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三日後。
ゾルド達は会議室に集まっていた。
第四回天神対策会議ではない。
オットーがブリタニアから戻ってきたからだ。
連絡要員を連れて。
「お初にお目にかかります。アーサーと申します。以後お見知りおきを」
アーサーと名乗った男は、大陸側で活動するためか普通の人間の姿をしていた。
見た目は優し気なナイスミドル。
魔神に仕える者として恥ずかしくない者を送ってきたのだろう。
「俺がゾルドだ。他の者に関しては追々紹介していこう。よろしくな」
「ハッ、よろしくお願いいたします」
そう言ってアーサーはお辞儀をする。
頭を下げる仕草一つとっても、無駄に気品が溢れている。
”ビスマルクよりも宰相や大臣という言葉が似あいそうだ”とゾルドは思っていた。
「こちらが魔宰相ニーズヘッグ様よりお預かりした物です」
アーサーが手紙を渡す。
ゾルドはすぐに中身を読んだ。
連絡要員を送って来たので悪い事は書いていないだろうが、打ち合わせをするために先に読んでおいた方が良い。
内容は簡潔に書かれていた。
”我々は大陸には渡れないので、ロンドンまでお越し願おう。そのための許可と移動手段を用意しておく。詳しくはアーサーから聞くように。時期は一週間後程度で調整しておく”
といった内容だった。
元々、ゾルドはニーズヘッグ達に会いにブリタニア島に向かうつもりだった。
そのためには許可が必要だった。
ゾルドは追放された身。
無断で侵入すれば、圧倒的強者であるニーズヘッグ達に何をされるかわからない。
今回の件を利用し、なし崩し的に追放を有名無実化しなくてはいけない。
「移動手段っていうのはなんだ? 何人連れていける?」
手紙に書いてある通り、ゾルドはアーサーに聞いた。
この移動手段次第で、連れていける人数も制限される。
直前に聞くよりも、先に聞いておいて誰を連れて行くのか決めておいた方が良い。
「ニーズヘッグ様直参の配下を使った飛竜による運搬です。本来は運搬という仕事などはしないのですが、ゾルド様のために特別に用意されました。多人数では目立つので、お供は十人程度に抑えて欲しいとの事でした」
「そうか」
飛竜による運搬というものがどんなものかわからないが、おそらく飛行機かヘリのようなものだろうと当たりを付けた。
ドーバーからロンドンまで一直線に向かうのだろう。
頭脳労働なので、最低限でもビスマルクとゲルハルトを連れて行ければいい。
護衛もホスエ以外は魔族相手では分が悪いだろうから、大勢連れて行く必要はないと考えている。
人数に関しては問題ない。
問題は付いて来れるかだ。
(魔族にビビッてたもんなぁ……)
これは住む世界の違いによるものだった。
ゾルドにしてみれば、魔族や魔物はゲームで良く戦うし、女型の魔族ならエロゲーで慣れているのでエロイ目でしか見れない。
生まれ育った時から、魔族や魔物は恐ろしい存在だと刷り込まれたこの世界の住人とは違うのだ。
もっとも、ゾルドだって強い魔物を目の前にすれば怖いと思うので、恐れる事を非難するつもりはない。
ただ、これから協力関係を築くにあたり、その辺りの事は改善する必要があると考えていた。
「ところで、お前はどんな種族なんだ?」
まずはアーサーの種族を聞いた。
”目の前にいる紳士的な男が魔族であるという事”
その事を皆に認識させる事から始めようとゾルドは考えた。
人間を捕食し、対話のできない凶暴な魔族。
まずはそれが間違っているという事を証明する事から始める。
「私はワーウルフです」
「ワーウルフだと!」
周囲から驚きの声が上がる。
ホスエですら驚いている。
そして、その事にゾルドが驚いた。
「そんなに驚く事か?」
ゾルドからすれば、なんとかデーモンだとか○○ドラゴンというものではなく、ただの狼人間でしかない。
ゲームによるが、ほとんどのゲームで雑魚モンスター扱い。
特にホスエなら普通に倒せるレベルの相手のはず。
恐れる理由がわからない。
「だって、ワーウルフですよ! 人の姿をしているのに、狼人間になるんですよ!」
やや興奮気味にホスエが答える。
対照的にゾルドの心は落ち着いていた。
同時に疑問も生まれていた。
(うーん、この事を聞いても良いんだろうか……)
この世界に慣れて来たとはいえ、常識を全て知っているわけではない。
だが、口に出して良い事かどうかを悩む程度には色々と学んでいた。
少し悩んだ結果、ゾルドはやはり聞く事にした。
”聞いてみたい”という好奇心には勝てなかったのだ。
「なぁ、俺はこの世界の常識に疎いというのは話したよな? 覚えているか?」
「もちろんです」
話しかけられたホスエが答えた。
ゾルドは異世界から召喚された神という事になっている。
この世界の事をよく知らないという事も話している。
その事をホスエは覚えていた。
「怒らないで聞いて欲しいんだが……。お前は常に狼人間だよな? ワーウルフそっくりだろ」
ホスエは狼の獣人だ。
そして、獣人は常に獣の姿をしている。
ゾルドの感覚で言えば、満月の夜にだけ変身するワーウルフなど可愛い物だ。
獣人やエルフのいる世界で、なぜワーウルフ程度で驚いているのかが理解不能だった。
そして、ゾルドが警戒していたのは獣人に対するタブーだった。
今のゾルドなら、ポルトでアルヴェスがなぜ怒ったのかがわかる。
生まれ育った世界では肌の色などによる人種差別問題があった。
モンゴロイド、コーカソイド、ニグロイド。
この世界では、肌の色の違い程度は些細な違いでしかない。
文字通り人種が違うのだ。
ヒューマン、ビーストマン、エルフ、ドワーフ、etc……。
天神側陣営だけでも多数の種族がいる。
風習や慣習、容姿の違い。
何もかもが違う。
ホスエに”お前は常に狼人間だよな?”と聞くだけでも、ゾルドの知らぬ内にタブーに触れてしまっているかもしれない。
ホスエを怒らせてしまうかもしれないと思ったが、好奇心に負けて聞いてしまった。
ゾルドの質問に対するホスエの反応は”困惑”
「確かに狼の獣人ですが、獣人は獣人ですよ。なぜそんな事を?」
ホスエはキョトンとした顔で返事をする。
なぜそんなわかりきった事を聞くのとかという声色だった。
「ワーウルフも満月の夜に狼人間になるってだけだろ? そんなに驚く事か?」
ホスエの顔が今度は”とんでもない事を!”と、ビックリした顔になった。
「だって、人間が狼人間になるんですよ! そんな自然の摂理に反した存在なんて恐ろしいじゃないですか!」
「えっ、そこ?」
(獣人が言うのか、それ……)
ゾルドはこの世界の住人との認識のズレを感じていた。
獣人やエルフ、魔法や魔物。
この世界のほとんどが、ゾルドからすれば自然の摂理に反した存在だ。
狼人間など、今更驚くような存在ではない。
この世界に慣れて来たとはいえ、やはり常識のズレがあるのだと実感した。
「それくらい怖く無いだろう。むしろ、剣一本でヒュドラを殺すお前の方が怖ぇよ」
ゾルドの言葉で周囲から同意を示す笑い声が上がる。
確かにアーサーはワーウルフで恐ろしい魔族だ。
だが、ゾルドが言うように、獣人という枠を超えた強さを持つホスエも冷静に考えれば恐ろしい。
「確かに閣下のおっしゃる通りです。身近にいるから考えませんでしたが、冷静に考えればホスエ殿も十分に恐れるに足る方でしたね」
ゲルハルトが心中の思いを口にする。
魔族というだけで強さのわからないワーウルフよりも、ヒュドラを殺せるとわかっているホスエの方がずっと恐ろしい存在だ。
仲間であり、性格も良い事から恐れる存在だと考えもしなかっただけ。
その実力を考えれば、気軽に声を掛けるのも躊躇われるレベルだ。
「そうだろ? 魔族ってだけでビビるより、仲間として迎えてやれよ。これから屋敷に滞在するんだからさ」
そう、アーサーは連絡要員。
必要に応じてロンドンまで向かってもらうために、これからずっと屋敷に滞在する。
全てはブリタニア島に行くのを恐れる彼等のためだ。
その連絡要員に悪印象を与え、ロンドンであることないこと吹聴されても困る。
ニーズヘッグのような相手にビビるのは止めはしないが、ワーウルフ程度で騒がるような事は防ぎたかった。
だが、ゾルドの想いは曲解して受け止められた。
「素晴らしい!」
ビスマルクが大声を出して立ち上がる。
そして、ゾルドの背後に立ち、肩を強く叩く。
「グァッ」
戦闘モードに入っていなかったゾルドは肩が砕けるような痛みを覚え、座っている木の椅子も軋み、大きな悲鳴を上げる。
拷問のような光景を作り出しているビスマルク本人は満面の笑みを受けべていた。
「正直なところ閣下を侮っておった。魔神というだけで、信じて付いて行く事に不安だった。行き当たりばったりで、何も考えていないのではないかとな。だが、今ここでその真意の一端が見えた!」
ビスマルクはかなり興奮しているのだろう。
拳を握りしめ、顔を紅潮させる。
(力を籠めるの、やめてくんねぇかな……)
ゾルドはその拳で肩を叩かれたりしたら、確実に骨が砕けると確信していた。
様々なゲームで雑魚モンスター扱いされるワーウルフよりも、背後に立つ筋肉お化けの方がゾルドには怖い。
「ゾルド様の考えとは一体なんですか?」
ホスエがビスマルクに聞いた。
常に傍にいた自分が気付かなかったゾルドの真意。
気にならないわけがない。
それはホスエだけではなかった。
レジーナも、テオドールも、ラウルも、ゲルハルトも、アーサーも。
この場にいたすべての者がゾルドと、その背後に立つビスマルクに視線を向けていた。
「平和だ!」
断言するビスマルクに対し、反応は皆無だった。
ゾルドですら首をかしげている。
(何言ってんだ、こいつ?)
ゾルドが考えた事とまったく同じ事を皆が考えていた。
皆の反応が良くない事を見て取ってビスマルクは”大雑把過ぎたか”と反省した。
「閣下はこう言われておるのだ。”ヒューマンだの、ビーストマンだの、魔族だのといった垣根など無意味”だとな。ワーウルフは恐ろしい。だが、それ以上の力を持つであろうホスエ殿は恐ろしくない。我らは先入観に囚われ過ぎておる。閣下は神らしく、全ての種族を平等に見ておられるのだ!」
ビスマルクの言葉に、アーサーはハッとする。
「そういえば、ゾルド様は様々な種族の娘に平等に愛を分け与えていたと聞いております。もしかすると、ヒューマンやビーストマンの娘にも……」
「大好きだよ! ヒューマンも、ビーストマンも関係なく、ゾルド兄さんは女なら種族関係なく好きだよ!」
興奮したせいか、仕事モードからいつも通りの口調に戻ったホスエがアーサーの言葉を補足する。
”ゾルドは種族関係なく、全てを愛する男だ”
ホスエはその事を主張したかった。
だが、その思いはゾルド本人には伝わらない。
(何言ってやがんだこのクソ犬! 俺がただの女好きにしか聞こえねぇじゃねぇか)
ゾルドの心配をよそに、ビスマルクが話を続ける。
「閣下は元天神陣営だったヒューマンやビーストマンといった種族を部下に加えている。そして、魔族に関しても仲間として扱えという。千年前の天魔戦争で勝利した天神キッカスが、敵対した種族をブリタニア島という狭い範囲に閉じ込めたという事を考えると……。閣下は天神のように敵対種族を虐げるのではない。全ての種族の協和。つまり、平和な世界を望まれている」
「なんだって!」
会議室が驚きの声で騒がしくなる。
その中にゾルドの声も混じっていた。
予想外の流れについていけていない。
ただの女好きなだけなのに、どうしてこうなったのか理解できないのだ。
「そうか、そうだったのか……。だから、魔神という存在なのに恐れを抱かずに接していられたのか」
「まるで性格の悪い青年といった感じだったもんな」
「事業に成功した、ただのチンピラっていう印象だったが、そこまで考えていたとは」
「やけに威厳が無いと思っていたが……。そうか、平和を望むような御方だったから、和らいだ印象を受けていたのだな」
出席者が思い思いに言葉を口にする。
もし、同じことをレジーナやホスエが言っていても、ここまで誰も信じなかっただろう。
ビスマルクが言ったからこそ、皆が信じたのだ。
立場が変われば言葉の受け取られ方も変わる。
魔神であるゾルドの言動も何か意味があるように受け取られ、それをビスマルクが曲解してしまった。
しかし、誤解するにも理由がある。
ビスマルクはゾルドの両肩に手を置き、ギュッと握り締める。
「フリードリヒもそうだった。周辺の大国の思惑に翻弄される小国の悲哀。その影響を一番受けるのは平民。周辺の小国を併合し、大国から領土を切り取り、大国の良いように扱われない国を作ろうと頑張っていた。閣下も種族の垣根を超えて、平和な世界を築こうとされている。多くの者達のために働く。そのような方々に仕える運命を授けてくださり、感謝の言葉もない」
ビスマルクは感動の涙を流し、その手により一層力が入る。
(だったら、その手を放せっ!)
戦闘モードになっているにも関わらず、両肩の骨がミシミシと悲鳴を上げている。
抗議の声を上げたりして気を抜いたら、そのまま肩が握り潰されそうだ。
両肩に力を籠めて、砕かれないように頑丈な体であると意識し続けるしかない。
「ゾルド様っ。この時代に産まれ、ゾルド様のお役に立てる事を光栄に思います」
アーサーがゾルドの前で跪き、首を垂れる。
ニーズヘッグからは”女好きのだらしない男だ”と聞いていたが、実際に会ってみてその印象は変わった。
魔族の救世主というだけではない。
全ての種族を救おうという大きな目的を持っていると知り、その身を投げ出す覚悟すらできた。
過去の天魔戦争で、天神は魔族をブリタニア島に閉じ込めた。
”天神””魔神”関係なく、神という立場には愛を広く伝えるゾルドの方がふさわしいのではないかとすら思っていた。
「アーサーさん、怖がってしまい申し訳ありません。私はゲルハルトと申します。これからよろしくお願いします」
ゲルハルトがアーサーに握手を求めに傍に寄っていった。
それに倣い、他の者達もアーサーに近寄る。
もう”魔族だから”と恐れたりはしない。
共に平和な世界を作り上げる仲間となるのだから。
その姿を、ビスマルクは腕を組んで満足そうに眺めていた。
一方、肝心のゾルドは――
(あー、痛ぇ。どんな怪力だよ。あっ、そうか! フリードが体を鍛えてたのは、ビスマルクから身を守るためだったんじゃないのか? 自分の体を眺めるナルシストっぽいところもあったけど、その方が納得ができる)
――急展開について行けず、現実逃避していた。
平和な世界など考えた事がない。
それどころか、自分が家に帰る事だけで、天神を倒した後にこの世界がどうなるのか考えた事すらなかった。
ビスマルクがどこでそんな勘違いをしたのか、サッパリ理解できなかった。
「ねぇ、あなた」
レジーナがゾルドに優しく語り掛ける。
その言葉で、ゾルドは現実に引き戻された。
「ん、どうした?」
ゾルドが返事をしても、しばらくの間、レジーナは目を潤ませてゾルドを見つめ返していた。
「……二番目はいらないわよね」
レジーナはゾルドの手にそっと優しく手を重ねる。
爪を立てたり、強く握ったりはしない。
微かに震える手を重ねるだけだ。
レジーナが心配したのは”平等に広く愛を分け与える”という部分だった。
ただ女にだらしないだけではなく、神として愛を分け与えるのなら止めるわけにはいかない。
だが、自分の夫として独占したい。
”もしも、ゾルドが他の女を欲しいと言い出したらどうしようか”
その思いがレジーナを不安にさせていた。
「俺に付いて来たのはお前だけだ。二番目はいない。今回のブリタニア行きで時間があったら、お前の親に会いに行こう」
ここでレジーナが嫉妬に駆られて爪を立てたり、つねったりしていればこの言葉は出てこなかった。
その手が不安で震えていたからこそ、ゾルドも安心させてやろうという気持ちが湧いて来たのだ。
ゾルドにとってレジーナは特別な女だ。
最初はレジーナに優しくしてやる事で、自分を裏切らせないようにする演技だった。
だが、今ではできる範囲内で幸せにしてやりたいと思うし、仲良く過ごしていきたいと思えるようになっていた。
「それって……」
「あぁ、結婚の挨拶はしておいた方が良いだろう? 子供も生まれるしな」
ゾルドも色々と考えていた。
その結果、ちゃんとレジーナの気持ちに答えてやろうと答えを出した。
まだまだ色んな女を抱きたいとは思うが、浮気はバレなければ浮気ではない。
ならば、表向きはちゃんと結婚してやってもいい。
”それでレジーナが満足するのなら”とゾルドも決断を下したのだ。
「あなた、やっと言ってくれたのね」
「待たせてすまなかったな」
抱き着くレジーナにゾルドも優しく抱き返す。
こんな切っ掛けが無ければ言えなかった自分の不甲斐なさを恥じつつも、言えた事の安堵感なのか、何か暖かいものがゾルドの胸中に湧き上がっていた。




