邪悪
不気味な気配を放ち佇む男に、かずちゃんは鋭く尖った敵意向けながら口を開いた。
「仲間?新しい奴隷の間違いじゃなくて?」
皮肉交じりにそう言うかずちゃんは、私の背後に立ち、ドラゴンの警戒をしている。
私の背中を守ってくれてるみたいだ。
それに対し、男は変わらず笑みを浮かべたまま、飄々と返す。
「悲しいなぁ。協力してくれるなら、スキルは使わないのに」
「信用ならないね。邪魔になるからって、操り人形の化け物をけしかけてくるような男は」
痛いところを突かれたかのように苦笑する男は、変わらず敵意を見せることなく歩み寄ってきた。
「あの女と繋がっているだけはあるね。やっぱり、爺さんの言う通りか」
「……なんのこと?」
「うちの爺さんが、君たちに計画を邪魔された挙げ句、手痛いしっぺ返しを食らったってキレてたよ」
この男の祖父が私達に計画を邪魔された?
誰かの計画を邪魔したとなると……ああ、《財団》か。
「私達は当然のことをしただけよ。目の前で女の子が誘拐されそうになってるのに、何もしない分けないでしょ?」
「その正義感が邪魔なんだよね〜。だから刺客を差し向けたのに、なんか返り討ちにあってるし。おまけに、『花冠』のせいで、東北と関東の裏支部が潰されたんだもん」
なるほど…あの子と母親の安全を守るためと、周囲の脅威を排除するために、一気に掃討作戦をやったのか。
私達が知らない間に、社会の裏側では血みどろの戦争が起こっていたと…
これだから財政会は…
「この襲撃も、勢いに乗って近畿にまで手を広げてきた『花冠』を潰すためのモノだし」
「なっ!?」
「嘘っ!?」
気味の悪い笑みを浮かべた男がモンスターを召喚する。
そのモンスターは血に塗れていて、誰かの遺体を咥えている。
それは、私達を護衛していた『花冠』の女性だ。
「多分、半分は潰せたかな?近畿支部の上位戦力も削れたし、一応成功と言えるんだけど……どう?これでもこの状況で、僕に敵意を向けるかい?御島一葉ちゃん?」
「っ!!」
私の背後に隠れ、ドラゴンに対して警戒心を向けていたかずちゃんが、更に私の後ろに隠れる。
私もかずちゃんを隠すように動き、敵意を向ける。
「たかがレベル60程度の女どもが、僕に勝てると思ってるのかい?」
「そう?なら、あなたのレベルを教えてくれないかしら?」
「はあ?なんでそんな事を?」
「そう……かずちゃん」
私がそう名前を呼んだ瞬間、男の顔が初めて歪む。
それを見て私はニヤリと笑い、かずちゃんが手に入れた相手のステータスを確認する。
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名前 早川照
レベル101
スキル
《率いる者》
《大魔導士》
《魔闘法Lv7》
《探知Lv3》
《威圧Lv5》
《念話》
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強い…
咲島さん程ではないけれど、圧倒的格上だ。
私達が勝てる相手ではないね。
「覗き見なんて関心しないな。僕も迂闊だったけどさ」
「そうね。そのドラゴンを通してこっちを覗き見ていた割には、迂闊だったんじゃないの?」
「それは皮肉かい?」
「そう聞こえなかった?」
見下したような顔でそう言い放つと、男は表情を歪め、優しい対応をする気は無くなったらしい。
冷めた目つきでこちらを見つめると、手を伸ばしてきた。
「もいい。君達も僕の操り人形になるといい」
「くっ!!」
かずちゃんを後ろに隠し、前へ出ると嫌な感覚が私の中へ入ってくる。
―――が、それは何かに弾かれ、それ以上何か起こることはなかった。
「……なに?」
男が疑問の声を上げ、これが想定外の事態である事を私も理解する。
おおよそ、傀儡化が効かなかったとかかな?
でもなんで…
「…その防御スキル、精神攻撃すら弾くのか。高性能だな」
「なるほど…そういう事か」
《鋼の体》では精神攻撃は防げないはず。
だって、魔力の鎧を纏って攻撃を遮断するスキルだから。
でも、私にはもう一つの防御スキルがある。
《鋼の心》
まさかこんなところでその防御性能に助けられるとは思わなかった。
「成長の余地がある人間だから、手駒の1つにしたかったけど…効かないなら仕方ないね。死んでもらおうか?」
「っ!!」
そう言って、超高速の熱線を放ってくる男。
衝突と同時に爆発し、私はかずちゃんと一緒に大きく後ろに飛ばされた。
《鋼の体》の防御が突破されかけたが、なんとか耐えることが出来た。
でも、もう一発撃たれたら…?
「ガアアアアアアアアア!!!」
「くっ!こっちも動きましたか…!」
「前門の虎、後門の狼とは言うけれど…これはそれよりもヤバいわね」
なにせ前門の化け物、後門の竜なんだから。
こんなの、ほぼ詰み何だけど。
ドラゴンと戦いつつ、そのドラゴンを使役している存在と戦うなんて、私達には荷が重すぎる。
それに、私はやつの傀儡化が効かないけれど、かずちゃんはそうもいかない。
傀儡化を喰らうとそのまま支配されてもおかしくはないんだから、あの男と戦わせるわけにはいかない。
となると、私一人でアイツの相手をしなきゃいけないわけで……かずちゃんには、自分の攻撃が効かないドラゴンを相手に、一人で戦わないといけない。
ああ、なんてくそったれな状況だろうね!
「かずちゃん、ドラゴンの相手は任せたよ」
「ええ。何だったら、倒してしまってもいいんですよ?」
「出来るならね。じゃあ……お願い!!」
そう言って、私は男に向かって全力で走り出す。
「任せましたよ。神林さん」
後ろからかずちゃんの声が聞こえ、私の心に火が付く。
私の出せる最高速度で男に接近すると、拳を握りしめ、一点に魔力を集める。
狙うはもちろん顔。
1番殴りやすい場所だ。
目一杯の敵意と殺意を込めて男の顔を睨みつけ―――足元に転がっていた石を蹴る。
「っ!?」
そのまま殴ってくるものだと思っていた男は、突然飛んできた石が腹を直撃し、意識がそれる。
その瞬間を狙って限界まで引いた拳を振り抜く。
「おっと危ない」
「なっ!?」
私の拳は容易く受け止められ、一言そんな事まで言われた。
確かに意識は腹を直撃した石に向かっていたはず。
それなのに、すぐに反応して私の拳を受け止めたのだ。
脊髄反射で伸ばした手で、私の全力を…?
「チッ!はあっ!!」
すぐに半歩引いて、回し蹴りを男の顔を狙って放つが、小細工なしの攻撃は簡単に受け止められる。
男はニヤリと笑うが、私が取り出したものを見て顔から表情をなくす。
「喰らえっ!!」
「危ないなぁ」
ペットボトルとは違う、少し変わった容器に入れられた液体。
私がそれを振りかけようとするが、男は素早い動きで私から離れると、その液体を回避してみせた。
「薬品を躊躇いなく掛けようとしてくるあたり、肝の座り様は本物だね」
「肝が座ってなきゃ、冒険者してないわよ!!」
「それもそうか」
容器の中身はかずちゃんに言われて念の為用意していた、強アルカリ性の薬品。
濃硫酸とは別方向で危険なこの液体が、普通に洗剤として売られていて、誰でも手に入るんだから、怖いものだ。
「ニオイからして、漂白剤とかかな?別に掛かってもすぐ治せるけど…正確に目を狙って掛けてくるんだもん。怖いなぁ」
戦闘中だと言うのに、こんなに飄々としていられるのは、私とこいつの間にそれほどの差があるから。
そもそも、こいつの気まぐれで私はすぐに負けてないんだ。
その気になれば、さっきの熱線を連発して、私が接近するまでもなく倒せただろうに。
それをしていないのは、私を支配下に置きたいという気持ちがあるからなのか、ただ単にこいつの性格が悪いかだ。
私としては、多分前者だと思う。
戦力が多い事に越したことはないし、『花冠』と比べても私達は弱い。
きっと無条件で誰でも傀儡化できるわけでもないだろうから、比較的弱い私達のほうが傀儡化しやすいはず。
まあ、防御スキルで傀儡化が効かなかったわけだけど……逆に言えば、これほど戦力差があるのに傀儡化を弾くような防御スキル持ちということ。
それも成長の余地があるときた。
手駒にしないのはもったいないだろう。
「そんなに警戒したところで無駄なのに…いい加減諦めな?大人しく僕の仲間になろうよ」
「誰がなるか!そんなもの!!」
「おお怖い怖い!」
男は私の連撃を全て躱し、小細工も普通に対応しながら余裕の態度で何度も勧誘してくる。
こんな方法で本当に上手くいくと思っているなら、こいつは相当頭が湧いてる。
…かと言って、現状をなんとかする手段がないのも事実。
救援が来るのを待ったとしても…この男を相手に勝てるだろうか?
そんな考えが頭を巡り、1人追い詰められていると、男がニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「どうやら、勝負あったようだね」
「何を言って…」
ニヤニヤ笑いながら私の後ろを指差す男。
嫌な感覚が私を遅い、全身から脂汗が吹き出す。
恐る恐る振り返るとそこには……
「ああ………あぁ……」
傷だらけになり、ドラゴンに服を咥えられて連れてこられたかずちゃんの姿があった。




