私に出来ること
翌日、大阪で朝食を済ませた私達は、通勤ラッシュが終わるのを待ってから電車で家に帰ってきた。
今回はしっかりと連絡を入れていたので、お父さんが車で駅まで迎えに来てくれている。
「おかえり紫。災難だったな」
「そうだね。変な気配を感じたから警戒したら殺されかけるって…そんなひどい話ある?」
「ははははっ!気を張りすぎるのも良くないってことだな!」
「もう…笑い事じゃ無いんだって……」
ことの重大さを知らないお父さんは、私を元気付けようとしているのか、大きな声で笑う。
まだヤツに狙われているかも知れないこの状況。
警戒を解かずにはいられないのだ。
「どうする?コンビニでもよっていくか?」
「いや、家にそのまま帰って。おじいちゃんに話したい事がある」
「そうか?じゃあ何処にもよらずに帰るぞ」
お父さんにそのまま帰るようお願いし、急いで家に帰る。
常に気を張り、いつヤツが再び襲ってきてもいいようにしていると、かずちゃんが話しかけてきた。
「…神林さん。交代で警戒しませんか?」
「大丈夫よ。かずちゃんはゆっくりしてて」
「でも……神林さん、疲れてるように見えます」
「え?」
かずちゃんに指摘され、胸がドクンッ!と跳ね上がる。
確かに、いつもと比べて私は疲れている。
でもこの程度の疲労なら慣れっこだし、社畜時代に比べれば、こんなもの大した事ない。
「大丈夫だから。昔はこれよりもっと疲れるのが毎日だったし、これくらい慣れてる」
「……………めです」
「ん?」
「慣れちゃ駄目です!」
珍しくかずちゃんが真剣に怒り、思わずビクッ!と体が震えた。
「最近…ずっと心の底で思ってた事があるんです。……私って、神林さんのパートナーとして相応しいのかなって…」
「何を言って―――」
「神林さんは、心も体も大人で、凄く優しくて、私なんかよりも頭が良いじゃないですか」
前2つはいいとして、私が頭が良い?
絶対そんな事はないと思うけどなぁ。
「かずちゃん。私は別に―――」
「わかってます!でも…とりあえず聞いてください」
「……そう」
う〜ん…多分わかってない。
私の言いたかった事と、かずちゃんが思ってることは違うね。
…まあ、話を聞いて欲しいって言われてるから、何も言わないけど。
優しくかずちゃんの手の甲に私の手を重ね、かずちゃんが続きを聞かせてくれるのを待つ。
「神林さんは…よく出来た人です。私みたいにワガママ言わないし、すぐに怒らないし、誰にでも噛みついたりしないじゃないですか」
「まあ…大人だからね」
「そうです。大人なんです。……それなのに、私はどうですか?」
自嘲気味に話すかずちゃんの手を握り、最後まで話せるよう勇気を分けてあげる。
「子供です。おこちゃまですよ。私って、17歳なんですよ?来年から成人で、大人の仲間入りです」
「そうね」
「なのに…私は…!」
泣きそうになっているかずちゃんを見て、無意識にかずちゃんを抱きしめてしまう。
でも、私の方から話して、かずちゃんの言いたいことを途切れさせるようなことはしないよう、強い意志で我慢した。
「泣き虫で、ワガママで、自分勝手で、すぐに感情的になって……何度も、神林さんに迷惑を掛けてきました」
「………」
「きっと…私は神林さんには釣り合わないんです。身の程知らずな馬鹿な子供なんです!」
泣き出すのを必死にこらえるかずちゃん。
私に抱きついて、必死に声を押し殺す様子に、少しばかり場違いな感情が湧いてきた。
…もちろん、すぐに押し殺したが。
話しかけず、背中を撫でて落ち着かせる。
「お父さん。人の居ないところに連れて行ってくれない?」
「おう」
かずちゃんの様子を見て、ずっと空気で居てくれたお父さんに、目的地を変えてもらうよう頼む。
ウィンカーを家とは反対側に出し、何処か人の居ないところへ向かって車は走る。
しばらく待ってもかずちゃんは口を開かず、黙っているので、言いたいことは全て言い切ったと判断する。
「かずちゃん。私がどうしてあなたを好きになったと思う?」
「……どうしてですか?」
顔を隠し、私に抱き着いたまま話すかずちゃん。
そんなかずちゃんの頭に手を置き、優しく撫でる。
「泣き虫で、ワガママで、すぐに感情的になる。そんな自由で、とっても元気なかずちゃんを見ていると、私も元気になれるからだよ」
「そう、なんですか…?そんな事で―――」
「そんな事じゃない。私がかずちゃんを好きでいる理由を、『そんな事で』なんて言葉で片付けちゃっていいの?」
「っ!?」
顔を上げ、助けを求めるような目で私を見つめるかずちゃんの頬に優しく触れる。
「周りの都合とか、人の考えとか、そんなのに振り回されない―――それこそワガママで自分勝手なかずちゃんは、私から見れば、太陽のように輝いているわ」
「それは……えへへ」
褒めちぎられて顔を赤くし、恥ずかしがりながら喜ぶかずちゃんの、額に私の額をくっつける。
私の目を、じっと見つめられるようにさせるためだ。
「私の目は…嘘を付いてる?」
「ついてません。これっぽっちも」
「そうだね。だから、私の励ましを受け取ってほしい。受け取って、これからも太陽であってほしい。ダメかしら?」
車が止まり、いつの間にか人気のない川辺の公園についていた。
かずちゃんを抱き上げ、車を降りると、古びたベンチに腰掛ける。
「…神林さん」
「なに?」
「私に出来ること、ありますか?」
この言葉にどんな意味があるのか?
高速で頭を回転させ、私が思う1番相応しい答えを返す。
「今まで通り、何も気にせず私の隣に入ればいい。私にとってかずちゃんは、どんな時でも守るべき人だから。何もしない、何も気にしないで私の隣に居られるのが、1番安心するから」
もしこれが、恋人としての『私に出来ること』だとしても問題ないし、ヤツへの備えとしての『私に出来ること』だとしてもそれでいい。
我ながら完璧な答えだと思う!
「隣に居るだけ。それが私に出来ること」
「そう。だから…存分に甘えてね?」
その言葉に、かずちゃんは体を完全に私に預けてくる。
そうして、そのまま眠ってしまった。
……疲れていたのは、私ではなくかずちゃんの方だったね。
「なんだ?寝ちゃったのか?」
「そうみたい。ふふふ、やっぱり自由なかずちゃんが1番可愛い」
寝息を立てるかずちゃんを抱いたまま、車に戻って後部座席に座る。
ブランケットをかずちゃんに被せるていると、お父さんは何も言わなくても車を発進させた。
かずちゃんが寝ていることもあって、とても運転が丁寧で、揺れが少ない。
この公園から家までは少しだけ距離がある。
程よい揺れ具合と、気持ちよさそうに眠るかずちゃんのぬくもりによって私もいつの間にか眠ってしまっていた。




