招かれざる客
「花火、綺麗でしたね?」
「そうね。あんなふうに花火を見るのも4年ぶりだったし、なんだか新鮮だったわ」
花火大会が終わり、ホテルへの帰り道。
かずちゃんがそんな話を振ってきた。
「社畜って…大変ですね」
「一応、見れなくはないのよ?仕事を次の日に回して、ギリギリで帰ればなんとかなる。上司や先輩はそうしてた」
「神林さんはしなかったんですか?」
「嫌な仕事は、新人に押し付けるものでしょう?そういう事をした上で、自分のしなきゃいけない仕事を後回しにして、あの人達は見に行っていたのよ」
「うわぁ…」
全部の仕事を押し付けられないだけ、まだマシだろう。
私はあんまり仕事ができる人間では無かったから、同期の中では押し付けられる仕事量が少なかった。
それでも時間はかかるし、常に余裕なんて無い。
花火を見て風情を楽しむなんて、贅沢な事はしていられなかった。
「一時はどうなるかと思ったけど、冒険者になって正解だったわ。やっぱり、自分にあった事をしてお金を稼ぐべきね」
「やるなら賢く、ってやつですね」
「私は、かずちゃんほど賢くはないけどね?」
自虐をして2人で笑いながら歩いていると、なにやら妙な視線と嫌な気配を感じた。
その方向へ向くと、そこには人気のないビルがあり、その窓の1つに人影を見た。
「どうしました?」
「……いえ、なんでもないわ」
怪しい…
すごく怪しいが、別に人気が無いからと言って、全く人が居ない訳でもなさそうだ。
たまたまこっちを見ていた人が居ただけかも知れないし、疑いすぎるのは良くない。
(あの手のビルは、あんまり売上が良くない企業が使ってたりするのよね。昔の私みたいな人が居て、自分が仕事で疲れている中、遊んでいる私達が羨ましかったのかも……って、何考えてるんだ私は!)
「ちょっと視線を感じてね?まあ、気にするほどのことでもないわ。帰りましょう」
「ホントですか?そういうのは、後々面倒なことになったりしますよ」
「早く帰って、イチャイチャするんじゃなかったの?」
「します!神林さん!早く歩いてください!」
なんて単純な子だろう。
頭は良くてもまだまだ子供。
楽しい事を、沢山したいわよね?
……それはそうと、あの視線と嫌な気配。
かずちゃんの言う通り、一応は警戒はしておいた方が良いかもね。
もう感じなくなった気配を探るのをやめ、上機嫌に歩くかずちゃんと共に、ホテルへ戻った。
☆ ★ ☆
「仮にもそれなりの実力を持つ冒険者って事か。まさか、この俺が気取られるとはね」
「ふん。小僧の気配など、何処からでも察知できる。だからあれほど出しゃばるなといったのだ」
「はいはい。口うるさいジジイは嫌いだよ。この老害が」
人気のないビルの一室に、複数人の男達が集まっていた。
それだけでも十分怪しいが、全員が一般人とは違う気配を放っている。
表沙汰に出来ない、良からぬことをしている者特有の気配だ。
「しかしまあ、こんなに人を集める必要あるか?たかが中堅程度の女冒険者2人に、過剰戦力だろ?」
「バカを言うな。奴らは間違いなく『花冠』の関係者だ。『花冠』に所属している訳では無いだろうが……アレに関わった以上、警備はついているだろう」
「中堅と『花冠』を同時に相手しろって?俺はまだ死にたくねぇぞ?」
リーダー格の男は、この場にいる誰よりも鋭いオーラを放つ老人の言葉に、やる気を一気に損なった。
だが、すぐにそのやる気は復活する。
「…まあ、両方とも潰せばいいだけか。もし生け捕りに出来たら、好きにしていいんだよな?」
「出来たらの話だがな。ワシはそんな事に興味はない。すぐに殺す」
「おいおい…少しは楽しもうぜ?ああいう、自分の力に自信を持ってる女の心を潰すのが、1番面白いのによ」
「理解できんな」
「そうかよ。まっ、ジジイには無理な事か!」
下衆な笑みを浮かべるリーダー格の男を見て、老人は溜息をつく。
「お前達に恨みはないが…仕方のないことだ。半端な正義感で、余計なことに首を突っ込んだ事を悔いるのだな」
「ん?なにか言ったか?」
「彼女らへの追悼だ。お前には、理解できんかもだがな」
老人はそう吐き捨てると、獲物を握って別の部屋移った。
そして、決行の時が来るまで、その部屋で瞑想をするのだった。
☆ ★ ☆
「……神林さん」
「わかってる。いつでも抜けるようにしておいて」
「分かりました」
部屋でかずちゃんを可愛がっていると、何者かが近付いてきている事に気が付いた。
ここはホテルだ。
当然両隣には宿泊客が居るし、たまたまこちらへ来ようとしている客や従業員かも知れないが……それはないだろう。
「明らかな悪意。それも、私達へ向いている」
「100パーセント黒ですね。何処からでもかかってこいです!」
こちらへ迫る気配を警戒し、臨戦態勢を取っていると、私達の部屋の扉がノックされた。
顔を見合わせ、万が一に備えて私が扉へ向う。
相手が銃を持っていたとしても、私なら弾くことが出来る。
撃たれる可能性を考慮して、扉をゆっくりと開くと――――
「こんばんはお姉さん。ちょっと面白い世界へ行かないかい?」
「ッ!!?」
強引に外から扉が開かれ、男が乗り込んできた。
その手には注射器が握られている。
(薬物か!!)
すぐに飛び退こうとするが、それよりも早く男が動き、私の首目掛けて注射器を突き出してきた。
私はそれを避けることが出来ず、注射器の針が《鋼の体》に弾かれる。
「チッ!」
「はあ!?」
こんなに早く手札を見せてしまったのは失敗だ。
攻撃が効かない事を知られれば、相手にどう動かれるか分かったものじゃない。
最悪の場合、逃げられて防御系のスキルを持っていることが、仲間に共有されてしまう。
「そうは……させないわよ!!」
「はや―――ぐはっ!?」
乗り込んできた男の腹を力いっぱい殴り、体をくの字にへし折ってやる。
間違いなくこいつは覚醒者だ。
それも、それなりのレベルを持つ奴。
なら、本気で殴っても問題ないだろう。
私の本気パンチを食らった男は、くの字に曲がった状態で吹っ飛び、向かいの部屋の扉に激突した。
「なっ!?」
「このアマっ!!」
男の仲間がナイフや銃を取り出して襲い掛かってくるが、私の敵ではない。
むしろ、覚醒者なのはこの男だけで、他はただの本職の人間と思われ――――っ!?
「かずちゃん!!」
部屋の方から別の気配を感じ取り、急いで振り返る。
すると、何処からか侵入した老いた男がかずちゃんと鍔迫り合いをしている光景が目に写った。
「神林さん!私は大丈夫です!!それより!?」
「素晴らしい練度だ。その若さでワシと渡り合えるとは……ここで殺してしまうのが、実に惜しい」
「くっ!?私は死にませんよ!お前みたいな老いぼれに殺されるわけ無いからね!!」
状況は、奇襲を受けた分かずちゃんがいくらか不利なようだ。
だけど、すぐにでも加勢しなければならないほど、不利ではないらしい。
それよりも……
「痛えなクソアマ…ずいぶんパワフルじゃないか?ええ?」
「なんだ…一発で沈めたつもりだったのに」
「モンスター相手は慣れてるかもしれねえが、対人戦は素人だろ?もう喰らわねぇ。じっくり嬲り殺してやるから、覚悟しやがれ」
私が殴り飛ばした男は、想像以上に強かったらしい。
ダメージが無いわけではなさそうだけど、まだまだ戦える様子。
おまけに、部屋の中と違い、仲間が沢山いる。
脅威にはなり得ないけど…かずちゃんにその矛先が向かないようにしながら戦うのは、骨が折れそうだ。
(『花冠』は……来てくれなさそうね。ホテルにつく少し前までは護衛してくれてたのに……いや、待てよ?)
「……『花冠』はどうしたの?さっきから気配を感じないのだけれど」
「ん?あの女どもなら、ジジイが潰してたぜ?まっ、逃げられてたがな」
「そう……なら、耐えているだけで良さそうね。聞こえた?かずちゃん」
「ええ、バッチリですよ」
そのうち応援が来る。
それまで耐えればこっちのものだ。
拳を握りしめ、私を取り囲む男達を睨みつけると、女性の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴に気を取られた瞬間、いつの間にかナイフを抜いていた覚醒者の男が、私の喉元を狙って飛びかかってきていた。




