。
「軍人として考えるという事と、人間として考えるという事は別物ですから」
ゾルドの言葉を皮肉と受け取ったゲルハルトは憮然とした顔をする。
軍人として望まれた働きをするからといって、人を殺す事を楽しんでいると思われては面白くない。
「非難するつもりはないさ。だが、人命だなんだと考えるのは全てが終わってからにしろ。今は天神に勝つという結果だけを求めてくれればいい」
「ハッ」
仕事さえしてくれるのならば、何を考えようが否定する気はない。
それに、この世界がどうなろうが興味はない。
この世界に残る者が考えればいいのだから。
(会合は大体良い具合に進んでいる。不安要素も天神の子供くらいだしな)
その子供達が最大の壁でもあった。
子供達にどう対処するのか。
それを考えねば、ローマを辿り着く前に軍が全滅してしまうかもしれない。
”どう天神を料理するか”という愉快な話をしに来たのに、新しい悩みが増えてしまった。




